予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第3章2話「談話」



ここ最近、イライラする事ばかりが起きる。


工藤との戦いがきっかけなのかどうなのか知らないが、あれ以降オレに対する果たし状――――――――――、決闘の申し込みが相次いでいる。正直言って、どいつもこいつも雑魚ばかりで歯ごたえがない。気分が悪いのは、決闘の途中で逃げ出すヤツが出てくる始末だ。


決闘とは命懸けで戦う意思を持つ人間がやるものだ。それを何と思っているのか知らないが、自分と相手の実力を推し量れない馬鹿どもの暇つぶしのために決闘という制度があるわけじゃない。そもそも一対一ならまだしも複数人との決闘とか、決闘じゃなくて団体戦だ。ハッキリ言って時間の無駄でしかない。


「それで、もれなくお前さんに挑んだ奴らはみんなボコボコにして保健室送りってか。命知らずって言っていいんだが、何だかなぁ」


牛嶋はポリポリと頭をかきながら言った。


「どいつもこいつも雑魚ばかりだ。歯ごたえが全くない。どうせなら皆月ぐらいの実力あるヤツが来てくれないとつまらん。暇じゃないんだぞ、オレも」


皆月との戦いは面白かった。あれはあれで十分に腕試しになったし、「星辰」を使うほどではなかったが、天体魔術を使わせるほどの強さだった。流石は今年度の成績優秀者なだけある。


「すみません。わたしが、実力不足だったばかりに……」


3人分の麦茶を持ってきた八重垣が申し訳なさそうに言った。恐らく、工藤との決闘の事を言っているのだろう。自分が勝てずにオレが加勢したために、柊也に余計な苦労をかけていると思っている。


「君は謝らなくていい。アレは元を正せばオレとアイツの問題だった。むしろ、オレが君に余計な傷を負わせてしまった」


元々はオレと崇村家との対立のせいで生じた問題だ。工藤がオレに逆恨みをしなければ、彼女に余計な傷を負わせ、アイツも自分の右腕を失うことなんてなかったのだから。


「あの腕を斬り落とされたヤツ、どうなるんだろうな。聞いた話だと退学にはならないらしいが、アレでどうやって戦うんだ?」


「義腕でもどこからか調達して復帰するだろう。ヤツはこんな事で諦める男じゃない。そうなれば一から鍛え直さないといけないだろうしな」


これは武術をやっている人間なら誰でもわかる事だが、鍛錬の積み重ねで得た体づくりはもろに武術に影響を及ぼす。仮に義腕を装着して復帰して元の状態に戻すとなれば、それに合わせてまた鍛え直さないといけない。普通に鍛えるより過酷な事だ。


それに工藤はこの程度で諦める男じゃない。8年も会っていなかったとは言え、あの男は単純だから高みを目指すという意識の高さは変わらないはずだ。


「なるほど、そりゃキツそうだ。……聞くのも野暮ってヤツだが、腕を斬り落とす必要あったか?もしあっちから謝罪要求とかあったらどうするんだ?」


「?何でオレが謝る必要がある?ヤツがオレの前で腹を切るぐらいの覚悟があるなら、考えてやってもいいが」


「うん。相変わらずの容赦のなさと取り付く島のなさに脱帽です」


何故そこで、顔を青くなる?おかしなことを言ったつもりはないが。顔も引きつっているし。


それに質問の意味がわからない。何でオレがヤツに謝らないといけないんだ。オレはヤツの腕を斬り落とした事を反省なんてしていないし、するつもりもない。今回の件に関してはあっちが悪いのだから、オレが謝罪する謂れはどこにもない。


オレに頭を下げさせたいなら、オレの目の前で腹を切るぐらいの事をしてもらった方がいい。校則違反ならともかく決闘の取り決めから逸脱した、殺人未遂という犯罪を行ったのだから、自分でケジメをつけるのが筋というものだ。


「ま、まあ、とりあえず!明後日から行われる課外授業について話をしましょう!もうすぐで峯藤先輩たちも来ますし!」


八重垣が取り直すように言った。


今オレたちがいるのは、使われていない教室の一室。元々生徒会が物置として使っていた教室を、オレと牛嶋と八重垣で整理して作戦会議室のようにしたものだ。使われていないロッカーに囲まれたそこは、人工的に作られた結界のようになっていて、柊也が作った札をドアに張ってしまえば、完全防音となって話声が外に漏れない。


