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真昼の月

彩火透火

四ノ月 夜明けの月①

 六月十七日。金曜日。晴れ。
 毎月第三金曜日は魔力測定の日。……ということらしい。

 一時間目が終わった休み時間に行くよう言われて、藤たちCクラスは天井の高い、広めの特殊教室へと移動した。
 藤が中に入ると中にはBクラスの連中がまだ測定をしていた。
 保健医のアイシャ先生が前に座り、先生の前にあと数人の生徒が並んでいる。あと数分といったところだろうか。

 藤は壁に背中をつけてその様子を呆っと見つめる。
 アイシャ先生は先生の中では唯一魔法使いでない先生だ。
 短い黒髪で、その下にある顔が驚くほど小さい。
 にこっと笑う笑顔がまるで少年のようで可愛いのに、なんとなく逆らうことのできない憧れのような感情を抱かせる不思議な女性だった。

 藤が見ている前でBクラスの女子生徒が青白い光に包まれている。
 その光の大きさにそれほどの差はなく、だいたい頭ひとつ二つ分くらい突き出しているのが普通だった。
 女子生徒の前でアイシャ先生は光をじっと観察し、何かを紙に記録していく。

「はい。いいわよ」

 さらさらっと何かを記し、アイシャ先生が言うと女子生徒は光を消して息をついた。次の女子生徒が一歩前に出て深呼吸をしている。
 一人だいたい四十秒くらいで七人、五分ほどでBクラスの測定が終わった。

 続いてCクラスの一番からアイシャ先生の前に立つ。
 藤は男子の最後だ。前には木村がひどく緊張した面持ちで立っている。こんなもので何を緊張することがあるのかよくわからない。
 少しして、

「おおっ」と感嘆の声があがった。

 見てみるとカフェルが青白い光に包まれている。
 その光は他の奴らとは違ってカフェルの頭からだいたい一メートルくらい高く膨らんでいる。
 高さが魔力の強さを表しているのなら、カフェルの魔力は人よりもかなり強いということになるだろう。
 カフェルがCクラスのリーダーをしているのは何も金持ちの坊ちゃんだからというわけじゃない。それだけの実力があるからだった。

「カフェルはいずれ特殊クラスかな……」

 木村の前の奴がカフェルの光を見ながら呟いた。

「特殊クラス?」

 木村がすかさず聞いている。
 藤も興味があったので聞き耳を立てた。

「中等部で魔力がずば抜けた奴らを集めたクラスがあるんだよ」
「え? どこに?」
「高等部にさ」
「高等部? 中等部の生徒がもう高等部に行ってるの?」
「ああ。聞いた話だと驚くほどハードな訓練して、中高六年で覚えることを四年くらいで覚えさせられるらしいぜ」
「四年!?」
「でもって特殊クラスを卒業した奴らは王宮の宮廷魔術師とか、政府の高官のボディガードとか……とにかく魔法使いのエリート中のエリートになれる可能性を持った奴らが呼ばれるのが特殊クラスなのさ」
「へぇ。どうすればなれるの?」

 いい質問だ。

「魔力が強ければさ。中等部の奴じゃとても出せないような魔力を見せれば編入させられるらしいな」
「ふぅん……」

 木村は自分に関係ないやといった様子で鼻を鳴らした。

(……特殊クラス……か……)

 藤は顎に手を当てて考え込んだ。
 藤の魔法使いになった目的はお金だ。お金持ちになって母さんを楽にするためである。
 特殊クラスに入ってエリート中のエリートに。母さんを楽にするのにこれ以上の話があるだろうか? いやない。
 ……しかし……

(……魔力か)

 どうすれば魔力が強くなるのかわからない。努力で強くなるならばいくらでも努力できるのに……

「――い」

 だけど素養だとしたら自分でどうこうはできない。強くなることを祈るだけだ。

「おーい。藤くん」

 呼ばれて気づくと自分の番になっていた。
 前でアイシャ先生が藤の前にかざした手を左右に振りながら笑っている。
 藤は保健室のマジな常連だったからアイシャ先生とは仲がいい。普通は名字を呼ぶ先生だけど藤のことは藤くんと呼ぶ。そのくらいの仲だった。

