スクールカースト最下層がイケメンに魔改造されたけど、恋愛スキルを誰かください。

真曽木トウル

第9話 知人でエロい想像をしてしまった時の罪悪感は半端ない。





「じゃあ、次は男側の自己紹介――――――」


「すみません、トイレに行ってきます!!!」




 その空間にいることが限界で、僕は、個室を飛び出して、ほかのお客さんの目も構わず、トイレに飛び込んだ。


 トイレの手洗い場の壁一面を埋める、大きな鏡。
 底辺の人間にはおしゃれすぎて心臓がいたくなる空間。


 鏡にうつる僕の目の端に、涙が浮かんでいる。


 思わずその場で、僕は水を勢い良くだした。
 たくさんの水でじゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ、と顔を洗う。
 顔ごと洗い流したい。
 何度も何度も何度も洗って、僕は顔をあげる。
 鏡に映る僕は、どこまでも不細工だ。


 何で僕はこうなんだろう。
 何でこんな風に生まれたんだろう。


 生まれもったものを克服したい。


 いや、克服なんてできないのかもしれない。
 だって、いままでの人生がそうだったじゃないか。
 もうずっと…………




「神宮寺くん?」




 後ろから声をかけられ、僕は驚きのあまり振り向いた。


 情けないところを見られてしまった。その驚きもあるけど、もうひとつ。
 その声が、ここにいるはずのない人の声だったというのも。


 普段と違う、ジーンズに、顔の下半分まで隠れる黒いパーカーの上着。
 季節外れのニット帽で髪を隠したその人は、つつつ、と僕に寄ってきた。




「水上さん!?
 ここ、男子トイレですよ!?」


「うん、知ってる」




 パーカーのファスナーをちょっと下ろして、水上さんは僕に色白の顔を見せてくれた。




「………どうしてここに?」


「いきなり事後報告で新ちゃんから連絡入って。
 これはマズイかなって、慌てて来た。あとでシメる」


「そ………それは。。。。」




 水上さんは、斜めがけのメッセンジャーバッグからハンカチを取り出すと、僕の顔をぬぐった。


 立って向かい合うと、僕と水上さんはすごく身長が違う。
 僕の肩にも、水上さんの背は届かない。
 首が痛くなりそうなほど、僕を見上げている。
 笑うとすぐ目がなくなる奥二重のたれ目が、普段よりもきゅっと見開かれて、白眼の白さと虹彩の模様にドキッとした。




「顔、ちょっと見せて?」


「え、えええ………」




 水上さんが手を伸ばして、僕の顔を挟む。
 僕は腰を曲げ、水上さんに顔を近づけた。
 おもいのほかぱちりと開かれた水上さんの目に正面から見つめられて、なんだか心臓が痛くなる。




「…………つらい?」




 僕の顔を見ながら、水上さんは聞いてきた。




「いえ…………」




 つらくは、ない。自分が、情けないだけだ。




「女子、嫌い?」


「嫌いなわけじゃなくて…………」




 僕は首を振る。
 また目に涙がにじんでいるのを感じる。
 嫌いなわけじゃない。水上さんだって女子だ。
 男がそれぞれ一人一人違うように、女の子だって一人一人違うだろうって、わかってる。頭では。
 ただ。ただ。




「…………………………恐い、んです」




 言ってしまったら、止まらなくなった。




「恐い、んです。
 力では男の僕の方が強いとか、頭ではわかってる。
 恐いって言いながら、性欲はないわけじゃない。
 かわいい子には惹かれるし、エロいものも求めてる。
 でも、恐いんです。
 それを肯定しちゃいけないと思ってて、直したいんです。
 でも。どうしたらいいのか。
 出口がどこなのかわからなくて………」




 そこまで言うと胸が痛くなって、言葉を切る。
 どうしたらいいのか、なんて、男に聞かれても水上さんも困るだろう。本当に、僕はいったいどうしたら。




「――――――自分とちがうものを、人間って恐がりやすいよな。
 神話の時代からそうやん」




 水上さんは、ぺたぺた僕の頬に触れながら、言った。
 母猫が子猫をなめるような触りかただった。


 やがて、水上さんは手を離し、洗面台の上に、よっと飛び乗って座った。
 足をぶらぶらさせながら、言葉を続ける。




「わからんからな。わからんものは恐い。
 うちも、新ちゃんとかと仲いいけど、痴漢とかに遭うと、しばらく男の人、恐いし」


「…………遭う、んですか?」


「うん、男子は実感ないんよな。遭ったことない女の人の方が、圧倒的に珍しいぐらい、遭うよ。
 なんせ、痴漢ひとりの被害者が平均して380人とからしいから。
 わかってんねん。ある集団のなかで、悪い人は一握り。なのに、何かあったときに、その集団の人を、まとめて恐くなってしまう。
 だから、神宮寺くんが女子を恐いっていう気持ちもわかるし、そういう自分が許せへん気持ちも、少しはわかると思うよ。
 ほんと、罪深いよな、人間って。ほんとに罪深い」


