真昼の月
五ノ月 真昼の月④
夜……僕は夢を見ていた。
光のない夢。
暗闇の夢。
その暗闇の中に自分がぽつんとそこにいる。
自分で暗闇の中の広沢藤の姿を、鏡を見るかのように見つめていた。
じっと見つめる。
向かいの広沢藤もこちらを見つめている。
自分は何も言わない。
向かいの藤も何も言わない。
何も音がなかった。
夢とはもともとそういうものだ。
でも、暗闇が一層それを意識させた。
気がつくと湖にいた。そこで声をかけられた。
「一人で何をしてんだ?」
声をかけてきたのはスヴェルトだった。
藤はぶっきらぼうな表情のスヴェルトを見た。
――夢。
また夢。
……でも、これは現実。
夕方の湖で本当にあったことだった。
まただ……
夕方の自分ははじめにそう思った。そして次にこうも思った。
どうして僕にかまうんだろう……
放っておいてくれればいいのに……
藤はちらりと顔を向けただけで湖に目を戻した。
「……なにも」
自分の言った言葉を記憶が反芻する。
音はない。
夢とはもともとそういうものだ。
それでも意識が、記憶が、感覚が、音を再現する。スヴェルトの声を反芻した。
「なにも……か……」
スヴェルトが藤の言葉を反芻した。スヴェルトはなぜか怒っているようだった。でも。
どうでもいい……
藤はぼーっと湖を見つめた。
水の色が鮮やかに朱に染まる綺麗な景色。黄昏。
前は綺麗だとしか思わなかったのに今は寂しさしか湧いてこない。
だけどそれでも、ここにいれば色々考えずに済む。
暗くなるまでの必要のない時間だけが流れていってくれる。
学校に行って授業を受けていればいい。自分はただ魔法使いになれればいい。仲間を作る必要なんてない。
一人は楽だ。
他人はわずらわしい。
それでも……
それでも独りは……
藤はぱちっと目を瞬かせた。湖が視界いっぱいをおおう。
いけない……
また考えていた。
何も考えたくないのに、また頭の中の世界へ行っていた。
藤は湖を見つめる。
目に焼き付けるように。
心の中をその景色で満たして何も侵入して来ないように。
「おい広沢……」
スヴェルトが名前を呼んだ。
藤は答えない。ぼーっと湖を見つめ続ける。
無視したのに、かまわずスヴェルトは言葉を続けた。
「お前……独りは好きか?」
ぴくっ……
藤は思わず震えた。
それは無視することのできない問いだった。心臓をワシヅカミされたような気がした。
だがそれでも藤は、湖を見つめたまま、ただ心の中で、ただ呟き返すだけ。
……好きなわけがない――
スヴェルトはさらに尋ねてきた。
「独りは楽しいか?」
楽しいわけがない……
藤は答える。心の中で……
どうしてこんなことを聞くんだろう?
そんな、わかりきったことを。
イライラする……
早くどっかへ行って欲しい。
まっすぐ湖を見つめたまま、意識は横にいるスヴェルトに向けて念じた。
伝わるはずはない。
でも、言葉にする気にはなれなかった。
だから俯いた。
「下を向くな!」
突然の鋭い声。
びくっ――藤は肩を震わせた。でも顔は上げなかった。
スヴェルトが独り言のように続けた。
「俯いてたら周りにどんな奴がいるのかわからなくなる」
僕の周りには誰もいない……
「これだけは忘れるな」
言葉に含まれる強い意思に藤は意識だけ向けた。スヴェルトは言った。
「人を孤独にするのは他人じゃない。自分――自分の頭の中だってことを」
知っている……
そんなことは知っている。
「見ないふり。それが一番自分を孤独にするんだ。人を見ろ。憎らしい奴、嫌いな奴、なんでもいい。とにかく人を見て味方と敵を見分けろ。記憶を引っ張り出してみれば意外と味方は多いもんだ」
だから何?
……味方と敵?
