異世界ものが書けなくて
(17)尾嶋稲穂は新作を投稿開始する。
◇ ◇ ◇
改稿した新作のプリントアウトを、少女マンガの男子みたいなやたらカッコいい姿勢(無自覚らしい)で読んでいた土方理宇は、ほどなくして読み終えて紙を丁寧にそろえた。
「…………素人の意見で良いのなら、面白かった」
「本当に!?」
新学期の休み時間に理系クラスの教室にまで押しかけ、好奇の視線を浴びながら読ませたかいがあった。
「ただこれ、私よりも鈴鹿さんに先に読ませるんじゃなくていいの?」
「ああ、うん、それはね。。。」
主人公のキャラ描写を大きく変えた(黒髪に紫色の瞳というところだけは土方のままだけど)。
土方理宇ではなく、そもそも『主人公っぽい』と僕自身がずっと思っていた先輩・鈴鹿尋斗に大きく寄せてみた。
いや、主人公っぽいと僕が思ってしまったのは、ほとんど、鈴鹿さんのスペックや能力ゆえだ。
だけど、それを持って生きているあの人を、もっとしっかり掘り下げていなかった。
土方理宇がレイナートなら、たぶん最初から理不尽に屈しないで戦い、王族貴族の暗殺か、そこそこ力がついたところでカバルス公国として独立するぐらいやってのけかねない。つまり、作中でおかれているレイナートの立場にならない。だけど、鈴鹿さんならば。
「? まぁいいんなら」
「うん、ありがとう」
鈴鹿尋斗という人は、ついてまわるスペックのせいでちゃんと理解してもらえないし、後輩に羨まれたり、まとわりついてきた女に無愛想にして誤解されたりするけど、本当は努力家だし努力によってチートになった人だし、人が好きだし、空手を丁寧に教えてくれるし、情に厚いし、周囲の人(僕も含む)を大切にしている人。
あの人はそういう人で、そういう部分があってこそ、僕が描こうとした主人公レイナートの立場におかれるのだ。
僕は土方から返してもらった小説の紙の束を抱え、廊下に出た。
真織にしつこく絡んでいた男子が僕とすれ違う。
お互いにもう、一顧だにしない。
真織もあれから話しかけられはしていないという。これでいい。彼を改心させてやろうとも、とことん屈服させてやろうとも思わない。交わらず、違う場所で生きていければ、それでいい。
………と、思ったら。
文系クラスの教室に近づいて行ったら、なんか僕の教室の前が騒がしい。
女の子がやたら群れていると思ったら、その中心に、廊下の壁にもたれかかった鈴鹿先輩がいるではないか。
「………尾嶋?」
「あの、なぜ、2年の教室に……」
ちょっとその場の空気が変わるぐらいの超絶イケメンが声をかけてくる。相手をしてもらえない女の子たちに、なぜかこちらがにらまれる。なんだこのもらい事故は、と思いながら僕は、女の子に囲まれたままの先輩に声をかけた。
「小説ができたから、2年の教室に受け取りにきてくださいとおまえの友達から」
「……真織め」
今度は、鈴鹿さんに小説を見せるのが気まずい、道場に持っていくのやめようか、と呟いてしまったのを耳ざとく拾っていたらしい。
でも。それを言われて、わざわざ、受け取りにきてくれる先輩はやはり、情に厚いと思う。
「これです。今週の土曜に、Webに投稿開始します」
紙の束をもって腕を伸ばすと、鈴鹿さんも腕を伸ばして受け取った。ああもう。あとはどうにでもなれ、だ。恥ずかしい。
「ありがとう、読ませてもらう。尾嶋」
「はい?」
「俺が道場に来るのは9月いっぱいまで。あとはよろしくな」
「は、、、はいっ」
思わず大きな声が出た。
それまでよろしくな、ではなくて、あとはよろしくな、と言われた。先輩が大事にしていた道場自体をよろしくなと。
踵を返して教室の中に入る。
「お帰り稲穂ちゃん………ん、どうしたの、顔赤いよ?」
教室で待っていた真織を見つめていると目が熱くなり、涙がこぼれていった。
「ど、どうしたの!?稲穂ちゃん……」
「ううん、なんでもない……」
これだけたくさんの人に読んでもらって意見を聞き、これだけ試行錯誤して、これだけ苦労して小説を書いたのは初めてだ。
そうか。こんなに小説って書くのが大変で、挫折だらけで、思い込みや罠だらけで、人の力を借りないといけなくて、自分という人間が試されるものだったのか。
そして、その試練を越えられた?のは、僕の力じゃない。真織の力で、鈴鹿さんの力で、土方や文芸部の後輩たちの力で、気付きを与えてくれるものすべての力があったからだ。
◇ ◇ ◇
僕は初めての異世界もの小説を投稿する。
生まれて初めての、ハイファンタジーを。
(そして、ジャンル的には超絶レッドオーシャンなんだよな、きっと……)
僕はPC画面の前でそんな弱音を脳内で吐きながら、投稿ボタンをクリックするのを躊躇していた。
いまさら、このタイトルでいいのかという迷いが、ぐるぐる頭をめぐる。
いや、反応よくなかったらすぐ変えればいいんだけど。
いろいろ書き換えてもいいし、1話が長ければ途中で半分に割ってみてもいい。
まずは読んでもらおう。
深呼吸一つ。投稿。
新作のタイトルは――――――
【『異世界ものが書けなくて』了】
