予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第3章9話「人生初の相談。その名は、でーと」
放課後。再び作戦会議室に集まったオレたちは、来週月曜日から始まる課外授業の迷宮探索までの三日間は自由行動で、迷宮探索に持っていくアイテムの調達をして準備をしていくという方針になった。
峯藤先輩曰く「当日までに英気を養い、万全な状態で行くことが最も大事。その辺は遠足とか合宿と変わらん」と言っていた。……遠足も合宿もしたことがないのでよくわからないが、とりあえず戦場とかに行く前に十分体を休めたり、リフレッシュをしろという意味なのだろう。
オレは、今ある人物に相談を持ち掛けている。
「えーっと、つまり?つまり、そういう事なのね?」
「はい。そうです」
作戦会議室を出て、すぐに寮には戻らずに隠れて密会をしている。
相手は、原科綾斗先輩。この分野について、もしかすると詳しいのかもしれない。
「それで、このアタシに相談をと?……確認をさせてもらうけれど、本気で言っているのよね?」
「無論。冗談で、こんな相談事はしません」
オレは本気だ。あの一言をきっかけに、今に至るまでの授業で、先生たちの話がほとんど頭に入らなかった。放課後作戦会議で色々と確認をしたので、何とか追い付いたのだが。
とにかく、このもやもやを解決するためには、この人しかいないのではないかと思い、思い切って相談を持ちかけたのだ。
そして、当の相談を受けた本人はと言うと――――――――。
「素晴らしいわぁ!!あの大人しそうで、特に積極的ではなさそうな八重垣さんが、まさかアナタにデートの申し込みだなんて!!これこそ、青春!少年少女の恋が始まるって事なのねー!!」
何だか、訳の分からないテンションでハイになっていた。何故だろう。
それと青春やら何やらと、何だかよくわからない言葉が出てきているが、まぁこれから理解していけば問題はないだろう。
「それに、オレは別にお出かけをしないかと誘われただけででーと?とは言っていないのだが……」
「それ本気で言っているのー?誰がどう聞いてもデートじゃない!まさかと思うけど、デートって何かわかるのかしら?」
「いや、全く」
「マジで」
真顔で「マジで」と言われた。かなり真剣な表情だし。
そう言われてもわからん。山暮らしが長く、崇村家でも基本的に世間と隔絶されていたような環境で育ったオレにはそういったものとはほとんど無縁だったのだ。そういうのを期待されても困る。
「どんな暮らしをしていたのかは知らないけど、これからの人生で生きていく上でデートというのはとても大事なイベントよ。アナタと日那ちゃん、ここ最近色々といい感じにフラグを立てていたから、もしかしたらと思ったけど、こんな形でデートイベントに遭遇するなんて……。アナタ、今ラッキーチャンスだわよ」
「ら、ラッキーチャンス……??」
興奮した原科先輩がまくしたてるように色々言っている。でーと?というのはそんなに興奮するような要素があるものなのだろうか。人生で大事なイベントと言っていたが、そちらの事情に詳しそうな彼が言っているのでそうなのかもしれない。
「でも、このアタシがいるからには安心しなさい。美の求道者であるこのアタシが、アナタの人生をバラ色にするために手取り足取り教えてあげるわ!」
「いやいや。それはそれで色々と飛躍しすぎだろ。人生バラ色ってどんな人生だ」
バラ色という名の人生はない。まぁ、言葉としてはあるかもしれないが、それの意味がわからないというのが正解なんだが。後、お出かけに美って関係あっただろうか?
