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真昼の月

彩火透火

六ノ月 ひかり②

●凛視点 

 六月三十日。木曜日、曇り。
 放課後、いつものように湖に来た。
 でも、そこには藤くんの姿はなかった。
 木の陰から周辺を見回してみる。
 やっぱり藤くんの姿は見つからなかった。

「ふぅ……」

 よくわからない失望にため息をつく。――と。

「……今日は来てないみたいぜ」

 いきなり肩を掴まれて声をかけられた。びくびくしていたわたしは思いっきり悲鳴を上げていた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 凛は悲鳴を上げながらこれ以上ないくらいパニくる。
 何っ?何っ?なにっ?なにっ?
 右へ左へ首をめぐらせるが目に入るのは木ばかり。凛は意味もなく必死に手を振り回した。
 その手がぎゅっと掴まれる。――と、凛はもう一度大きく悲鳴を上げた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「お、おい。待て。俺だ、俺」

 声をかけてきた人が慌ててそう声を上げる。凛の目にもその人の姿が入った。見知った顔。
 声をかけてきたのはスヴェルトだった。
 凛は荒い息をつきながら呆然とした顔で焦った顔をしたスヴェルトを見上げながら魂の抜けたような声を出した。

「す、スヴェルトせんせ……驚かせないでください!」
「驚いたのはこっちだ。いきなり悲鳴あげやがって……。人に見られていたら俺は変質者だ。明日から指差されてロリコン召霊士とか呼ばれるところだったぞ……」
「……ロリコンなんですか?」

 凛は訝しげに尋ねながら一歩退いた。スヴェルトが気難しい表情を浮かべた。

「違うから怯えるな。ばかたれ」
「本当に?」
「本当だ。……で、何をしているんだ、今日は?」
「……今日は?」

 ため息混じりの変な質問の仕方に凛は眉をひそめた。スヴェルトは鼻でおかしそうに笑い、

「昨日、一昨日といたただろう?」

 凛はぎょっと目を丸めた。

「しっ、知っていたんですか?」

 凛が驚いたのがおかしかったのか、スヴェルトはまたおかしそうに笑った。

「あれだけ熱い視線を向けられたらたいていの奴は気づく」

 凛の顔がぎっとひきつった。

「ふ、藤くんも?」

 その反応をスヴェルトはおかしそうに笑い、すぐに首を一度左右に振った。

「いや、あいつは気づいてなかったよ。たいていの奴ってのは少し訓練をつんだ中でって意味だ。広沢程度の未熟者じゃあそう簡単に人の視線は気づかない」
「そっか……」

 凛はほっと息をついた。

「……?」

 気づくとスヴェルトがじっと見ていた。

「……なんですか?」

 凛が一歩引いて尋ねると、スヴェルトは湖の方に目を向けて言った。

「あいつはいったいどうしたんだ?」

 凛ははっとして俯く。答えることはできなかった。スヴェルト先生に、他人に相談することはまだできなかった。

「……座るか」

 スヴェルトが突然そう言い、凛は顔を上げた。うんともすんとも言っていないのにスヴェルトはすでに湖の傍に備え付けられたベンチの方へ歩き出していた。
 ちょうど昨日藤とスヴェルトが話していたベンチに凛とスヴェルトは腰を降ろした。今日は風が強く、波が大きく揺れて鳴っていた。

「今日は風の精霊も水の精霊も騒がしいな……」

 じっと湖を見つめているとスヴェルトがそんなことを言った。
 ……?
 凛が怪訝な顔をしているとスヴェルトはまた口をひらいた。

「この俺達の世界と精霊の世界というのはちょうど薄紙1枚隔てた隣り合わせの世界なんだ。だから精霊の世界で精霊が何かをしているとこちらの世界に影響が出る。反対に俺達が魔力を使って何かをすると精霊の世界に影響があるんだ。
 昔、二つ……いや、三つの世界が一つだったときは誰しもが魔法を使えていたらしい。だけど三つの世界が3枚の壁で分断されたとき、人は二つにわかれた。魔力を持つ者と持たない者――それは人と精霊の子と人と人の子の違いだ……という」