改稿した新作のプリントアウトを、少女マンガの男子みたいなやたらカッコいい姿勢(無自覚らしい)で読んでいた土方理宇は、ほどなくして読み終えて紙を丁寧にそろえた。
「…………素人の意見で良いのなら、面白かった」
「本当に!?」
新学期の休み時間に理系クラスの教室にまで押しかけ、好奇の視線を浴びながら読ませたかいがあった。
「ただこれ、私よりも鈴鹿さんに先に読ませるんじゃなくていいの?」
「ああ、うん、それはね。。。」
主人公のキャラ描写を大きく変えた(黒髪に紫色の瞳というところだけは土方のままだけど)。
土方理宇ではなく、そもそも『主人公っぽい』と僕自身がずっと思っていた先輩・鈴鹿尋斗に大きく寄せてみた。
いや、主人公っぽいと僕が思ってしまったのは、ほとんど、鈴鹿さんのスペックや能力ゆえだ。
だけど、それを持って生きているあの人を、もっとしっかり掘り下げていなかった。
土方理宇がレイナートなら、たぶん最初から理不尽に屈しないで戦い、王族貴族の暗殺か、そこそこ力がついたところでカバルス公国として独立するぐらいやってのけかねない。つまり、作中でおかれているレイナートの立場にならない。だけど、鈴鹿さんならば。
「? まぁいいんなら」
「うん、ありがとう」
鈴鹿尋斗という人は、ついてまわるスペックのせいでちゃんと理解してもらえないし、後輩に羨まれたり、まとわりついてきた女に無愛想にして誤解されたりするけど、本当は努力家だし努力によってチートになった人だし、人が好きだし、空手を丁寧に教えてくれるし、情に厚いし、周囲の人(僕も含む)を大切にしている人。
あの人はそういう人で、そういう部分があってこそ、僕が描こうとした主人公レイナートの立場におかれるのだ。
僕は土方から返してもらった小説の紙の束を抱え、廊下に出た。
真織にしつこく絡んでいた男子が僕とすれ違う。
お互いにもう、一顧だにしない。
真織もあれから話しかけられはしていないという。これでいい。彼を改心させてやろうとも、とことん屈服させてやろうとも思わない。交わらず、違う場所で生きていければ、それでいい。
………と、思ったら。
文系クラスの教室に近づいて行ったら、なんか僕の教室の前が騒がしい。
女の子がやたら群れていると思ったら、その中心に、廊下の壁にもたれかかった鈴鹿先輩がいるではないか。
「………尾嶋?」
「あの、なぜ、2年の教室に……」
ちょっとその場の空気が変わるぐらいの超絶イケメンが声をかけてくる。相手をしてもらえない女の子たちに、なぜかこちらがにらまれる。なんだこのもらい事故は、と思いながら僕は、女の子に囲まれたままの先輩に声をかけた。
「小説ができたから、2年の教室に受け取りにきてくださいとおまえの友達から」
「……真織め」
今度は、鈴鹿さんに小説を見せるのが気まずい、道場に持っていくのやめようか、と呟いてしまったのを耳ざとく拾っていたらしい。
でも。それを言われて、わざわざ、受け取りにきてくれる先輩はやはり、情に厚いと思う。
「これです。今週の土曜に、Webに投稿開始します」
紙の束をもって腕を伸ばすと、鈴鹿さんも腕を伸ばして受け取った。ああもう。あとはどうにでもなれ、だ。恥ずかしい。
「ありがとう、読ませてもらう。尾嶋」
「はい?」
「俺が道場に来るのは9月いっぱいまで。あとはよろしくな」
「は、、、はいっ」
思わず大きな声が出た。
それまでよろしくな、ではなくて、あとはよろしくな、と言われた。先輩が大事にしていた道場自体をよろしくなと。
踵を返して教室の中に入る。
「お帰り稲穂ちゃん………ん、どうしたの、顔赤いよ?」
教室で待っていた真織を見つめていると目が熱くなり、涙がこぼれていった。
「ど、どうしたの!?稲穂ちゃん……」
「ううん、なんでもない……」
これだけたくさんの人に読んでもらって意見を聞き、これだけ試行錯誤して、これだけ苦労して小説を書いたのは初めてだ。
そうか。こんなに小説って書くのが大変で、挫折だらけで、思い込みや罠だらけで、人の力を借りないといけなくて、自分という人間が試されるものだったのか。
そして、その試練を越えられた?のは、僕の力じゃない。真織の力で、鈴鹿さんの力で、土方や文芸部の後輩たちの力で、気付きを与えてくれるものすべての力があったからだ。
◇ ◇ ◇
僕は初めての異世界もの小説を投稿する。
生まれて初めての、ハイファンタジーを。
(そして、ジャンル的には超絶レッドオーシャンなんだよな、きっと……)
僕はPC画面の前でそんな弱音を脳内で吐きながら、投稿ボタンをクリックするのを躊躇していた。
いまさら、このタイトルでいいのかという迷いが、ぐるぐる頭をめぐる。
いや、反応よくなかったらすぐ変えればいいんだけど。
いろいろ書き換えてもいいし、1話が長ければ途中で半分に割ってみてもいい。
まずは読んでもらおう。
深呼吸一つ。投稿。
新作のタイトルは――――――
【『異世界ものが書けなくて』了】
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