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真昼の月

彩火透火

二ノ月 夜空の月⑦

 5月10日。朝。
 身体測定をした日の翌日、藤は中等部の校舎の一室にきていた。

 部屋は八畳くらいの広さで本棚、戸棚、机、テーブル、椅子が整然とあり、本、書類がそこら中にばら撒かれていた。
 一見して汚い。実はごみ捨て場なのよ、といわれても信じそうだ。

 藤は入り口のところでどうしようかと立ちつくし、隣に立つ確か木村優司十三歳は小さな背中を丸めて恐る恐る部屋を見回している。
 そして部屋の主、自分の担任になるであろう金髪の女教師ナタリーは机の向こうで何かしている。
 どうやってあそこまで行ったのだろう、思う。

 1、飛んでった。――ありそうだ。
 2、かまわずほんの上を歩いてった。――意外とそうかも。
 3、びょんと跳んだ。――大穴だな。

 結果は十秒後。
 ナタリー先生は椅子から立ち上がると本を蹴飛ばしながら歩き、こっちにきた。
 2がニアピンだったか、思っていると、ナタリー先生が藤を見た。

「あなたが広沢藤くん。あなたが木村優司くん」

 藤と木村は頷く。ナタリー先生はにん、と笑った。

「ようこそマギスへ。そしてウィザルドへ。聞いてると思うけどわたしはナタリー。あなたたちの入る教室の責任者です、よろしくね」

 よろしくお願いします、藤と木村は言った。

「じゃ、行きましょ」

 藤はナタリー先生に連れられて、木村の横を歩き、部屋から出た。

 中等部の校舎はドーナツ状の長方形で四階建て。
 東通路と西通路に教室が並び、1階の南通路には生徒用の、北通路には教師用の玄関がある。
 真中にかなり広い中庭があって1階が教師陣の個室と保健室と食堂と購買。それと特殊教室。
 2階はすべて魔法の特殊教室。
 3階の西通路にもまた特殊教室があって東通路には教室が、4階も全部教室である。
 藤が入る教室は3階の東通路にあった。

 1階のナタリー先生の個室を出た藤は階段を登り、2階を素通りし、3階についた。
 しんと静まり返った校舎はなぜか不思議な感じがした。赤い絨毯が敷かれた廊下に出て歩くと左手に中庭が見える。
 緑に噴水、ベンチ。昼休みともなればたくさんの生徒がご飯食べたり、話をしたりするのだろう。今は誰もいない。

 ぺたぺたと薄い絨毯の上を歩き、右手ににょきっと伸びる通路を二つばかり越え、三つ目の通路にナタリー先生は入った。
 二十メートルくらいの通路の先に扉があり、ナタリー先生はがらりと開ける。

 人がたくさんいた。
 ……いや、たくさんというほどでもないか。一クラスは大体三十人くらいと聞いていた。
 正確には三十人だった。

 ナタリー先生が教室にずんずんと入っていってしまう。
 藤と木村は扉の前で、どちらからともなく足を止めてしまった。
 ここから先は自分たちの領域ではない。勝手に入ることがためらわれた。やがて、

「何してるの? 入ってきなさい」

 ナタリー先生がこっちを見て言う。
 三十人六十個の目が一斉にこっちを見た。
 その視線の動きでぐわん、と音がしたような気がした。

 藤と木村は目をちらりと交わし、アイコンタクトでどっちから行くか決めたが、もちろん目は何もいわない何も伝えない。
 木村は一向に動く気配を見せない。

 仕方なく藤が教室に一歩足を踏み入れた。
 そのとたん六〇の視線が突き刺さる。パンダっていつもこんなプレッシャーに堪えているのか、と尊敬した。
 藤と木村が横に立つのを見てナタリー先生は、

「広沢藤くんと木村優司くんよ。仲良くしてやってね」

 よろしくお願いしますとか何とか言って自己紹介はわけがわからないうちに終わった。


 ――ここが一つの運命の分かれ道だった。


「広沢くんは右隅の席、木村くんは左隅の席に座って」

 自己紹介が終わった藤と木村にナタリー先生は、ちょうど一番後ろの席の空いた左右隅っこの席を指して、言った。
 ナタリー先生はこのとき大してもの考えずに言ったに違いない。右左、普通はそうだ。ほとんどの人は考えずに言えば右左となる。
 だからなぜか最初に呼ばれた藤が右になった。

 しかし、このとき藤が左になっていれば後々の藤と木村の運命は入れ代わっていたのではないかと思える。ここが一つのターニングポイントだった。

 さて、右と左、何が違うのかといえば、それは前と隣に座る人だった。
 ここ魔道学園といえど、ご多分にもれることなく机の並べ方は男女男だ。
 だから藤の前と隣の席は女の子だった。
 逆に木村の席は男に囲まれた席だった。

