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真昼の月

彩火透火

七ノ月 月の響き①

 
 七月五日。火曜日。晴れ。
 四時限目の授業が終わった。
 藤はすでに教室を飛び出している。
 廊下にはいつもの面々。そこにはこの前のスザクの姿もあった。
 前を走る皆が振り返り、藤の姿を確認した。皆が不敵な笑みを浮かべた。

 スザクの走る速度が上がった。百メートルを八秒ほどで走りそうな速度だ。

(なっ――ダッシュか!)

 藤は驚愕して、すぐにそこに思い至る。
 最近覚えた移動速度を向上させる魔法。ここ数週間、中途半端に学んでいた藤はまだうまく使うことができない魔法だった。
 他の奴らも同じように速度を上げている。後ろのクラスの奴にも追い抜かれた。スザクはもう階段に着いていた。

(このままじゃ完全に負けだ……)

 藤は考えると中庭を確かめた。
 ――よし、やるか。
 そう思うと藤は廊下の窓をひらいた。藤は迷いもせずに窓枠を飛び越えていた。


 ■


 悔しがるスザク達を尻目に悠々とパンを買うことができた藤は校舎を出た。
 一人になるためじゃない。
 今日はご飯を一緒に食べるために待ち合わせをしていた。

「藤くん!」

 後ろから待ち合わせの相手が声をかけてくる。
 凛だ。パタパタと駆けて来る。
 もちろん偶然じゃなくて待ち合わせの相手だった。

「でも、いいの? 友達とか」

 凛はにっこりと笑った。

「藤くんだって友達だよ」

 藤は、その言葉に、その笑顔に、一瞬で赤面した。
 凛は藤の真っ赤になった顔を見て、声を出して笑った。

「あはは。照れてるー」
「ち、違うよ!」
「うそうそ。顔まっかっかだよ」
「凛!」

 藤は大きな声をあげた。その時、

「おう。何痴話げんかしてるんだ?」

 そう声をかけてきたのはスヴェルトだった。

「そんなんじゃありません!」

 凛が顔を真っ赤にして叫ぶ。藤は首を傾げて、

「痴話って何?」聞いた。
「それはな……」

 スヴェルトがおもしろがって説明しようとするのを、

「言わなくて良いです!」

 凛が大声で止めた。
 何で怒るのだろうか?あとで辞書で調べよう、藤は思った。

「調べなくてもいいのよ」
「う」

 じろりと睨まれ指摘され、藤は息がつまった。
 気づくとスヴェルトがじっと顔を見つめていた。ニヤニヤと笑っている。なんともいたたまれなかった。

「……なに?」

 眉をひそめてぶっきらぼうに問うと、いきなり両手で頬をつままれて引っ張られた。

「いだだっ――」
「どうだ一人じゃなかっただろ? え?」

 勝ち誇った顔で見下ろし言い降ろしてくるスヴェルトを藤はむっと睨んだ。
 藤は解放された頬をさすりながら恨みがましい目でスヴェルトを睨みつける。そして一歩うしろに下がると指差して言い放った。

「敵」

 味方と敵を見分けろ、と言われたことを思い出しての言葉だ。
 スヴェルトは顔を引きつらせた。

「ンだとぉ?」

 手を伸ばしてくるスヴェルト。藤はひょいと避けた。そのまま藤はスヴェルトから離れたがスヴェルトに追いかける気はないようだった。

「凛、いこう」

 藤が呼びかける。凛は肯いておいて、スヴェルトに話しかけた。

「あの……せんせー」

 敵意を見せるノラ犬のような顔で藤を見ていたスヴェルトはすぐに凛に顔を向けた。

「ん? どうした? 心気くせー顔して」
「え……と、その……ありがとうございました」

 スヴェルトはなぜかおかしそうに小さく笑った。

「なに、気にするな」
「でも……」

 凛に気にしないでいることなんてできなかった。
 今こうしていられるのはスヴェルト先生のおかげだ。先生が背中を押してくれなかったら今もずっとうじうじと悩んでいたのだろう。
 それに辛い過去も聞いてしまった。話させてしまった。ひどく後ろめたい気持ちがうなじの辺りでむずむずしていた。

「あ~やっぱ信じたのか……」

 スヴェルトはばつの悪そうな表情でぽりぽりと頬をかいていた。

「え?」

 凛が眉をひそめて聞き返すとスヴェルトは一頻りおかしそうに笑ってから言った。

「どうせ全部うそなんだ。気にしても損だぞ」
「……え?」

 凛は怪訝な顔のまま固まる。すぐに声をあげた。

「えぇーっ!」

 凛の反応がおかしくてスヴェルトは大きく笑った。

「言っただろう? 騙してでも……ってな」
「……」凛は絶句して固まる。
「ほらな、気にするだけ損だろう?」
「……」
「広沢が呼んでるぞ。崖から落っこちないようにしっかり見てろよ」

