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嫌われ国王の魔剣幻想譚~虐げられた少年領主は戦場では史上最強の将軍だった…が、この度、王になりました~

真曽木トウル

【第6話 東北東の混乱地帯ティグリス】(10)

(10)美女は言葉で絡めとる


 虎は大きな牙でかぶりつこうとするが、レイナートが黒い槍を振ると、ギリギリのところでするりとかわす。

 かわしたと思ったら、背中でレイナートに体当たりしてきた。


「!!」

 食らった衝撃を跳び下がりながら逃がす。
 そのまま当たった後ろの壁を、一気に蹴って跳ぶ。
 虎は腕で払ってくるかと思いきや、身体ごと大きく避ける。
 人間の知能があるせいで槍の刃先を明確に恐れたか?。

 何も考えず突っ込んできたタウルスのマンティコアに比べると、守りが固くて多少は攻めづらい。
 しかし虎の方からも、剣よりもリーチのある槍を攻めあぐねている。

 虎が再び、太い腕を、レイナート向けて伸ばしてきた。バチンと払ってしまう軌道のそれ。跳んでかわすにも間に合わないはずのその攻撃が、空を切った。
 レイナートが腕の通過前の位置から通過後の位置まで〈転移〉したのである。

 腕が身体を通り抜けたような感覚で、一瞬バランスを崩しかけた虎。

 その腕を振り切り、動きの勢いが止まった瞬間にぴったりあわせ、的確にレイナートは槍を突く。
 虎の腕に深く刺さる。
 刺さりきったまま、切り上げると、ざっくりと肉を大きく切り割った。

 虎は悲鳴をあげる。
 腕を全部切断されたわけではないが、筋肉の主要部分を断たれたその腕は、もはや力が入らない。

 混乱の中でもう一方の腕を、ぶつけに来た。

 今度は腕の向きと動きに合わせた速さで、後ろ向きに跳びながら、短めに槍を持ち替え、剣のようにバッサリ振るって大きく肉を切る。
 切断は今回もしない。
 しかし、この腕も、身体をもう支えられない。

 虎は、足で踏ん張り苦し紛れに身体を起こし、がぶりと噛みつこうと顔を寄せてきた。

 フッとその顎の下に身を沈めて避けたレイナートは、立ち上がりざま、下から喉をすくい蹴りあげる。

 息がから回ったような声をあげて喉を一瞬そらし、再び落ちてきた虎の上体。
 まっすぐに槍を立てて待てば、あっさりと自分の重さで喉に槍を貫通させた。


「ゲハッ……!!!」


 血があふれでる。
 苦しみながらもがけばもがくほど、槍に喉を傷つけられる中、もはや耐えられなくなったのか虎の身体が光りだし、縮み始める。

 ズボッ、とレイナートは槍を抜いた。

 虎はまたたくまに身体を縮め、先ほどの髪を刈り上げた少女、その、裸で気を失った姿へと戻った。
 喉と両手に深い傷。
 生身に直接食らったわけではないのでいくぶんかはマシだが、念のため治癒魔法がいるだろう。
 ……あ、いや、それより。


「ナルキッソス、とりあえず人の身体をくるめるぐらいの布に化けられるか?」

「化けられますが、えと、それオレでいいんですにゃ?」

「…………よくないな」

 という会話中に、タイミングよくカーテンか何かの布が上から降ってきた。

 避難誘導中で上にいたらしいベルセルカが、戦闘終了に気づいて投げてくれたようだった。


   ◇ ◇ ◇


 ――――アリアドネが拘束した1800人は城の中に運び込むわけにもいかないので、表門側、裏門側、それぞれ説教を食らわせたのちに解放した。
 近い親戚がいないのだ、しかし、極力よいかたちで次期領主を選べるよう選定中である、ということも何度も繰り返した。

 どれだけ理解したかはわからないが、少なくとも国王の手の者の力は恐ろしいということ、安易に蜂起する相手でないことはわかったようだ。


 その後。
 城の会議室にて。


「罪は罪として裁かれるべきでしょう。
 罰はどのようにもお受けいたします」


 そう言い、領主代行はため息をついた。


「……たぶん、王都の方でも、亡き主は同じようなことがあったのだと存じます。
 異常でした。
 異常だと気づくべきでした」


 ずいぶんと素直に語っているが、『虎』の少女の襲来がなければ、そのまま引き続き素知らぬ顔でティグリスの領主代行を務めていくはずだったのだ。

 ずっと口にする勇気がなく、都合の悪い事実を塗り込めて隠してきたのが、もうこらえきれないところまできていたということなのか。
 それとも、重荷からもう、解放されたいという思いなのか。


「……通常の殺人の罪に問うならば赤ん坊を殺しているということも考慮して縛り首だが、主に命令されてやったとなると条件は少し変わる。
 いずれにせよ、裁判は王都で受けさせる」

「はい……。
 ティグリス公の、なさったことについては」

「領民に公表する」

「……おそれながら、おそらくは誰も信じず、陰謀論が増すばかりかと」

「故人の名誉を汚すなという人間も現れるだろうな。
 だがそれでも知る権利は領民にある。
 醜悪であろうが知らなかった方が良いことだろうが、正しい事実は、何度でも伝えるべきだ」

「――――はい」


 領主代行は、ゆっくりとうなずいた。


「それから、そこの『虎』の娘。
 いい加減名を言う気になったか?」


「……………」縛り上げられ床に転がされた娘は、レイナートをにらみつけるばかりだ。


「王佐公の落胤だというのが事実なら、領主代行の『似ている』という証言のみならず、第三者にも明確に証明する必要がある。そうでないとおまえのした行為についても正しく評価されない」

「…………」

「単に言うこと聞くの嫌なんじゃないかしら、この子」


 ふわっ、とアリアドネが声をかけると、すごい目で娘はアリアドネをにらみつけた。


「だって、いま黙ってて何の利益にもならないだろ?
 自分の利益よりも一時の感情のほうが大事で、そうして国王に逆らってる自分をかっこいいと思ってるんだろう」

「だ、誰が、そんなこと!?」

「でも考えてみな。それを言えるのは何故だい?
 国王がいま、あんたの命を助けてるからだよ。
 無意識に、自分は殺されずにすむだろうとたかをくくってるんだ」

「!!!」

「あんたは、いま闘ってるんじゃない。
 自分を殺す気のない国王に甘えてるのよ」

「ふ、ふざっ、ふざけ………!?」

「ふざけるなと言いたいなら、正々堂々、なのって闘いな。あたしも相手になってやる」

「………………!!!!」


 レイナートは呆気にとられて、アリアドネと少女のやり取りを見つめた。


 少女はとうとう、根負けしたように「セメレーだよ」と名乗った。


   ◇ ◇ ◇

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