予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第3章6話「峯藤先輩のスパルタ教室Part2」

峯藤冴。


昨年度における成績優秀者5位。十二師家・関東六家の一つ「峯藤家」の令嬢。その実力は、一部の情報通の新入生及び在学生、上級生なら誰でも知っているであろう。


特に十二師家の者であれば、よっぽど情報統制をしていなければ知らない者は存在しない。特に直系の者であれば、学園のような公共の場所で自らの実力を発揮、見られる場所であれば、たちまち知れ渡る。一部を除けばの話ではあるが。


「遅い!」


「きゃあ!?」


八重垣の一太刀を軽く柄で受け止め、それを弾き飛ばす。


「隙ありぃ!」


その背後を取るかのように、牛嶋がハルバードを勢いよく振り下ろす。だが―――――。


「やっていることは悪くない。筋も悪くはない。だが――――――――」


勢いよく振り下ろされたハルバードを、すり足のみで、紙一重にかわし。


「些か短絡的だぞ」


「ぶべ!?」


薙刀の柄を振りかぶって、牛嶋の額に直撃させた。その勢いで牛嶋はきりもみ回転して、地面に沈んだ。


「せいっ!」


少し距離の離れた所にいる皆月は、自らの心装である弓に矢を番え、一気に3本放つ。


「ほう、真っすぐか。だがこの程度!」


自らに向かってくる3本の矢を刃で叩き落す。


「何――――――――――!?」


だが、刃が当たった瞬間、3本の矢が激しく発光した。その光により、峯藤は目くらましをされる。


「よっしゃ、もらったぁ!!」


立ち直った牛嶋が再びハルバードを手に、目くらましを受けて怯んでいる峯藤に襲い掛かる。


「あら、そうはさせないわよ~?召喚・サモン・蠢く屍人アンデッドグール


「え?って、ぐわぁ!?」


峯藤に襲い掛かる牛嶋の足元に、グールが紫色の魔法陣から出現し、彼の足を思いっきり引っ張った。それによって、牛嶋は顔面から地面に落ちる羽目になった。


「おおおっ!!」


しかし、今度は峯藤の上から柊也が襲撃に来る。刀を上から勢いよく振り下ろしにかかり、まさに一刀両断せんとしていた。


「死角から攻めて来たか。だが、それでは足りん!」


柊也の一太刀を寸でのところで受け止めた峯藤は薙刀を振り回し、柊也を弾く。


「まだまだ!」


受け止められ、弾かれても、柊也はすぐに体勢を立て直し、攻勢に出る。


剣術に関しては、8年間の長い月日で基本的に一度も休まずに鍛錬を続けてきたことから、柊也は強い自信を持っている。それに対して驕り高ぶるわけではないが、大半の同年代を相手取ることが出来る自信はあった。


剣術に限らず、弓術、槍術、棒術、古武術など様々な武術を習得していても同じことであり、峯藤冴を一人の武人として見ていることから、彼女に対して武術に関してはたった一度の手加減も手抜きもしていない。それをして勝てる相手ではないと思っていたから。


しかし、柊也の一太刀は一つも入れること叶わず、そのほとんどが弾かれ、更に攻撃の隙を与えていた。薙刀の振り払いを避けたと思えば、柄による打撃など、様々な攻撃を加えられる。


「(早いだけじゃなく、一つ一つ全ての攻撃が急所を狙っている……!)」


攻撃を受けつつも、柊也は峯藤の攻撃を見極めようとしていた。


柊也に攻撃をしている隙をついて、牛嶋や八重垣が接近戦で攻撃を仕掛けようとするが、一度柊也への攻撃を中断して、迎撃するか、ちょうどいいタイミングで原科の魔術による妨害及び峯藤へのサポートによって反撃の隙を与えられなかった。


それに、峯藤の攻撃の一つ一つが全て急所狙いであり、一度だけでも迎撃に失敗をしてしまえば、致命傷になりかねないようや攻撃だった。いくら訓練とは言え、本格的な実戦経験こそ強くなるための第一歩と考えているであろう峯藤にとって、手加減は意味のない事。下手に大ケガをしたくなければ全力で逃げるか迎撃するしかないのだ。


