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異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

(5)うちの先輩はのび太の戦闘力を知らない

   ◇ ◇ ◇




「童話を参考にしたらどうだろう?」




 残念ながら、僕が小説について相談できる相手は非常に限られている。
 異世界ものが書けない、という、僕の愚痴を聞いた鈴鹿先輩の回答がそれだった。




「……何番煎じって話だと思いますけど」


「何か童話の悲しい結末を変えるためにドラえもんが絵本のなかに入り込んで、ハッピーエンドに変えた話が、確かあったような」


「いや、雑ですね覚え方」


「何か、嫌いだった物語があったなら、その世界に入り込んでいじくってみるのは、西洋風の世界を描くとっかかりとしていいんじゃないか」




 ドラえもんの『しあわせな人魚姫』は全編に渡ってものすごく優れたギャグエピソードだろう、と自分の解釈をぶつけたいところだが、僕は大人なのでそんなことはしない。


 マンガレベルで全校を揺るがすほどにモテている先輩が、いち後輩がドラえもん好きだったことを覚えてくれていたことだけでも、上出来だろう。




「ありがとうございます。
 あとは、徒手格闘以外のバトルは自分の体が経験ないので、そこを想像力でどう埋めるのかですね」


「本人の戦闘スキルじゃなくて、武器が勝手に動くとか?」




 なるほど、それはすごい逃げテクだ。
 いや、なんか聞いたことがあるな。我らがドラえもんさまのお道具じゃないか。




「刀が勝手に動く、あるいは、勝手に照準をつけて絶対にはずさない拳銃。
 のび太が拳銃でよく戦ってるのって、何かすごいドラえもんの道具なんだよな?」


「違います拳銃の腕は自前です」




 前言撤回。この野郎のび太様の宇宙レベルの射撃スキルを知らないくせにドラえもんを語るんじゃねぇ、とも、僕は言わない。他人の適当なドラえもん論を聞き流すスルースキルはついている。大丈夫。ちょっと妄想のなかで先輩の顔をぶん殴っただけ。




「…………誰か、読ませたい相手がいるのなら」




 続けて何気なく先輩が吐いた言葉に、僕の心臓が跳ねた。
 こういう勘が、たまに冴えるんだ、この人は。




「その相手の読みたいものと、自分の書きたいものの、交点を探ってみたらいいんじゃないか。月並みだけど」


「………………ありがとう、ございます」




 おおっと。
 見事なまでに、本音が見抜かれている気がした。


 そうだ、僕自身は、大して異世界ものがとりわけ面白いとも思っていないのだ。
 嫌いなわけじゃない。だけど、僕自身が書きたいと思うものが、この自分が生きている世界とは違う世界の中で、見いだせるのだろうか?




(こういうとこ、この人鋭く突いてくるんだよな……)




 男にうまれて、背が高くて顔がよくて空手が強くて頭がよくて、ついでにそんな勘まで鋭くて。ほんとうに、いっぺん死ねばいいのに。助言してもらった感謝も忘れて、僕はふいにそう思った。




   ◇ ◇ ◇




「真織が読みたいもの。
 異世界。剣と魔法。現実を忘れるような世界観。カッコいい魔王……で、人外」




 家の自室で、ぼくは紙に、ざくざくと落書きをしていた。




「僕が書きたいもの。
 真織が喜ぶようなもの。
 僕の興味があるもの。
 真織。真織が死なないこと。
 真織の興味の対象。真織の好きなもの。
 真織の……」




 おっと。一度、真織から離れねば。




「下剋上。カタルシス。
 弱いものが強いものを倒す。
 いじめッこがボッコボッコにされる……」




 書いていて、ふと僕は、唇をかんだ。




 今まで真織が受けてきた嫌がらせを、いや、警察沙汰になっていないだけの犯罪被害を、芋づる式に思い出したからだ。




 真織は認めていないし、それが死んでもいいと思う原因かはわからないけれど。
 彼女はいじめられている、この世界に。
 その美しさゆえに、この世界から迫害されている。




   ◇ ◇ ◇

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