予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第3章5話「峯藤先輩のスパルタ教室Part1」
翌日。課外授業の迷宮探索を数日後に控えたオレたちは、峯藤先輩の指示通り、闘技場に来ていた。
闘技場の使用許可は既に原科先輩が学園側に申請してくれている。使うたびに申請をしないといけないのが少し面倒ではあるが、学園の規則である以上しょうがない。
未だにオレたちの担任の教師が来ていないことで話題になっていたものの、課外授業に目を向けているオレたちからすれば、そんな事は些細な事でしかなく、オレは別に誰が担任になろうが同じことだと感じていた。
「それにしても、ここはあそこだろ」
闘技場出入口前でオレは言った。
「あそこって何よ」
皆月が言った。彼女は既に臨戦態勢と言っていいほどに、手元に弓矢を既に持っている。
「オレたちが実技試験で使った所。あちこちに直した所が残っているだろう」
「あら、本当ね。ここの学園の人たちは仕事が早いわね」
オレたちがいる闘技場は、オレと皆月が入学日の時の実技試験で戦った所だ。
あの時、オレも魔術による弾幕とか色々とやらかしたおかげでクレーターや弾痕だらけだったし、正直、この闘技場は使えなくなるのではないかと思っていた。
しかしこうして見ると、つい最近まで激戦があったとはとても思えないほどに綺麗だ。時間を巻き戻したと錯覚してしまうほどの綺麗さで、かつて戦場の如く荒れた状態だったという事実がなかったかのよう。
一応、オレの呪詛の残滓が微妙に残っていたし、そこはオレの魔弾の弾痕を直したような痕(実際の大きさは12.7mm弾と同等の大きさぐらい)が僅かに残っている。細かい所まで完全に修復しきれていなかったようだ。
「峯藤先輩たち、まだかよ?待ち合わせ場所はここであっているよな?」
「うん。確かに、ここの闘技場で間違いないはずなんだけど……」
中々峯藤先輩たちが現れないため、不安そうに牛嶋が言った。八重垣は手元にメモ帳を持って確認している。真面目な彼女の事だから、それぐらいの事はしているだろう。
確かに、待ち合わせ時間を過ぎているにも関わらず中々現れない。どうしたのだろうか?別にどこかで襲撃に遭っているわけでもないだろうし、あのタイプの女性は遅刻とかはしないと思う。オレの勝手な想像だが。
「待たせたな、君たち」
「やっほー☆。待たせちゃってごめんなさいねー☆」
オレたちがいる闘技場の出入り口、正確に言うと入場口とは反対の入場口から峯藤先輩と原科先輩の二人が現れた。
「峯藤先輩、時間を過ぎていますわよ。どうしたのですか?」
皆月が言った。
「すまん。届け出の事で少し面倒な事があってな。その解決に時間がかかってしまった」
「面倒な事?」
書類上の手続きと言っても、申請書を普通に教師たちに提出するだけの話だろう。それで大きな問題が起きたりするのだろうか?
