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異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

(14)とりあえずタイトル付けは後回し

   ◇ ◇ ◇


 帰宅してから、おそるおそる電話すると、予想通り真織は、ものすごくお怒りだった。


 何も書けなかったせいで合宿に行けなかったのは仕方がないとして、真織からの電話にも出ず返事もしなかったことを、ものすごく怒っていた。


 僕はただただ、平謝りに謝るしかなかった。




『……で、次回作は何になるの?』


「え?」




 しばらく謝りに謝りたおすと、突然真織がそう言ってきた。
 書けるのかどうか、という問いじゃなくて、『何になるの?』と聞いている。びっくりしていると、


『ずいぶん素直に謝るから、たぶんトンネルを抜けたのかなって思って。
 今日は道場の日でしょ? お気に入りの土方さんにも会ったんだろうし』


と、真織は畳み掛ける。
 いつの間にか、お気に入りの鈴鹿先輩からお気に入りの土方さんにスライドしている。
 ほんのり焼きもちっぽい言い方に、僕は思わず笑った。


「まだナイショ。
 でも、この間考えていた内容よりは、たぶん面白くなると思う」


『お?
 自分からハードルを上げたな稲穂ちゃん?』


「お手柔らかにお願いします。
 というか、真織が好きな要素を増やせると思う。
 ウェブにのせるまえに、一回真織に見せるよ。あと、文芸部の子たちにも見せて、ブラッシュアップする」


『わかった。それが面白かったら、今日のこと許してあげる』


 あ、まだ許してなかったのか。
 心中で突っ込みをいれてからしばらくおしゃべりをし、その後お別れを言って僕たちは電話を終えた。


(さて)


 僕は制服姿のまま、つと立って、膝を高くあげた。
 帰り道で土方理宇に習った、そこそこ実戦でつかえるという蹴りを、ひとつひとつ軌道を思い返しながらスローモーションで蹴ってみる。
 膝を鋭角にぐっと入れる形のミドルキックは、僕の股関節の柔らかさがちょっとたりないかも。
 あと足の踏み折り方をしれっと教えてきたあたりで土方の過去が心配になった。


「………あと、金的か」


 金的。つまり股間の急所を狙う攻撃のこと。


 試合のなかで使わない蹴りだからおざなりになりがちだけど、実戦に真摯であるのなら、実戦で大事な人を守ることを本気で望むなら、たしかに、何をおいても、金的を、あるいは目や喉を狙う急所攻撃を、きちんと習得するべきだ。


 そしていざというときには、躊躇なく。




 やれることは、まだあるな。
 うん、大丈夫。
 僕は絶望しなくていい。




 蹴りのあと、僕は私服に着替えて、ノートパソコンを開いた。


 画面は久しぶり。電源を入れるとき、やっぱりちょっと怖かった。


 とりあえず、タイトル付けは後回し。


 設定とキャラクターは大まかに頭の中にある。そして、書きたいものも定まった。
 それをどういう形で、真織が楽しめてときめく味つけにしていくか。


 キーボードを触り始めると、脳裏にいつかの土方の言葉がよぎる。


 ――――『異世界への憧れ』を極端な形で断罪してる。転生して特殊能力を授かってチートで最強になって女の子にモテモテで活躍する、そういう物語が嫌いな人のための物語なのかなって。




 まぁ、もしかしたら、今回もそういう物語になってしまうかもしれない。
 ふつうの異世界転生ものを読みたいという人にとっては、カタルシスのない作品になるのかも。
 でも、今回の僕は、あの世界のなかで、自分が好きなものをちゃんと見つけた。




 ――――ファンタジー世界のなかの、何に萌えてる? モンスター? 魔術? 妖精や人外? 衣装? 武器? 城?




 そのどれでもない。
 だけど、たしかに、この封建的で弱肉強食な世界のなかに、僕が萌えるもの、美しいと思うもの、いとおしく思えるものがあったんだ。
 人が、胸のなかに隠した刃。
 存在ごとおしつぶそうとしてくる理不尽を、渾身の反抗で切り裂く一瞬。
 僕はそれに美を感じる。


 どんな世界のなかにもいる、矛盾や理不尽と闘いながら生き抜く人を描きたい。


 設定は、真織の好きな、虐げられ要素とチート要素を突っ込む。




 ――――主人公は男。十八歳の“跳ね馬将軍”。


 王族の末席に名を連ね、重臣たちよりも序列は低い。
 また母が転生者奴隷を両親にもつ非差別民であったことから、重臣たちに嫌悪され、本来王族がすべき仕事を剥奪されて、戦場に追いやられていた。


 しかしこの国では、高位魔法を使えるのは王族のみである。


 理系的でしごく合理的な思考の彼は、王族が独占している高位魔法に、彼が保護した転生者たちから得た『異世界』の知識をくみあわせて魔法兵器として用い、死者の蘇生を行う。
 味方に死者なく勝利をおさめる、王宮が知らない戦場の英雄。それが主人公だ。


 そんな戦場の彼が、ある夜、馬を飛ばして王宮に戻る。
 その夜から、物語を始めよう。


   ◇ ◇ ◇

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