異世界ものが書けなくて
(1)僕のおさななじみは異世界ものが読みたい
「…………転生してアルベドになるには、どういう死にかたすればいいかなぁ」
と、目の前のおさななじみが呟いた。
僕と彼女を含め、セーラー服の女子高生2人しかいない、2年生の静かな教室。
僕はペットボトルのお茶を1口飲み、至極軽い言い方を選んで、
「死んだら、『オーバーロード』とは違う世界に行くでしょ。ひとをかばって通り魔に刺されたら行く世界とか、ひとをかばってトラックにはねられたら行く世界とか、決まってるんじゃない?
『オーバーロード』の世界にいきたいなら、サービス停止寸前のオンラインゲームかなんか?をやってないといけないんじゃないの?」
と返した。
わざわざ『ひとをかばって』を付け足したのは、死にかたのハードルをあげるためだ。
トラックにはねられればいいんだ、と安易に選ばれたらたまるものか。
「そっかぁ。
アインズ様と結ばれるのは難しいね」
「黒髪サラサラストレートの学年一の美少女様がガイコツに懸想しているのは、はた目に見て正直どうかと思うよ」
「何言ってるの? アインズ様のカッコよさに人間ごときが足元にも及ばないでしょ」
楽しそうに、おさななじみの真織 は言う。
大和撫子そのままという美貌を持ちながら、自分と同じ種族を『人間ごときが』とか『人間ふぜいが』というとき、本当に真織はいい笑顔をする。美しい。
「じゃあ、稲穂ちゃんはどういう死にかたがいいの?」
と、僕に聞く。
死ネタから離れてほしい、いい加減。受験もまだしばらく先の女子高生2人が、放課後なごやかにする会話じゃない。
「80ぐらいで、畳の上で、家族に看取られながらゆっくり眠るように息を引き取りたい」
「ええと、そのパターンだと……」
「いや、忘れてた。 その前に好きな小説を好きなだけ書き散らしてから死ぬ。だから書く」
真織はにこりと微笑んで、「新作楽しみにしてるね」と言う。
僕は知っている。彼女、水崎真織 が本当に懸想しているのは、『オーバーロード』の主人公アインズ様ではない。異世界の愛くるしいスライムでもなく、イケメン剣士などでもない。
彼女が恋い焦がれているのは『死』だ。死の先にあるものが何なのか?という好奇心に、ずっととりつかれている。転生の物語など取り上げては、キラキラした目で彼女は死を語る。そんな真織は、とても美しい。
すこしばかり他人と異なる価値観の持ち主である彼女のなかでは、多分いつ死んでも良いのだと思う。
けれど、今のところまだ死なないでいてくれている。
それは僕、尾嶋稲穂が書く小説を読みたいかららしい。
「稲穂ちゃん。次書くのはどういうお話にするの?」
「まぁ、大体なんとなく。格闘ものになるかなぁ。高校の中で部活対抗で闘うみたいな感じの。といっても、僕は空手以外よくわからないから調べないと」
ふうん、と、真織は首をかしげる。
「わからないことは調べて書くんだよね? だったら学園ものばっかりじゃなくてもいいんじゃない?」
「異世界ものは無理」
「即答?」真織はすねたように唇を尖らせる。
嫌がらせのつもりか、僕のお茶を奪い取って飲んだ。ただ可愛いだけだし間接キスなんだがいいのかな。
「あれだけバトルシーンが面白いんだもの、剣と魔法の世界を描いたら、歴史を変えるような小説だって書けちゃうと思うんだけどなぁ」
「いつかね。僕が勉強してかけるようになったら」
「勉強のためにとりあえず書いてみてもいいじゃない?」
「自分で納得いかない出来のものを真織に読ませたくない」
「もう……頑固だなぁ」
真織に異世界ものを書いてと頼まれたのは、実はこれでもう59回目。
いい加減叶えてあげたいのはやまやまだけど、やっぱりまだ駄目だ。
何度も試してみたけれど、僕は、異世界ものを書くことができないのだ。
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