 凛は頬をふくらませた。からかわれているとわかった。

「うそつき!」
「おお。すばらしい褒め言葉」
「……ばか」

 凛は藤を追いかけて走っていった。
 スヴェルトは静かにその後姿を見つめていた。

 ■

「あ、そうだ」

 藤は思い出したようにつぶやくとかばんをあさった。
 凛が何かと見てくる。
 今は昼ご飯を食べ終えてくつろぎタイムだ。何をするでもなくゆったりと時間をすごしていた。
 目的の品を見つけた藤はかばんの中からビニールの袋を取り出した。

「……クッキー? どうしたのそれ?」

 凛は綺麗にラッピングされた袋を見て訊ねた。どう見ても市販のものじゃない。となると答えは決まっていた。

「さっきもらったんだ。家庭科で作ったって」
「……誰に?」

 藤は顔をしかめた。

「……なんか怖いよ、りん……」
「誰にもらったの?」
「シェーラ……クラスの女子だよ」
「それって茶髪の可愛い子?」

 藤は目を瞬いた。

「あれ、なんで知ってるの? もしかして知り合い?」
「違うよ。藤くんと仲直りした日にかばんを取りにいったでしょう?」
「うん」
「その時一人で教室に残ってたの。あれ、藤くんのこと待ってたんじゃないかな」
「え? どうして?」
「だって色々聞かれたから。大丈夫なのか、とか」
「ふぅん……そう言えばシェーラって何かと気を遣っていてくれた気がする」

 魔法の授業の時もそうだったし……
 藤は思い出すようにつぶやいた。

「それより食べようよ。結構いっぱい入ってるんだ」
「……いらない」

 食べられるわけがない。……例え、そういう想いがなくても。
 もちろんそんな遠慮など気づきもせずに藤は驚いた声を上げた。

「え? なんで? クッキー嫌いなの?」
「嫌いじゃないけどいらない! いいから一人で食べるの!」
「なんで怒ってるんだよ……」

 藤はしかたなく一人で全部食べた。
 食べている間中、凛はなぜかそっぽを向いて一言も喋らなかった。

 変わらない日常と少しだけ変化した周囲。
 ……でも、やっぱり変わらない感情もある。
 この変化は奴にとっておもしろくなかったようだった。


 ■■■
 七ノ月 月の響き②


 七月八日。金曜日。晴れ。
 藤は授業が終わってから図書室で勉強していた。
 もうすぐ通常授業のテストがあるからだ。

 独りで暗くなっている間、授業はきちんと受けていたようだったけどほとんど頭に入っていなかった。当然といえば当然な話だ。
 このままじゃまずいと思って一人で勉強することにした。
 凛には言っていない。言えばきっと付き合うと言ってくれるから。

 藤はカリカリと鉛筆を走らせ、いつの間にか二時間もたっていた。
 ずいぶんと遅くなってしまった。このマギス島は日本と違って今冬だったから外はもうほとんど暗くなっていた。

 藤はかばんに勉強道具を突っ込んで図書室を出た。
 暗い廊下を進んで下駄箱に着く。自分とこの下駄箱をひらいて固まった。

 下駄箱に手紙が入っていた。
 怪訝な顔でその手紙を取り出す。手紙はたんに紙を四つ折りにしたものだった。
 表を見ても裏を見てもなにも書いていなかったので藤は手紙をひらいて見た。

『午後四時に中庭に一人で来い。誰にも言うなよ』

 果たし状だ……
 藤は時計を見た。

「……」

 短い針はもう五時半ばを指していた。
 藤は手紙に目を落とした。

『午後四時に――』
「……」

 どうしろと……?
 ……無視する?

 けど今まで自分が悪くないと言い訳できるように通り魔的にやってたのに、今回は何かすれば言い訳できないこんな直接的な手段を取ってきたのだ。そうとう頭に血が上っているとわかる。
 明日からのことを考えると無視は悪手な気がする。

 とはいえ行ったってロクなことにならないのは確実だ。100%って言いきってもいいくらいなほど。
 逃げ道だけはちゃんと確保しておいて……完全に囲まれなければなんとかなるかな……
 藤はため息をつくと、しかたなくとりあえず中庭に向かってみた。


 ■


 中庭に出ると驚いたことに人が待っていた。マイクと数人のクラス男子だ。
 藤はため息をついた。
 やっぱり最近の変化はおもしろくなかったらしい。特に、シェーラ他女子達が気を遣ってくるのが、だろう。

「遅いぞ広沢!」

 マイクが甲高い声で怒鳴る。子犬が騒いでいるようでちっとも怖くない。

「調子に乗りやがってよ」

 ……別に乗ってないよ。
 藤はさめた頭の中で言い返した。

(でも……)

 一時間半もこんなところにいたのか……あきれを通り越して同情したくなる。下駄箱を確認するとか校内をさがすとか、もっと頭を使ったらいいのに……

(もっとも、頭を使われたらもっとめんどくさいことになるか……)

