予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第3章4話「課外授業に向け」



皆月輝夜が仲間として加入し、改めてオレたちは席につく。


「それでは改めて、今回の課外授業についての対策会議を行う。質問があれば必ず挙手をしてから質問をするように」


峯藤先輩がホワイトボードに黒ペンで書きながら言った。ホワイトボードには「対策会議」と大きく書かれている。


「まず、今回の課外授業が迷宮探索であることは、皆承知しているな?」


「無論だ」


入学して初めて受ける課外授業。その内容が「迷宮探索」であることは、少なくとも学習意欲のない人間でなければ、覚えていない者はいないだろう。


「迷宮探索と言えば、あの『迷宮』の探索ですよね?都市の外にある、今現在もその仕組みが解明されていないと言われている……」


八重垣が言った。


迷宮ダンジョン」。西暦の黙示録以降から、怪魔と同時に出現した、正体不明の存在。


迷宮と称されるのは、その内部が文字通り迷宮のようになっているからと言われており、約500年経った今でもその原理はわかっていない。


「同時に、私たちにとってその解明と探求こそが心装士としての目的の一つでもある。それぐらいは知っているわよね?」


「うん。お父さんから、よく聞かされていたよ」


皆月が補足するように言った。


その迷宮の原理を解明し、探求する事こそ、心装士の目的でもある。


「迷宮は怪魔の出現場所でもあるんだよな?普通なら野放しにしてはいけないヤツなのに、何で軍を使って迷宮を攻略とかしないんだよ?」


牛嶋が言った。


「確かに、牛嶋の言っていることはごもっともだ。怪魔の出現場所であるのなら、十分な脅威だし野放しにしておくのは危険だとも。しかし、だからと言って軍を派遣することは出来ない」


「え、何でですか?」


「かつては、軍が迷宮を虱潰しに攻略しようとしていた時期が、過去にあった。だが、当時は迷宮について全くわかっていなかったこともあり、一個大隊規模が迷宮に突入をした。どうなったと思う?」


「……何となく想像出来ちゃうけど、答えプリーズ……」


「全滅」


「Oh……」


峯藤先輩の説明に、牛嶋はあんぐりとした。


椿さんからも同じことを聞いたことがあった。


まだ迷宮について解明がされていなかった頃。当時の政府は軍を使って迷宮を攻略しようとしていた。怪魔の脅威が落ち着かなかったこともあり、徹底的に破壊しようと躍起になっていた時期で、一個大隊規模の軍勢を使って迷宮に突入した。


しかし結果は全滅。その時に方針転換を行い、迷宮の入念入りの調査を必要とすることが重要視され、また軍を動員すると都市防衛に穴が開いてしまうという事情から、軍に属さない者たち、いわば外部の心装士たちに迷宮の探索依頼を行うようになったのだ。


「何かそれだと、数が少なければ問題がないような言い方になっているかもしれないですが、どうなのですか?」


八重垣がやや戸惑いながら言った。


「そのままの意味よ、日那ちゃん。他所は知らないけど、この国では軍属の心装士を動かすには条件がいるの」


「条件?」


「Bランク相当の異界深度を持つ迷宮のみ、軍の派遣が許される。過去、Bランク以上の迷宮が出現した時に、怪魔が活発化して都市を攻撃してきたから」


原科先輩が言った。


異界深度とは、いわゆる迷宮の攻略難易度の事だ。迷宮の内部は一つの異界のようになっていると言われ、深度とは怪魔の出現率、解明の難易度の高さ、そして迷宮の脅威性の高さによって評価される。「深度」という物差しで評される理由は、未だにその全貌が解明されていない事や、迷宮の仕組み上の理由から深度という表現でランク付けされているのだ。


「それも、政府が公的に観測して認められなければならない。それに軍の派遣には内閣の閣議決定が必要とされる。つまり、Bランクの迷宮攻略は文字通り戦争状態になる」


「メチャクチャだろ。じゃあ、もし急にBランクの迷宮が現れて、怪魔共が街を攻撃していたらすぐに出動させて出来ないのか?」


峯藤先輩のその言葉に牛嶋が言った。


「無理だ。頑張って警察機関の連中しか動けない。だが、あくまでそれも迷宮活発化に伴う都市攻撃の可能性がある場合でしかない」


「冗談だろ……。じゃあ、いちいち政治家共が命令を出さないとどうにもならないって事かよ?」


「そうだが」


「ふざけんな、チクショウ!」


オレのその一言に、牛嶋は頭を抱えた。一瞬、彼の顔がしかめっ面というより、怒りの色が見えたが気にしない。


「牛嶋、落ち着きなさい。これは対策会議よ。迷宮についての説明も兼ねているのだから、いちいち見苦しい態度を見せないで」


「……すまん。続けてくれ」


皆月の言葉に、深く深呼吸した牛嶋は落ち着いた。この動揺の仕方と言い、感情的な言葉は一体何だったのだ?わからない。それはそれで皆月、中々辛辣だな。


「……続けさせてもらう。学園側が迷宮探索を課外授業で行うのは、心装士の存在を広く社会的に知らしめるのと同時に、社会貢献という側面を持つ。迷宮の数は少ないに越したことはないし、何よりも壁外都市の治安維持にも役立つ」


「なるほどですね……。確かに、壁外都市にはロゴスウォールがありませんから、近くに迷宮があるなんて知ったら、落ち着いていられませんし……」


「そういう事だ」


課外授業としての学生による迷宮探索は、単純に社会貢献としての側面を持つだけではなく、心装士の力を世に知らしめるという目的もある。それと、学生の内に実戦経験を積むことにある。


