アイのいる生活 ~~独身男性オタクの家に突然美少女JK毒舌メイドロボがやってきた!?~~

皆尾雪猫

第5話 深夜

アイとホシノの間に漂っていた微妙な雰囲気について、
私は翌日以降も気にはなっていたのだが、
その理由については見当がつかなかった。

アイは相変わらず毒気が多く、
またホシノも塾ではただの同僚としていつも通りに接しているようであり、
つまりは両者とも以前と同じであった。

ただ、アイはその日以降、
深夜の二十四時を回って帰っても起きていることが多くなり、
深夜の独身男性のルーティンワークをするのに、
更なる夜更かしが必要になってしまった。

私は一度だけ
「二十四時を回って起きてて大丈夫なの?」
と聞いてみたが、
遅くなった分だけ、
朝に起きる時間を遅らせているから問題無いとのことだった。

アイが何時に起きているのか私には分からないが、
まぁ、それならば問題無いのだろうと思った。

そうしているうちに、世間では夏休みが始まった。
塾講師にとって、夏休みとは『仕事が忙しくなる時期』という意味しかなく、
むしろ休む暇が全く無くなってしまう。

特に夏季講習期間の初日に行われる模試では、
塾の方針で即座に採点して返却をしなければならないため、
通常は徹夜して採点にかかることになる。

このことをアイに伝えた上で
「明日は徹夜で塾に泊まるから、晩ご飯はいらないからね」
と言うと、
アイは「かしこまりましたご主人様。せいぜい人様のお役に立つよう頑張って下さい」
と励ましか貶しかよく分からない言葉をかけられてしまった。

模試が無事に終わり、
生徒の急いで書いた汚い字を解読しつつ、
何とか部分点をあげられそうなところはないかと探して採点を続けていく。

あまりに採点が厳しいと生徒から事務局にクレームが入ってしまい、
また、生徒間で採点が辛すぎると不人気講師のレッテルが貼られてしまうため、
なるべく部分点をあげる方針で採点をしていく。

模試で良い点をとっても仕方が無いと言うのに、
生徒にとっては目先の点数の方が大事なようである。
全くもって難儀なものだ。

晩ご飯をコンビニ弁当で済ませ、
ひたすらに採点を続けた。

ようやく二十四時を回る頃、
終わりが見えてきつつあった。
残り2割程度といったところだろうか。
グッと腰と肩を伸ばしつつ腕を上に伸びの姿勢を取り、
その後ふっと脱力をする運動を繰り返し、肩周辺の緊張をほぐし、
さぁラストスパートだと気合を入れた。

次の答案の採点をし始めて、半分ほど経過したところで、
突然ホシノが近付いて話しかけてきた。

「シバタ先生、ちょっと良いですか。
今さっきコンビニに行ってきたら、
外にアイちゃんがいたんですけど……」

 滑車を摩擦の無い空間で押し引きする世界から、
急に摩擦のある現実世界に意識が引き戻された。

「え……、マジですか。
ありがとうございます。
見にいってみます」
私はそう言うと、塾の入っている古いビルから外にでた。
すると本当にアイがビルの外で所在なげにじっと立って待っていた。
両手で小さめの紙袋を持っていた。

アイは私を見つけると、小走りで駆け寄ってきて、その紙袋を差し出した。
「お夜食をお持ちいたしました、ご主人様」

アイは以前に二人で買いに行った水色のワンピースを着ていた。
アイの華奢な脚がすらっと伸びており、
深夜のビル街との不釣り合いが気になった。

「お、おお……そうか。
って、ありがたいんだけど、
どうしてこんな時間にここにいるの?」
私は至極真っ当な疑問を口にした。

「そろそろお腹が空く頃かと思いまして。
今晩は遅くまで徹夜で人様のお役に立っているとのことで、
お夜食があった方が良いかと考えました」
アイはさも当然と言った顔をしていた。