峯藤先輩が生徒会の一人である原科先輩を通して教師に許可を取ってくれたらしく、こうして使えるようにしてくれた。これで、放課後といった時間帯にいつでも作戦会議が出来るという事だ。


「課外授業、ねぇ。一時はどうなるかと騒がれていたもんな。オレたちのクラスの担任も色々あってまだ来ていないし」


牛嶋が言った。


オレたちのクラスの担任教師は、まだ赴任していない。


元々フリーランスの心装士だったのを臨時の教師として学園側が雇った人らしいが、どうやら相手の都合で中々学園に来れないらしく、未だに顔すら見たこともない。僅かな情報すら入って来ないし、本当に大丈夫なのだろうかと心配するぐらいだ。こっそり学園長に聞いてみようと思ったが、そんな時間もないかと聞くのをやめた。


課外授業も入学式の時の、オレと皆月の実技試験で色々と対応に追われた挙句、つい最近の工藤との決闘騒ぎのせいでてんやわんやとしていために遅れが生じてしまったのだ。下手をすれば警察が入りかねない事が起きてしまった事で、一時は今月の課外授業の実施が危ぶまれていたそうだが、何とか実施できるようになった。


「情報も入って来ていないようですし、何かあったのでしょうか?多少の事は教えてくれてもいいと思うのですけど……」


「オレたちに教えないという事は、教えられない何かがあるような人なのだろう。何もわからない以上、気にしてもしょうがない」


学園からの最新情報は端末か、HRホームルームで教えてもらうことが出来る。それに入っていないし、何も言っていない以上、いくら考えても無駄だ。気にしてもしょうがない。最低限の情報ぐらいは教えてくれてもいいと思うのは同意するが。


しかし学園の方も名前や性別を含めた情報すら教えないという徹底ぶりには流石に疑問に感じざるを得ない。いくら数日前の騒動があったからとは言え、ここまで隠すとなると探りを入れたくはなる。


「なあ、どんなヤツだと思う?もしかすると、超美人な先生だったりして」


「鼻の下を伸ばしながら言うな。気にはなるだろうが、オレは別に女でも男でもどっちでもいい」


結局の所、この学園は実力主義だ。過程を軽んじて結果のみを重視する風潮がある魔術士の世界において、そこに男女の差は関係ない。所詮は体の作りが違うぐらいしか、目立った違いは存在しないのだから、相手が男であろうと女であろうとオレには関係のない事だ。


「わたしも、どっちでもいいかなと思いますけど。1組と2組は藤木戸先生と立川先生の男女一人ずつですし」


「……そうなのか?」


全く興味がなかったので、名前を忘れていた。藤木戸というのが、1組の男性の教師で須久根家の分家の生粋の魔術士出身の人間らしく、2組の立川は壁外都市出身の女性教師で元帝国軍出身という話だ。


「崇村さん、ダメですよ?ほかのクラスの生徒の名前を覚えていなくても、先生は覚えておいた方がいいです。何かあった時に連絡をしようとして名前がわからなかったらいけませんからね」


「すまない。興味のない人間の名前は忘れてしまうタチでね。言われて思い出したよ」


「もう!あんまりそういう事は言ってはいけません!失礼ですから!」


「わかった、わかった」


真面目だな……。それに、何か彼女には強く言えない。何故だ?


興味のない人間の名前をいちいち覚えているのは時間と脳の無駄でしかない。知識をつけるのとはワケが違うし、覚えるとしても利用しがいがある人間か、興味がある人間だけだ。それ以外はどうでもいい。


「ドライだなぁ……。あ、話を蒸し返すようで悪いが、今日は果たし状無いのか?」


「ないな。昨日は5人分ぐらい来たが、今日は以外と一つも来ていない」


言われてみれば、今日オレに叩きつけられた果たし状は一つもなかった。工藤との戦い以降、多い時は二桁も果たし状が来たことがあったりしたが、何もないとは珍しい。無くていいけど。