「……………………………」




 僕は静かに聞きながら、自分の手を見つめた。
 誰かの手が一時の快楽や性欲のために、水上さんを傷つけ、恐がらせた。どうしてそんなことができるのだろう。




「………水上さんは、それでも、新橋さんとか、男と友達でいるんですね」


「うん。ちがう人間やけど、おんなじ人間やからね」




 ちがうけど、おんなじ。
 その矛盾したようにも聞こえる言葉を、僕は口のなかで転がした。なんだか、懐かしい味の飴玉のように、ほっこりあったかくなる言葉だった。
 僕はその言葉を好きになった。




「…………落ち着いた?」


「あの、僕、新橋さんたちのところに戻ります」


「そう」




 少し驚いたように目を見開いたあと、にこっ、と、水上さんは微笑んで言った。




「無理しなくていいけど、ちょっとずつ女のことも平気になってくれると私は嬉しいかな。
 おんなじ人間やし」


「は……はい!!!」


「あと、新ちゃんがお酒のまそうとしてくると思うけど、断固として断りな?」


「はい!!!」




 ふふっ、と笑って、水上さんは男子トイレを出ていった。


 ふーーーう、と、僕は深呼吸をして。
 新橋さんたちがいる部屋に、戻った。




   ◇ ◇ ◇




(………………おんなじ……………人間?)


 水上さんが言ってくれていたお陰もあってか、どうにかお酒を断ることが出来はした。


 だけど、一方で、僕は別の苦労をすることになった。
 まもなく席がシャッフルされると、何回生だか何という名前の人だかもはや覚えていない女の子が僕の両となりと向かいに座り、その人たちがいっぱい話しかけてくる。




「スタイルいいよねぇ。身長なんセンチあるのー?」
「モテるでしょー! 今まで何人ぐらい付き合ったの?」
「頭いいし顔いいし。彼女とか、ほんとうにいないの?」
「私も文学部ー!! 歴史と文学、どっちが好き?」
「うわぁ、指ながくって、きれいな手してるー! あたし、こういう手好みだなぁ♪」




 あ、ははは、………と曖昧に笑いながら、(同じ人間、同じ人間)と心のなかでつぶやきながら、僕は周囲の女の子たちに応対する。
 会話のうち、4割が見た目に関することで、その4割ともが褒められていた。
 びっくりした。
 自分のセルフイメージと、女の子たちに言われる言葉が、かけ離れすぎている。




「もう!
 女子、神宮寺ばっかり話してんじゃないって!」




 新橋さんが苦笑いしながら大声を出す。
 それに対して女の子のひとりが。




「ごっめーん。許して新ちゃん。
 だって、すごいタイプなんだもん!
 めっちゃカッコいい!!」




 そう言いながら手を合わせて見せた。
 褒められている。
 見た目を褒められている?
 このキモいはずの僕が?
 何かの罠でなく?


 …………だけど、居心地の悪さはどんどん増している。なぜか。




「ねぇ、飲まないの? お酒」


 隣の女の子が、腕を絡めてきた。
 むちりとした弾力のある感触を一瞬なにかと思って、喉がこわばった。
 僕の腕に、彼女の胸が当たってる。


「あ、いえ、………未成年ですから………」


 気のせいじゃない。ぐいぐい押し付けてくる。
 パニックになりながら、僕は落ち着けと自分に言い聞かせた。
 落ち着きたい。
 僕は水上さんの顔を思い浮かべた。
 ほっとする。
 水上さんにそばにいてほしい。
 いっそ、このとなりにいるのが、水上さんならいいのに。




 ――――――ふわっと、僕の脳裏に、ある想像がうかんだ。
 隣の女の子はいつのまにか、水上さんに入れ代わり。
 柔らかいからだつきの水上さんが僕の腕に甘え、胸を押し付けていて――――――


 ほぼ一瞬で水上さんの服のしたの胸のかたちまで想像してしまったところで、さすがに気がついて。慌てて僕は頭の中からその妄想を振り払った。




 あんなに親身になってくれたひとに、僕は、いろいろと最低すぎる!!


 目の前のウーロン茶を、僕はあおった。
 顔がなんだか、熱くて仕方がなかった。




   ◇ ◇ ◇

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