予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第3章7話「不安要素」



学園長・滝口皐月と、その秘書である時裂マリは学園地下の、ある施設に来ていた。


帝都百華学園には地下施設が存在する。室内戦を想定した訓練を行うための専用闘技場を含め、様々な設備があるが、今2人が向かっているのはそことは全く比べ物にはならない場所だった。


学園の生徒の中でも、一部の人間しか立ち入ることが禁止されている場所であり、学園都市を覆うロゴスウォールの外殻結界を保っている魔力の源泉が眠る場所であり、学園都市及び帝都百華学園が立つ前は霊地と言われていた場所だ。


職員室の奥にある、「関係者以外立ち入り禁止」の札が貼られているドアを開くと、そこには一つの木製のエレベーターがあった。かつて「明治」と呼ばれた時代に開発されたものと外見は酷似しており、蛇腹状のドアがあり、その中にエレベーターがある。


2人はその中に入り、昇降ボタンを押す。行先は無論地下だ。


ドアが閉まり、エレベーターは降下を始める。


「それにしても、本当に大丈夫なのですかぁ、学園長?」


「何の事だ?」


マリの質問に皐月は聞き返す。


「今度ある課外授業の事ですよぉ。渋谷の旧市街地のヤツ。あの迷宮、本当に今回の課外授業のターゲットにするおつもりなのですかぁ?」


「既に理事会でも決定されたことだ。警察、軍にも話が通っている。いつもののことだろう」


「だからですよぉ。あまりにもあっさり過ぎません?いつもなら、すぐに難色を示したり、意図的に書類の提出をわざと遅らせたり……。子供みたいな嫌がらせをすることもあるのですよぉ。どこぞのブラック企業も真っ青です。なのに、今年はあっさりと受理してくれましたしぃ。あの迷宮、何かあるのですかぁ?」


はぁ~と深いため息を吐きながらマリは言った


課外授業で迷宮探索は毎年必ず行われるものであり、特に新入生の「心装士として怪魔や迷宮という脅威と戦う覚悟」を問うことを主旨としている。いわばふるいにかけることと同義であり、この課外授業を乗り越えなければ心装士になれないという現実を突きつけることが目的だ。


当然、迷宮探索には命のリスクが非常に伴うもの。詳細な情報、戦力、迷宮内の構造、必要な装備など、あらゆる面で準備を怠るようなことがあればあっさりと命を落とすなんてこともありうる。何より、未来の国家戦力の一つである心装士候補生、即ち学園生徒を失うなんてことは国の損失にもなりかねない。


そのため、課外授業で迷宮探索を行う際は、警察庁、防衛省などの許可を正式に受理されてからでしか行うことは出来ない。教育機関である以上、仕方のないことだ。


しかしそのような事情とは裏腹に、防衛省や警察庁の中には学園をよく思わない勢力もいる。特に、学園特有の事情には十二師家も絡んだりするため、今回のような課外授業などに関する書類の受理をわざと遅らせたりするという嫌がらせに近い事も度々ある。


「それをもう一度確かめるために今こうして向かっているわけだ。念には念を入れないとな」


「……もしかしてですけど、あのもいるのです?」


「そうだが?この手の事については一応専門家だろう」


「うぅぅわぁぁぁ~。マジですかぁ……、急に行きたくなくなったんですけどぉ~……」


この下にいるであろう人物がすぐにわかり、マリはまるで死人のように青ざめて気だるげに言った。明らかに落胆をしており、行きたくないオーラを全開にしている。


「残念だが、私が協力を申し出た。関西の方からも報告が来ていただろう?だからこそ、念には念を入れるという形でお願いをすることにしたのだ」


「それは確かにそうですけど~。だからって、あの人をわざわざ頼ることはないでしょう?それだったら、私が霊脈に接続をして、占いとかで観測をしますから~」


彼女の使う魔女の秘術によって行われるものだ。占いによる、未来観測による観測精度は皐月も認めるものであることはよく理解している。


「……前も言ったが、ここの霊脈とお前の相性はあまり良くない。一歩間違えれば霊脈はともかくお前に負担がかかる。それに、今回の迷宮探索申請が簡単に受理された理由を探るためでもある。万が一があってはならない。だから、彼に頼むのだ」