「あ。」

 藤は慌てて一歩前に出るとアイシャ先生のすぐ前に立つ。
 アイシャ先生はいつもの笑顔で藤が魔力を出すのを待っている。
 藤は目を閉じて呼吸を整え、全身から魔力が吹き出るイメージを浮かべた。
 すぐに暖かい空気に包まれたような感覚が全身を包む。
 魔力が全身を包んだのを、文字通り、肌で感じた。

 がたっ!

 椅子を蹴ったときのような馴染みある音が前から聞こえた。
 藤はかまわずに目を閉じたままさっきの思考の続きを始めた。
 けれど当然のことながら有意義な方法など思い浮かぶことはなかった。
 魔力を強くする方法など魔法使い見習い一年生の藤にわかるはずもない。
 諦めたら素晴らしいアイデアを思いついた。あとで先生に聞く、だ。

「……?」

 ふと、周りが異様なほど静かなことに気づいた。
 それにずいぶん長い時間がたっているように感じる。
 考えごとをしていたのではっきりとしないけど、普通魔力を出してからなら二十秒くらいで終わるのに、もう一分以上たっているように感じる。
 なんかもう終わってみんな帰ってしまったのでは、などという不安が湧いて藤はそっと薄く片目をひらいた。
 ちゃんとアイシャがいた。
 でも椅子を後ろに蹴飛ばしてなぜか立っている。驚いた顔をしている。
 先生のこんな表情を見たのは初めてのことだ。

「……? アイシャ先生?」

 藤が声をかける、アイシャ先生ははっと我に帰って藤の顔を見た。

「まだ?」
「あ。……うん、待って」

 アイシャ先生は慌てた感じで頷くと椅子を引っ張り起こして座り、紙にさらさらと測定結果かなんかを書き込み始めた。
 十秒、二十秒……ちらちらとこちらに目を向けながらずいぶんと長い時間書き込んでいる。
 その間、藤はアイシャ先生を見ていたのだけど、先生はこっちじゃなく、こっちの少し上の方を見ていることに気づいた。
 藤はさすがに不審に思って先生の視線をたどるように自分の頭上を見た。

 あ然としてしまった。
 四メートルほどある天井に藤の中から吹き出した青白い光は届きかけていた。
 藤の身長は百五十七センチ。
 つまり二メートル以上、カフェルの倍くらいの高さがある光が出ていることになる。
 前回の測定ではみんなと変わらず頭ひとつ分くらいだったのにだ。

「はい、いいよ」

 アイシャ先生の声に我に帰った。慌てて顔を前に戻し、アイシャ先生にマヌケな顔を向ける。
 アイシャ先生の方はもういつもの笑顔を浮かべていた。頷いてみせる。
 藤はそれを見て魔力を消すと、アイシャ先生の前から離れた。

 カフェルが嫉妬丸出しでこちらを睨んでいたことに藤はまったく気がつかなかった。
 それが、まるで無視をされたように感じたようで、カフェルはさらに怒りを強めたようだった。


 ■■■
 四ノ月 夜明けの月②


 ……呆っとしていて油断した。
 そのことに気づいたときにはもう彼らは帰らぬ人と……いや、……帰らぬ物となっていた。

「まずったなぁ……」

 藤は机の周りに散乱した細かい紙と布を見て、顔を抑えた。
 すぐに気を取り直すと机にかけっぱなしのバックを確かめる。
 魔力測定に行く前にはしっかり閉まっていたはずのバッグは大きく開かれていた。人なら顎が外れてるほどだ。

 もちろん誰がやったのかは考えるまでもない。
 藤はバックの中身を確認しながら怒りで頭を熱くした。

 帰らぬ物となったのは教科書二冊と体操服一着だ。
 パズルに成り果ててしまった教科書は数学と音楽。薄かったのが災いしたか。
 さっさと戻ってきて救出するはずだったのに、忘れてしまった。ごめんよ。

