異世界ものが書けなくて
(6)美少女に人権なんてないと思ってる奴がいる
◇ ◇ ◇
高校2年生の7月、受験が見えてくるこのシーズン。
返ってきた試験答案は、いつも重苦しい現実。
全体の順位は、中間試験の時は文系5クラスの中でかろうじて20位以内だったのが、今回なんと、31位まで下がってしまった。
勉強は苦手じゃないはずだったのに。いつもと同じぐらいには、一生懸命勉強したのに。
これもまた、小説と同じように、努力しても努力してもまるで水の中をもがきながら走るようで、なかなか上位には手が届かない。
「稲穂ちゃん、今回は私が勝ったね?」
「僕が下がったせいだけどね」
昼休み。順位表を見比べながら、真織と僕がそんなくだらないことを言い合っていると、突然それを邪魔するように「ねぇねぇ、見た!? 理系の転校生!!」と誰か女子が大きな声を上げた。
途端に、噂話がかしましく始まる。
「噂通り、めちゃめちゃ顔よかったぁ」
「マジイケメン。あれで本当に女子なの?」
「そうそう、宝塚系かと思ったらふつーにガチなイケメンだった」
「この間の試験いきなり受けたのに理系で上位に入ったらしいよ?」
「前は大阪にいたってー」……etc.
「例の転校生の話だね」
真織が口パクで僕にささやいた。
転校生。
なんて胸をざわざわさせる言葉なんだろう。
文系5クラスに、理系3クラス。それがうちの学年の構成。
ほとんど僕たちが関わりあいのない理系に、6月末に転校生が来たと話題になっていた。なんでも『男装女子』なのだそう。
見たことはないが、ここしばらくクラス中、彼女の噂でもちきりだった。
真織が苦笑いする。うわさばなしは、鈴鹿先輩とくらべてどうだとか、ひとの容姿を品評する下品なものになっていた。
真織はそういう話を嫌がるから、僕はしないようにしている。いつもいつも真織自身が、男子の品評の槍玉に真っ先にあげられてしまうから。
「まぁ、女でも見境ない誰かさんがまた色目使うかもしれないけど!」
と、聞こえよがしな声がいきなり飛んできた。
女子たちの、みみざわりな笑い声で、教室が満たされた。
僕は、思わず真織の手を握る。
またか。
神様がいるなら、本当に真織をいじめたくてたまらないらしい。
真織を罵倒した彼女が思いを寄せているのは3年生男子。
そのひとは先日、真織にしつこく言い寄ってきた。
告ハラというか、もはやパワハラというか、脅迫の領域だったのに。
よくあること、と、勝手な男は言うだろう。
自慢のくせに、と、無理解な女は言うだろう。
美少女だからしかたない、と、昔どこかの男子が言いやがった。
優越感ないとは言わせない、と、最近どこかの女子が言い放ってきた。
そうやって、真織 (ついでに僕)がクラスでハブられることが、今までどれだけあっただろう。
でも僕はまだいい。当事者じゃないから。
―――――悪意も欲望も、露骨にぶつけられ続けるのは、真織。
そして身の危険にさらされるのも、真織。
「ねぇ、出よう?」
僕は真織に口パクで伝え、僕たち2人は教室を出た。だけど、それが失敗だったことをすぐに思い知らされることになる。
「――――やっと出てきたぁ、水崎」
聞き覚えのあるだみ声に、思わず僕は真織を背中にかばった。
「なんで無視するの?
たしかに俺も色々言っちゃったけど、LINE既読さえつかないし、せめて読めよ。人としておかしいだろ」
廊下の柱のかげ、教室の中からは完全な死角だったところから、会いたくなかった男が口を歪めながら出てきた。
彼もまた、真織に言い寄っていた、同じ中学出身の同学年の理系クラスの男子だ。
僕も居合わせた現場で、露骨に文系の女を見下しながら言い寄ってきた。悪くはないはずの顔が、偏差値差別に歪んで醜かった。その顔を、再び近づけてくる。僕じゃなく、真織に。
「――――連絡、やめてって、私」
「他に誰から連絡来るの? 女子みぃんな敵に回してんじゃん。知ってるよ?あることないこと言われてんの。それもこれも彼氏つくんないからでしょ? 相手がいれば、終わるって、自分でもわかってるんじゃないの?