「申請書の決済を担当する教師が、急にいなくなったりしていてな。その捜索に手伝わされていたんだ。どこに行くのかを事前に教えていなかったからか、探すのに手間がかかった」
「なるほど、そうか。それで、結局どこに?」
一応、その職場から離れるなら一言言っておかないといけないというのは聞いたことがある。その教師はホウ・レン・ソウ?とやらが出来ていない証拠だ。……確か、報告と連絡と相談の事だったか。
「よりにもよって、あの魔女の結界の所にだ。たまたま私が事前準備で立ち寄る予定だったからよかったものの……。あそこは追跡の魔術が全く通じないからな」
あの、胡散臭い魔女秘書の工房にいたのか。
確かに、あの工房周辺は独特な結界があるしな。やっぱり一種のジャミングのようになってしまっていて、外部からは簡単に見つけられないようになっている。仮に工房を見つけたとしても、彼女の許可なしに入ろうものなら、とんでもない目に遭わされるに違いないが。
「まぁ、見つかったから結果オーライでよかったわ。見つからなかったら、アタシたち訓練が出来なくなる所だったもの」
「それはよかった」
どちらにしろ、闘技場の使用許可の申請がなければこの闘技場を使うことは出来ないのだから、結果良ければ全て良しだ。これで訓練をすることが出来る。
「さて……。こうして集まったわけだが、諸君は準備の方はどうかな?」
峯藤先輩が言った。
いつものの鋭い目が更に鋭さを増し、こちらを睨みつけてくる。手には既に、彼女の心装と思われる薙刀が握られていた。
それは戦士の目だった。闘争心に溢れる目だ。その目力の強さにオレも、少し昂ってしまう。手合わせをしたいと思っている自分がいる。
「いつでもいい」
オレはそう言うと、魔力で作った刀を手に取った。
「ちょっと待って、冴ちゃん。もしかしてと思うけど、一人で相手をするつもりじゃないわよね?」
「……」
「図星ね」
原科先輩が、意気揚々と戦闘を始めようとする峯藤先輩を制止するように言った。峯藤先輩は完全に図星だったのか、さっきまでに勢いが嘘のように落ち込み、ふぅっと深呼吸をした。
「そ、そうだったな。チームワークを鍛えるための鍛錬のはずなのに、私一人で戦っては意味がないな。うん。すまない」
「先輩、キャラ崩壊してるっす」
冷や汗をかきながらそう言う峯藤先輩に牛嶋がツッコミを入れた。確かに、何か今までの先輩のイメージが地味に崩壊したような気がした。もしかすると、彼女はちょっとした戦闘狂なのかもしれない。
まぁ、オレもオレで人の事は言えないけどな。強くなるためには戦わないといけないのだから。
「まさかと思いますけど、鍛錬方法を何も考えずにスタートをしようとしていませんでした?」
皆月が指摘する。
「そんなことはないぞ。久しぶりの、優秀な後輩たちを相手にするのだから、うっかり始めようとしてしまってだな。しっかりと考えてきている。原科、資料をくれ。各自、しっかりと資料に目を通してくれ」
「はーい☆」
はい、戦闘狂認定です。どうもありがとうございました。……って、何を言っているんだ、オレは。
原科先輩が、いつの間にか持っていた資料を峯藤先輩に渡し、更にその資料をオレたちに配り始めた。
「『迷宮における基本戦闘の掟』?」
資料のタイトルにはそのように書かれていた。
そこには「迷宮」の基本的な内容、そして迷宮侵入時における戦闘方法、注意点など、しっかりとまとめられた文章で書かれていた。
「私が独自に考案したものだ。これでもかなりの数の迷宮に入っている。流石に、現役の心装士たちほどではないが、学生の中でもそれなりに経験を積んでいる。信用してくれても構わない」
「すげぇ。まるで教科書を読んでいるみたいだ。わかりやすい……」
資料をじっくりと見ている牛嶋が言った。
オレも資料に目を通しているが、牛嶋の言う通り、読みやすく、わかりやすい。どうやら峯藤先輩は戦闘狂なだけではなく、文章を書くのも得意なようだ。
「会議室で言った通り、我々心装士はあくまで怪魔を相手に戦う者たちだ。人間を相手にするのが目的ではない。それは理解しているな」
「「はい」」
峯藤先輩の問いに、オレたちは返答する。既に、昔から理解している事だ。怪魔を殺し尽くすことが、心装士の役目あり宿命であることを。
「『迷宮』は怪魔の発生源の一つである。500年以上前に起きたとされている『西暦の黙示録』の時に発生して以来、その原理は未だに解明されていない。その謎と原理を解明し、怪魔の出現を阻止するのが『迷宮探索』の大きな理由だ」
