嫌われ国王の魔剣幻想譚~虐げられた少年領主は戦場では史上最強の将軍だった…が、この度、王になりました~
幕間5-2 ベルセルカの鑑定(2)
「こちらは……?」
「……うまれたときからすでに、手のひらにあったときいています。
いくら洗っても、これ以上薄くはなりません」
ベルセルカの手をとり、男は、慎重に見つめる。
近づけて肉眼で見、次に虫眼鏡で見る。
「わしが呼ばれましたのは、国教会の処刑人を長らく務めてきましたからですかな?」
「ええ。
この世界の、知る限りの言語と照らし合わせましたが、合致するものはありません」
「あとは、異世界のものしかないと考えている」
グリトニルが無遠慮に口を挟んだ。
「多くの異世界人を処刑してきたおまえならば、似たような例を目にしたことがあるはずだ。
遠慮はいらん、正直に言うがいい」
「と、申しましても……難しゅうございますなぁ」
男は、ベルセルカの手のひらを丹念に眺めながら言った。
「わしが見たことがあるかないかで申しましたら、ございません。
異世界の言葉は、この世界の言葉よりも非常にたくさんの種類があるそうですので」
「……では、紋様としても、見たことがないと申すか?」
「はい」
「で、では、文字としては違っても、このようなかたちで手のひらに何かかたちが浮かんでいるような転生者は、見たことがあるであろう?」
「ございませぬな」
「馬鹿を申すな!!!」
「神に誓って、正直に申しております」
「…………!!!!!」
目をむきそんなバカなと繰り返したグリトニルが、ようやく我にかえり。
「もういい。もう一度目隠しをしろ」
と、男に命じた。
今日もグリトニルは、『妹が転生者である証拠』をつかみ損ねた。
そしてベルセルカは、今日も、自分自身が何者であるかを、知り損ねたのだった。
◇ ◇ ◇
馬車に揺られ屋敷にもどると、さらに痛みはひどくなっていた。
「うううぅ、いったいですぅぅ……」
「だ、大丈夫ですか!! ベルセルカさま!!」
「ちょっと旦那様ったら、お腹の痛い姫様を連れ出してひどいじゃないですか!!」
侍女たちの激しい非難を食らって、ようやくグリトニルは、ベルセルカが月のものだったと悟ったようだ。
だが、益々軽蔑したような目をむけて自室にさっさと引きこもる。
前述したように、31歳にして性知識がろくにないグリトニルは、月のものは非処女に訪れるものだと思い込んでいる。
つまり、ベルセルカはすでにレイナートの『お手つき』なのだと思っているのだ。
侍女たちの手を借り、どうにか、身体を締め付けない寝巻きに着替えたベルセルカは、再び自室のベッドに横たわる。
「どうぞ、ご無理はなさらないでくださいまし」
心配げな侍女に声をかけられ、うなずいた。
侍女たちが部屋から下がってから、眉根を寄せる。
目を閉じ、横向きに丸まって、痛みと闘いながら、眠りが訪れるのをじっと待つ。
――――――兄、グリトニルはずっと、ベルセルカを『転生者』だと疑いつづけてきた。
きっかけは、ベルセルカに“純潔の加護”が芽生え、それによって、グリトニルの親友が死んだからだ。
正確には、ベルセルカに危害を加えようとしたその“親友”からレイナートが守ってくれて、その際に命を奪うことになってしまったのだが、兄の憎悪は、もっぱら、ベルセルカにむいていた。
ベルセルカの手には、薄墨で描いたような模様が生まれつきある。
それをグリトニルは、異世界の文字だと言い出した。
この文字と、“純潔の加護”は、ベルセルカが異世界からの転生者である証だというのだ。
ベルセルカには前世の記憶はない。
たぶん、転生者ではない、と思う。
だが、一族のなかで何故かベルセルカにだけ発現した“純潔の加護”が、いったい何なのか、それを発現させた自分は何者なのか、それがずっとわからない。
わからないということは、今でさえ、気を失ったらレイナートを深く傷つけてしまうこの“加護”が、将来、自分の意思と関係のないところでレイナートに何か害をなしたりしない保障がない。
もちろん、もし、自分自身がレイナートの邪魔に、害をなす存在になってしまったら、その時点で自分をこの世から消し去る覚悟はできている。
ただ、もし今後そういう運命が待っているとしても、それまでは、少しでも長くレイナートのそばにいたい。
だから、自分の正体を知りたい。
知って、起こりうる危機に手を打っておきたい。
どうしたらいいだろうか。
そう思いながら思考を巡らせた。
遠くで、客が来たような音がした気がするけれど、夢かうつつか、わからない。
もういい、レイナートのことを考えよう。
王城でも、つらいときは背中をさすってくれて、痛みを和らげてくれる。
あの優しい手を。
――――思い出したからだろうか、ずうっと苦しかった痛みが、かなり楽になった。
枕元の椅子に、誰かが座っている気がする。
誰かの手が、ベルセルカの髪を撫で、汗ばむ首筋を何か冷たいものでぬぐってくれる。
(ああ、そうか。これは、夢ですね)
レイナートがそばについていてくれるときの、夢か。
いい夢だ。ずっと会えないのだから、せめて夢ぐらい、見たい。
夢うつつの中で、意識を手放す寸前、頬に何か柔らかいものが触れた気がしたけれど、それは何だったのかよくわからなかった。
◇ ◇ ◇
「陛下、今日はこちらにお戻りなんですね」
「たまにはな」
貴族たちは、領地に城をもち、王都にも屋敷を持っている。
それはカバルス公爵家も例外ではなく、その夜遅く、レイナートは久しぶりに、王都のカバルス公爵バシレウス家の屋敷に帰っていた。
ムステーラ侯爵アースガルズ家の邸宅とは比較的近くだった。
居間で、イヅルが、2、3歳に見える幼児を膝にのせ、さじで柔らかい粥を食べさせている。
レイナートはそれに向かい合うように椅子に腰かけた。
実は自分自身はそれほど見慣れていない、幼児という生き物を見つめる。
「ずいぶん懐いたな」
「そうですね。
15年前の陛下よりはよく食べてくれますね」
「それは思い出さなくていい……」
「夜泣きも、15年前の陛下よりもだいぶマシで」
「うるさい」
この間シーミアで保護?した、イヅルの身体の一部を使ってつくられた、イヅルを小さく幼くしたようなホムンクルス。
あどけない顔で、よたよたとイヅルの腕につかまりながら立とうとする彼女は、なんとも言えず、心臓がくすぐったくなるほど、かわいらしい。
が、赤ん坊の頃から自分の面倒を見てきたイヅルに、3歳の頃の自分と比べられると、なんと言っていいかわからなくなる。
「……なんか違うか? 俺の時と」
「何がですか?」
「自分と血がつながってるって、何かこう、特別な感じとかするのか?」
一瞬怪訝そうな顔をしたイヅルだったが、主が何に関心をもったのかひとりで得心がいったらしく、口の端でにやりと笑う。
「気になりますか?」
「……質問で返すなよ」
眠いらしくうつらうつらと揺れ始めた幼児を抱きなおすイヅルを、レイナートは軽くにらんだ。
【幕間 了】
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