心装士になるということは、否応なく怪魔と戦う運命にある。心装士とはそういう存在であり、だからこそ社会に認められており、畏れられてもいる。個人の力量次第でどこにでも行くことが出来るその力は、時には兵器ですらある。


壁外都市には、この学園都市などにあるようなロゴスウォールはない。あるとすれば、自警団や警察の駐在所という人間の壁しかなく、もし強力な怪魔が現れようものなら、奴らから街を守れなくなる。そのような危険を未然に防ぐために都市近くに出現した迷宮を潰す必要があるのだ。


「今回、我々が攻略を行う迷宮は渋谷の封鎖されている旧市街地に出現したものだ。ランクはDランク。今回の我々の課外授業は、この迷宮の完全攻略だ」


「完全攻略?生徒がしてもいいのか」


「生徒が攻略してはならないというわけではないからな。過去に、学園側が送り込んだ調査隊によると、脅威性は低い事が証明されている。だからこそ、我々生徒らの課外授業に相応しいという事でここが選定されたという事だ」


事前に学園側が調査をして、脅威性を実証してから課外授業で使う。聞いた話ではあるが、それでいいのかと思ってしまう自分がいる。


目に見えない脅威であるからこそ、迷宮は恐ろしいのだから。


「ダメだったら、私の名前も知られていないわ。ダメなのは、特別許可を得ていない心装士なだけで、それは例え学生であっても同じこと。学生だからって迷宮を攻略してはいけないというわけじゃないわ」


「今までにどれぐらい迷宮を攻略した事あるんだ?」


「Dランクを5回、Cランクを3回攻略したわ」


「マジか……。すげえ……」


皆月の実績に牛嶋は驚きの表情を浮かべる。それは素直に素晴らしい実績だと思う。成績優秀者の中に入っていても申し分ない実績だと言ってもいいだろう。


それに彼女は十二師家に連なる者だ。十二師家はこの国における国防の要でもあり、常に注目される。先ほど言ったような彼女の実力は皆月家にとってもいい宣伝効果になる。


「情報によると、この迷宮は都市型だ。正確に言うと、封鎖された旧市街地そのものが異界化して一つの迷宮となっている」


「異界化された都市、か」


迷宮にも様々な種類が存在する。


一つは建築物そのものが異界化して、地下に潜り込んでいく形となる「地下型」。


もう一つは今回の攻略対象である、都市そのものが異界化することで内部構造が変化した「都市型」。


「異界化現象」という、特殊な現象によって後天的に生まれるものが「迷宮」であり、怪魔の出現場所なのでもある。人が住んでいる都市部の近くに出現すればたまったものじゃない。


「出現する敵は人型が多いと聞く。念のために、私が使い魔を飛ばして事前調査をしているが、まだ結果は出ていない。学園側はあまり細かな情報は出していないが」


「え、何でです?情報があった方が、攻略もやりやすいのでは……」


八重垣はやや不安そうに言った。


「それじゃ意味はないわ、日那ちゃん。卒業後に心装士として働く時、組合の方では全ての情報が揃っているわけではないわ。もし迷宮に関する情報が全て揃っていたら、もし卒業して正式に心装士として働く時、情報がない状況でどのようにして動くのかという訓練にもなっているの。最初から全ての情報がある状態では意味がない」


「なるほど。つまり、自分たちで現地の情報を集めないといけないって事ですね。中々本格的です……」


それもそうだ。迷宮についての全ての情報を組合などと言った組織が全て知っているわけではない。本気で攻略するつもりがあるのなら、自らの足と能力を使って情報収集を行うことが鉄則だ。最初から全ての情報が揃っている状態なんかで課外授業をやっても意味はない。だからって組合にある情報全てが信用できるというわけでもない。


過去には、そう言って組合の情報を全て鵜呑みにして自らロクに調べもしないで迷宮探索をした結果、帰らぬ人になったという話も聞いたことがある。


「本格的も何も、それが心装士としての戦い方だ。そこら辺は軍隊と変わらないはずだ。軍隊の基本は偵察から始まる」


「まぁ、そんなものだ」


オレの言った事に峯藤先輩が言った。


どこの軍隊においても、敵戦力を知るのは偵察機及び自らの足を使った偵察活動だ。それは怪魔相手であっても同じ。……この理屈は、“実戦経験”を持つ人間なら誰にでもわかる事だ。オレは軍人ではないが。


「しかし、戦いというのはそう簡単なものではない。相手が人間ではない以上、それ相応に自らの戦力を上げないといけない。それは、怪魔と戦ったことのない皆月や牛嶋にもわかるはず」


「はい。相手は人間ではありませんから、それに応じた戦い方を身につける必要がありますね」


もちろん、相手は人間じゃない。人智を超えた相手なのだ。いくら人間以上の能力を持つ心装士であっても、力の使い方を知らなければ怪魔に殺される可能性は十分にある。


「そうだ。それに、パーティーを組んで戦う以上、チームワークが重要になってくる。チームワーク無くして勝利はない。だからこそ、我々は今後の課題に向けて鍛錬をしなければならない」


「つまり?」


そう聞くと、峯藤先輩はホワイトボードに何かを書き始めた。


「これより、課外授業までに!我々は放課後に戦闘訓練を行うこととする!」


力強く、そしてハッキリとそう宣伝した。

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