そんなもの、関係ない。
わかっていない。
先生にはわからない。
大人にはわからない。
いじめられるということ……
一番辛いのは他人に何かをされるという事じゃない。
ぶたれたり、追いかけられたり、教科書を捨てられたりすることは確かにつらい。
毎日毎日繰り返されるいじめは心を挫く。
恨みに思わない日なんて一日もない。
でも……
でも、耐えられないことじゃない。
本当に耐えられないほどつらいことは独りであること。
周りに誰もいないこと。
先生じゃあ、助けにはならない。
必要なのは相談に乗ってくれる味方じゃない。
つらい中でも笑顔をくれる友達。
そのことは先生にはわからない。
いじめられることが辛いことと思っている先生には。
そして、例えわかっていたとしても、先生にはどうすることもできない。
それがいじめ。
いじめられるということ。
自分でどうにかするしかできない。
でも、自分じゃどうすることもできない。
もう、どうすることもできない……
「……」
藤は立ち上がった。
「逃げるのか?」
……逃げる?
心が反芻する。
心が反応して。
心が反発した。
「……僕は逃げない」
その呟きは独り言になって湖の向こうへと飛んでいく。
日が落ちて、夜が来た。
スヴェルトも湖も木も、
そして月もない暗闇。
夢……
光のない夢……
暗闇の夢……
「……」
目がさめた。
夜。
ここもまた暗闇。
それでも現実には光がある。
月の光。
月光がカーテンの隙間から寮の部屋を照らしている。
藤はベッドから降りて部屋を出た。
トイレに向かい用を足し、部屋に戻った。
ベッドに入るとまた引き込まれるように眠った。
そういえば……最近、自分の言葉で喋っていない……
でも……
独りとは、そういうこと。
そうでないひとにはわかりえないこと……
■■■
六ノ月 ひかり①
●凛視点
今日、湖で、藤くんとスヴェルト先生が話をしていた。
話していたというよりもスヴェルト先生が一方的に話しかけていただけのようだった。
藤くんはちらりとだけ目を向けて、それ以外は呆っと湖を眺めていただけだった。
わたしは遠くから見ていることしかできない。
あんなことをしてしまったわたしには……
気づかなかったしても許されることじゃない。
怖い……
(何が怖いの?)
怖い……
(拒絶されること?)
違う。それもあるけど……違う……
(怖い?)
怖いよ……
お姉ちゃん……
■
六月二十七日。月曜日。晴れ。
「Cクラスの子に聞いたんだけどさ……」
その日の二つ目の休み時間に特に仲良くなった友達の一人がそんな風に話を切り出した。
Cクラス……藤くんのクラスだ……
凛はどきりとしながらまずそう思った。
思い出すとなぜか哀しくなる。なぜかせつなくなった。
藤くん……
最近はすれ違っても目を向けてこない……
最初に無視したのはわたしだけれど……
だけど……
だけど、いじめはぜったいに許せない……
たとえ藤くんでも……
ぜったいに許せなかった……
(でも……)
でも……
と、最近は思う。
冷静になってみると藤くんがいじめをしていたなんて信じられなかった……
凛は話の続きを見つめた。
「なにを聞いたの?」
もう一人の友達が続きを促すと、友達は聞いたという話を自分の言葉にした。
「あの広沢って校舎駆け回ってた、凛と仲のよかった男子さ、いじめられてたんだって」
それを聞いたとき、はじめ凛は微かに失望を覚えながら、
(なんだ……)
そう思った。
心の中で、そんなことあらためて聞く話じゃない……と呟く。
だけど、そう呟く最中、凛の心はまるでゆっくりと融けていき、融けたそばから凍りつくように止まった。
(――)
顔が失望のまま固まる。
心臓が何かに痛いほど握り締められて血を無理やり搾り出され、大きくどくんと鳴った。
(え……?)