 藤は肩をすくめるとマイクに訊ねた。

「それでなに?」
「広沢……貴様を処刑する」

 その声は上から降ってきた。
 屋上だ。藤が見上げると屋上にカフェルがいた。星空をバックに当たり前だが人を見おろして……見くだしている。偉そうな顔。
 ……気にいらない。藤は初めて、強く、そう思った。

「マイク、やれ」

 カフェルが号令を下す。マイクが突っ込んできた。
 ……わかっていない。
 藤は冷静にマイクを見据えた。

「……わかってないよ、カフェル……」

 ――自分の強さを……
 どかっ――

「がっ……」

 膝蹴りを腹に食らってうめき声をあげる。にやにやしていたクラス男子が起こった事実を呑み込めなくてあ然としていた。
 藤は地べたで悶絶しているマイクを見おろして言った。

「僕は今まで、ただカフェルにぼこぼこにされていたわけじゃないよ、マイク。自分らだってカフェルには手も足も出ないだろう? でも僕はもうカフェルにやられてばっかりじゃないんだよ」

 カフェルは本当に強かった。クラス男子も本気で戦えば藤とあまり大差ないほどに。
 そのカフェルとこの二ヶ月ちょっと、体育の授業で戦っていてずっとぼこぼこにされ続けていたのだ。
 まだカフェルに勝てるとは思えなかったけど、他のクラス男子にはもう引けをとるとは思っていなかった。
 実際ちょっとは油断があったとは思うけど、マイクを強いとは思わなかった。

 藤は周りのクラス男子を見回した。マイクがあまりにもあっさりやられてしまったのでクラス男子達はびびってあとずさった。
 あれでもマイクはカフェルに次いで強かった。一番と二番の強さがあまりにもかけ離れていたわけだけど……

「おい! なにしてる! 早く処刑してしまえ!」

 びびっているクラス男子にカフェルが発破をかける。
 でも、完全にびびってしまっているクラス男子達はカフェルに向かって情けない声をあげるだけだった。

「で、でもカフェル……」
「僕達じゃ……」
「くそっ……役に立たない奴らめ……」

 カフェルは憎々しげにつぶやくと、後ろを向いた。

「おい、こっちに来い」

 カフェルが前に顔を戻すと屋上に数人の人影が現れた。

「あっ――」

 藤は驚愕に目を剥く。人影の中に凛の姿があった。屋上の淵に立ち、二人の男子が両脇を固めて逃げられないように拘束されていた。

「凛!」

 藤は顔をしかめて叫んだ。最悪のことが起きてしまったことを知った。それと同時にカフェルに対して、殺意に近い強い怒りを覚えた。

「藤くん、逃げて!」

 凛が自分のことも省みず叫んだ。

「黙れ!」
「きゃあ!」

 顔を叩かれて凛が悲鳴をあげる。藤が叫んだ。

「やめろよっ! 凛に手を出すな!」
「ならわかってるだろう?」

 カフェルが下卑た笑みを浮かべて言ってくる。藤は拳を握った。そしてカフェルは今まで見た中で一番汚い笑みを浮かべた。

「おい、早くやれ。広沢は手を出さないってよ」

 カフェルが言うとクラス男子達は顔を見合わせた。そしてどうやらやる気になったようだ。まだ半信半疑なのかゆっくりと近づいてくる。藤はカフェルを睨んでいた。

「藤くん、ダメ!」

 凛はそう叫ぶが藤は凛に何かされるくらいなら自分が傷つくことを選んだ。藤は少し大人びた微笑を浮かべると言った。

「ごめん、凛……やっぱり僕は独りでいるべきだったよ」
「そんなことない! 絶対にそんなことない! 放して! 放してよ!」

 屋上の淵で凛は危なっかしく暴れ出した。今にも落ちそうだ。

「おい……暴れるな」

 凛の両脇を押えていた男子がびびった声で言った。

「凛! 危ないよ!」
「やだ! こんなのやだもん! わたしのせいで藤くんがぶたれるなんて絶対にやだもん!」

 ずるっ――

「あっ――」

 それは誰の声だっただろうか。藤か、凛か、カフェルか、それとも他の男子か。とにかく誰しもが口をあけていた。
 凛が屋上から足を踏み外す。拘束されていた腕がはずれ、凛は屋上の淵に一度背中をぶつけてからゆっくりと沈んだ。
 藤はそれを、まるでスローモーションのような錯覚で見ていた。

 屋上から落ちるということを藤はかなりリアルに想像できる。できてしまう。
 屋上から飛び降りる方法を今なら邪魔さえされなければ失敗することはないけど、高所から落ちる恐怖はゼロになったりしない。

 凛の姿が高い樹の陰に隠れる。藤はそれをただ見ていることしかできなかった。
 二階辺りから、多少藤が落下速度を緩めたはずの木村でもかなりの大けがをしたのだ。
 屋上から、誰も受け止めることのない地面になんか落ちたら、それは……
 し……

「りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっっっっっ――」

 絶叫。
 そのあとのことは何も考えることができなかった。


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