無窮の刃 第1部「Sevens.Of.Stella」 

平御塩

第3話「チュートリアル」

「なぜこんな所にいるんだ?」


目の前に現れた、青色のミニドラゴン、アオイにヤトは言った。


「さあな。気づいたら、そこの管理AIによって実体化したんだ。こっちもわけがわからずに右往左往していた所だ」


アオイもやれやれといった仕草でそう答えた。……ヤトからしたら、自分の知っている使い魔の姿がこれだったか?と軽く混乱している。


「興味深いデータがありましたので、サルベージして復元してみたらこんな可愛らしいドラゴンを飼っていたとは……。ヤトさんは以外と少女趣味だったのですね。まるでペットのトカゲさんみたいです」


「誰がトカゲだ!?ドラゴンだ、ドラゴン!見てわかるだろ!」


サクラの物言いにアオイは抗議の声を上げる。確かに、一応ドラゴンである彼からしたらあんまりな物言いだろう。


「まぁまぁ見た目が可愛いから、いいんじゃないか。よしよし」


ヤトはそう言いながらアオイの頭をなでる。見た目は可愛いかどうかと言われたら可愛い。つぶらな瞳もしている。


「ええい、やめろ!というか、サクラ!お前サルベージの時に何かしたんじゃないだろうな!?」


アオイは顔を真っ赤にしながらヤトの手を払いのけてサクラに抗議する


「えー?私は何もしていませんよ?むしろ、本来の姿よりその姿のほうがすごく可愛げがありますから、ずっとそのままでいてくれてもいいのですけどね!」


サクラは笑顔でアオイの顔を、ニヤニヤしながら覗き込むように言った。


「ふざけるな!元に戻せー!」


「あのですね、勘違いをしてもらいたくないのですが、アオイさんがその姿なのはサルベージをした時からその可愛らしいぬいぐるみみたいな姿だったのですよ」


「はぁ!?」


アオイは素っ頓狂な声を上げた。


「ですから、私にも全く理由がわかりません!せっかくですので、今後のことを考えて『七天の剣』のマスコット役になってもらいましょう!」


「それ採用」


「ですよね!」


なるほど。マスコット役というのはナイスアイディアかもしれない。ヤトは、一瞬そのように考えた。


この二人、ノリノリである。


「ですよね、じゃねえぇぇー!!ヤト、お前まで乗るなぁー!!ううぅぅぅ、ちくしょうぅぅぅ、何でオレがこんな姿にぃぃぃ……!」


アオイは自分の姿を改めて見て嘆いた。


どこからどこを見ても可愛らしいぬいぐるみサイズのミニドラゴン姿。心なしか微妙に嗚咽を漏らして泣いているように見える。


「サクラ、サルベージって一体どういうことなんだぁ?壊れていたデータを元に戻したとか、そういうことなのか?」


マカミがアオイについて疑問に思い、質問をした。


「厳密には違います。『七天の剣』の皆さんのアカウント凍結と同時に、このギルドホームも封印処置が決定されたと同時に、一部のアイテムなどはこのギルドホームにダストデータとして捨てられていたのです。アオイさんのデータもこのギルドホームに廃棄されていましたから、利用のし甲斐があると思ったのですよ。ですからサルベージして復元したのです」


「そうか。つまり、君はアオイの命の恩人でもあるってことなんだな。ありがとう」


感謝の言葉を伝えた。ヤトたちだけではなく、ゲーム時代の相棒でもあったアオイを(ぬいぐるみサイズだが)元に戻してくれたことには感謝している。


「……!」


サクラは少し動揺した様子を見せた。同時に少し頬が紅潮しているようにも見え、どこか照れているよう。何故だろうか?