「さっきまでの感じからすると、やっぱりそういう経験はないのかしら?」
「ないな。強いて言うなら、育ての親と一緒に怪魔討伐とか修行で住処から一時離れたりしたぐらいだ。それ以上のことをしたことはないな」
「……いくら何でも世間知らずにも程があるとしか言いようがないんだけど。どんな生活をしていたのかしら」
「山暮らしだが?」
「そういう意味じゃないわ。アナタ、山暮らしでも街に来たこととかはないの?」
「崇村家の連中に見つかったりとすると面倒になるから、ずっと山にいた」
「……」
原科先輩は少し呆れ顔をしながらため息をついた。
オレは椿さんに拾われてから今に至るまでずっと山暮らしだった。食料などと言った類のものは山の中で見つけた獣を狩って食い、育てられるのであれば野菜を育てて自給自足をするなどしていた。山の中でも、椿さんが仕事で山を下りて、街から持ってきた新聞や情報を見て知るぐらいでしか、オレは「世間」を知らなかった。
いや。それは、崇村家にいた頃からか。
世間と隔絶されているような環境の中で育てられ、「外の世界」を知ることが出来たのは、捨てられてからで、外での生き方を教えられなかったオレは、もし拾われずにいたら既に死んでいただろう。
だから、世間一般的な常識もあまり知らない。一応、椿さんからはある程度教えてもらっているが、原科先輩や牛嶋たちの反応とか見るに、全く常識があるように思われていないようだ。まぁ、事実その通りのようなものなので、しょうがないが。
「それはそれとしてアナタ。もしかしてよく考えずに二つ返事で承諾したのかしら?」
「……」
「図星じゃない。ダメよ、よく考えないで返事をして」
「そ、それは悪いと思っている。だから、こうして相談をしたのだが……」
あの時、いきなりそういう誘いを受けたオレは、「一緒に出掛ける」という行為の意味がわからず、突然すぎて頭が真っ白になってしまっていたこともあって、二つ返事で承諾をしてしまった。その時の彼女の顔は喜んでいたようにも見えたし、返事自体は良かったと思っている。
だが、今になってそれを後悔している。意味をわからずにいきなり承諾するなんて、確かに愚かな事だった。流石に常識を疑われても仕方ない事かもしれない。
「それ結局行かなかったなんて事あったら、相手を困らせたり、場合によっては悲しませるなんてこともあるのよ。特に相手は年相応の女の子なんだから、ちゃんとしないと嫌われちゃうわ」
「嫌われる……」
“嫌われる”。
その言葉を聞いた途端、何故か自分でもよくわからない感情が内側から蠢いた。
寒気のような、何とも言えないもの。その感覚が湧き上がって、嫌われるという事を考える度に思考が支配されるような気がしてくる。
いつもよく感じる不愉快とかそういうものではなく、単純にこの感覚が、妙に体の中を突き抜けていた。気分が悪くて、それでいて――――――――――。
「崇村君?どうしたのかしら?」
「あ、いや。何でもない」
考え事をしていると、原科先輩がオレに声をかけてきた。
「本当に?アナタ今、すごい冷や汗をかいているし、顔色がちょっと悪いわよ」
「……そ、そうなのか?」
「ええ。それに死にそうな顔をしているし」
気づけば冷や汗をかいていたらしい。手で拭うと、確かに妙に汗をかいていた。
今までこんな、気持ちになったことがないのに。こんな気持ちになった時にも冷や汗をかくものなのか。
……嫌われる、か。
それは、何だか、嫌だと思った。
既に慣れ切っているはずなのに。今更になって動揺なんてするはずがないのに。
だけど、オレは――――――――――。
「ま、それはいいわ。問題は、アナタがデート未経験者な上に少し浮いている事によって色々と不都合が起きる可能性もあるわ。もちろん、そこは自覚あるわよね?」
「わかっている」
言われなくてもそれぐらいの事はちゃんと自覚している。生きるためにも必要だった事だし、自分をある程度客観的に見たりすることは出来る。多分。
「じゃあ、まず質問よ!デート、もといお出かけをするために必要最低限なものは何かしら!?」
問題方式か。ここで、オレが八重垣と明日お出かけをする時までに、しっかりと出来るかどうかが問われる。
「必要最低限の装備と十分なサバイバル準備」
「お待ち。早速ダメよ」
そう言って原科先輩から、ツッコミを入れられた。何故だ。
「何か、おかしな事でも?」
「おかしな事だらけだわ。いいえ、それ以前の問題と言っても過言ではない別の問題が出てきているわよ。アナタ。お出かけって登山とかサバイバルの事だと考えていたの?」
「違う、のか?」
「そんなわけないでしょ!普通に、街に出かけるのにサバイバル道具なんて物は持って行かないわ!アナタ、アタシに相談してよかったわね。そんな調子で明日デートなんてしたら、ドン引きどころじゃないわよ」
……やっぱりオレの認識は世間一般の常識とは完全にズレているようだ。
いや、そもそもよく考えてみろ、崇村柊也。
オレが出会った中で(恐らく)最も普通の感性を持っている八重垣が、そんな事をするわけがない。その発想が出てくるわけない……よな?
「一応言っておくけど、その発想は日那ちゃんに限らず、他の人でもそうそう出てこないわ。マッジでありえないと言わせてもらうぐらいに」
「ああ。やっぱり」
「納得してもらって助かるわ。そうでないとこっちが困るのだけど」
何が困るかと言われたが、明らかにこっちに非があるので言わないでおこう。余計に話が進みそうにないし。
「と・に・か・く!今のアナタでは、日那ちゃんとデートをしても悲惨な結果にしかならないわ。アタシが、一晩かけてでも教えてあげるから、付き合いなさい!」
「えっ?」
「本気よ。言っておくけど、アタシが納得するまで帰してあげないわ」
「ええ……」
冗談だろ……。わざわざ、お出かけの事で一晩それについて付き合わないといけなくなってしまうのか……。
しかし、それはそれだ。オレが原因でこうなっているわけだし、しっかりと理解をしておかないと、八重垣にも失礼な事になってしまうだろう。
「よ、よろしくお願いします」
こうなったら、やぶれかぶれだ。
色々と何だか不安だらけだが、とにかく原科先輩の講義をしっかりと聞かなければならない。今後のために。
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