嫌われ国王の魔剣幻想譚~虐げられた少年領主は戦場では史上最強の将軍だった…が、この度、王になりました~
【第5,5話 少女が“騎士”を選んだ日】(4)
「落ち着いて、大丈夫。
力は身を守ったんだ。
ベルセルカは悪くない」
どうしたらいいのか。何をいったらいいのか。
自分よりも小さな手を握り、頬が痛いぐらい笑顔をつくって、レイナートは震えるベルセルカに話しかける。
「…………レイナートよ」
「父上?」
「医務室はこの建物の1階じゃったなぁ」
「?? は、はい?」
「窓じゃ」
ベルセルカを背にかばいながら窓を向いた。
王城の建物の窓には、分厚いガラスがはめ込まれている。
そのガラスを、氷の剣が一気に突き破ってきた。
「!!??」
「……往生際が悪いのう」
割れ砕け、枠だけが残る窓。
そこから、ずるり、と、先ほどの青年が這い出てきた。
死人が墓場からよみがえるように。
文字どおり目を失い、腕も片方しかないのに。
何か索敵魔法が使えたのか?
魔道具でも持っていたのか、それとも。
「ふん。冥府で反省でもするがよいわ」
もはや殺害やむなしと判断したらしいバルバロスは、その大きな手を指2本立てて構え、青年に向けた。
「〈深噴火《アルタ・エルプティオ》!!!!〉」
バルバロスの手から放たれたのは爆裂魔法。
窓をみっちりと覆う爆炎に、いとも簡単に青年がふっとばされた……ように見えた、その時。
背後でベルセルカが悲鳴をあげた。
レイナートが振り向くと、なにか見えない手で持ち上げられているようにベルセルカの身体が浮いている。
「しまった、罠か!」
バルバロスが声を上げたのと同時に、部屋の扉がバタリと開く。
「な、なんだ、なんだというのだ!?」
唖然とするグリトニルの横をもすり抜けて、ベルセルカの身体がどこかへひっぱられるように運ばれていく。
レイナートは夢中でそのあとを追った。
父の倍も速く、廊下を走り、階段を飛び越え、また廊下を走り、窓から跳んで木につかまり。
ただただ夢中で追ったその先は、ベルセルカと会った庭園だった。
木々が植わり、美しい人工池が整えられているが、ユリウスがぶっぱなした炎魔法のあとが、あちこちに残っている。
爆裂魔法で吹き飛ばされたはずの青年が、片腕で、気をうしなったベルセルカを抱えて、ふらつきながら立っていた。
目も見えないはずなのに、レイナートの方を確かに向いていた。やはり索敵魔法か。
そういえばベルセルカが使っていた、相手の視界をいじる魔法がある。
先ほどバルバロスをだましたのは、同じ魔法を使った?
「ふん、〈加護〉がなんだ。
今は、触っても何ともないじゃないか。
人の目をつぶしておいて……」
それは父が〈加護〉を一時解除したからだが、レイナートは言わないでおいた。
「…………逃げられないぞ。
ベルセルカを放せ」
「嫌だ。私は被害者だぞ?
この女のせいで両目と腕まで奪われたんだ。
このまま死んでいくなら、死ぬ前に償わせるんだ、当然の報いだ」
「――――ああ、たしかに哀れだな。
おまえが少しでも罪を自覚できれば、相手を思いやって生きていれば、目も腕も失わなかったのに」
「……は……?」
「何がまちがっているのかもわからないおまえが、かわいそうだと言っている」
「だ、だまれ!!!
こどもに、何がわかる!?
それも大罪人の、異世界人の子に!!」
こどもに哀れと言われたのが耐えられなかったのか、青年は激昂する。
「痛いんだぞ!
い、いますぐ、いますぐ死にたいほど!!
頭がおかしくなりそうなほど!!」
「そうか。
大人に襲われたこどもの身におきる痛みと同じぐらいだろう。
最後にそれを知れたのは幸運だったな」
「はっ……!?」
―――次の瞬間、レイナートの姿が消えて。
青年のすぐ目の前に〈転移〉した。
まだ誰にも言っていなかった、つい最近開発した、少なくともこの国では誰も使っていない魔法。
服に隠した細い短剣を引き抜き、青年の頸動脈を切り裂く。
吹き出て宙を走る血。
ベルセルカを受け止めながら、レイナートは着地する。
なにか操り人形が壊れるように青年は地面にしりもちをつき、ようやく絶命した。
彼が人を殺すのはこれで3人目。いつかは人数も覚えていられなくなるのかもしれない。
ベルセルカが無事でよかった、とほっと息をつく反面、
「止血なんてするべきじゃなかった、のか」
レイナートは、自分の選択が正しかったのか、自分に問うた。
「たぶん、目を覚ますときみは、さらに傷つくんだろうな。ねえ、おれに何ができる?」
そう話しかけると、ベルセルカの頬に赤みがさした。と、同時に――――
「ん、……熱!! 熱い!?