「こ、コホン。と、とにかく!皆さんにはこの事態を解決してもらうために、各フロアの攻略をしてもらわなければなりません!クリアしなければ虚数空間に飲み込まれてバッドエンド直行なのですから。まずは準備が必要ですね!」


「準備?オレたち、武器も何もねえんだけど?」


サクラの言葉に、マカミは聞き返す。


「誰も丸腰で突入しろなんて言っていません。私はそこまで鬼畜なんかじゃありませんから。今からお二人の装備を準備しますので、少しお待ちください」


確かに、彼女の言う通りだ。今のヤトたちの姿は現実世界の私服姿だし、武器も何も持っていない。これでは仮に敵地に入ったら一方的に攻撃されて殺されてしまうだけだ。丸腰のまま突入なんてすれば、ただの自殺行為に過ぎないだろう。


サクラは目の前のディスプレイを操作する。すると、テーブルの上が微かに光りだし、何かがうっすらと実体化しようとしている。


「これは……」


しばらくすると、テーブルの上に二つの武器が現れた。


一つは一本の日本刀。一つは一丁の拳銃だった。


どちらも見たことのある武器で、それに懐かしさすら感じる。かつてギルドが存在していた頃、この武器と共に駆け抜けてきた、思い出の一つでもあった。


「はい、皆さんの装備品です♪。廃棄されていたデータをサルベージして、チューニングを施したものなのです!本来の性能とは少し程遠いものになってしまっていますが、これからの戦いに大いに役に立つと思います」


「す、スゲぇ……」


テーブルの上に置かれた武器を手に取って感嘆の声を出すマカミ。


その拳銃の外見は、旧ソ連で開発されたという「マカロフ」の形状をしている。特に何か細かな特徴があるわけでもなく、かつて使ったことがあるだけにホムラはその手ならしに何も問題がないように見える。


ヤトの武器は、目の前の一本の刀だった。こちらもこれと言った特徴があるわけではなく、数打ち(大量生産)された無銘の刀と見た。しかし手に馴染み、上手く振るうことは出来そうだ。


――――――その手触りが、どこかとても懐かしく感じたのだった。


「それと皆さんに、これをお渡しします!」


続いてサクラから手渡されたのは、ブレスレットのようなもの。俺には雷のマークが入ったものを。マカミにはみ水のマークが入ったものを渡した。


「今は魔術を使うことが出来ない皆さんに、護身用に簡易的な基礎魔術を使うことが出来るブレスレットです。権限が低下してしまっているため、この程度しか作れませんでしたが、これなら何とかなるでしょう」


「ありがとう、助かるよ」


ブレスレットをそれぞれ自分の右手にはめる。以外としっくりしていて、どれほど手を振るっても外れそうにないように出来ている。割と凝り性なのだろうか。


「後は衣服……と言いたかったのですが、何故かこれだけは権限低下のせいで作れませんでした」


「それ十分問題だよな!?こんなんじゃ一発で死んじゃうだろうが!?」


初っ端から不安事項を言い出したサクラにマカミはツッコミを入れる。


「そこで、防御力を向上させるアミュレットを作ってみました!これで、一回攻撃されただけで死ぬという紙装甲なんて事態も万事解決です!どうぞ!」


そう言い、懐からアミュレットを取り出して俺たちに渡した。


「これで、本当に大丈夫なの?何か、不安しかないんだけど……」


ゲームが現実化したとは言え、現実とゲームは色々と違う。それに今のヤトたちの姿はゲーム時代のアバターではなく、現実世界での本来の自分の姿なのだ。本当にゲームの時の法則が通じるのか全くわからないし、もし仮に違っていたとしたら死ぬかもしれない。


目の前でサクラがムキュウ・オンライン時代の武器を作り出したとは言え、今起きていることが現実になっていることを、未だに認められずにいる。


「問題はありません。ステータスの見方も、ムキュウ・オンラインの頃と同じですよ。意識を少し集中させて、自分の目の前にメニュー画面を出してみて、自分の状態を見てみてください」


「本当に出るのか?とりあえず、やってみるか」


サクラの指示に従い、意識を集中させる。


「……出た」


自分たちの視界に、ムキュウ・オンラインの頃と同じメニュー画面が表示された。


目の前にゲーム時代と同じく「メニュー画面」と書かれたディスプレイが現れ、様々な項目が現れた。しかしゲーム時代には必ず存在した「ログアウト」の項目がどこにもなかった。