「人と精霊の子?」

「精霊はみんな綺麗な女性だからな、種族の違いはあるが人は絶対に精霊を好きになれる。そして精霊は召霊士の声を愛する。両者には確かに感情が存在して昔なら愛し合ったこともあるだろう。
 ……今はそこまで存在を重ねることはできないけどな。精霊は召霊士の大好きな声を聞ける。だけど男は精霊の姿を見ることができるだけだ……こっちの方が哀しいな……」

 スヴェルトは肩をすくめた。凛は一瞬考えてから軽蔑の眼差しを向けた。

「……えっち」

 それを聞くとスヴェルトは肩を震わせて笑った。

「くっくっく……今のがわかるんだから女の子ってのはまったく成長が早いな。広沢あたりがきいたなら、わけがわからなくて首かしげたろうに……」

 凛は思わず笑みを浮かべた。

「……そうですね」

 地面に目を向けて小さな声で相づちをうつ。この前、藤と出かけたときのことを思い出した。まだ何日もたっていないのになんだかずいぶん前のことのようだと感じた。

「でも……精霊がみんな女性ってことは女性に召霊士はいないんですか?」
「いない。……ただ、女性の声を愛する者もいるよ」
「男の精霊ですか?」
「あほか。さっき言ったとおり精霊には女性しかいない」
「じゃあ……」
「幻獣だ」
「幻獣?」

「そう……人間の世界、精霊の世界の他にもう一つの世界がある。
 それが幻獣の世界だ。
 幻獣は人、もしかしたらそれ以上の知性を持つ獣。彼らは人間の女性の声を愛する。彼らを使役する魔法使い、それを召喚士と呼ぶんだ。だから召喚士には女性しかいない。
 ……広沢は召霊士なのかもしれない」

「えっ?」

 いきなり話が飛んだので凛は一瞬ついていけなかった。スヴェルトはかまわず話を続けてしまっていた。

「ここまでこの辺りが荒れるのは珍しいことだ。昨日まではほとんど風もなかった」

 まるで空気を持ち上げるかのようにスヴェルトは手を持ち上げている。凛はスヴェルトのとうぜん何もない手の中を見て、スヴェルトに目を戻した。

「あいつはたったひと月で魔力が倍に膨れ上がったらしい。魔力は使えば上がるってもんじゃないが、使わなければ上がらないのも事実だ。才能のある奴が努力をすればその能力は格段に上昇する。だがその努力は並大抵のものじゃない。遊び休む時間を切り裂いて、まるで生活の一部のように使い続ける努力が必要だ」

 凛は眉をひそめた。そう言えば……

「藤くん毎日……」

 魔法を使って校舎を駆け回っていた……
 考えて見ればあれはいじめから逃げ回っていたんじゃないのだろうか……

「毎日どうした?」

 スヴェルトの問を凛は答えた。スヴェルトは考え込むように顎に手を当て、呟く。

「やはりいじめか……」

 スヴェルトは顎から手を外し、こちらを見た。

「塚本はどう関わっているんだ?」

 凛は俯く。

「どうして一緒にいなくなった?あんなに仲がよかったのに……」

 凛は応えない。

「あいつを見捨てるのか?」

 びくり――
 凛は震えた。

「このままじゃあいつはまずいことになるかもしれんぞ?」

 凛の身体がかたかたと小刻みに震えだす。
 まずいこと、それすなわち――ジサツ。
 いじめの先にあるもの――それは死だ。
 唯一の逃げ道。
 誰しもに残された最後の道。

