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異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

(10)そもそもプロットのとおりに書けたことがない。

   ◇ ◇ ◇




「………で?
 なんでわざわざ俺に見せにくる?」


「まだあくまでも仮なので」


 数日後。道場の練習日ではなかったけど、プロットを書き上げた僕は、わざわざ電車に乗って、高校近くの空手道場まで来ていた。


 受験生の鈴鹿先輩は、夏休み中も毎日高校の補習を受けている。
 補習と言っても、この鈴鹿尋斗という人間は、文系のなかで10位以内をずっとキープしている人なので、成績上位者クラスの難関国立大受験対策コース的なやつ(顔も良くて空手も強くて頭もいいとか爆発すればいいと思う)。
 先輩は、その帰りに毎回道場を借りて、ひとりで型練習をしているのだ。


 そういえば以前、勘違いしたリア充系女子が道場に入り込んで、そんなぼっちの極みことしてんの!?さっびしーw遊んであげるからさぁ……と上から目線で鈴鹿先輩を口説きにかかっていたことがあったけど、ほんとうに、『好意を抱いている相手』を上から目線で見下しながら口説く奴の頭は、いったいどういう構造になっているんだろう。


「だいぶ、入れ込んでるんだな、次の作品には」


 くだらないことを考えていると、ダイヤモンドクラスの硬派さを持つ先輩が、珍しく、口元に微笑みを浮かべていた。


 すでにだいぶ練習をやりこんだらしく、神がかったそのイケメン面に汗をかいている鈴鹿先輩。
 テスト中に彼の顔に見とれて白紙答案を出してしまった人が何人もいるとかいう伝説を、ふいに思い出す。


 先輩は、水道で手を洗うとタオルで拭いて、僕からプロットの書かれたノートを受け取った


「男主人公にしたのか」


「女にすると色々黒い感情がこもるので」


 そう言っても男の鈴鹿先輩にはわからないだろうなと思いながら言ったのだけど、鈴鹿先輩は何か納得したような顔でうなずいて、ノートに目を落とした。勝手に納得しないでほしい。


「転生した先は、転生者が迫害されて殺される世界。モデルは魔女狩りか?」


「それもありますし、他もあります」


 神の法を守った者は天国に行くとされる宗教が支配し、前世の記憶があるとわかったら、神の摂理を犯した罪人『転生者』として処刑される。現代知識を持って転生した者たちが、こどものうちにむごたらしく殺される。そういう世界を僕は描いていた。


「魔女狩りと同じく、気に入らない村人を転生者だと虚偽の密告をして処刑させたり、マシュー・ホプキンズみたいな輩がデタラメな転生者検査をして濡れ衣をかけて殺しまくる。そういう不正を、主人公が告発します。
 そして、いつ殺されるかとおびえていた隠れ転生者たちを集めて、反乱を起こして、現代知識で戦います。
 オチは、単に記憶があるかないかだけで、この世界の人間は全員転生者でした、という」


「中盤からオチまでずいぶん飛んでるな」


「バレました? 後半、詰められていなくて。
 ラスボスは、王家の女性にしたいなと思っています。この世界の宗教の巫女みたいな役割を果たしていて、この世界の真実を知りながら隠し続ける存在みたいな」


「でも、面白いと思うし、だいぶ前よりも、転生した先の世界のイメージがしっかりしたと思う」


「そりゃ……がんばりましたから?」


 今回の物語は、異世界のなかで主人公が生きる目的がある。転生後の人生が蛇足だなんて言わせない。大丈夫。


「それなら安心しました。ありがとうございます」


「それにしても、最近、よく俺に見せるんだな。珍しい」


「珍しい……ですか?」


 言われれば確かに、と思った。
 確かに、土方理宇の登場以来、僕のなかの『死ねばいいのにランキング』の鈴鹿先輩の順位は下がっていた。嫉妬の対象なのは変わらないけど。
 でも、プロットを誰かに見せよう、と考えたときに、ふっと鈴鹿先輩が浮かぶというのは、それだけ彼に対する感情が変化したということか。


 ああ、そうだ。


「なんだか最近、鈴鹿先輩も、話しやすくなった感じがしまして……」


 くすり、と鈴鹿先輩が笑った。
 ―――笑った!?
 基本つねに真顔の笑わない男、鈴鹿尋斗が?


 おどろく僕をおいて先輩は、くつくつと、男っぽい渋い笑い方をした。


「浮かれてるのがバレたか」


「浮かれてたんですか?」


 なにか浮かれるような出来事、あっただろうか。そういえば黒帯が道場に入ったけど。


「やっぱり、男子が入ると嬉しくてな」


「………ええ、ああ、そうですね…………………はい?」


「それに、土方は本当に強いから、アイツと組手できるのが嬉しくて。
 最近道場に来るのが楽しくて仕方ないんだ」


「………………………そう、なんですね?」




 土方理宇は女ですよ、とうっかり突っ込もうととした僕だったが、絵に描いたようなクールキャラの先輩があまりに嬉しさを顔に出すので、思わず喉まで出た言葉を飲み込んでしまった。


   ◇ ◇ ◇


 道場を出た僕は、その足で高校に向かうことにした。


 その途中、そういえば、この間道場の子からなにかきていたような気がすると思ってスマホのメールを漁ってみる。
 見つけたのは、少し前に届いていた、けど僕が読んでなかった、道場の子からの一斉メール。


 ――――鈴鹿先輩はまだ土方理宇が女だと気づいていないので、みんなで少しでも気づくのを遅らせよう、と。
 鈴鹿先輩を取られたくないから、結託しようと。


 馬鹿馬鹿しい話だ。
 しかし、ある意味的を得てもいる。
 現に鈴鹿先輩は、土方をとても気に入っているし、土方ばかり組手に誘うのを、僕以外の女子たちはとても嫌がっていた。


 というか、鈴鹿先輩も、あれだけ気に入っていたら、そろそろ女の子だと気づきそうなものだけど、人の先入観とはそれだけ恐ろしいということか。
 近頃は一人称の男女の境目もなくなってきたから、自分を『私』と呼ぶ男子も増えてきているし。


 ―――――でも、男だと思っているからあんなに鈴鹿先輩が笑えるんだとしたら、逆によかったのかも。


 鈴鹿先輩だって人間だ。
 お人形でも偶像でもない。
 かわいい女の子たちにいくら言い寄られても冷たく突き放すあの人が、『男』の練習仲間が入ったことに喜んで笑顔になる。
 意外だけどそれも人間らしくて、困ったことに僕は、鈴鹿さんがそんなに嫌いじゃなくなってきていることに気づいてしまった。


「…………さて」


 僕は高校の正門をくぐり、引き続き歩き続けた。
 プロットはまだしっかり埋まっていない。
 自慢じゃないが、そもそも僕はプロットどおりに小説を書けたことがない。


 もう少し、ほかのピースが必要な気がする。
 そのピースを見つけるために、本を読もう。
 今日は、図書室が開いているはずだ――――


 ――――僕は、図書室の扉を開けた。


 そのなかで机を囲み勉強か何かをしていたらしい一団が、僕の顔を見て、「尾嶋さん?」と、口々に声をかけてくる。
 僕は後悔した。
 そこにいたのは、プロ志向の文芸部1年生たちだった。


   ◇ ◇ ◇

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