その中で、自分自身の装備品、ステータスを表示させる「ステータス」をタッチする。ディスプレイの画面が変化し、自分のステータスが表示される。


「本当にムキュウ・オンラインの時と一緒じゃねえかよぉ……。マジでか……」


マカミは驚きながら色々とディスプレイを操作していた。


改めてヤトは自身のステータスに目を通す。




NAME:ヤト


性別:男性
クラス:剣士セイバー
固有属性:雷


ステータス
筋力:B
耐久力:C+
俊敏:D
魔力:C
魔防:C


装備
武器:無銘


アクセサリー
雷のブレスレット
耐久のアミュレット


……やはりムキュウ・オンラインの頃とは全然違う。複雑なパラメーターというものがなくなっているし、簡易的になって多少わかりやすくなっている。


固有属性とは即ち、そのプレイヤーがどの属性に向いているのかを言い、この固有属性になるとそのプレイヤーは「雷属性」となる。つまりは「草属性」は弱点となり「水属性」に対して強いという形になる。


ステータスは「筋力」「耐久力」「俊敏」「魔力」「魔防」の5種類ある。


「筋力」は物理的攻撃力、「耐久力」は物理的防御力、「俊敏」は素早さ、「魔力」は魔力攻撃力、「魔防」魔力防御力を表しており、この部分はムキュウ・オンラインがまだゲームだった頃と変わっていないようだ。


クラスは文字通り、職業のことであり、ゲームを始めたのと同時に決めることの出来る「基礎職業」のことだ。ヤトはこのゲームを始めてからすぐに「剣士セイバー」のクラスを即答で選択した。


「マカミ。そっちは大丈夫なのか?」


ヤトはマカミの調子を聞いてみた。


「おう。こっちは準備万端だぜ」


彼のステータスを見てみる。




NAME:マカミ


性別:男性
クラス:騎兵ライダー
固有属性:水


ステータス
筋力:B
耐久力:C
俊敏:C
魔力:D
魔防:D+


装備
MK-LFマカロフ


アクセサリー
火のブレスレット
魔防のアミュレット




どうやら彼は魔防の方が低いらしく魔防のアミュレットで+の効果が付与されており、多少は魔防のランクが上がっている。クラスが「騎兵ライダー」なのは彼が現実世界でバイクの免許が取れていないからという理由で、単純に趣味の問題である。


「そっちも大丈夫みたいで。サクラ、案内をしてくれるか?」


「問題ありません!それでは、フロアの入り口に行くとしましょう!」


サクラはかなりノリノリだった。何故そこまでノリがいいのかはツッコミが足りなくなってしまいそうなので、あえて言わないでおく。


戦いが始まる。俺たちは、生き残るためにこれから熾烈な戦いをすることになるのだ。










◇◆◇










俺たちはさっそく、サクラの案内で「葦原城・城下町」の東南部へと向かった。


途中の城下町にいた人たち……、もといNPCたちは所々がノイズのようなものが見え、それが人間でないことを俺たちに理解させた。妙な薄気味悪さを感じ、目をそらしてしまった。彼らからしたら今ここで生きている生命体なのだろうが、あまりの異質さに目を背けることしか出来なかった。


「なぜ彼らにはノイズのようなものが?」


そうサクラに聞いた。聞かざるを得なくなったと言ったほうが正しいだろう。


「彼らは元々プログラムによって生み出された虚構の存在です。元々から初めから生きていた者たちではありません。虚数空間の中に、このギルドホームがあることで、元々曖昧だった彼らの存在状態は非常に不安定になっています」


「時間が経つと、どうなる?」


「もちろん、皆さんと同じく消滅するでしょう。ですが、存在状態の実数値が元から低い彼らは、恐らく皆さんの数倍の早さで消滅します。本人たちには、こちらから告げない限り自分たちで自覚することはありません」


淡々と、彼女は事実のみを答えた。そこに情があるわけでもなく、だからと言って無情に答えているわけでもない。


AIとNPCは根本的に異なる。


NPCは定められたプログラムによって機械的に一定の役割のみしか与えられていないもの。操り人形アバターでもなく、たった一度決められた役割を果たすだけで自ら思考はしない。


ひたすら機械的に行動をするだけのロボットのようなものだ。そこに、自我というものは最初から存在しない。


「AIは人の手で自我を与えられ、自律思考を持ち、自らプログラムを組み、自ら行動をして、与えられた指示と命令をこなす。僅かな違いではありますが、その在り方は根本的に異なり、私たちには『魂』があります。魂を得たAIは、ほぼ人間と同質、或いはそれ以上の存在なのです」