心の中で聞き返す。それは1秒後には言葉になっていた。
「えっ!?」
その声があまりにも大きかったのか、わっ!と二人の友達が驚いて声をあげた。
友達二人がおばけでも見るような目でこっちを見ている。凛はそれに気づかず、自分が今何を考えているかわからないまま無意識が言葉をこぼした。
「いま……今、藤くんがいじめられてたって……言わなかった?」
友達は驚いた顔のまま糸で引かれるように肯いた。
「え……あ……うん……言ったけど……」
――どくんっ
胸がまた強く締め付けられた。
友達は銃で脅された銀行の窓口嬢が金を出せと言われたときのような様子だったが、凛にはそれがおかしいことだと認識する意識がなかった。強い無意識がまた一つ疑問を口にする。
「いじめてたんじゃなくて……?」
希望を込めて訊ねる。
だけど友達は、その希望をあっさりと打ち砕いた。
「違うよ。男子全員にいじめられていたらしいよ。女子は無視していたらしいけど」
「え……と……だって、その……あの、クラスの子を怪我させたって……」
無意識が最後の抵抗をするように訊ねる。
勘違いであって欲しい。
聞き間違いであって欲しい。
……怖い。
怖かった……
自分が悪いということが……
とても怖かった。
だけどやっぱり抵抗は無意味で、友達は簡単に凛の中の事実を覆してしまった。
「うーん……あれもどうも他の男子がやったらしいよ。それを男子全員で広沢って子に罪かぶせたみたい……」
友達がそう答えるのを凛は絶望に染まった心で聞いていた。
藤くんがいじめられていた……
そんな……
そんな……
「でも、よかったじゃない?」
友達が言う。
……よかった?
凛はわけがわからず疑問を顔に浮かべた。
「だって凛、彼が怪我させたって話聞いたときすごく怒ってたじゃない? 誤解だってわかったんだから……」
「ごかい……」
そう……誤解……
誤解だ……
誤解なんだ……
でも……
「ちょ、ちょっと凛、大丈夫? 顔が真っ青だよ?」
友達の慌てた声が遠くで聞こえている。
でもだめ……
もうだめ……
わたしが突き放してしまった……
藤くんが両手で必死に、強く握り締めてくれていたたった一つの手をわたしが突き放してしまったんだ……
わたしが悪いんだ……
でも、もうだめ……どうすることもできない。
胸がいたい……
とても痛かった……
気づかなかったけどわたしの瞳からは涙が溢れだしていた。
■■■
光のない夢。
暗闇の夢。
その暗闇の中に自分がぽつんとそこにいる。
自分で暗闇の中の広沢藤の姿を、鏡を見るかのように見つめていた。
じっと見つめる。
向かいの広沢藤もこちらを見つめている。
自分は何も言わない。
向かいの藤も何も言わない。
何も音がなかった。
夢とはもともとそういうものだ。
でも、暗闇が一層それを意識させた。
気がつくと湖にいた。そこで声をかけられた。
「一人で何をしてんだ?」
声をかけてきたのはスヴェルトだった。
藤はぶっきらぼうな表情のスヴェルトを見た。
――夢。
また夢。
……でも、これは現実。
夕方の湖で本当にあったことだった。
まただ……
夕方の自分ははじめにそう思った。そして次にこうも思った。
どうして僕にかまうんだろう……
放っておいてくれればいいのに……
藤はちらりと顔を向けただけで湖に目を戻した。
「……なにも」
自分の言った言葉を記憶が反芻する。
音はない。
夢とはもともとそういうものだ。
それでも意識が、記憶が、感覚が、音を再現する。スヴェルトの声を反芻した。
「なにも……か……」
スヴェルトが藤の言葉を反芻した。スヴェルトはなぜか怒っているようだった。でも。
どうでもいい……
藤はぼーっと湖を見つめた。
水の色が鮮やかに朱に染まる綺麗な景色。黄昏。
前は綺麗だとしか思わなかったのに今は寂しさしか湧いてこない。
だけどそれでも、ここにいれば色々考えずに済む。
暗くなるまでの必要のない時間だけが流れていってくれる。
学校に行って授業を受けていればいい。自分はただ魔法使いになれればいい。仲間を作る必要なんてない。
一人は楽だ。
他人はわずらわしい。
それでも……
それでも独りは……
藤はぱちっと目を瞬かせた。湖が視界いっぱいをおおう。
いけない……
また考えていた。
何も考えたくないのに、また頭の中の世界へ行っていた。
藤は湖を見つめる。
目に焼き付けるように。
心の中をその景色で満たして何も侵入して来ないように。
「おい広沢……」
スヴェルトが名前を呼んだ。
藤は答えない。ぼーっと湖を見つめ続ける。
無視したのに、かまわずスヴェルトは言葉を続けた。
「お前……独りは好きか?」
ぴくっ……
藤は思わず震えた。
それは無視することのできない問いだった。心臓をワシヅカミされたような気がした。
だがそれでも藤は、湖を見つめたまま、ただ心の中で、ただ呟き返すだけ。
……好きなわけがない――
スヴェルトはさらに尋ねてきた。
「独りは楽しいか?」
楽しいわけがない……
藤は答える。心の中で……
どうしてこんなことを聞くんだろう?