「はあ……はいはい、わかりましたよ。今度からは相談してくださいね~」


「出来ればな」


そう言っている内に、エレベーターが地下に到着した音がした。


ドアが開かれると、そこは地下洞窟であった。そこから新鮮な、透き通るような風が2人に吹かれる。とても冷たく、夏の季節になれば避暑地にもなりそうなほどの冷たさで心地よい。


だが、それ以外にもこの風には魔力が宿っていた。肌からの皮膚呼吸だけでも体内に吸収されるほどに透明度の高いほどの、星界魔力マナで満ちており、仮にここで強力な魔術を連射しても魔力切れを起こす心配がないぐらいだ。


エレベーターを降りた先の道には、一つの鳥居のようなものが佇んでいた。2人はその鳥居を右にそれて通り、先に進んでいく。進むごとにあふれ出す魔力の密度が高まり、その純度に思わず皐月も顔をしかめる。


「あまり、星界魔力マナを感じるのは好きではないのですか?」


皐月の様子に、マリが言った。


「……学生時代に色々あってな。あまり好きじゃない。昔を思い出してしまうからな」


「へぇ。珍しい。普通の魔術士なら、この純度の高い星界魔力マナは心地の良いもののはずなんですけどねぇ……」


「私には無縁の話だ。正直言うと、あまり長居をしたいわけじゃない。本音を言うと、さっさと用事を済ませて別の仕事に取り掛かりたいのだ」


歩みを進めることに段々と機嫌が悪くなってきたかのように、表情が険しくなってきている。よっぽど、このような空間に良い思い出がないのか、それとも――――――――――。


「あ、着きました。……うげぇぇ。もう最初からいるし」


目的地に到着した時、マリは外から見える境内の中の人物に、げんなりと露骨に嫌な表情を見せながら言った。


地下洞窟の最奥。そこは手入れが行き届いている、立派な社であった。星界魔力マナを多く含んだ湧き水が人の手が入った水路を通って静かに流れ、この社の境内が一種のパワースポットのようになっており、神聖な雰囲気が漂っている。


社の中に入ると、そこには例の人物が佇んでいた。


ゆったりとしたカジュアルなファッションに身を包み、紺色のジーパンを履いた、絹のような白く長い髪の美形の男。その男は、つい数日前の崇村柊也と工藤俊也との戦闘を見ていた人物であった。


「くーん」


2人を迎え入れるように、一匹の白い子狐が現れた。


「よしよし、どうも」


「……」


皐月はその白い子狐の頭を撫でてやったが、マリはそれを露骨に嫌そうな表情で見ていた。


「おや、お客人が来たようだ。神楽、おいで」


「くーん」


そう言うと、白い子狐「神楽」は青年の下に戻る。その姿は非常に愛らしく、魔術に携わる人間でなければペットと勘違いしてしまいそうだ。


「久しぶりだな、土御門。ついこの前、私の所に挨拶も無しにやってきた以来じゃないか」


皐月は険しい表情を崩さず、睨みつけるように言った。


「あはは。その時は、中々面白いイベントがあったからね。ついつい、そちらの方を優先させてしまったよ。それに僕たちはお互いに顔見知りなんだから、余計な挨拶はいらないだろう?個人的に忙しかったし」


爽やかな表情で、この白髪の青年、土御門晴康はそう言い切った。


「親しき中にも礼儀ありという言葉は知っているな?立場は違えど、私はこの学園の学園長だ。正式な日程で来ることになっていたのに、挨拶をすっぽかすという行為が許されるとでも?」