「それでもいいのか?」

 ――よくない!
 心が叫ぶ。
 ――いいわけがない!
 感情が溢れだす。
 もう止められなかった。
 顔を手で覆うと絶叫するように声を上げていた。

「でもわたしっ! わたし! もうどうしたらいいかわからなくて!」

 涙が溢れる。
 風の中に嗚咽が混じった。

「……話してみろ」

 スヴェルトが静かに言う。
 凛はすべてを話した。

 藤がクラスメイトを怪我させたという話。
 自分が噂を真に受けて藤を突き放してしまったこと。
 それが誤解だったこと。
 自分のこと。
 そして……

 いじめを苦に自殺した姉のこと――

 すべてを話した。
 すべてを吐き出すように早口で喋り続けた。

 すべてを話した後、しばらく黙って何かを考えていたスヴェルトが言った。

「塚本……広沢を助けたいか?」

 凛はすぐに肯いた。

「……はい。でも……でも……」

 ……デモ……
 顔を合わせるのも怖かった。
 冷たい瞳で見つめられるのが怖かった。

 キョゼツサレルニキマッテイル……

「……そうだな」

 凛の心を頷くようにスヴェルトが呟く。

「確かに今の広沢は差し出された手を振り払うかもしれない」

 それが怖い……
 凛はすがるような目でスヴェルトを見つめた。
 スヴェルトはにっと笑った。

「なら、俺が人を、広沢を助けるための最高の魔法を教えてやろうか?」

 凛はきょとんとした表情を浮かべた。寝耳に水な話だ。
 すぐにスヴェルトに迫った。

「人を助けるための最高の魔法……そんな魔法あるんですか? 私に! わたしに使えるんですか?」

 スヴェルトは肯いた。

「使える。人間なら誰にでも使えるはずの魔法さ」

 凛はスヴェルトにすがりついた。

「教えて……その魔法、わたしに教えてください!」

 スヴェルトは凛をどうどうと押しのけ、肯いて見せた。

「わかったよ……。人を助けるための最高の魔法……それは……」
「それは……」

 凛は息を止めてスヴェルトの言葉を待った。スヴェルトは一拍もったいつけると最高の魔法の名を告げた。

「勇気だ」
「え? ……ゆう……き?」

 目がかすんだ。
 ……何を言い出すかと思ったら、勇気ときた。
 そんなものがあったらこんなに悩まない。
 スヴェルトは凛が失望していることに気づきつつもかまわずに話を進めた。

「そう、勇気だ。手を差し伸べてやる勇気。それが人を助けるための最高の魔法」
「でも……勇気なんて……」

 自分から振り払ってしまった手を差し出すことなんてできない……
 凛は力なく首を振った。

「ここで勇気を出さなけりゃ広沢はずっとこのままだぞ?」
「――」

 凛がはっと息を呑む。スヴェルトは顔を背けると、

「俺は広沢を放っておけない。でも俺じゃあ絶対に直接あいつのことを助けることはできない。俺にはお前を騙して勇気を出させるしかないんだ。俺だけじゃない。ナタリーやアイシャ保健医、他のどの教師でも広沢を救い出すことはできない。あいつを何とかするには同い年の笑いあえる友達が必要だろう。今マギスであいつのことを考えてやれる子供はお前だけだ。俺の見たところこのマギス島の上で親しかったのは塚本だけだろう。お前が勇気を出せなければあいつはずっと独りだ」

 わかっている……
 わかっているけどでも、やっぱり怖い……

「塚本を責めているわけじゃない。お前が怒ったのは当たり前のことだ。そんな理由があるのなら相手が誰であっても怒るのは当然だ。取り返しが付かないのは結果であって塚本が悪いわけじゃない」

「そんなのっ! ……そんなのおなじことです……」
「同じじゃない。広沢は絶対にわかってくれる。広沢が怒っているんじゃない。広沢はお前が嫌っていると思っているんだぞ」
「……」

「嫌われていると思っているんだ。もうきっと諦めてる。絶対にあいつから話かけてこない。お前が話しかけなければあいつはここではずっと独りだろう。六年間ずっと独りでいる。例えクラスが変わってもあいつはずっと独りでいる。例え話しかけてくる奴がいてもあいつはずっと拒絶し続ける。
 あいつは独りでいることを怖がっていた。でもそれよりも、独りになったときの、お前に拒絶されてしまったときの恐怖があるんだろう。あいつにとって塚本は唯一笑顔を与えてくれて、自分を笑顔にしてくれる存在なんだ」

「……」

「怖いことだ。怒らせたと思っている相手に話しかけるのは凄い怖いことだ。でも広沢は怒っていない。嫌われていると思っているだけだ。嫌われたと思っているからもう諦めている。塚本が諦めたらもうあいつはずっと独りだ……それでもいいのか?」

 凛は頭を振った。

「……よくない。よくないけど、でも……」

 ……できない。
 ……できない。
 凛は顔を伏せた。

「とにかく顔を合わせるだけでもいい。何も話さなくていい。ただ、広沢の顔をじっと見てやればいい。あいつはたぶん目をそらすだろう。逃げ出すだろう。
 それでも手を差し伸べ続けてやってくれ。とても勇気のいることだ。でも、本当に助けたいと思うのなら使えるはずだ」

 スヴェルトは一度言葉を止めると、その一言を強調して言った。

「最高の魔法を」


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