そんな、わかりきったことを。
イライラする……
早くどっかへ行って欲しい。
まっすぐ湖を見つめたまま、意識は横にいるスヴェルトに向けて念じた。
伝わるはずはない。
でも、言葉にする気にはなれなかった。
だから俯いた。
「下を向くな!」
突然の鋭い声。
びくっ――藤は肩を震わせた。でも顔は上げなかった。
スヴェルトが独り言のように続けた。
「俯いてたら周りにどんな奴がいるのかわからなくなる」
僕の周りには誰もいない……
「これだけは忘れるな」
言葉に含まれる強い意思に藤は意識だけ向けた。スヴェルトは言った。
「人を孤独にするのは他人じゃない。自分――自分の頭の中だってことを」
知っている……
そんなことは知っている。
「見ないふり。それが一番自分を孤独にするんだ。人を見ろ。憎らしい奴、嫌いな奴、なんでもいい。とにかく人を見て味方と敵を見分けろ。記憶を引っ張り出してみれば意外と味方は多いもんだ」
だから何?
……味方と敵?
そんなもの、関係ない。
わかっていない。
先生にはわからない。
大人にはわからない。
いじめられるということ……
一番辛いのは他人に何かをされるという事じゃない。
ぶたれたり、追いかけられたり、教科書を捨てられたりすることは確かにつらい。
毎日毎日繰り返されるいじめは心を挫く。
恨みに思わない日なんて一日もない。
でも……
でも、耐えられないことじゃない。
本当に耐えられないほどつらいことは独りであること。
周りに誰もいないこと。
先生じゃあ、助けにはならない。
必要なのは相談に乗ってくれる味方じゃない。
つらい中でも笑顔をくれる友達。
そのことは先生にはわからない。
いじめられることが辛いことと思っている先生には。
そして、例えわかっていたとしても、先生にはどうすることもできない。
それがいじめ。
いじめられるということ。
自分でどうにかするしかできない。
でも、自分じゃどうすることもできない。
もう、どうすることもできない……
「……」
藤は立ち上がった。
「逃げるのか?」
……逃げる?
心が反芻する。
心が反応して。
心が反発した。
「……僕は逃げない」
その呟きは独り言になって湖の向こうへと飛んでいく。
日が落ちて、夜が来た。
スヴェルトも湖も木も、
そして月もない暗闇。
夢……
光のない夢……
暗闇の夢……
「……」
目がさめた。
夜。
ここもまた暗闇。
それでも現実には光がある。
月の光。
月光がカーテンの隙間から寮の部屋を照らしている。
藤はベッドから降りて部屋を出た。
トイレに向かい用を足し、部屋に戻った。
ベッドに入るとまた引き込まれるように眠った。
そういえば……最近、自分の言葉で喋っていない……
でも……
独りとは、そういうこと。
そうでないひとにはわかりえないこと……
■■■
六ノ月 ひかり①
●凛視点
今日、湖で、藤くんとスヴェルト先生が話をしていた。
話していたというよりもスヴェルト先生が一方的に話しかけていただけのようだった。
藤くんはちらりとだけ目を向けて、それ以外は呆っと湖を眺めていただけだった。
わたしは遠くから見ていることしかできない。
あんなことをしてしまったわたしには……
気づかなかったしても許されることじゃない。
怖い……
(何が怖いの?)