迷宮は、この世界で最も謎に包まれた存在であり、怪魔が出現する要因の一つとされているもの。それらを攻略し、消滅させ、力を持たない者たちへの被害を防止することが迷宮探索の目的なのだ。
「本来であれば、迷宮の内部を再現したもので訓練をするのが一番ではあるのだが、許可なしに迷宮に行くことは出来ない上に全員で行くことは出来ない。学園側が許可しないからな」
「かなり面倒な仕組みだな。それで本当に大丈夫なのか?」
「気持ちはわかるが、校則として定められている以上、入学前のルールは適用されない。そこは我慢してくれ」
このような訓練は現地での本格的な実戦という形で行う必要があると思っている。そのための課外授業なのかもしれないが、ぶっつけ本番で迷宮に行くことの方が危険だとオレは認識している。学園側と言った教育者たちの考えはどういうものなのかはわからないが、オレはそれでいいとは思えない。
仕組みがそもそも面倒な上に、これでは効率が悪い。内部構造が変化する迷宮の中では何が起こるかわからないため、予想外の事態になることも珍しくはない。
「そういうわけで、会議室で話した通り、そのような予想外、想定外の事態が起きた時にどれだけ連携を取ることが出来るかを、これから見極めさせてもらう」
峯藤先輩はそう言うと、薙刀を改めて持ち直した。
「あの、もしかしてですが、峯藤先輩お一人です?」
牛嶋が言った。
「あら、牛嶋君?アタシを忘れては困るわぁ」
原科先輩はそう言うと、峯藤先輩の横にすっと入り込む。
「まぁ、やっぱりそうなりますよね……」
何となく察していたのか、八重垣は苦笑いを浮かべる。それはオレも思った。
「あら、昨年度の成績優秀者を相手に戦うことが出来るなんて光栄だわ。確かに、峯藤先輩なら相手にとって不足なしって事ね」
皆月は笑みを浮かべながら弓を手に取る。
「え?峯藤先輩って去年の成績優秀者なのですか?」
「私はその時の序列5位だ。とは言っても、昨年度の成績優秀者は全体的に成績が低かったから、あまり褒められたものではない。今年度の成績優秀者ほどではないさ」
彼女が5位?何かの冗談だろ。
峯藤先輩が戦っている所を見たことがないとは言え、あの立ち振る舞いや言動、個人的に調べた成績を見ても、5位で収まるとは思えない。……もしかして、オレと同じ手抜きをしていたのか?性格上、そんなことはしなさそうだが。
「アタシは成績優秀者じゃないけどね。戦うからには、みっちりとやらせてもらうわよ」
原科先輩もやる気満々なのか、普段の飄々とした軽い態度などから想像が出来ないほどに、魔力が溢れているのを感じる。
ということは……。
「オレたち新入生4人対、先輩たち2人という形でよろしいという事ですかね?」
オレはそう言った。
「ああ、そうだ。顕現霊装はなし。全力で、殺すつもりで来るがいい。実戦の場での手加減、手抜きなどは死に直結する。そのつもりでかかってこい」
「単純でわかりやすい事だ」
単純でわかりやすいルール。霊装体ではなく、生身での全力戦闘。
「こりゃ、結構骨が折れそうだぜ。じゃあ、初めから全力で行かないと、こっちがフルボッコになるって事だろうよ」
牛嶋はそう言うと、手元にハルバードを召喚して装備した。その魔力の流れなどから、これが牛嶋の心装なのだろう。
「生半可な力では勝てそうにありません。みんなで、力を合わせて行きましょう!」
八重垣も気合を入れて、自らの心装である刀を装備して身構える。
「あなたたち、私の足手まといにならないように気をつけなさいね。相手は只者じゃないのよ」
「お前もな」
「何ですって?」
「何もない」
何となく、色々な意味で足を引っ張りそうな皆月にチラッと言った。咄嗟に誤魔化したが。
相手は去年の成績優秀者。八重垣や皆月の言う通り、相手は只者ではないし、生半可な攻撃が通じる相手ではない。下手をすると、オレも霊装体に変身するか天体魔術を使わないといけないほどの相手だ。
魔力で生成した刀をぎゅっと握りしめ、構える。
「やだ、みんなやる気満々じゃない。だったら、アタシも手抜きは出来ないわ」
原科先輩もそう言うと、手に何やら杖のようなものを取り出した。杖の尖端、それぞれのデザインが異なるもので、何やら奇妙な魔力の流れ方をしている。
「やる気は十分。お前たちが、どれほどまでの力を持っているのか、この私が見極めさせていただこう。――――――来い!!」
目を見開き、峯藤先輩は薙刀を構え、発破をかける。
後は、全力で彼女に立ち向かうだけだ。
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