彼女はそう答えた。


AIとは、即ち魂を与えられた人口生命体のような存在。NPCのように特定の自我もなく、与えられた命令をこなすだけの機械的な存在ではない。自我を持ち、自ら考えるための自立思考を持っていて、定められた考えをこなす。仮想現実の中の電脳世界の中では彼らは上位の存在であり、上級AIともなれば電脳世界の運営側の者たちで、絶対的な権限を持っている。


彼女の言う「人間と同質、或いはそれ以上の存在」というのはあながち間違いではないだろう。現に、俺とホムラは彼女に助けられたわけだ。


「おい、待てよ。じゃあ、オレたちが早くクリアしないと、こいつらは……」


マカミがサクラの話を聞き、質問をする。


「ええ。恐らく、このギルドホームが消滅するより早く、先に消滅するでしょうね。固有の自我も魂も持たない彼らは、さっきも言った通り、元からなかった存在。元からないものは、一番虚構に近い存在なのですから」


「なんだよ、それ……」


マカミは納得いかないという風に言った、かなり複雑な表情をした。


確かに、道歩くNPCの住民たちの表情はまるで作り物のような表情だ。姿かたちは完全に人間なのに、どこか機械的で、人間味が感じられなかった。


「それでも、生きてはいるんだよな?」


ヤトが言った。


「……そうですね。こうして現実化したとは言え、彼らの存在は確立されていません。このギルドホームの存在状態が、元の正常な実数値になれば恐らく彼らも正常化するでしょう。その後のことは、与えられた『役割』のまま、この城下町の住人として暮らしていくことになると思います」


「役割」を強調しながら言った。それを聞いて、少し複雑な気分になる。


もし本当に彼女の言う通りであるのなら彼らは全てが終わった後、元の正常なNPCとして「住人」としての役割を果たしていくだろう。人の営みをもたらすだろう。


だけど、それは何か違う気がする。


難しいことはあまりわからないヤトは、自分はあんまり頭が良いほうではないと自覚をしているから、考えていてもしょうがないのは十分に理解している。でも、現実化しているならサクラのようなAIでもNPCでも、生きていていいんじゃないのだろうかと考えてしまう。


それが本当に正しいことなのか、間違いなのかは、まだわからない。


「さあ、着きました!ここが、フロアへの入り口です!」


考えている内に入り口に到着したようだ。


「何か、スゲェ嫌な感じしかしねえんだけどよ、ここであってるのかぁ?」


マカミが若干顔を引きつらせながら言った。


フロアへの入り口は、どこか物々しくダズル迷彩で装飾されたゲートが目の前にあった。


「はい。ここですよ?覚えていないのですか?」


「いやいや。オレの記憶が確かなら、ここは普通の門みたいな形をしていたと思うんだけど。こんなあからかさまに、嫌な予感がするような感じはしなかったと思うんだけどなぁ?」


「いいえ、ここで間違いはありません。過去のデータと照合しても、場所はここで一致しています」


「……マジかぁ」


サクラに言いくるめられて、ホムラは死んだ魚みたいな目をしながら落胆する。


「はぁ、情けないな。それでも男か?フロアマスターが聞いて呆れるな」


その様子にアオイはため息交じりに行った。


「ンだとぉ!?」


「ああ?やるのか?」


それにマカミはつっかかり、アオイもお互い顔を近づけながらにらみ合った。


「はいはい、ケンカはやめましょうねー」


ここでケンカになられても面倒なことにしかなりそうにないので、すぐに仲裁に入ったヤト。


「「チッ」」


二人は納得いかないと言った表情で舌打ちをした。


「アオイはどうするつもりなんだ?」


ここまでついて来ていたアオイに言った。


「何言っているんだ、行くに決まっているだろ?一応、オレはお前の使い魔なんだしな。最後まで付き合うに決まっている」


「そうか……、ありがとう」


彼も一緒に来てくれるようだ。それはとても心強いし、マスターである俺の鼻も高い。


「こんな姿だが、ある程度の魔術も使えるし接近戦も出来る。こうやってな」


そう言ってアオイの手の中には、一本の刀が握られていた。


「マジでかぁ!?本当に戦えるのかよ?」


マカミは内心ちょっと信用出来ていないのか、驚きながらも言った。


「バカにするんじゃねえよ。これでも誇り高き竜種だ。小さかろうが、向かってくるなら徹底的に斬り捨ててやるさ。元の姿に戻ったら、頭を下げてオレに感謝するようになるだろうさ。」