 藤は紙くずと布きれをかき集めると空っぽの机に突っ込んだ。バックを肩に引っかけると無人の教室を出た。
 1階に行き、購買部による。体操服と教科書と学生証を出して、受け取った。

 予鈴が鳴った。
 次の時間は体育だった。最悪なことに格闘だ。魔力測定のことを考えると憂鬱になる。
 カフェルのことだ、プライドをいたく傷つけられてその憂さ晴らしをしてくるに違いなかった。
 無駄な出費をさせられたことを思えば、こっちが憂さ晴らししたいくらいなのに。
 藤は色々と思いながらも真新しい体操服に着替えて格技場へと向かった。

 授業が始まると案の定、カフェルは好き放題やってきた。
 まず足を蹴る。腹を殴る。
 でも、絶対に顔は殴らない。顔にあざをつけてればいじめがばれる。とことん狡猾でいやらしい。

「何でお前が!」

 カフェルのまわし蹴りがわき腹に突き刺さる。

「ぐっ、知るか!」

 藤はうめき声を洩らしつつ言い返す。
 逃げ回ってはいるが、藤は基本的に気が弱いわけじゃなかった。嫌なことは嫌だというタイプだった。

 カフェルのパンチ。これは、藤は手で払うことができた。
 成長だ。藤はやられまくっていたけど確実に成長していた。
 蹴られても殴られてもあまり痛くなくなっていた。それでも急所に当たるとまだ痛いが。
 そんな理由もあって痛くないからこそ相手の攻撃をよく見ることができるようになっていた。
 よく見てみると蹴りやパンチというのはそれほど速くない。
 それでもまだやはり、すべての攻撃をかわすには技術と経験がぜんぜん足りなかった。

「ふん」

 自分の攻撃が受け流されたことに忌々しそうに鼻を鳴らし、カフェルは連続で手刀を放つ。首筋に決まって藤は呻いた。
 むかつくので本気で殴り返す。
 しかし、初等部からやってきているカフェル達は防御が異様に上手い。
 子供の喧嘩レベルしか技術のない藤の拳が当たるはずもなかった。

 ……そう、当たるはずがなかった。普通ならば。
 だけど、どんな偶然が起きたのか、どんな神がどんな気まぐれを起こしたのかは知らないが、藤の一撃はカフェルの鼻っ面に決まっていた。

「ぐえっ」

 カフェルがカエルのように鳴いた。
 カフェルはもちろんのこと、藤の方も何が起きているのかわからない、といった表情をしてしまう。
 他の男子も女子も同様に驚いた顔をして動きを止めていた。

 それはそうだろう。藤が組み手で相手の身体に攻撃を当てたのは、これが初めてだった。
 普通は寸止めにする組み手だが藤はどうせ当たらないと思っていつも振り回していた。
 今までは本当に当たらなかった。掠りもしなかった。

 それが当たった。しかも一番強くて上手いカフェルにである。
 驚くのは当然だった。

 カフェルが鼻を押えて、一歩二歩とあとずさる。
 鼻を押えた手の指の隙間から血がにじんで落ちた。
 藤の一撃はまともに鼻を直撃していた。鼻血くらい出てもおかしくはない。
 が、カフェルは、鼻から血が出るものだということを初めて知ったかのような顔で、床に落ちた血を見つめていた。

「何をしてるの!?」

 監督していたナタリーが気づいて声をあげる。
 すぐにカフェルの鼻血に気づくと、いまだあ然とした藤を見て、カフェルに向き直り、

「ちょっと来なさい」

 と、治療のためだろう、カフェルの余った手を引っ張って連れて行ってしまった。
 その時間、カフェルが授業に戻ることはなかった。
 当たり前のことだけどやたらと叱られた。
 けれど、とてもとても困ったことに、それほど悪い気分ではなかった。


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