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真昼の月

彩火透火

七ノ月 月の響き③

「う」
 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――

 藤は思い切り絶叫していた。
 狼が遠吠えをするように、空を見上げ、拳を握り、悲鳴のような声で、絶叫していた。

 全身から青白い光が溢れ出す。それはどこまでもどこまでも伸び、ついには校舎の屋上まで届いていた。

 屋上にいたカフェルたちはその魔力の凄まじさに知らず知らずあとずさった。あ然と青白い魔力を見つめ、知らず知らずのうちに震えている。

 藤の絶叫はまだ続いている。こんなに長い間、息継ぎもせずに声をあげていられるのか、といったほど長い間、藤は泣き叫ぶように絶叫していた。

 空を見ていた視界が霞む。頬を熱い何かが伝い、顎の先から零れ落ちた。
 学校に残っていた教師たちが中庭に出てきた。藤の魔力を見て思わずぎょっと立ち止まる。恐ろしいほど巨大な魔力を間の抜けた顔で見上げている。藤の絶叫はまだ止まらない。

 やがて藤の魔力の中に巨大な渦が発生し始めた。それを見て教師の一人が叫んだ。

「まずい! 何か召霊されるぞ!」

 戦慄が駆け巡る。
 同時に渦の中から緑色の光が漏れ出していた。

 その緑の光は藤の頭上で渦巻き、収束していく。
 最終的に緑光は美しい女性に変わった。

 彼女は精霊と呼ばれる自然と歌を愛する別世界生命体である。……いや、実際に生命体であるかはわかっていない。
 ただ特殊な声を持つ男の前に突如出現し、その男に一生尽くすようになる不思議な存在だった。彼女たちを歌と魔力で使役する魔法使いのことを召霊士と呼ぶのだ。

 まさに藤の魔力から飛び出してきたのは風の精霊だった。藤の魔力と歌に惹かれ、異世界から飛び出してきてしまったのだ。

 風の精霊は藤の魔力を滑るように降りてきて藤のそばに降り立った。
 その美しい表情のなんと哀しげなことか。藤の叫びに含まれる哀しみの声に精霊は同調してしまっているのだった。
 そして精霊は声に含まれている無防備な藤の心を読んだ。顔を上げると、すっと屋上に浮かび上がる。いまだ屋上で呆然としていたカフェルたちを睥睨した。

 じゅ……精霊と目が合うとカフェルのズボンが小水に濡れた。足がぶるぶると震え、立っていられなくなる。
 カフェルは自らの小水の中に腰を抜かすと濡れるのもかまわずに手をついて後ろに逃げようとした。

「……ゆる……さない」

 精霊が呟く。それはきっと藤の叫びたかった言葉だ。
 そしてグリーンの閃光が駆け抜けた。
 カフェル達の髪が後ろに吹き流され、顔が引きつり、屋上の反対側までごろごろと転がっていく。
 そのまま屋上の淵の段に身体を貼り付けられてもまだ光の風はカフェル達を吹き飛ばし続けた。

「まずいな……このままだとあのガキども、いずれ屋上の外へ吹き飛ばされるぞ」

 そう呟いたのはいつの間にか中庭にいたスヴェルトだった。
 スヴェルトは精霊を見て、藤に目を向ける。藤はまだ叫んでいる。今までたまっていた鬱憤が爆発し、我を失っていた。

「藤!」

 スヴェルトは叫ぶ。だが藤はまったく気づかない。それどころか聞こえてすらなかった。

「くそっ! いじめられっこがキレると洒落にならんな」

 こうなったらぶっ飛ばしてでも目を覚まさせるしかない。スヴェルトは悪態をつくと藤に駆け寄っていった。
 その微かな敵意に精霊が気づいた。精霊はカフェル達への攻撃をやめ、愛しい者を振り返る。スヴェルトが近づいていた。

「目を覚ませ!」

 スヴェルトは最後通達のつもりで怒鳴りながら腕を後ろに引いた。藤は気づかない。
 スヴェルトは舌打ちすると拳を叩きつけるために足を踏み込んだ。

「!?」

 グリーンの光が藤の足元から螺旋状に駆け上がった。藤を守るために竜巻のように藤を包み込む。

「――つっ!」

 その風にスヴェルトは吹き飛ばされた。
 すぐに空中で体勢を直し着地すると藤に目を向ける。風の精霊が藤の肩に手をおいてこちらを睨んでいた。

(くそっ……ガキにべた惚れかよ……)

 スヴェルトは内心で吐き捨てながらポケットからぐちゃぐちゃな紙を取り出す。
 長細く少し黄ばんだ短冊のような紙。その紙には複雑な紋様が意味ありげに描かれていた。

 それは魔力を閉じ込めておくための符だった。
 召霊に必要な魔力は膨大になる。精霊界との門を開くたびに魔力を使っていたのでは術者の魔力がすぐに底をついてしまうため、召霊士は門を開くための魔力を常日頃から符に込めている。それがこれだ。

