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真昼の月

彩火透火

五ノ月 真昼の月②

 六月二十七日。月曜日。曇り。
 藤はさらに孤独になった。

 人は誰しも二つの世界を持っている。
 一つしかない皆の世界と、人の数だけあるその人それぞれの頭の中に創る世界だ。
 一つしかない世界で、マギスでの藤はほとんど孤独だった。
 そして、凛の世界から藤が追い出されたとき、もう一つの世界でも藤は孤独になった。

 しかし、人の世界で本当に孤独になることなどほとんどないといってもいいだろう。
 だから本当はまだ独りではない。
 でも、藤の世界は急速に孤独になっていく。

 人の世界と自分の世界、この二つの世界で孤独になることが本当の孤独だ。
 そして、自分の世界で孤独になることもまた、その人にとっては本当の孤独だった。

 ほんの少し前まで凛が支えていた世界を今支えているのは過去の思い出と、皮肉にも魔法使いになろうと思う心だった。
 その二つに無意識にすがり藤は歩いていた。
 場所は校舎の外。時間は昼休みだ。
 最近の藤は自分から孤独を求めて、独りになれる場所を探している。
 そして藤はいつも独りでいた。
 独りになったときの恐怖は藤の頭にしっかりと刻み込まれている。そんな恐怖を味わいたくないと思う心が自然と人を遠ざけていた。
 今日もそうだ。外にいればさすがに誰もいないだろうと思っていた。思っていたが、

「なにしてんだ、一人で?」

 そう声をかけられた。
 めんどくさいなと思いつつ藤が振り返ると、視線の先には二十代半ばくらいの茶髪のこざっぱりとした男がいた。
 ウィザルド高等部の教師をしているスヴェルトという男だった。

 この人はあの湖が好きならしく、湖で何度か会っていて、何度か話もしていた。
 召霊士だというこの男はあっけらかんとしていて、およそ教師らしくなかった。

 藤は興味ゼロの目でスヴェルトを十数秒じっと見つめていたが、まるで何もなかったかのように黙って目を正面に戻した。
 藤の動作にスヴェルトはむっと眉をひそめるが、すぐににっと笑みを浮かべると冗談を言うように言った。

「なんだ? あの嬢ちゃんに振られたか?」

 藤はその言葉にぴくりと震える。
 奇しくもそれはまさに藤の心臓を突き刺すような言葉だった。はっきり言って冗談になってない。
 それでも藤は無視をした。独りになりたい一心で足を進めようとする。

「待てよ」――肩をつかまれた。

 藤は言われたとおり足を止め、振り返る。声には出さず、視線だけで質問を告げた。
 スヴェルトは怪訝そうな顔で藤の視線を受け止め、言葉ない様子で藤の態度の変化を真剣に吟味していた。

「どうしたんだ?」

 そう問う声は真剣だ。
 けれど、藤にはうっとおしいとしか思えなかった。答えるのも面倒くさい。
 だからこう答えた。

「なんでもない」

 スヴェルトの手を払ってその場を離れようとする。だが一歩前に出ただけで、

「待てって言ってるだろう」――今度は腕を掴まれた。
「なに?」

 藤は不機嫌を露に聞き返す。
 スヴェルトはその問い様にいったん口を止めるが、すぐに気遣うように心配そうな表情を浮かべると心配そうな口調で訊ねてきた。

「なにかあったのか?」

 そんな気遣いも今の藤には通じない。顔をそらすとまた、

「別に……」

 そう答えて立ち去ろうとした。
 だけど、掴んだ腕はそう簡単に外すことはできなかった。
 肩を振って外そうとする。やっぱり外せなかった。

「放してよ」

 藤は言うがスヴェルトは離さない。それはちゃんとした答えを聞くまで続きそうな気配だった。
 藤は逃げたい一心でどうしようか考えた。幸いなことに逃げるのは得意だ。
 でもすぐに諦めた。
 スヴェルトはらしくなくても教師だ。召霊士でもストップくらいの魔法は使えるだろうし、体力的にも相手にならないだろう。
 それよりなにより藤には抵抗する気力というものがほとんどなくなっていた。

 抵抗してどうなるんだろう?
 逃げてどうなるんだろう?
 どうして逃げていたんだろう?

 逃げた結果があれだ。罪をなすり付けられ、助けようとした木村には裏切られ、教師は自分の言葉を信じず、唯一の救いを失った。

 逃げてどうなる?
 抵抗してどうなる?
 結果が同じなら楽なほうがいいに決まっている……

 藤はしかたなく時間が終わるまで黙りこくることにした。幸い5時間目が始まるまでそれほど時間は残っていない。スヴェルトがいくららしくなくてもまさか授業中までこうして捕まえているわけがない。
 ――と。
 藤が抵抗をやめるとスヴェルトは藤を離した。わけがわからない。

「……教室にもどれ」

 スヴェルトはそう告げて黙る。
 藤はスヴェルトを見上げると返事もせずに来た道を戻っていった。
 昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り始めていた。
 スヴェルトは校舎に歩き去る藤の背中をじっと見つめていたが藤がそれに気がつくことはなかった。


