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真昼の月

彩火透火

三ノ月 真夜中の月③

 今日最後の授業は魔法の実技だった。

 ウィザルド中等部の授業は国語数学理科歴史世界史体育音楽美術家庭科。
 そして魔法。

 国語は魔道言語による授業。数学理科世界史は変わりなし。歴史は魔法使いの歴史だ。
 体育は球技と体力訓練と格闘があり、音楽美術家庭科は変わりなし。
 一般授業は前半が講義、後半が問題を解く、という授業形式になっている。だから時間が伸びることも短くなることもなかった。

 そして魔法。
 魔法の授業は一般的に実技と1セットになっていた。
 休み時間を挟んで二時間連続で行われ、前の授業のときに習った魔法を実際に使ってみるのが実技の授業である。

 ちなみに外国語の授業はない。『翻訳』の下位魔法によって話した言葉は外国語になるし、聞いた言葉は自分の理解できる言葉になるからだ。

 男子達のいじめは授業中にも行われていた。
 教室でやる一般授業はいい。さすがに攻撃のしようがなかったから。
 でも、集団でやる魔法の実技や体育などはひどかった。授業中では逃げようもなく、やりたい放題だ。

 その中でも特に格闘の授業がひどかった。
 普通寸止めが当たり前なのに、藤には余裕で拳をぶつけてくる。
 やり返せればいいのだが、みんな強いのである。
 初等部のときから格闘という授業があったらしいからそれも当たり前の話だ。藤は今まで柔道もしたことがなかった。

 球技もたまにひどい。
 サッカーやバスケ、集団球技になるとみんなで無視する。ボールを絶対にまわさない。
 それだけならばふてくされてればいいのだが、いきなりパスとかいってボールをぶつけてくる。
 ボールを拾えばファウル、ファウル、ファウル。思わず殺したくなる。
 終わってみれば格闘の時よりもボロボロ、なんてのも珍しくなかった。

 そして魔法の実技。今日は最悪なことにクラス全員で行う魔法の訓練だった。
 かなり広い迷路と下位魔法の『探索サーチ』を使って鬼ごっこをするという訓練らしい。
 藤は鬼ごっこと聞いただけでげんなりしてしまう。毎日してるのに、わざわざ授業でやるまでもないだろう。

 ――と、いきなり、ばんっと背中を叩かれた。

「って……」

 藤は顔をしかめて振り返ると、そこには下卑た笑みを浮かべたマイクがいた。
 その向こうに僕は関係ないといった顔をした、カフェルの姿も見えた。
 授業開始直前で先生もいたから油断していた。かまっても仕方ないので藤は顔をそらすとその場を離れた。
 授業が始まり、鬼を決め、鬼ごっこは始まった。


 ■


『サーチ』はある特定の範囲の中にある生命体や特定のものを魔力で見つけ出すことができるという魔法だ。
 と、聞けばずいぶん便利な魔法に聞こえるだろうが、実はその特定のものというところにかなりの制約があり、実際には滅多に使い道はない。
 しかも実際に使ったらその魔力を元にこちらの居場所が筒抜けになりかねないという危険があった。
 ただ、授業で使う分ならサーチはかなり大きな魔力を使うので魔力の安定感を高めるのにいいのだ、という話だった。

 藤は始まってすぐに、とりあえず迷路の隅っこに向かった。
 男子達は100パーセント自分を狙ってくるはずなのだ。
 が、サーチは誰が誰だ、というところまでは確定できないはずだから、とりあえず隅っこにいればそうそう見つかるものではないだろう、と考えての行動だった。

 数分で藤は適当に走って迷路の隅っこについた。
 呪文を唱える。両腕を、お姫様抱っこするみたいに広げ、

「……サーチ」

 十数秒すると腕の上に迷路の模型のような立体映像が出てくる。
 ちょうど真中で光が点滅している。その光が藤だ。
 周り数十メートルには誰もいない。

 ほっと一息。と、思ったらいきなり一つの光点が藤のサーチの中に入ってきた。鬼の可能性が高いな、藤は思う。
 そのとき違和感を覚えた。
 その光点がまだ一度も止まっていなかったのだ。つまりはサーチを使っていないということになる。

 上級者ならともかく習い立ての見習いがこれほど集中力を必要とする魔法を走りながら使うことはできないはずだった。
 それなのにその光点はきっちりとこちらに向かってくる。
 偶然か?、とも考えた。だけどそいつは間違いなく、まっすぐ藤めがけて走ってきていた。

「な、なんでだ?」

 藤は慌てて、動くか待つか考えた。
 鬼だとしたらまずい。迷路では見つかったら追う方が断然有利になる。行き止まりにはまったら終わりだ。
 けど偶然だとしたら、動いているうちに本当の鬼のサーチ内に入ってしまうかもしれない。
 動くならサーチをいったん解除しないと――ベルガだ。男子の十一番、ベージュ髪の目つきの悪い奴だ。

「やべ」

 藤はサーチを消して逃げ出した。
 鬼だった。鬼であることを示すたすきを首から下げていた。
 片手にはちっぽけなサーチを創りだしている。自分の周り数メートルくらいしか探れないような小さなサーチだ。
 それなのに鬼は間違いなく藤の位置を把握していた。

 藤は走る。曲がる。走る。細かく細かく曲がって、姿が見えないように走る。
 しかし、しかしどうしてだろうか。鬼は間違いなく、藤の位置を把握している。
 あんな小さなサーチでは絶対に藤の位置は映っていない。
 しかも鬼は藤のサーチの外から走ってきたのだ。理解できない。藤は走る。

 がつっっ、

 何かが足に当たった。藤は勢いよく前に吹っ飛んで、顎から倒れた。

「ってぇ……なんだ?」

 藤は顎を押えて振り返る。けれど何もない。足を引っかけるものなんて何一つ見当たらなかった。
 でも、足音が聞こえた。遠ざかる足音と近づいてくる足音。
 ……近づいてくる?

