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異世界ものが書けなくて

真曽木トウル

(4)モブは主人公を倒せない

   ◇ ◇ ◇




 ところで、一般の人は、『武道家』とか、『格闘家』と聞いて、どんな人をイメージするだろうか?
  強そうな筋骨隆々の男?
 ゲームキャラみたいな美人?
 いかにも達人っぽい老人?
 大きな道場やビルに君臨して、何百何千何万の門下生を堂々と従えるような帝王?




 現実世界の武道家や格闘家は、結構地味な人々だ。
 特に、自前の道場を持つ、というのがなかなか難しい。
 スポーツセンターやスポーツジムに、週に何回、と間借りするのがたいていせいいっぱいだ。


 僕が通っているフルコン空手の道場は、そういう意味ではちょっとは恵まれていて、道場主の家のちょっと広い庭に、プレハブ建築で建てられたものだった。




「……あれ?」




 そのプレハブ道場が見えてきた時に、僕と真織は首をかしげた。遠目からでもわかる。ずいぶん大勢の人だかりができていた。




「また、例の、稲穂ちゃんの先輩が何かやってるのかな?」




 真織の言葉に、僕はどうだろうと答えながら、多分違うと考えていた。
 例の『先輩』とは、この僕が真織に見においでと言ったけど興味を示さなかった『すごくカッコいい先輩』のこと。
 何か、とは多分、型のことを言っている。


 彼目当ての女子が道場に押しかけることもある。
 彼のすごくきれいな型が、人目を集めることもある。
 けれど今日は人が多すぎるし、明らかに年齢性別問わず、近所の人が野次馬的に集まっている感がある。




「たぶん、アレじゃないかな……」


「アレ?」


「真織も、見ていく?」




 ひとごみをかきわけ、プレハブ道場のガラス戸までたどりつく。
 空手着にすでに着替えた、道場生の女の子を見かけ、僕は話しかける。




「アレは、アレ?」


「そう。また。道場破りだって」




 フフン、と、鼻で、襲来者をバカにしたように笑う彼女。自分が闘うわけでもないくせに。


 大きなガラス戸ごしに、プレハブ道場のなかがすべて見える。そこそこ大きなその道場のなかに、2人の男性が向かい合って立っていた。


 1人は空手着、もう1人はラフな私服。
 私服男はパッと見、かなり僕たちより年上だろうという印象。30歳くらいなんだろうか。少しイキッた感じの、柄が悪そうな雰囲気の男。


 さして有名でも大きくもない、ごくごく地域密着型のこの道場には、しばしば、道場破りが訪れる。いや、正確に言うと、道場主を倒そうとしてくるわけじゃない。1人の男子高校生を倒そうとしてやってくる。それも、今日みたいな、いかにも素人が。
 動機は大体、自分の女に色目使っただろう、みたいな、いちゃもん。


 対峙している、1人の空手着の男子高校生。僕たちの1学年上、3年生の先輩。恐ろしいまでに整ったその顔が、道場破りの男を見据えている。




「………………っ!」




 何も言葉を発することなく、道場破りは空手着の先輩に飛びかかる。体格のよさを生かして勢いで押すつもりなんだろう。きっとそれで勝ってきた成功体験があるんだ。




 けれど、道場破りは勝てない。




 ちょいとサイドに避けた先輩が打った、鋭い下段蹴りに、顔を歪めて動きを止める道場破り。そのこめかみを。


 パァン……


 先輩の、ため息が出るほど綺麗な上段蹴りが、刈った。


 道場破りが、ガクン、と崩れ落ちる。
 見物に集まっていた人びとから、感嘆の声が漏れた。それぞれ皆、ザワザワと語り合い、そして徐々に人が引いていく。




「やっぱり。あんな奴が鈴鹿すずか先輩に勝てるわけないじゃん?」




 自分が勝ったわけでもないのに、道場生の女の子がさらに道場破りを嘲笑している。
 そんなノリで笑える気持ちが、まったくわからない。
 僕だってキミだって、あの道場破りにさえ勝てないでしょう?




「稲穂ちゃん、私帰るね」


「あ、うん……気をつけてね」


「あの先輩だよね、稲穂ちゃんがよく話してる人。稲穂ちゃんがお気に入りな理由よくわかる」


「いや、違うからね真織?」




 断じてお気に入ってなどいない――――真織にとんでもない勘違いをされてしまっていることにショックを受けながら、僕は空手着に着替えて、道場に入った。




 早々に練習を始めていたらしいさきほどの先輩………鈴鹿尋斗すずかひろと が、魔力を帯びた黒曜石のような瞳を僕に向ける。


 神々しささえある美男子だけど、その顔のなかで、一際強い存在感を持つのは、漆黒と紺碧の艶の瞳。


 道場破りの男の前に構えていた先程と違い、何気なくただ立っている。立っているだけなのに、僕はその前に、ただ立ちすくんでしまう。




 ここで不意を打てば、彼の顔に一撃うちこめるのだろうか。
 フルコンルールゆえに顔面突きに慣れてもおらず、上段蹴りも不得意なくせに、僕は、彼への攻撃を想像して、ごくり、とつばを飲み込む。




   ◇ ◇ ◇




 空手の練習のなかでは、当然、組手の時間がある。
 鈴鹿先輩と組手する時もある。
 彼は男だ。しかも172センチもある。当然、リーチがあって筋力も僕よりも強い。その上で、空手の技術の差までありすぎて、向かい合うと、冷や汗しかない。




「ほら、相手を見ていないで、自分から行け!!
 自分より大きい相手なんだから、自分から入らないと!!」




 横から道場主の先生が叱咤する。
 うるさいな。1か所たりとも隙がないのに、どこを狙って突っ込めと言うんだ。
 入れない。一歩も。先輩が待ってくれているのはわかっているのに。




「止まるな!動け、自分から入れ!」




 先生がさらに叫ぶ。
 見かねて、先輩が脇腹のガードをあけてくれた。
 それを見てようやく、僕は飛び込む。僕の渾身の中段回し蹴りを食らいながら、先輩は眉ひとつ動かさなかった。


 男の腹筋、憎い。


 つぎに、真っ正面から突っ込んだら、あまりにこちらが隙だらけだったのか、ぽん、と軽く置かれた先輩の足の爪先をそのままみぞおちに食らって、僕はしりもちをついた。


 …………死にたい。




   ◇ ◇ ◇




 自分自身が、自分より大きい敵に戦いを挑んで勝つ姿も。
 大勢を相手に無双する姿も。
 僕はまるで想像できない。


 道場の先輩に勝つ姿、ひとつさえ。
 僕はまるで思い描けない。


 自分より強い相手なんて、自分より強い人がどれだけ強くて、自分がどれだけ弱いかなんて、知りたくなかった。


 そんな先輩だけど、恨めしい存在としか思っていないかというと、そうではないから余計気持ちは複雑だ。


 ひとつには、かの類いまれなる容貌。僕はまだ、真織が鈴鹿尋斗に興味をもち、僕の小説以外に、この世に生きる意味を見つけてくれるんじゃないかという希望を捨てていないから。


 もうひとつは、彼もまた、僕の小説を読んでくれる数少ない人間の1人だから。


   ◇ ◇ ◇

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