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嫌われ国王の魔剣幻想譚~虐げられた少年領主は戦場では史上最強の将軍だった…が、この度、王になりました~

真曽木トウル

【第1話 奴隷の烙印を押された王】(10)

(10)『国の至宝』オクタヴィア王女



 3つ数えるほどの間ののち、ゆっくりと部屋の扉が開けられる。

 大きな部屋の真ん中に置かれたベッドに横たわっているのは、金の髪の美しい女性だった。
 白い夜着。
 布団の上に伸びた、折れそうに細い腕。
 対極に、襟元からわずかにのぞく、果実よりも大きく白く実る豊かな胸が、静かに上下した。


「……レイナート」


 金糸雀カナリアのような可憐な声がその口からこぼれた。
 レイナートの喉の奥から、意味をなさない声が洩れそうになる。

 ほっとする、どころではない。
 安心で、その場で泣きそうなほど、彼女の生存に心が震えた。
 あの地獄から、彼女が生きのこってくれた。
 思わず駆け寄りそうになる足を抑え、再び深呼吸して、歩み寄る。


 その時、

「少し、外してくれるかしら?」

 思いのほかしっかりした口調で、オクタヴィアは侍女たちに命じた。
 侍女たちも、レイナートに警戒するような目を向けながらも、そのままスススと部屋を出て行った。


「―――あなたが、生きてくれていて良かった」


 ベッドの枕もとの椅子にかけ、オクタヴィアが何か言う前に、レイナートはそう口にした。
 先にそれだけは伝えておきたかった。
 たとえこのあと、オクタヴィアに何を言われたとしても。

 宙を見つめ、彼女は口を開く。


「私を、助けてくれたそうね。
 お礼を言います、ありがとう」

「俺はあの場からあなたを連れ出しただけだ。
 保護したのは、こちらのベルセルカです」

「高度な治癒魔法がかかっていたと聞きました。
 それはレイナートね」

「御明察です、オクタヴィア」

「北の国境から王都まで、普通ならすぐには戻ってこられない距離だわ。
 ベルセルカが魔法で王城の異変を知り。レイナートがそこから転移魔法を繰り返してきてくれたということになるわね。
 ……私が死ぬまでにあなたたちが戻ってこられたのは、本当に、奇跡なのね」


 可憐で美しく、それでいてどこか慈母のような優しさを感じさせる容姿。
 加えて民に対する決め細やかな配慮。
 ていねいな慈善活動。
 それらから、オクタヴィアは、『国の至宝しほう』『民を想う慈愛の王女』とレグヌム国民から思われている。

 それも彼女の一面であり間違いではないのだが、王城の中での彼女の印象はだいぶ違う。

 まず、とても頭が切れる。
 少なくとも王家・王族の中では一番。
 また弁舌にも長け、自分の夢を、誰より強く渇望している女性だった。


 ……レイナートと目を合わせないまま、オクタヴィアは続ける。


「お父様が亡くなり、弟ユリウスは王位継承権を放棄したうえ、行方不明。
 王家男子はこれでいなくなりました」

「ええ」

「王佐公当主の方々が全員死亡。
 その後継ぎとなるべき男子も、全員死亡。
 ―――結婚式から除け者になっていた、カバルス公、バシレウス家当主のあなたを除いて」

「間違いありません」

「だから。
 あなたが、即位するのね」


 一瞬。
 責めるような目で、オクタヴィアはレイナートを射抜く。
 わかっていたけれど、やはり、キツい。


「………ええ。
 王室法にのっとり、俺が国王になります」

「私ではなく、ね。
 父も亡く、弟も、私が嫁ぐ先もなくなった。
 それでも、私ではないのね」

「はい」


 この国で、誰より国王になりたいと強く願ってきたのは、彼女だ。
 彼女を師と仰ぐレイナートは、それを誰よりもよくわかっている。

 転生者の母から産まれたときに、レイナートの首筋にはそれを示す烙印が刻まれた。
 しかし父・先代カバルス公は、この子こそが我が跡つぎだと誇示するように、ことあるごとに王城にレイナートを同行させ続ける。