「では、僕をどうするつもりなのかい?処分をするとか?」


「その開き直り具合にもそろそろ慣れた。それなら、この空間をガッチリ固めて一種の牢獄にしてやっても構わんが?」


「うーん、そうなるとこっちが不利かな。既に霊脈の支配権を握られているわけだし、上書きも出来ない。お手上げだね」


物騒な会話を続ける中、マリはため息を吐いた。いつもの事とは言え、マリ自身もこの男、土御門晴康は天敵中の天敵なのだ。色々な意味で。


「ならいい。用件はわかっているな?」


「もちろんだとも。渋谷の事だろう?」


「話が早い。ならば私が貴様に何を言うのかも理解しているな?」


「ああ。渋谷の観測、そして占いだろ?それなら朝飯前と言った所だ。ここの霊脈の調子も好調だし、すぐにでも取り掛かることは出来るさ」


そう言うと、晴康は境内の中央に歩いた。


「さてっと。始めようか」


そう言うと、晴康は護符や式盤を始めとした道具を取り出して、儀式を始める。


陰陽道における占い。そして、地相などと言った鑑定法を行う。彼の場合は少し特殊なものであり、通常の陰陽道とは微妙に異なる。


それを例えるのなら、“王道ではあり異端”、“異端ではあり王道”という矛盾したもの。陰陽道に基づいたものでありながら、その過程が全く異なるカタチで成立する理不尽。


儀式の始まりを告げるように、境内と地下洞窟内の星界魔力マナが淡く、水色の清廉とした輝きが増す。


「……全く、あんな人格破綻者でもこの術の腕前だけは一級品というのが腹立ちますねぇ。ありとあらゆる面で私の神経を逆なでするものであります」


「それがこの男だ。性格はともかく、陰陽道や法術の腕に関してはこの国でも有数の心装士でもあるからな」


「ふーん。私には全く興味のない事ではありますが、あくまで評価するのは、その腕前だけですからねぇ。それ以外は、何も眼中に入っていませんので」


あくまでも辛辣な反応しかマリは示さない。しかし、その辺は皐月も理解しているからか、それ以上は何も言わなかった。


「全く。そのような態度は、外ではなるべく控えてくれよ。万が一、面倒な連中に聞かれればつまらん揚げ足取りにもされかねん」


「はいはい。衆人環視の中での罵倒はお控えさせていただきますよぉ。それ以外は、思う存分に言わせていただきますので♪」


「……不安しかないな」


笑顔でそう言われたとしても、色々な意味で信憑性に欠けている。間違いなく、今後も外で顔を合わせる度に何かを言うに違いないと確信している皐月はため息をついた。


「よし。終わった、終わった。はー、久しぶりにやったけど、地味に疲れるねぇ」


いつの間にか儀式及び魔術による観測が終了したのか、晴康がリラックスするように背伸びしながら言った。


「早っ!もう終わったのです!?」


「ほう。中々に早いではないか。流石は希代の陰陽師と呼ばれた男」


あまりの早さにマリは思わず驚きの声を上げてしまい、皐月はしかめっ面を崩さないまま、感心の言葉を口にした。


「現地に、僕の式神があるからね。そこを基点ポインターにしてしまえば、周囲の観測ぐらいなんてないさ。……それはそれで、ちょっとした問題点が出てきてしまったんだけど」


「何?」


問題点という言葉に、皐月は首をかしげる。


「その問題点とはどういうことなのでしょうか」


マリが言った。


「結界の強度が少し脆くなっている。僕の使っている結界は、かつて僕が京都に仕掛けた四神地相の陣とほぼ同じものを使っている。普通なら破壊されたり高度な術者でなければ破損させたりすることは出来ないはずなんだ」


「まさか、結界の強度が弱まっているということなのか?」


「そういう事。ここ最近、学園都市周辺で怪魔の目撃情報があったりしているのも、どこか結界が脆くなっている所から抜け出したりしている可能性も否定しきれないね」


「警備の人たちから目撃情報が寄せられていると思ったら、そういうことだったのですねぇ。……余計な仕事を増やされるこっちの身になりなさいよ、本当に」


「何だって?」


「いいえ、何も!」


マリはボソリと口を滑らせたが、皐月が聞き取れていなかったため誤魔化した。


実はマリは時間を見つけては工房ショップの経営の傍ら、学園都市周辺の怪魔を掃除がてらに一掃していたのだ。暇つぶし感覚で、自分の作成した使い魔たちを特攻させて自爆攻撃をさせるという形で倒していき、なるべく問題にならないように処理していた。