 ■■■
 五ノ月 真昼の月③


●スヴェルト視点

 その日の夜。

「あの広沢って小僧、いじめられているぞ」

 街の小さなバーのカウンターでグラスの中の酒を回しながらそう言ったのはスヴェルトだった。
 独り言ではない。彼の隣には女性が一人座っている。彼女の前には黄金色のカクテルの入ったグラス。それを不機嫌そうに見つめている。
 その彼女とはナタリーだった。カウンターで、なぜかイスを一つあけた隣にスヴェルトとナタリーは並んで座っていた。
 珍しい組み合わせだった。だけどおかしいというわけじゃない。
 二人とも中・高と分かれているとはいえ同じ学校の教師だし、それどころか同年の彼らは魔道学園の同窓でもあった。
 ただやはり、珍しいことには違いなかった。今日この日まで交流などなかったのだから。
 ナタリーはスヴェルトの言葉に全く驚きを見せずにのんびりお酒で唇を湿らせると、

「知ってる」

 あっさりそう答えてスヴェルトの目を剥かせた。
 スヴェルトは身体ごと顔を向けると、低く怒ったように言った。

「知ってて何もしやがらねぇのか?」
「……ふぅ」

 ナタリーは疲れたような、妙にむっとくるため息を一つ。そのまま一連の動作で持ち上げたカクテルを一息にあおると、マスターを一睨みして、

「強いのを頂だい」

 マスターは無言で茶褐色のどろりとした酒をロックグラスで差し出す。

「お、おい……」

 スヴェルトの抗議などもちろん耳を貸さずにナタリーはそれも一息であおると、おかわりを告げた。
 グラスを受け取り、じろりとスヴェルトに据わった目を向けると、けんか腰の問。

「……何をしろって言うのよ?」
「何ってそりゃあ……」

 スヴェルトは聞き返されて困る。黙る。
 返せる答えはあったが、どれも愚にもつかないものばかりだ。ナタリーはそれを読んだように、

「朝の連絡で、いじめはやめましょう、とでも言えばいいの?」

 意味がないだろう、とスヴェルトも思う。
 ナタリーは無言の中の否定を読み取って、それみろとばかりに鼻を鳴らすと、グラスをあおった。乱暴にグラスを置き、お代わりを頼む。
 差し出されたお酒を前に置くと映った自分の姿を見つめ、ぽつりと言った。

「……どうしようもないのよ。気づいたのはほんの数日前、あの件の後だし。今もっか調査と対策を考え始めたばかりよ。
 本当はあんたと飲んでる場合じゃないのよ!」

 ナタリーはいきなり思い出したように声を荒げて、スヴェルトは思わず身を引いた。

「お、俺に当たるなよ」
「ふん! 珍しく話があるとか呼び出されりゃ、今まさに頭抱えてる問題で責められてんのよ! それくらい我慢しなさいよ!」
「わ、わかった。わかったから怒鳴るな」

 スヴェルトはナタリーの剣幕にびびりつつ慌ててなだめると、ナタリーはそれを聞き入れたわけでもないだろうが、落ち着こうとするかのように息をついた。

「けっきょくいじめなんて当人が何とかしないといけない問題なのよ。わたしに出来ることなんて高が知れてるわ。なるべく生徒に目を光らせていることぐらい。
 だけどそれでも絶対じゃない。
 わたしだって仕事あるんだもん!
 生徒眺めてればいいってわけじゃないのよっ!」
「だ、だからわかってるって」

 俺も教師なんだから。ナタリーは聞いていない。

「中等部だって千人も人がいんのよ! それがたかが三〇人ぽっちにいじめられたくらいで自分が一人だなんて思うなんて!」
「いや、……やっぱクラスってのは子供にとっては一つの大きな社会であるわけだし……」
「そんなことわかってるのよ!」

 どんっ、思い切りカウンターをぶっ叩いた。

「あ、そうですか」

 なぜか敬語だ。
 もはやまともな会話は不可能と諦めきったスヴェルトはナタリーの表情が穏やかに変わるのを見た。

「でも、とっかかりはあるの……」

 ナタリーが少し嬉しそうな声でつぶやく。スヴェルトはその声よりも内容の方が気になった。

「……とっかかり?」

 聞き返すと、ナタリーは少女のように嬉しげに肯いた。

「うん。今朝、シェーラが言いにきたの」

 個人の名前を出されてもスヴェルトにはわからない。でも話からすると受け持ちの生徒の一人であることは簡単にわかった。

「広沢くんのこと、なんとかしてくださいって。一人でもそう言ってくれる生徒がいれば何とかなるかもしれないものね」
「そうだな」

 確かにそうだ。スヴェルトは頭の中で肯いた。
 教師が何人集まっても子供を助けることなんてできないが、生徒が一人でも優しくしてくれれば何とかなるかもしれない。
 とにかく独りじゃないってことを教えなければいけない。そのためにも塚本の協力が……
 ふと気づくとナタリーは据わった目でじろりと睨んでいた。

「な、なんだ……?」
「んー、そういえばさ……どうしてあんたがあの子のこと知ってるのよ? なんの接点もないでしょう?」
「偶然だ、偶然」

 説明するのもこっ恥ずかしかったのでごまかすとナタリーは陰険な面で迫ってきた。

「んん?」
「絡むな!」

 そのあとスヴェルトはずっとナタリーの愚地を聞かされ続けた。
 そして、この女とは二度と飲むまいと心に誓った。


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