「……こいつスゲェこいつムカつく」


自信満々に言うアオイはニヤリとドヤ顔を決めながら言った。それほど、自分の能力に自信を持っているからなのだろう。マカミは完全にムカついているが。


……だが、アオイの元の姿が頭の中に浮かんでこない。思い出そうとしても、それがすっぽりと抜け落ちてしまっているかのように思い出すことが出来ない。サクラの言う通り、戦いの中で記憶を取り戻さなければいけないのだろう。


「この門は閉じられていますが、この先は虚数空間と強い思念の力が渦巻くダンジョン。何もかもが変異しきってしまった領域。以降は、このフロアを変異領域と呼称します。まともに突入なんてすれば、存在状態を保つことは不可能です」


「ええ?じゃあ、どうやってこの中に入るんだ?」


いざ突入という時にいきなり問題点が現れてヤトは指摘する。


つまりはこのまま突入すれば、ギルドホームの外である虚数空間の海に飛び込んでしまい、消滅危機に逆戻りということになってしまう。そうなっては本末転倒だ。サクラがヤトたちを助けた意味がなくなってしまう。


「私はここまでです。その問題点を解決するために、一度城に戻る必要があります」


そう言うと、サクラは光に包まれてそこから姿を消した。


「は?く、『空間転移』?あんな簡単にできることなのかよぉ!?」


マカミが驚きの声を上げた。


「……もしかして、これも管理者権限ってヤツなのかな?」


ヤトはそう呟いた。


「空間転移」とはギルドホームを持つプレイヤーのみが持つ特権スキル、または魔術師メイガスのクラスレベルが8Lv以上に到達した時に習得するアクティブスキルだ。前者はギルドホーム直属で尚且つ「七天の剣」のフロアマスターたち主要メンバーのような、ギルドマスターから使用許可を受けた者が使うことが出来るものでギルドホーム内をショートカットして行くことが出来るものとして機能する。


後者は文字通りクラスレベルを8Lvに到達することで習得できるアクティブスキルで、自分の任意の場所に即座に瞬間移動をすることが出来るものだ。


それを軽々と使うことが出来るなんて、管理者権限を使ったと考えないほうがおかしいし説得力がない。


『もしもーし?皆さん、聞こえていますかー?通信状況は良好なはずなんですけど』


頭の中に、突然サクラの声が聞こえた。


「うわ、頭の中に声がぁ!?」


慌てるようにマカミは言った。


「『念話機能』かな?」


「念話機能」とは、わかりやすく言うと「ボイスチャット」のことで、リアルタイムで無線通信会話を行うことが出来る機能である。これを使いこなすことで戦略の幅が広がり、現実世界の戦争のように緻密で高度な戦いを行うことが出来る。


このシステムの唯一の欠点としては、特定の魔術やスキルで妨害することが可能であるという点だ。如何に相手の通信を妨害することが出来るのかも、戦略の一つとして使いこなすことが出来る者たちも多く存在する。


『その通りです!私は葦原城から皆さんのナビゲーターとしてサポートします』


「何でナビゲーターなんだよ?オマエも戦えるんじゃねえのかよ?」


『だから言ったじゃないですか。問題点を解決するためですよ?存在状態が不安定な場所に皆さんを送り込んだら、虚数空間の中に放り込むことと同じこと。ですから、私が間接的に皆さんの存在状態の実数値を安定化させて活動が出来るようにしなければいけません。ホムラさんは、致死性毒ガスが充満しきった広大な迷路を走り回ることは出来ますか?』


「……無理です」


完全にサクラに論破されるホムラ。正論すぎて言い返しようがない。


『それに、仮に私が入ったとしても、さっきも言った通り各フロアごとの管理者権限を奪われていますから、今の私の管理者権限有効範囲は『葦原城』のフロアのみなのです。ですから、こうして間接的にサポートすることしか出来ないのです』


