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真昼の月

彩火透火

終ノ月 エピローグ

 七月三十日。土曜日。晴れ。
 中等部の一学期最後の学校が終わろうとしていた。

 これから魔道学園ウィザルドは一応ひと月の夏季休業に入るということになる。
 もっとも夏季休業といってもマギス島から出られるわけでもなく、普通の学生のように遊んでばかりもいられない。ウィザルドの生徒は一つでも魔法を覚えるために時間を使うことになるだろう。そしてそれを厭う生徒はここには一人もいなかった。

 がらがら――

 藤は誰もいない教室に足を踏み入れた。
 久しぶりだった。

 あの日から藤はこの教室に通っていない。
 強大な魔力と召霊士としての素質を見せつけた藤は即行で特殊クラスに編入することが決まってしまった。そしてそのための準備をあの日から今までやらされていた。
 明日から特殊クラスの生徒になる。特殊クラスの生徒に夏季休業はさらに意味のない言葉だった。

 藤は自分の机に近づくと机の中の物を全部上に出した。
 ……ゴミばかりだ。いじめの残骸ともいえる。
 藤は肩をすくめるとゴミを全部ゴミ箱に捨てた。
 机の中をもう一度確認すると藤は教室を出て下駄箱に向かった。

「藤くん」

 下駄箱には凛が待っていた。藤は手をあげて返事を返すとそのまま凛の姿を見た。
 凛は元気だ。あの時は確認もせずにもうダメだと思っていたけど凛はなんともなかった。

 でも、どうしてか聞いても凛は覚えてないという。
 気づいたら倒れてて、気づいたら藤とスヴェルトが戦っていたらしい。
 そこら辺のことは藤も覚えていない。
 凛の声が聞こえて気づいたらスヴェルトが拳を構えて正面に突っ立っていたのだ。
 そしてその後のことも覚えていない。魔力の使いすぎで倒れたらしいというのは後から聞いたことだった。

「……どうしたの?」

 藤はなんでもないと頭を振った。

「行こうよ。先生達、待ってるんでしょ?」
「うん」

 玄関を出ようとした時、後ろで小さな声が聞こえた。

「……ぁ」

 振り返って見ると、シェーラだった。胸に一冊の本を抱えている。

「あれ、シェーラ……こんな時間に何してるの?」
「ちょっと図書室で本を読んでいたのよ。夢中になっていたらいつのまにかこんな時間になっていて……
 それで広沢くんはどうしたの? 特殊クラスに編入になったって聞いたけど……」
「正確には明日からね。今日は机を綺麗にしに来たんだ。なにが入ってたってわけじゃないんだけど」
「そう……」

 シェーラはひどく寂しげにつぶやいて、沈黙した。
 話すこともなく黙っているとすぐにシェーラが言った。

「そういえばカフェルがやめたの聞いた? あと木村君も……」
「……木村も?」

 これには驚いた。
 でもそれほど驚くことでもないのかもしれない。考えれば木村が逃げ出す理由はいくらでもある。
 それを言うと凛が聞き返してきた。

「……逃げ出した?」

 藤は肯いた。

「たぶん木村もいじめられてたか、それに近い状態だったんじゃないかと思うんだ。子分みたいな。それで嘘ついたこともあったし、カフェルを追い出したのが僕ってことになってるだろうから怖くて逃げちゃったんだな。
 ……別に怒ってないのに……」

 凛とシェーラはその呟きを聞いて目を丸くした。

『……怒ってないの?』

 2人の同時の問いに藤は曖昧な笑みを浮かべた。

「木村のことは別に……ね。まあ、嘘つかれたっていうのはあるから友達になりたいとは思わないけどさ」
「……」

 2人は驚いた顔のまましばらく見つめていた。
 それきり会話は止まった。
 そして会話の終わりを察してか凛がシェーラに向かって言った。

「シェーラさん……だったよね? よかったら一緒にいかない?」
「……え? どこに?」

 シェーラが聞き返すのを今度は藤が答えた。

「これから先生がご飯をおごってくれるっていうんだ。ナタリー先生とアイシャ先生と。急ぎの用事がないのなら、よかったら行こうよ」
「でも……いいの?」
「もちろん」

 藤が大きく肯いて見せるとシェーラは初めて笑顔を見せて、うん、と肯いた。
 藤の前で凛とシェーラは握手をしている。そして、
 これからよろしく――と言い合った。
 それから3人で校舎を出る。
 たったそれだけのなんでもないこと。
 だけど藤はたったそれだけのことがとても幸せなことであると感じた。
 幸せなことであることに気づくことができたのがとても幸せだった。


 ■


 真昼の月はいつも一人だ。
 そして見えない。
 だけど、世界の裏側では今は夜で、たくさんの星にかこまれて、月は金色に輝いているだろう。
 僕らもそうだ。昼と夜がある。
 一人のときもあれば一人じゃないときもある。
 目を閉じて思い出してみよう。
 きっと誰も、独りじゃない。
 顔を上げて見回してみれば、たくさんの仲間がいることに、気づけるだろう。
 月の周りで踊るように煌く、星たちの光を見つけることができたら。


               〈了〉


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