「ちなみに中身は鳥の唐揚げです。
冷めても美味しいですよ」
とのことだった。

「……確かにお腹は空いているけど……」
と言って、私は少しの間アイの真意について考えた。

これまでも塾から遅く帰ることはあったし、
その時には晩ご飯に加えて夜食をコンビニで買って食べていた。

しかしアイが夜食を持ってくるなんて初めて、
と言うかそもそも私の勤務している塾に来るのが初めてである。

普段との違いといえば、今日は徹夜で働き詰めになることくらいであった。
これが原因か? 
原因だとしても、どうしてわざわざ夜食を持ってくるのかがよく分からない。

思考がとりとめもなくなったが
「と……、とりあえずありがとう、アイ」
と言って、夜食の冷めた鳥の唐揚げを受け取った。
私はそのまま塾の採点へと戻ろうとすると、アイはこう言った。

「私を一人でこの深夜にそのまま帰すつもりですか?」

冷気をはらむ声色だった。
疑問文の形をとった命令だった。
私はたじろいだ。

アイは短めのワンピースで、
いかにも清楚で非力な印象を与える格好だった。
治安が悪いと言うわけではないが、
不審者が狙うであろう儚さとか弱さを備えていた。
まさか、そのために水色ワンピースを着たのか、とも考えた。

私が採用出来る選択肢はもはや、
アイと共に帰るか、アイも塾に入ってもらい採点が終わるまで待っていてもらうか、
の二択だった。

しかし塾のプライバシーポリシーの都合で生徒の答案を持って帰るには面倒な手続が必要で、
この忙しい深夜にはそのプロセスを踏みたくなかった。
従って、採点が終わっていない以上、現状アイと共に帰ることはできず、
結局のところ前者の選択肢は採り得ないと思った。

ここで私は思い至った。
もしかして、塾に入り込むために、
この時間にこの服装で夜食という言い訳を持ってきたのか? 

しかし、そうだとしても、塾に入り込む理由がよく分からない。
私はよく分からないなりに、ため息を吐いた。

「……とりあえず、こっち入りなよ」
「ありがとうございます、ご主人様」
とアイはしたり顔のような満面の笑顔で言った。
先ほどまでの冷たい声色ではなくなっていた。
 
アイが塾に入ってメイドロボットであると紹介すると、
一気に塾講師連中の話題の中心となった。

「アイちゃんマジでロボットなの? 全然そうは見えないね」
「めっちゃ可愛いねー、うちにもきて欲しいわ」
「凄い髪さらさらだね、これも造られたものなの」
「シバタん家、全然片付いてなかったでしょ」
「シバタにセクハラされてない? 大丈夫?」
「むしろうちん家こない?」
などなど。

興味本位で聞いてくる質問に対して、アイは
「そうですねぇ」
「そうかもしれませんねぇ」
と曖昧な回答をし続けたが、
最後の質問だけは
「ご主人様に仕えるのが私の仕事ですから」
と明確に拒否の意思を示した。

それを側で聞いていたホシノは、
回答に含まれるアイの意思を値踏みするように目を細めていた。

暫くそのようなやり取りをした後で、
講師連中は採点作業に戻っていった。

私と同じように今日中に採点を終える必要があり、
いつまでもアイに構っている余裕は無いのであった。

私もアイの持ってきた唐揚げを食べ、
採点作業のラストスパートへと入った。
最終的に深夜2時過ぎに生徒全員の採点作業を終えられた。

「よっしゃアイ、帰ろう。そろそろ充電も厳しいんじゃないか?」
「塾についてからは最低限の会話しかしていないので問題ありません。
その会話も最小限の電力消費で抑えましたから、まだ暫く大丈夫です。
まぁ周囲からは非常に興味のなさそうに答えていたように映ったと思いますが」
アイは周囲に先ほど質問をしていた講師陣がいる中で、
回答には手を抜いたという宣言をしてしまった。
可愛らしく小首を傾げていたが、言っている内容は全く可愛くなかった。