「……多分、崇村さんに挑んだ人がどうなったのかを知ったからじゃないでしょうか」


「そうなのか?オレは別に果たし状を持ってくるなと言った覚えはないが」


いくら時間の無駄とは言え、中にはオレの経験値になりえるヤツがいるかもしれないので、来るものは拒まずの姿勢で待っているので、いつでも果たし状は来れるようにはしている。


「昨日、崇村さんは決闘を挑んだ相手をどうしたのでしたっけ?」


「昨日のか。確か、一人は両足の骨折。一人は右腕と鎖骨の骨折、一人はあばら骨の骨折とかそんなだったな。残りの2人は体術で気絶させた」


「どれも重傷過ぎて笑うしかないんだけど。しかも骨折前提だし」


牛嶋がドン引きしながら言った。さっきも言った気がするが、決闘は命の掛け合いなので、基本的に手を抜くような事はしない。どっちかが倒れるまでやるのがオレのやり方なので。


「保健室行きの大ケガばかりでその様子がソーシャル・ネットワーク・サービスにアップされたりしていたのですよ。崇村さんは知らないかもしれませんが、新聞部の人たちも崇村さんを記事にして出したので、それなりに有名になっているのですよ。輝夜との実技試験の事もあって」


「有名人?オレが?」


オレはあくまで出来る範囲の全力で事に挑んでいるだけだ。特別な事をしたつもりもないし、単にやってくる火の粉を払っているだけに過ぎない。


それに有名人になっても面倒事が増えるだけだ。鍛錬の時間も減ってしまうし、余計な魔力を使うだけ。オレの時間を取らないで自分の鍛錬をしたらどうだと口に出して言いたくなる。


「自覚ないのもちょっとどうかと思いますよ。端末をちょっと開いて、見てみてください」


「いや、別にオレは何も興味はない―――――――」


「いいから!」


「む、むぅ……。わかった……」


八重垣に押され、オレは持っている携帯端末を起動させる。アプリとして最初からインストールされているSNSを起動させた。元々興味なかったが、情報を仕入れる必要性があるため、一応アカウントだけは作っていた。


検索で自分の名前を入れてみる。確か、こういうのを、エゴサーチ?というのだったか。


すると、すぐに出てきた。内容はどうやら、皆月と実技試験の事と工藤との決闘(という名の復讐)の様子が出回っているようだ。それも色んな連中が撮影をしていたらしく、様々な角度から撮影された戦闘の様子が映されている。


ニュースになっているとは聞いていたが、情報の溜まり場とも言えるネットの中でこれほど話題になっていれば、オレのことも必然的に知られるという事なのか。


「これが、有名人になっているという事なのか?」


「そんな所ですね。もしかすると、崇村さんの事を知らない人はほとんどいないと思いますよ」


「何でだ」


「逆に聞きますけど、成績優秀者の枠組みに入っていない人が、成績優秀者を相手に勝ったりしたら、どう思いますか?」


「……気になるな」


考えてみれば、彼女の言う通りだ。


そもそもあの実技試験で皆月輝夜を相手に多少本気を出したのは、今年度の成績優秀者の実力の基準を見極めるためと、オレ自身の力を示す必要性があったからだ。


心装士及び魔術士の世界は、文字通りの完全実力主義の世界だ。力がなければ舐められるし、オレの復讐にも影響が出る。崇村家を潰すために、そして何より下手に襲撃を受けないために、最低限でも力を示して迂闊に手を出させないようにするのが肝心だった。


特別に有名になりたいとか、名誉だとか、そんなものはどうでもいい事だった。そのつもりだったが、かえって有名になってしまったということか。


元々山暮らしが長く、崇村家にいた頃もまともにネットと言ったものに触れたことがなかったため、こういう事には少し疎い。詳しい事と言えば、サバイバル関係や、戦闘関連の事しかオレにはほとんどない。


「つまりはそういう事ですよ。SNSは結構、情報が早く出回ってしまうのです。使い方次第では非常に便利ですが、逆に使い方を誤って自分を追い詰めるなんて事もありえるのです」