な? いい加減意地はるのやめよう?
友達いない、真織たん?」
――――僕の存在が無視されてる。
真織は、たぐいまれな美少女でありながら、守る友達は僕しかいない。だから、押しきったら付き合えるように見えるのだろうか?
僕がもっとゴツイ大男なら。あるいは、鈴鹿先輩みたいに強ければ。
くやしくて、思わずぎゅっと目をつぶった。その時。
「邪魔」
聞きなれない中性的な声がしたと思ったら、ぐおっと、男子の顔が遠のいて、なんだこれは、と僕は混乱した。
なんと誰かが彼の襟首をつかんで、そのままうしろに勢いよく引っ張ってくれたのだ。廊下の真ん中に立っていたからなのか?
僕はこれ幸いと真織を方向転換させた。
「え、ちょっと……」
「行こう!」
戦闘も逃走も、タイミングがすべてだ。
何が起きてるかわからないけど、今を逃すべきじゃない。
僕は真織をうながして逃げ出しながら、ちらりと、後方に一回だけ目を走らせた。
真織に言い寄っていた男子がしりもちをついて、その前に、見慣れない(と思う)男子生徒が立っていて、一瞬だけ目が合った。
この暑いのに、制服のシャツの上に黒い長袖のカーディガン。シルエットは細くて、伸びる手も、制服のズボンに包まれた足も、すごく長い。顔は……かなり整っている、ような。どこかアンニュイな空気感で。
どこの誰だろう、と一瞬だけ思ったけど、とにかく真織の安全確保第一。かまわず僕は真織を押して廊下を走ることにした。
僕と違って真織を助けることができたその誰かにお礼も言えないという、かすかな罪悪感は一瞬で消えていった。
だけど僕は、その人物と意外にも早々に再会することになる。
◇ ◇ ◇
高校2年生の7月、受験が見えてくるこのシーズン。
返ってきた試験答案は、いつも重苦しい現実。
全体の順位は、中間試験の時は文系5クラスの中でかろうじて20位以内だったのが、今回なんと、31位まで下がってしまった。
勉強は苦手じゃないはずだったのに。いつもと同じぐらいには、一生懸命勉強したのに。
これもまた、小説と同じように、努力しても努力してもまるで水の中をもがきながら走るようで、なかなか上位には手が届かない。
「稲穂ちゃん、今回は私が勝ったね?」
「僕が下がったせいだけどね」
昼休み。順位表を見比べながら、真織と僕がそんなくだらないことを言い合っていると、突然それを邪魔するように「ねぇねぇ、見た!? 理系の転校生!!」と誰か女子が大きな声を上げた。
途端に、噂話がかしましく始まる。
「噂通り、めちゃめちゃ顔よかったぁ」
「マジイケメン。あれで本当に女子なの?」
「そうそう、宝塚系かと思ったらふつーにガチなイケメンだった」
「この間の試験いきなり受けたのに理系で上位に入ったらしいよ?」
「前は大阪にいたってー」……etc.