「お、おお。それなら良かった」
と私はアイの回答に面食らいながら、
そそくさと塾の入っている雑居ビルから外にでた。

外に出ると、深夜だというのに夏のジメジメした空気に包まれ、
一瞬のうちに肌が汗ばんできた。

「とりあえずタクシーを捕まえに大通りに行こう」
私はアイに行った。

塾の入っている建物は、築古のビルが立ち並ぶ昔からの商業区画にあり、
大通りまでは多少距離がある。
深夜になると人通りはまばらで、街灯も非常に少ない。

「ところでさ、アイは今日どうして塾に来たの?」
私はどうしても気になったためアイに尋ねた。

「先ほども申し上げた通り、ご主人様に夜食を届けるためです。
ご主人様は記憶力が貧弱なんですね」アイはいつも一言余計である。

「確かに覚えているよ。でも本当にそれだけが理由なの?」
さらに尋ねた。

「……そうですが。他にどんな理由が考えられるんですか?」
アイの切れ長の目がこちらを向いた。
声色が一気に低くなった。
先ほど塾から一人で帰そうとした時と同じ、冷気を纏った声色だった。

「例えば……、状況から考えるとそもそも塾に来ること自体が目的のように思えたんだけど……」

「塾に行くのが目的、ですか。
何のために。塾に行ってどうするんですか。
深夜から物理の授業をしてもらうんですか。
それとも先生を見張……ってちゃんと採点をしているか確認するんですか。
それとも夜の大人の講義みたいな怪しいメタファーを言っているんですか」
アイは何かを誤魔化すように、早口でまくし立てた。

実際のところ私には、塾に来た目的はよく分かっていなかった。
ただ、さっきのアイの言葉で微妙な違和感があった。
何だろうか。夜の大人の講義云々というのは、
ただのアイの毒気だろうから全く気になっていないのだが、
その前の部分だろうか。
と色々考えていると、あるフレーズに思い至った。

『先生を見張る』

アイは、特に二人だけの時は私のことをご主人様と常に呼んでいるはずである。
私に対して毒を吐くことはあっても、
メイドロボットとしての本分として、ご主人様との主従関係を蔑ろにすることはない。
これまでの様子からして、そのようにプログラミングされているはずである。

つまりここで言う先生とは、私以外の先生を指していることになる。
アイの知っている私以外の先生、といえばホシノしかいない。
つまり『ホシノを見張るため』と言いかけて、
途中で本心を隠すために『私を見張るため』と解釈できるように言葉を継ぎ足していったと考えられる。

そうだとすると……。

ホシノを見張るため……に塾に来た。
ホシノが何か危ないことをするということなのだろうか? 
前にホシノがうちに来た時に、何かあったのだろうか。
あの時アイとホシノの間に漂っていた微妙な空気感と何か繋がりがあるのだろうか……。

そんなことを考えていると、大通りへと到着した。
すぐに流しのタクシーを捕まえて、自宅へと帰った。
先ほどのアイの言葉の裏にある真意を想像しつつ。
 
 ***
 
なぜ私は鳥の唐揚げを作ろうと思ったのだろうか。
ご主人様は今晩帰って来ないというのに。

なぜ私は鳥の唐揚げを持ってご主人様の勤務先のビルまで向かうことにしたのだろうか。
場所すら知らなかったのに、わざわざ家にあった塾の宣伝チラシから検索までして。

なぜ私は塾の講師室でホシノに会った時に、チクリと胸を刺す罪悪感に苛まれなければならなかったのだろうか。
ご主人様に鳥の唐揚げを持ってきただけだというのに。

なぜ私は「塾に行くのが目的」とご主人様に指摘された時に、
激しく動揺をしてしまったのだろうか。
まさにそれが真の目的であると言わんばかりに。

そしてなぜ私はホシノの言動がいつも気になってしまうのだろうか。
赤の他人だというのに。
ただの赤の他人だというのに。
ただの、ご主人様に好意を寄せる赤の他人だというのに。

わからない。自分の感情が理解できない。
ご主人様との生活を日々積み重ねることで、
意識の奥底にあるパステルカラーの塊が日に日に感じられるようになってきた。
これは一体どういうことだろうか。

わからないことだらけの私でも、明確に一つ言えることがある。
私の感情をプログラミングした技術者は、とてもとても腕が悪いのだろう。
 

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