怖い……
(拒絶されること?)
違う。それもあるけど……違う……
(怖い?)
怖いよ……
お姉ちゃん……
■
六月二十七日。月曜日。晴れ。
「Cクラスの子に聞いたんだけどさ……」
その日の二つ目の休み時間に特に仲良くなった友達の一人がそんな風に話を切り出した。
Cクラス……藤くんのクラスだ……
凛はどきりとしながらまずそう思った。
思い出すとなぜか哀しくなる。なぜかせつなくなった。
藤くん……
最近はすれ違っても目を向けてこない……
最初に無視したのはわたしだけれど……
だけど……
だけど、いじめはぜったいに許せない……
たとえ藤くんでも……
ぜったいに許せなかった……
(でも……)
でも……
と、最近は思う。
冷静になってみると藤くんがいじめをしていたなんて信じられなかった……
凛は話の続きを見つめた。
「なにを聞いたの?」
もう一人の友達が続きを促すと、友達は聞いたという話を自分の言葉にした。
「あの広沢って校舎駆け回ってた、凛と仲のよかった男子さ、いじめられてたんだって」
それを聞いたとき、はじめ凛は微かに失望を覚えながら、
(なんだ……)
そう思った。
心の中で、そんなことあらためて聞く話じゃない……と呟く。
だけど、そう呟く最中、凛の心はまるでゆっくりと融けていき、融けたそばから凍りつくように止まった。
(――)
顔が失望のまま固まる。
心臓が何かに痛いほど握り締められて血を無理やり搾り出され、大きくどくんと鳴った。
(え……?)
心の中で聞き返す。それは1秒後には言葉になっていた。
「えっ!?」
その声があまりにも大きかったのか、わっ!と二人の友達が驚いて声をあげた。
友達二人がおばけでも見るような目でこっちを見ている。凛はそれに気づかず、自分が今何を考えているかわからないまま無意識が言葉をこぼした。
「いま……今、藤くんがいじめられてたって……言わなかった?」
友達は驚いた顔のまま糸で引かれるように肯いた。
「え……あ……うん……言ったけど……」
――どくんっ
胸がまた強く締め付けられた。
友達は銃で脅された銀行の窓口嬢が金を出せと言われたときのような様子だったが、凛にはそれがおかしいことだと認識する意識がなかった。強い無意識がまた一つ疑問を口にする。
「いじめてたんじゃなくて……?」
希望を込めて訊ねる。
だけど友達は、その希望をあっさりと打ち砕いた。
「違うよ。男子全員にいじめられていたらしいよ。女子は無視していたらしいけど」
「え……と……だって、その……あの、クラスの子を怪我させたって……」
無意識が最後の抵抗をするように訊ねる。
勘違いであって欲しい。
聞き間違いであって欲しい。
……怖い。
怖かった……
自分が悪いということが……
とても怖かった。
だけどやっぱり抵抗は無意味で、友達は簡単に凛の中の事実を覆してしまった。
「うーん……あれもどうも他の男子がやったらしいよ。それを男子全員で広沢って子に罪かぶせたみたい……」
友達がそう答えるのを凛は絶望に染まった心で聞いていた。
藤くんがいじめられていた……
そんな……
そんな……
「でも、よかったじゃない?」
友達が言う。
……よかった?
凛はわけがわからず疑問を顔に浮かべた。
「だって凛、彼が怪我させたって話聞いたときすごく怒ってたじゃない? 誤解だってわかったんだから……」
「ごかい……」
そう……誤解……
誤解だ……
誤解なんだ……
でも……
「ちょ、ちょっと凛、大丈夫? 顔が真っ青だよ?」
友達の慌てた声が遠くで聞こえている。
でもだめ……
もうだめ……
わたしが突き放してしまった……
藤くんが両手で必死に、強く握り締めてくれていたたった一つの手をわたしが突き放してしまったんだ……
わたしが悪いんだ……
でも、もうだめ……どうすることもできない。
胸がいたい……
とても痛かった……
気づかなかったけどわたしの瞳からは涙が溢れだしていた。
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