 そして、藤の周りに座る子が女子?な顔をしていればやはり運命は変わっていたに違いない。
 いや、そこまでじゃなくても、一人二人の男子が優しくされたとか言って好きになる程度の、普通に可愛い子ならやはり運命は変わっていただろう。
 が、現実とは結構てきとうで藤の隣の席の子は席替えなんかで、あの娘の隣になりますように、と星に祈られるような、長い茶髪の綺麗な子だった。

 わたしシェーラっていうの、藤が席についたとき、隣のあいつが言った。
 あ、うん、としか返せなかった。
 もちろんそんな事実だけであんなことになることはなかっただろう。
 でもその後に起きたことについては藤もやはり少しは、悪かったのかもしれない。


 ■


 そんな感じで挨拶と連絡の時間が終わり、ナタリーが出て行った後、教室はにわかざわめいた。
 世にも珍しき転校生を取り囲み、殴る蹴るの質問攻め。
 藤の方に多くの人が集まったのは、見えないオーラのせいか、それとも隣のあいつのせいか。

 とにかく藤はシェーラを筆頭に女子にやたらと話しかけられた。
 たどたどしく聞こえるであろう魔道言語を何とか駆使しつつ、藤は少し焦りながら答えていく。
 きっと男子にはさぞ面白くない光景に見えたことだろう。

 だけどこんなものほんの一瞬、珍しいからだ。
 日常に戻れば、まあ転校生だしなしょうがねぇか、と肩をひょいとすくめてすぐに忘れてしまう程度の小さなことだろう。

 だけど次がいけなかった。
 緊張と焦りで藤はそいつが斜め後ろから攻めあがっていたのがわからなかった。
 その男子は藤の斜め後ろに立つと藤が気づいていないことを、気づかずに、挨拶をかまそうとした。

「やあ、広沢くんだったかな? 僕は――」

 それと同時に、シェーラが一つの質問をした。

「どこから来たの?」

 単純な質問だ。藤は後ろの男子生徒に気づいていない。シェーラのことはもちろん気づいている。
 どっちの言葉に答えるかは自明の理だった。

「カフェル「世界の裏側だよ」」

 まだ終わっていなかった斜め後ろの男子の紹介に、藤の答えが重なった。
 そこでやっと藤は斜め後ろの男子に気づいた。

 長身の金色の髪の少年。どことなく偉そうな雰囲気をもっていて、高いところから見おろす目が見くだしているように感じられた。
 藤は少年が何かを言っていたであろうことに気づいてしまって、さらにそれを訊ねてしまった。

「え、なに?」――と。

 おそらくこれが、運命を決定付けた言葉になったのだろう。
 少年はひどく不愉快そうな表情を浮かべると、きっと横目で睨んだままその場を離れていってしまった。
 藤は小首を傾げて少年の背中を見送る。なので周りの女子たちが視線を交わしていたことに気づかなかった。
 なんとなく変な空気が流れたが、始業のベルが鳴り、そのときはうやむやになってしまった。

 授業中、シェーラがひそひそと、それは楽しそうに教えてくれた。

「さっきの男子ね、カフェルっていってね、けっこうすごいとこの御坊ちゃんなんだよ」

 それはいい。

「だからこのクラスの男子のリーダーでね、あいつに睨まれたら地獄だよ」

 もう遅いじゃん、藤は思った。

 しかしそこで、さらにひどいことが起こった。
 ひそひそ話していることに気づいた教師がこっちを指差して、そこ、何話してるの!と怒鳴ったのだ。

 全員がこちらを見たね。カフェルの目がぎらりと輝いたのもしっかり見た。
 あとで聞いた話だけど、カフェルもシェーラを第一恋人候補に上げていたという。

 そんなこんなで転校翌日から男子の広沢藤いじめは始まったのだ。
 教科書やなんかを隠されたり、机に落書きをされるというちょろいもんから、露骨に蹴る殴るなどのむかつくものもある。
 すべて男子の仕業であり、女子は無視という堤防を築いて、触らぬ神にたたりなしの中立勢力を保っていた。

 しかし、ひと月もたてばそれなりに対策なども考えられたもので、とりあえず授業の後はひたすら全力で逃走している。
 そして、さすがに机をどうこうすることはできないが、私物はバックに詰めて持ち歩くことにしていた。
 それにまだ救われるものもある。

 僕はまだ一人ではなかったから。

 予鈴が鳴り始めて藤は特別教室から飛び出ると次の授業の教室に全力疾走で戻った。


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