〈加護〉が戻ってきた!?
ごめん、ベルセルカ、起きて起きて!!!」
と、ひとり騒ぐレイナートであった。
◇ ◇ ◇
ベルセルカの両親たちは、家族には愛情深いものの、王城の貴族の例に漏れず、転生者を忌避し、バルバロスとレイナートの親子を避けていた。
しかし、ベルセルカの〈加護〉をコントロールできる魔法があると聞いた彼らは、しぶしぶ、ベルセルカをバルバロスのもとに数か月、預けることとなった。
その魔法の習得まで、練習相手に、レイナートがなった、のだが。
「――――〈解除!!〉」
「うまくいった?」
「さぁ……どう、でしょう、か」
王族のもとに預けられるにあたり、一度敬語を徹底的に叩き込まれたベルセルカは、レイナートにたいして、つねに敬語で話すようになっていた。
まだ慣れていないのか、ゆっくり確認するようにしゃべる。
まるで幼くなったようで可愛いと思う。
レイナートは、おそるおそる指を肩に近づけ、ちょんとつつく。そのあと、ペタッ、と手のひらで触れてみる。
「ああ、だいじょ―――熱!!??」
ジュウッと焼かれた手を引っ込めるレイナートに、しょんぼりするベルセルカ。
「えっと………みて、ほら、ベルセルカ?」
レイナートが、ベルセルカに、自分の手のひらを見せた。
ひどく焼けただれたその手に、逆側の手をかざす。
「〈深治療〉」
すると、以前かけてみせた治癒魔法と違い、内側の方からジュワジュワと肉が動き始める。血管が修復されていくのだ。包む皮や脂肪。
ふっくりと手のひらの丘の膨らみを再現し、完全に火傷の跡もわからないかたちに治癒してしまった。
「……すごい。……です」
「実験をいっぱいして、ようやく、跡を残さない治癒魔法ができたんだ。
これを発展させれば、過去にできた火傷の跡も消せると思うよ。今まで火傷したひとも、治してあげられると思う。
だから、安心して続けよう。ね」
「……はい!!」
レイナートと一緒にいるとベルセルカは、よく笑うようになっていた。
「でも、どうして、そこまでしてくれ…ええと、してくだ、さるの、ですか?」
「いや、特に理由は――――」
「なにか、おかえしできる、ことは、ありますか?」
「えっと……」
友達のいないレイナートとしては、友達になってほしい、といちばん言いたかった。
しかし、この国の宗教観では未婚の男女が親しくしているのはよくないことと見られてしまう。未婚の男女が同性のように友達になることなど、少なくともレイナートたちの身分ではできない。
といって、お嫁さん、などと軽々しく言える歳でもない。貴族の結婚は本人同士の意思など反映されないものだし、そもそも、ベルセルカが自分をどう思っているかもわからない。
どうしたものか、と悩んだ挙げ句。
「騎士と、その……」
騎士が貴婦人に忠誠を誓うような、疑似主従関係なら、未婚の女性相手にそれをしても、まだ許されるのでは?
そう思って言いかけたけど途中で照れくさくなってしまった言葉を聞いて、ベルセルカは、
「騎士、ですね?」とうなずいた。
「わかり、ました。
わたし、つよく、なります!」
「へ? あ、その、いや、ベルセルカ?」
「ごおんを、おかえしできる、ように。
わたし、レイナートさまをお守りできるように、ずっとごいっしょにいられるように、つよくなります!」
ぎゅっ、と手を握って真正面から見つめられ言われた言葉に、その潤んだ大きな緑の瞳に射ぬかれて何も言えず、レイナートは、こくこくとうなずいたのだ。
――――それから7年後、13歳になったベルセルカは初陣を飾り、14歳でカバルス領の一部を拝領し正式に騎士に。ある意味、順調にしっかりと約束を果たしたのであった。
【第5.5話 了】
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