「あ」

 もう遅かった。すぐそこにベルガがいた。

「なんでだ?」

 藤は短く問う。

「さあな」

 ベルガは何を質問しているかはわかったようだが、答えなかった。
 たすきを藤の頭に落として背中を見せる。ベルガともう一つの足音が遠ざかっていく。

 もう一つ……さっきつまづいたのは、きっと誰かの足だろう。男子の誰かが待ち伏せして足を引っ掛けたのだ。
 1対十六の鬼ごっこというわけである。こんな狭い檻じゃさすがに相手にならない。

 それでも藤はたすきを手に、立ち上がった。これが授業である以上、たすきを放り捨ててそこらに座っているわけにもいかない。
 呪文を唱え、腕を広げ、

「サーチ」

 自分を中心にした迷路が腕の上に広がる。
 光点が二つ浮かんでいる。一つは自分、もう一つの光点はさっき去ったばかりのベルガを示すものだ。
 それ以外にはあいかわらず藤のサーチの範囲に誰もいない。
 どういう理由か知らないけど自分の位置は完璧に把握されていると見て間違いないだろう。
 こうなったらもう魔法の授業じゃない。体育の体力訓練だ。

 藤はサーチを消すと、たすきを首に引っかけて走り出した。

 が、いない。
 いない。
 いない。
 誰もいない。

 やはり闇雲に探しても見つからないだろう。この迷路は円状で直径が二キロほどもあるのだ。
 だからサーチを必要とするのに、藤のサーチには何度試しても、人っ子一人入ってこなかった。
 もしかしたらみんなもう校舎に帰ってしまったのではないか、とも考える。
 すぐに首を振った。これは授業だ。そんな授業拒否のようなことするわけがなかった。

 もう一度サーチしてみるか、そう思いながら角をひとつ曲がったとき、正面に女子がいた。シェーラだった。
 シェーラを見て、藤は眉をひそめた。シェーラはこちらをじっと見ながら、まるで藤を待っていたかのように立っていたのだ。
 その顔はなぜかやたらと不機嫌そうだった。

「えっと……?」

 困惑顔でシェーラの怒ったような顔を見る。シェーラは、はい、と手を突き出した。

「え?」

 藤は怪訝な顔でシェーラの手を見つめる。シェーラは怒ったように、

「たすき」
「え……あ、うん」

 藤はきょとんとした顔で言われるままに、シェーラの手にたすきを乗せた。
 シェーラは受け取ったたすきを首からかけて、怒ったような顔で目の前に立ったままの藤を睨む。藤はあいかわらずぽかんとしている。
 そんな藤にシェーラは不機嫌そうに言った。

「……何してるの?」
「え? なにが?」

 シェーラがイラッと眉を振るわせる。

「何で逃げないの?」
「あ。……ああ」

 藤は思い出したように頷くと踵を返した。曲がり角のところまで走り、一度振り返る。
 シェーラはこちらをじっと見つめたまま、まったく動いていなかった。
 藤が見えなくなると、シェーラは手を顔の前まで持ち上げて、呪文。

「サーチ」

 手のひらサイズの立体映像が現れ、中心に浮かぶ光点から一本の光の線が誰かを追いかけるように伸びている。
 誰かというのはもちろん藤のことだ。藤が持つ微弱な魔力を放っている物にサーチ目標を合わせることで可能になるサーチの応用型魔法だった。

 一点集中で特定の魔力を捉えていたから二キロくらいの距離ならどこまでも藤を追うことができる。ベルガが藤の位置を完全に把握していたのはこういう理由だった。
 魔力を放っている物というのも藤が直接持っている物ではなく、これが始まる前にマイクが藤の背中にくっつけた物だった。
 シェーラは手の平サイズのサーチを握り潰すように解除すると、藤がしたように両腕を広げた。

「サーチ」

 両腕いっぱいに迷路が広がり、藤のサーチと同じ魔法とは思えないほどの光点が点滅していた。
 その一つがシェーラの光点に近づいてくる。すぐそこの曲がり角を曲がった。
 姿を現したのはカフェルだった。
 カフェルは鬼になったシェーラに近づいていく。手前で足を止めて手を差し出すと、カッコつけているつもりなのか気障ったらしい口調で問うた。

「どうしたんだい、シェーラ?」

 シェーラは藤に見せたものより鋭い目でカフェルを突き刺す。カフェルはびくりと顔を強張らせる。
 シェーラはふいっと顔をそらすと言った。

「授業の邪魔しないで」

 カフェルの横を通り過ぎて離れていく。
 カフェルはその場にじっと立ち、藤が曲がった角を睨みつけていたが、少しして差し出した手をぎゅっと握り締めた。
 その握り締めた手がぶるぶると小刻みに震えていたことにカフェル自身も気づいていなかった。

 そんなやり取りがあったことなど知らず、最初のように迷路の隅っこに陣取った藤はそのまま今日一日最後の暇な授業を終えたのだった。


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