……改めて言っておくが、この戦闘において心装は如何に魔力の流れを変えるなどをしても、非殺傷にすることは出来ない。つまり、抜き身のナイフや刀と同じであり、まともに攻撃を受ければケガをする。


「(だからこそ、この訓練に意味があるということだがな)」


命懸けの戦闘がどれほど危険で恐ろしいものなのか。それは、怪魔や本気の殺意を抱いてきているモノと戦ったことがある者にしかわからない。


それを、身を以て知るべきだと、峯藤は文字通り肉体言語でぶつけてくる。密かに、崇村柊也は獰猛な笑みを浮かべていたのだった。


「何て対応力の早さ……!これではまともに接近戦に持ち込めません!」


神通力を用いての高速移動を行いながら攻撃をしている八重垣は少し焦っていた。


「落ち着いて。峯藤先輩のアレは一切の小細工なしの武術よ。真正面から打ち合っても意味はないわ。全て迎撃されてしまう」


「で、でもよ。これじゃかすり傷を負わせることも出来やしねえぞ!どうする!?


「わかっているわよ!でも、これじゃこっちがジリ貧だわ!」


皆月は冷静でいようと務めているが、顔色で焦っているのが見える。彼女自身もあまりの峯藤の対応力と迎撃能力の高さに、皆月の矢が通じないと感じたのだ。


牛嶋もタフでまだスタミナ切れを起こしていないが、焦りを覚えているのか、落ち着きがない。


柊也は自らのこれまでの経験から、脳内で今後起こりうる状況を想定シミュレートする。


今ここで魔術を併用して攻撃をしたとして、あらゆる可能性を考慮しても、柊也一人だけでは絶対に防がれる。天体魔術を使ったとしても、ほとんどが長い詠唱を必要とするため、詠唱を終える前に妨害される。そうなれば間違いなく一撃で倒される。


「(なんとかして、隙を作らないと……。だが、オレも全員の能力を全て把握しているわけじゃない)」


ある意味ぶっつけ本番の如き訓練だ。事前に牛嶋たちの能力をもっと把握しておけばよかったと、柊也は今更ながらに思う。


「牛嶋。お前、どれぐらい魔術を使うことが出来る?」


牛嶋の能力を全く把握していなかった事を思い出し、彼に聞く。


「あ?ああ、属性魔術と身体強化の魔術だ」


オーソドックスで完全にアタッカー型だった。


「皆月、お前は遠距離で原科先輩を狙ってくれ」


「援護射撃はいらないの?」


「いや。原科先輩のサポートを封じた方がいい。サポートを封じていけば、突破口が開けるかもしれん」


「……なるほど。確かに、あの屍霊魔術ネクロマンシーは厄介ね。それに、こちらの動き、いや、考え方を読まれてしまうかもしれないわ」


これを聞き、柊也は改めて原科の厄介さに舌打ちをする。


敵への妨害、状態異常を主目的で行っていると思われる屍霊魔術ネクロマンシー、魂に間接的な干渉を行う事で思考を読み取る霊媒魔術を習得している原科は優秀な後方支援役だった。


恐らく近接戦闘では負けなしともいえる実力を持つ峯藤の邪魔をする者を寄せ付けず、寄り付かないのなら徹底的に追い詰める。これ以上のない、ある意味連携の取れたツーマンセル戦闘だ。どちらにも付け入る隙を与えない、戦い慣れをした人間の戦い方であった。


「八重垣。お前は、皆月のサポートを受けながら原科先輩の行動を封じろ。攻撃を仕掛け続けるだけでいい」


「え?でも、それじゃ峯藤先輩を……」


「違う。彼女の相手はオレと牛嶋でやる。それに、君には神通力がある。他神通で原科先輩の行動パターンを読んで、それを妨害してくれ」


「あ……」


柊也のアドバイスを聞き、八重垣はハッとして理解した。


八重垣の使うことが出来る神通力・六神通の一つ、他神通。他者の心を読み取ることが出来るこの法術なら、原科が峯藤をサポートしたり、柊也たちへの妨害を封じるなどと言った行動を先読みして防ぐことが出来る。