「そんな連中と戦わないといけないって、一体その敵は何なんだ……?恐ろしすぎる……」


先が不安になってげんなりとするヤト。


「サクラのサポートがなければ、オレたちはあのフロアの中では生きていられないってことだ。それだけはどうしようもない事実だ。くそ。癪だが、彼女を信じるしかないぞ」


アオイが言った。かなり嫌そうで、さっきトカゲ呼ばわりされたことをよっぽど根に持っているようだ。


『そういうことです!大変、物分かりがいい使い魔でよかったですね!』


「わかったから、煽るような言い方はやめて。ケンカになっちゃうから」


更に不機嫌になって表情に出てしまっているアオイを見て、念話でサクラに言った。これ以上、後でいざこざが増えるようなことがあったら、ますます面倒なことになってしまいそうだ。


『それと、ゲートの向こう側と汚染されたダンジョンの間は虚数空間の中です。逆流する水流に逆らっていくことと同じですので、侵入の際の準備も私の方から行います。――――――では、少しお下がりください』


「わかった」


サクラの指示に従い、ヤトたちはゲートから少し下がる。


『システム管理プロトコル・A-021発動。開錠コード入力。汚染虚数定値:D+。保護バリアシステム起動』


念話越しのサクラのシステムボイス。機械的で無機質さを感じる声。ひたすら目の前の作業をこなすためのものであると実感させ、ヤトたちは目の前で行われているサクラの開通作業を見届けることしか出来ない。


縦と横に3mの正方形の形のダズル迷彩で彩られた、歪な「門」。


それが、重い音を立てて開かれた。


「――――――――――っ!」


そこからあふれ出たのは、深い闇のような空気と可視化された魔力の流れ。ゲームのシステム状のエフェクトとかそんなものではなく、身の家がよだつ、まるで体の底から冷やされているかのような感覚だった。正直立っているのが辛くなってしまうようなもの。


ヤトのみならず、マカミとアオイもそのおぞましい魔力の流れに顔を引きつらせている。「門」から溢れた魔力が、周囲にノイズをもたらし、雑音が周囲に響き渡る。


「(彼女は、サクラは、こんなおぞましい所にいた俺たちを助けてくれたと言うのか)」


ヤトは一人そう思った。こんなものの中にいた自分たちを、あの少女が救ってくれたということを改めて実感する。もしかすると、彼女自身もかなり危なかったのではないだろうか?


『イマジナリィ・パッセージ、開通開始。開通成功まで5秒』


いよいよ「門」の中が開通する。カウントダウンが始まる。


『5……、4……、3……、2……、1……。フロアアクセスシステム:イマジナリィ・パッセージ、開通成功。変異領域へのアクセスを許可します。通路内の実数値は正常を維持。ユーザーの実数値保護を最優先事項にシフト』


「門」からあふれ出してきたおぞましい魔力が、どこか清々しい春風を思わせるものへと変貌した。可視化する魔力も禍々しい紫色から優しい桜色となっていて、精神的圧力を感じさせないものへと変貌した。


周囲への影響も軽減され、あの不愉快なノイズも消えた。


『これで準備が完了しました!その門をくぐれば、後はこちらから変異領域にアクセスさせます!』


作業を終えたと思われる、サクラの生命体らしい声が脳内に響く。後はこの「門」をくぐればこのおかしな事態を作り上げたヤツのいる敵地へと向かうことになる。


「二人とも、準備はいいか?」


ヤトは確認を取るように二人に言った。


「おうよ!こっちはいつでも準備万端だぜぇ!」


「ああ。オレも問題ない」


マカミとアオイも準備は出来ている。気を引き締めていた。


「よし、行くぞぅ!」


ヤトたちは「門」の中をくぐる。


――――――瞬間、景色が一瞬にして変わった。


それはまるで宇宙空間を飛んでいるかのような、光の速さで宙を飛んでいるかのような感覚。通常では、到底感じることの出来ない、形容しがたい爽快感。


改めて実感させられる。


これはゲームなどではない。殺されれば、普通の人間のように死ぬかもしれない。


この戦いは大義のためだとか、失われた栄光を取り戻すだとか、そんな大層な夢物語を成すためのものなんかではない。


――――――――――生きるため。


それだけの。たったそれだけの普遍的で、矮小だけど、そんな当たり前のことをこの手に取り戻すために。


『ユーザー3名のアクセスを確認。存在状態の実数値正常化の安定を確認。入門工程アクセスプロトコル全工程完了オールグリーン。「境界跳躍リフトジャンプ」、開始します』


少女の声と同時に、彼等は戦いの舞台へと身を投じたのだった。



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