「例の転校生の話だね」
真織が口パクで僕にささやいた。
転校生。
なんて胸をざわざわさせる言葉なんだろう。
文系5クラスに、理系3クラス。それがうちの学年の構成。
ほとんど僕たちが関わりあいのない理系に、6月末に転校生が来たと話題になっていた。なんでも『男装女子』なのだそう。
見たことはないが、ここしばらくクラス中、彼女の噂でもちきりだった。
真織が苦笑いする。うわさばなしは、鈴鹿先輩とくらべてどうだとか、ひとの容姿を品評する下品なものになっていた。
真織はそういう話を嫌がるから、僕はしないようにしている。いつもいつも真織自身が、男子の品評の槍玉に真っ先にあげられてしまうから。
「まぁ、女でも見境ない誰かさんがまた色目使うかもしれないけど!」
と、聞こえよがしな声がいきなり飛んできた。
女子たちの、みみざわりな笑い声で、教室が満たされた。
僕は、思わず真織の手を握る。
またか。
神様がいるなら、本当に真織をいじめたくてたまらないらしい。
真織を罵倒した彼女が思いを寄せているのは3年生男子。
そのひとは先日、真織にしつこく言い寄ってきた。
告ハラというか、もはやパワハラというか、脅迫の領域だったのに。
よくあること、と、勝手な男は言うだろう。
自慢のくせに、と、無理解な女は言うだろう。
美少女だからしかたない、と、昔どこかの男子が言いやがった。
優越感ないとは言わせない、と、最近どこかの女子が言い放ってきた。
そうやって、真織 (ついでに僕)がクラスでハブられることが、今までどれだけあっただろう。
でも僕はまだいい。当事者じゃないから。
―――――悪意も欲望も、露骨にぶつけられ続けるのは、真織。
そして身の危険にさらされるのも、真織。
「ねぇ、出よう?」
僕は真織に口パクで伝え、僕たち2人は教室を出た。だけど、それが失敗だったことをすぐに思い知らされることになる。
「――――やっと出てきたぁ、水崎」
聞き覚えのあるだみ声に、思わず僕は真織を背中にかばった。
「なんで無視するの?
たしかに俺も色々言っちゃったけど、LINE既読さえつかないし、せめて読めよ。人としておかしいだろ」
廊下の柱のかげ、教室の中からは完全な死角だったところから、会いたくなかった男が口を歪めながら出てきた。
彼もまた、真織に言い寄っていた、同じ中学出身の同学年の理系クラスの男子だ。
僕も居合わせた現場で、露骨に文系の女を見下しながら言い寄ってきた。悪くはないはずの顔が、偏差値差別に歪んで醜かった。その顔を、再び近づけてくる。僕じゃなく、真織に。
「――――連絡、やめてって、私」
「他に誰から連絡来るの? 女子みぃんな敵に回してんじゃん。知ってるよ?あることないこと言われてんの。それもこれも彼氏つくんないからでしょ? 相手がいれば、終わるって、自分でもわかってるんじゃないの?
な? いい加減意地はるのやめよう?
友達いない、真織たん?」
――――僕の存在が無視されてる。
真織は、たぐいまれな美少女でありながら、守る友達は僕しかいない。だから、押しきったら付き合えるように見えるのだろうか?
僕がもっとゴツイ大男なら。あるいは、鈴鹿先輩みたいに強ければ。
くやしくて、思わずぎゅっと目をつぶった。その時。
「邪魔」
聞きなれない中性的な声がしたと思ったら、ぐおっと、男子の顔が遠のいて、なんだこれは、と僕は混乱した。
なんと誰かが彼の襟首をつかんで、そのままうしろに勢いよく引っ張ってくれたのだ。廊下の真ん中に立っていたからなのか?
僕はこれ幸いと真織を方向転換させた。
「え、ちょっと……」
「行こう!」
戦闘も逃走も、タイミングがすべてだ。
何が起きてるかわからないけど、今を逃すべきじゃない。
僕は真織をうながして逃げ出しながら、ちらりと、後方に一回だけ目を走らせた。
真織に言い寄っていた男子がしりもちをついて、その前に、見慣れない(と思う)男子生徒が立っていて、一瞬だけ目が合った。
この暑いのに、制服のシャツの上に黒い長袖のカーディガン。シルエットは細くて、伸びる手も、制服のズボンに包まれた足も、すごく長い。顔は……かなり整っている、ような。どこかアンニュイな空気感で。
どこの誰だろう、と一瞬だけ思ったけど、とにかく真織の安全確保第一。かまわず僕は真織を押して廊下を走ることにした。
僕と違って真織を助けることができたその誰かにお礼も言えないという、かすかな罪悪感は一瞬で消えていった。
だけど僕は、その人物と意外にも早々に再会することになる。
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