「わが愛しき者よ! 我の声を聞き、我が声を愛し、我が声に従え!」

 スヴェルトが呪を唱える。そして符を前方へ放った。
 符が魔力の青い閃光を放ち、空間がゆがむ。それはちょうど藤の魔力が起こした空間の歪みと同じものだった。
 スヴェルトは最後に歪みに向かって呼びかけた。

「出でよ、アーレイ!」

 風の精霊が現れた時と同じように青い光の帯が歪みを通ってこちらの世界に現れる。その光の帯は収束し、また同じように女性の姿を成した。

「はーいー。どうしたのスヴェルトちゃん?」

 かるい……ひどく軽い調子でその青い精霊は挨拶を口にした。スヴェルトがぶすっとした様子で唸るように言った。

「アーレイ、いいかげんチャンづけやめろ。……と、それよりもあの精霊を止めてくれ」

 スヴェルトが指差すと精霊が藤を見た。そして一言。

「あらー、いい声(おとこ)」

 スヴェルトがむっと顔をしかめた。

「……浮気か? コラ」

 精霊はくすくすと笑った。

「妬かない妬かない……ってあの子、カザミジョウだ」
「風……美丞だと?」

 スヴェルトは呻くようにつぶやくと風の精霊を見た。
 美丞はこっちの世界で簡単に言い表せば姫ということになる。つまりカザミジョウとは風の姫という意味だ。ひどく珍しく、稀な存在だった。
 実際スヴェルトもその存在は聞いたことがあったが見るのは初めてだった。

「カザミジョウが相手じゃわたしだと役不足だねー」
「三十秒でいい。何とかあいつと離せないか? 攻性相性はいいはずだろ?」
「むーりねー」

 アーレイはあっさりといった。

「攻性相性なんてあってないようなものだもの。力が同じくらいなら有利になるけど力の差がありすぎて意味がないのー」
「じゃあどうすんだよ?」
「ミズミジョウを召霊する」

 アーレイは指をびしっとおっ立てて進言した。

「できるか」スヴェルトは一瞬で却下した。
「じゃあビゼンの誰かを召霊する」

 ビゼンは美前。美丞のさらに上の存在である女王を指す言葉だった。言葉でしかない。その存在を確認した人間はいまだいないという精霊だ。……いないのである。

「ますますできるかっ」
「じゃあむーりねー」

 スヴェルトはこめかみをひくつかせた。呻くように言葉を洩らす。

「簡単に諦めるなよ……」
「ま、少しやってみましょか」

 アーレイは言って両手をばっと広げた。彼女の前に青い光球が無数に出現する。アーレイが手を前方に振るとそのすべての光球が光線と化して藤と風の精霊を狙った。だがそのすべてが緑の光に薙ぎ払われる。本当にあっさりと。

 水は切ることができない。一瞬なら切れてもすぐに元に戻ってしまう。だから風よりも水の方が強い。それが攻性相性というもの。
 でも強大な風で一気に吹き飛ばせるのなら風は水よりも強い。それが力の差というものだった。

 ごぉうっ――

 カフェル達を吹き飛ばした光の風がスヴェルト達に叩きつけられる。スヴェルトはマジックシールドを張ってその威力を弱める。アーレイの方はそれほど堪えていないようだった。

「大丈夫か?」
「ん。このくらいなら。……十秒だよ」
「二十秒」
「がんばる」
「愛してるぜ」

 アーレイが光の風の中を飛び出した。
 風の精霊がアーレイに手を伸ばし光線を放つ。アーレイが飛び上がると風の精霊は手でアーレイを追ってきた。光線がアーレイを追って空を薙ぐ。アーレイは空中で綺麗な螺旋を描いてさらに風の精霊に迫った。

「――つっ」

 光線がアーレイに掠る。アーレイの身体を削って青い光を散らした。アーレイはかまわずに風の精霊に迫った。
 すでに距離はない。青い光がアーレイから放たれると風の精霊は避けるために空に舞った。
 離れた――
 すでにスヴェルトは動き出していて一直線に藤へと迫る。藤はもう声をあげていない。呆然とした顔で虚空を見つめていた。

「広沢ぁぁっ!」

 スヴェルトは声をあげながら拳を振りかぶった。その時――

「待って先生っ!」

 声が聞こえた。

「待って藤くんっ!」

 聞き間違えるはずのない声だった。
 望み、癒され、喜ばされ、
 一時は離れ、泣かされ、
 そしてまたそばにいることを願い、誓った、心の奥まで響き渡る声。
 彼女の声。

 鈴城凛の声――

 そしてすべての時は止まった。


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