……厳密には、後で色々と報告書を書くのが面倒くさいから嫌だという、秘書らしからぬ理由からである。何事も面倒事は早いうちに潰しておくのが一番というのは、彼女の弁。


「僕の結界が脆くなるって事は内部もまた変わっているのかもしれないね。今の所、地上の方はそこまではないけど、更にその深くまでは観測出来ない。式神でも限度はあると言いたいんだけど、如何せん数が少なかったものだから出来なかったって所かな」


「渋谷の『迷宮』に関するこれまでの情報や報告などはあまり意味がないかもしれないという事か?」


「ないね。僕の結界が脆くなったんだよ?凡人や低級の怪魔程度に、僕の結界に傷を入れることはまず出来ない。あるいはよっぽどの特殊事例、『迷宮』内の核そのものに変化が起きないとありえない事だ。四神地相の陣は、そもそも神霊から力を借り入れて構成するものだからね。それに綻びを入れるようなものがいるとなると、これまでの調査や報告は全く意味のないものとなる」


「面倒くさい事この上ない事実、ありがとうございました。確かに問題ではありますね」


頭を抱えながら、マリは言った。


四神地相の陣とは、陰陽道の中でもかなり高難易度の術だ。四方。即ち、東西南北の四神に相当する位置に、四神にとって理想的な土地を結界として、四方を鬼や怪異などから守るというもの。西洋において、スピリチュアリズムとしてカテゴリーされるものである。


この場合、それら四神にとって理想的な環境であることを定義するために、それぞれの位置に「山(玄武)」「湖(朱雀)」「丘陵(青龍)」「低い山(白虎)」の概念を刻んだ、規定型魔法陣(陰陽道の場合、五芒星を用いる)を基点に疑似的な四神地相の土地とし、神霊である四神の神気をまとった結界を展開する。


つまり、魔術師や心装士の持つ魔力や霊力ではなく、神霊から直接魔力を受け取るような形を取った、神気入りの大結界なのである。その名残からか、西日本にある京都は、天然の結界そのものであり、西暦の黙示録以降もその機能を維持し続けている。


……それが損なわれているということは、例え疑似的なものとはいえ、重大な事なのだ。


「今ここで出来るのは、式神を通して結界の強度をある程度入れたぐらいだ。これ以上の事は出来ない。ここから先は、君たちの管轄だよ」


「それ本気で言っています?貴方の四神地相の陣に綻びを入れるようなヤツが、内部にいるのかもしれないのですけどぉ?」


「当たり前じゃないか。それに、あらかじめ言っておくけど、僕は君たちの味方でもないし、敵でもない。初めからそういう契約じゃないかな?これ以上、僕に求めるのは契約違反だし、筋違いさ」


「……チッ。一丁前に人の足元を見て近づいてきた男が、よく言いやがりますねぇ。このロクデナシ」


舌打ちと同時に、静かに晴康へ罵倒をした。何だかんだ言いつつも責任感はあるマリからしたら、晴康のスタンスは一から十まで嫌いな事、この上ない相手でこうして会話をしているだけでもさっさと出て行きたいぐらいだ。


「土御門晴康、ご苦労だった。すまないが、陰陽庁の連中にこの情報を早く送っておいてほしい。今更、課外授業を中止にするわけにもいかないからな」


「もちろんさ。若い人たちが、これからも怪魔殲滅のために働いていけるようにしてくれたまえ」


そう言うと、先程の観測結果を紙に書いた彼は、皐月に渡した。


「それと、もう一つ言っておかないといけないこともある」


「何だ?」


晴康はそう言うと、くるりと振り返り、妖しい表情と視線を皐月に向けた。


「手元に爆弾を抱え続けるのは、ほどほどにしていた方がいいよ?それが、この国を――――――――――嫌。人類にとって大きな災いになることになるかもしれないからね」


そう言い残し、彼の体が形代の形になって分解していくように姿を消した。


「……こちらは式神ではないようですね。陰陽道式の空間転移でしょう」


「そのようだな。さてっと、もう少し残業だな」


「はいはい。わかりましたよぉー」


皐月とマリは社を出て行き、残った仕事を片付けることにしたのだった。

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