「わかりました。やってみます!」


柊也の言っていることを理解した八重垣は、他神通で原科の心を読み取るため、意識を向ける。


「皆月は、そのまま原科先輩の行動を遠距離から妨害してくれ。魔術の発動をさせず、八重垣の指示に従ってくれ」


「……なるほど。貴方、結構いい目をしているのね。確かにそれなら峯藤先輩に一杯食わせてやることが出来るかもしれないわ」


それはかつての彼女であれば到底納得しなかった、ありえなかった返答であった。柊也の言う事に即座に納得し、受諾した。


皆月の心装は弓矢であり、魔術をも得意とする彼女は遠距離攻撃においては優秀な類の心装士だ。その実力は今年度の成績優秀者であることも納得できるもの。そんな彼女の遠距離からの攻撃とあれば、いくらサポートを得意とする原科であっても怯んで峯藤へのサポートが行き届かないだろう。


「牛嶋。オレが術で峯藤先輩を足止めする。行けるか?」


「おうよ。とびっきりの一撃を食らわせやるぜ!」


牛嶋も、柊也の指示に納得し、ハルバードを構えなおして戦闘態勢に入る。


「原科先輩の屍霊魔術ネクロマンシーが来ます!」


他神通を使っていた八重垣が叫んだ。


召喚・サモン死者の指棘フィンガーランス!」


原科は、何か黒い瓶のようなものを取り出すと、それを足下に叩きつけて割った。すると、瓶から漏れた黒い液体が一気に広がって魔法陣を構成し、そこから死者の手を思わせるものが出現した。


「避けられるかしら?」


その一言と共に、死者の手が柊也たちに迫る。


「あの指先に触れるな!呪われるぞ!」


「何それ!?メチャクチャエグくないか!?」


柊也は原科の屍霊魔術ネクロマンシーによって作り出された死者の手を指して言った。よく見ると、指先はどす黒く、まるで鏃のように尖っていた。その手から逃れるために、各自で回避行動を取る。


「北欧の術式理論が含まれたものね。だけど、避けられないものでもないわ!」


皆月は弓に魔力の矢を番える。


「月矢・光眩射!!」


呪文と共に、矢を放つ。


「その程度の矢、アタシには通じな―――――――――」


そう言って、魔力で「強化」した腕で矢を叩き落そうとした瞬間、矢が激しく発光した。


「あ――――――――――!?」


それによって、もろに強い光を受けた原科は完全に動きを止めた。同時に足下の魔法陣が術者の制御を失い、死者の腕と共に消滅した。


「今よ、崇村!やりなさい!」


原科の足止めに成功した皆月は柊也に叫んだ。それに対して、柊也は頷く。


十二の相アニムス装填開始ロードセット申の印サイン・ナイン!」


彼の詳細不明の魔術が呪文により行われる。十二の光が溢れ、一つが柊也の中に入り、残りが消える。


「衆生戒縛・黒縄封印!!」


印を素早く結び、呪文と共に法術を発動する。


「何!?」


峯藤が柊也を狙って動こうとした瞬間、急に体が凍り付いたかのように動けなくなった。


見ると、峯藤の足元に曼荼羅模様の魔法陣が出現しており、そこから黒い魔力の縄が彼女の足に絡みついた。


足だけに絡みついていて、振りほどこうとすれば出来るように見えるが、そう簡単なものではない。


「衆生……黒縄……、なるほど。生者のみを限定として縛る法術か。その齢で、それほどの徳の高い法術を使うとは……、見事だ」


動きを拘束されながらも、峯藤は柊也の魔術に感心していた。


「行け!牛嶋!!」


柊也は魔法陣を維持しながら言った。


「おっしゃあ!!任せろ!!チャージ、スタート!」


柊也の指示を聞き、牛嶋は魔術を発動させる。手に持つハルバードを高速で回転し始める。それと同時に、魔力で構成された稲妻が文字通り、ハルバードに充填、チャージされていく。