「つまり、どうしたらいい?」


「まぁ、コメントをする時は気を付けた方がいいという事です。って、崇村さんフルネームで登録しているじゃないですか!」


八重垣はオレのアカウントを見て言った。


「?ダメなのか?」


「いいワケありません!SNSでは基本的に本名を使うのはやめた方がいいのですよ。個人情報を探ろうとする人もいるのですから!すぐに変えてください!」


「……」


そう言われ、オレは渋々とアカウント名を変更する。


端末の使い方はある程度慣れたが、こういう細かいシステム面だと少しばかり手間取ってしまう。とりあえず、偽名とかそんな感じでいいのか?他人のアカウントの書き方を参考にはしてみるものの、どれも奇天烈で頓珍漢なものばかりがあって、どう参考にしたらいいのかわかりにくい。


「ったく、貸してみろ。難しいヤツじゃなくていいだろ?それに、こうしてっと……」


そんなオレの状態を見かねたのか、牛嶋はオレの端末を取って、操作する。


「アドレス、いい感じにしといたぜ。念のためにちゃんと覚えとけよ」


そう言って、牛嶋は端末をオレに少し見せた。


アカウント名とアドレスが変更され、まるで別人の使っているような感じになっていた。


「パスワードも入れ直しとかないとな。パスワードは?」


「確か、123456だったような」


「アホか!ザルすぎるだろ!!そんないい加減なパスワードがあるか!もう少し複雑で自分が覚えやすい数字にしろよ!」


「そんなものか」


どうやらパスワードはこれじゃダメのようだ。とりあえず、言われた通りにパスワードを変更する。


「崇村さんも、こういうのを使う時は十分に注意してくださいね」


「わかった。使う時は気をつける」


彼女と牛嶋の言っていることを理解し、オレはそう返事する。


オレが迂闊にSNSに自分の事を書いたりすれば、もしかすると刺客を送ってきたりすることもありえるということだ。情報を漏らしても拡散されてしまって、こっちが不利になるという事も、ネットの世界ではありえる。


そう考えると、よっぽどの事がない限り、SNSを使ったりしない方がいいのかもしれない。


「お、ちゃんと集まっているようだな」


部屋のドアが開き、声が聞こえた。峯藤先輩だ。


「峯藤先輩、原科先輩。お疲れ様です」


八重垣は丁寧に挨拶をした。


「お久しぶりね、日那ちゃん。柊也君。蓮君。と言っても、たった数日ぐらいかしらね?」


原科先輩は、いつものの女子顔負けのスレンダーな体型を見せるようにアピールしながら入ってきた。


「あの時は、世話になった」


オレは原科先輩に頭を下げながら言った。


「あら、お礼を言う必要はないわよ?アタシは、見届け人として役目を果たしただけ。別にアナタに味方をしたわけでもない。工藤と秋野の処分についても、生徒会風紀委員としての立場も使って証言しただけ。だから、お礼を言う必要はナシ」


「そ、そうか」


そう言われると、なんか、申し訳ない気分になる。


八重垣が工藤に殺されそうになった所を止め、そのついでに復讐を成した。あれは、オレの勝手な行動の結果、そうなっただけに過ぎない。極端な言い方をしてしまえば、オレは八重垣を利用して工藤への復讐の口実にしたようなものだ。


だが、原科先輩はそれを気にしているわけでも何でもない。する必要もないからだ。だから、オレを擁護する理由もない。たまたま、八重垣の決闘見届け人をしただけの当事者なのだから。


「課外授業の事は、君たちもよく覚えているな?」


峯藤先輩が口を開いた。


「もちろんだぜ。明後日は初めての課外授業。言うなら、野外での実戦だな!」


牛嶋が言った。


「そういうわけで、作戦会議をしたい所だが、ここで一つ君たちに紹介したいヤツがいる」


「え?誰ですか?」


「え、マジで?」


八重垣がきょとんとした表情で言い、牛嶋も急だったからか面を食らったような顔をした。


「ああ、そうだ。入って来てくれ」


峯藤先輩がそう言うと、一人の女子生徒が入ってきた。


その姿を見て、オレは驚く。


何故なら――――――――――。


「あら、久しぶりじゃない。崇村柊也さん?」


――――――――――、その人だったから。

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