 王家の姉弟とはよく会ったが、特に、3つ年上のオクタヴィア王女を、レイナートは慕っていた。
 彼女の部屋で遊びの延長のように、政治学の話や、この国がたどってきた歴史、自分が王になったらこうしたい、という話を聞くのが、ずっと楽しみだった。

 ああすれば、ここはよくなる。
 しかし一方でこんな問題が起きるだろう。
 ならばそれを防ぐためにこれも加えよう。
 レイナートが想像して投げたアイデアにも、ひとつひとつ、答えを返してくれた。

 彼女の国政についての勉強量、努力、情熱は、レイナートの知る誰よりも上だ。


 だけど、王室法は無情にもこう定める。
『王位継承権を持つのは王家王族男子のみ』
と。


 ―――自分が王位を固辞すれば、オクタヴィアに王位がいくだろうか?
 何度もそれを考えたが、答えは、『否』。

 そもそもオクタヴィアは、王佐公や貴族の多くと対立していた。
 王国最強の魔法の使い手のひとりであるにもかかわらず、20歳上のティグリス公との結婚を強制されたのは、彼女が権力闘争に敗北したためだ。

 レイナートが王位を固辞すれば、現行法では王になれる人間がいないということになる。
 そうなったら、王を決めねばならなくなる。貴族たちは、必ずオクタヴィア以外に候補を立てるだろう。

 最悪、内戦を引き起こしかねない。


「そうね。
 私には、あなたを責める筋合いはないわ。
 惨劇は、私の結婚式のせい。
 あなたがいなければ死んでいた身。
 そもそも姉としてユリウスの行動を何も予測できず、止められなかったわ。
 いまも、どうしてあんなことをしたのか、わからない」

「しかたないですよ、オクタヴィア様!」


 ベルセルカが、まったく空気をよまないテンションで口を挟んだ。


「あんなの、誰だって予想できないです。
 すぎたことを嘆いても先には進まないでしょう。だったらこれからのことです。
 まだ国政に慣れてないレイナート様を応援してあげてください! ね!?」


 しかしそれは、普段の彼女の毒舌と異なり、どこか空回って聞こえた。

 ベルセルカの顔をまじまじと見つめたオクタヴィアだったが、ふい、と目をそらし、体を布団に横たえた。


「オクタヴィア様?」

「悪いけれど、しばらく来ないで」

「オクタヴィ…」

「いい、ベルセルカ」レイナートが制止した。


「ご無礼をお許しください。王女様、我々はこのまま退出いたします。ベルセルカ、行くぞ」


 急に他人行儀なしゃべり方で頭を下げ、レイナートは出ていく。
 ベルセルカが慌ててそれについていくと、部屋を出る扉のところでレイナートは深々と一礼した。


「皆の意見を聞いて、良い王になります。
 ご回復の暁には、どうぞ、王女様のお知恵をお貸しください」


   ◇ ◇ ◇


「……えっと……レイナートさま? 落ち込まないでくださいね?」

「いや、だいたいあの反応は予想していた」

「……そうなんですか?」


 ベルセルカにしては珍しく、気づかわしげにこちらの顔をうかがってくる。


「わかりにくいけど、あの人はあれで、父親や近しい人たちの死を悲しんでいないわけじゃないからな」

「一切、涙を見せなくてびっくりしましたけど…」

「今回は何せ、犯人が弟だからな。いまは下手なことを言えもしないだろう」


 なるほど、と、ベルセルカはうなずく。


「……レイナートさまは、オクタヴィアさまが王位に就いたほうが良かった、ってお考えなんですか?」


 こちらもうなずいた。

 正直、国政の勉強は、全然足りない。
 本当に自分が国を統治できるのか?
 それ以前に、貴族らも国民もついてきてくれるのか。
 実務はおそらく、できるだけ下の者、経験がある者にまかせるとして。
 把握が、足りない。
 国というものが大きすぎて、把握が、しきれない。


「そうですか?
 私はレイナートさまのほうが合ってると思うんですけどね?」

「ベルセルカ」

「はい! カバルスへのお供でしょうか?」


 子犬のように目をキラキラとさせて言うベルセルカに、レイナートは首を振った。


「悪い。領地へはやっぱりひとりで帰る」

「――――え?」

「少し。ひとりにさせてくれ」


 ベルセルカの答えを待たず、レイナートは転移した。


   ◇ ◇ ◇

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