牛嶋の属性は「雷」。扱う魔術は属性魔術など。そしてそれらを用いての魔力吸収をしてからの魔力放出だ。つまりは、雷をハルバードにまとわせ、属性付与エンチャントをしてからの強烈な一撃を叩き込む。本来であれば避けられる可能性が高いが、柊也が魔術で拘束している状態なら、直撃させることも可能だ。


「チャージ完了!一気にぶちかます!!」


チャージが完了し、ハルバードには凄まじい黄色の雷が帯電していた。


一気に飛び上がり、峯藤の上空から襲い掛かる。


「轟雷一衝!!」


体を思いっきり捻らせ、回転をつけた重い一撃が加えられようとした。


だが――――――。


「――――――――――温い!」


「な、何だと!?ぐぅ!?」


先程まで動かなかった峯藤が、柊也の拘束をあっさりと抜け出し、薙刀の刃に氷のようなものをまとわせ、ハルバードを弾き飛ばした。ハルバードに直撃した刃の氷は砕かれ、牛嶋にぶつけられる。


「がぁ!」


拘束が抜けた事を認識した瞬間、柊也は内臓がわしづかみに潰されるような激痛を感じた。痛覚が鈍い彼ですら感じる痛みに、一瞬怯んだ。


「アンサズ、ナウシス、イーサ!」


それらに対して、峯藤は詠唱と共に指先で中空に文字を描き出す。


「北欧のルーン魔術か!牛嶋、離れろ!」


「わかっているっつーの!」


身の危険を感じた柊也と牛嶋は峯藤から距離を取り始める。


しかし、それを想定していなかった峯藤ではない。


「凍てつく冬にて尖る氷柱よ――――――――――」


中空に描き刻んだルーン文字を、詠唱と共に起動させた。


飛ばし穿つ氷柱スピアード・イーサ!」


展開されたルーン文字から槍の如き氷柱が大量に発射される。


「くそ!排莢ロードアウト!――――――呪相・剣連武!」


柊也の体から光が漏れ、素早く印を結ぶ。足下に展開した魔法陣から刀剣が出現し、柊也の体を守るように展開される。即席の盾のようなものであり、それ以外を出そうとしても間に合わないからだ。


「ぐ……!!」


しかし、氷柱は刀剣の盾を砕き、柊也を弾き飛ばす。


「大丈夫か、崇村!?」


牛嶋が駆け寄って起こす。


「ああ……。峯藤先輩のルーン魔術、かなり利くぞ」


「いや、下手したら死ぬだろ、アレ!?


「やはり、昨年度の成績優秀者は伊達じゃないって所か。コイツは骨が折れる」


「言っている場合か!」


峯藤の強さを実感した柊也は手ごたえを感じ、軽くにやける。牛嶋はそんな彼にツッコミを入れつつも焦る。


「きゃあ!」


八重垣が悲鳴と共に地面に転がった。


「それ!」


「ぐっ!?」


原科が、いつの間にか手に持っていた杖で皆月を突き飛ばした。防御が出来ず、まともに受けた彼女も八重垣と同様に地面に転がる。


「原科のサポートを封じて、私の動きを止めて攻撃するという連携は見事だ。だが、それだけではまだ足りん。これでもそれなりに力を出しているつもりだが、お前たちは若干焦っているぞ」


「……お見通しってわけか」


峯藤の指摘に柊也は舌打ち混じりに呟く。


柊也はともかく、八重垣と牛嶋が特にわかりやすく焦っていた。皆月の場合、自身の想像以上の峯藤と原科の実力を目の当たりにしたことで、表には出さないが弓術に必要な「冷静さ」を部分的に欠いていた。


「まだまだ、鍛錬はこれからだ。お前たちを徹底的に扱いてやる。覚悟するのだな」


「そういうわけでラウンド2、行くわよ~♡」


「あー、これ死にますわ。俺ら。課外授業まで持ちそうにないわー」


「あはは。やるしかありませんね」


峯藤と原科との、これから課外授業までの鍛錬を想像して、牛嶋はマヌケな声と共に軽く白目を向く。八重垣は乾いた笑いしか出ない。


「――――――悪くないな。こういうのも」


だが、柊也は今この状況を愉しみつつ、気合を入れて挑むことにした。



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