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予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第3章1話「崇村菫の憂鬱」



「何て事をしてくれたのよ!!」


崇村家の一室、崇村菫の部屋にて、彼女の激しい怒声と破裂音と聞き違うようなビンタの音が、響き渡った。


「も、申し訳、ございません……」


ビンタされたのは、右腕が付け根から無く、顔の至る所にガーゼなどでケガの処置をされている工藤俊也であった。菫の強烈なビンタによって地面を転がり、軽く鼻血を出しながら謝罪した。


「落ち着いて、菫さん。まだ貴女に対して処罰があったりしているわけじゃありませんから」


眉間に血管が浮き出るほどに怒りの表情を露わにする菫に対して、一人の少女が落ち着かせるように言った。


おっとりとした感じの柔らかな表情に、肉付きのいい体格、佇まいから礼儀正しさを感じる容姿である。髪はショートカットで、魔力による変色からなのか髪色は淡い緑色であった。


「これが!落ち着いて!いられると思う!?口が酸っぱくなるほどに言ったのに、言ってまだ1日も経たずにやるなんて、本当にどうかしているわ!!」


ストレートにセットしていた髪をぐしゃぐしゃとするように掻きむしりながら菫は言った。


数日前の入学式を終えて父・圭司と話を終えた後、従者である工藤と、今この場にいるもう一人の従者、澤村英子に対して釘を刺したのだ。


『私の命令や指示が出るまで、絶対に崇村柊也には接触をするな』と。


彼女は柊也が崇村家に対して復讐心を抱いていることを知っている。学園に入学して来ることが出来た経緯は不明ではあるが、自身でも想像がつかないほどの努力と執念でやってきたに違いないと考えた。


実技試験を見た時のあの強さを見てから、自分たち崇村家の過ちを完全に理解してから、彼が復讐のために入学してきたことを確信した。彼の復讐が、菫自身が立てている計画の役に立つと考え、或いは実の兄との対立を激化させないために、工藤と澤村には釘を刺していたのだ。


しかし、柊也に逆恨み込みの復讐心を持っていた工藤は、その菫の命令を無視して、柊也を襲撃。自分に逆らった八重垣を決闘で晒し者にしようとした結果、彼女を殺そうとしたために柊也の怒りを買い、結果として腕を斬り落とされ、顔面が軽く変形するほどの暴行を受けるという復讐を受けたのだ。


菫からしたら、最悪中の最悪の事態と言っても過言ではない。工藤が自分の従者であることは既に周知の事実であり、彼女自身も工藤の実力を認めているし、自分が従者として選んだこともあって、彼の能力や人格を疑うことはなかった。


そうして信頼していたのに、結果がこのザマだった。落ち着いていられる方がどうかしているとしか思えない。


「まぁ、短絡的な彼の事ですから、どうせ柊也さんに逆恨みでもして返り討ちに遭ったのでしょう。自業自得です。義腕は近いうちに出来ますから、今の所問題はないですもの」


澤村は淡々と工藤の現状を見ながらも軽く言った。


「そういう問題じゃないのよ!これで、ほとんどあの人に近づくチャンスを失ったのに等しいわ…。下手をすると、崇村家への攻撃をするなんて事もなくもないのよ。そんな楽観的に考えられないの!」


「それもそうですね。もしかすると既に攻撃チャンスを伺っているなんて事も考えられますし、万が一の時に備えておかないとヤバイですから」


菫からしたら、今柊也が崇村家を攻撃するなんて事があれば、間違いなく自身の計画が破綻してしまい、立て直しが効かない最悪の事態を招くことになる。だからこそ、工藤に柊也に攻撃をするなんてことをさせないようにしていたのだ。


その考えも、工藤のせいでパァになってしまったのだが。


仮に柊也の襲撃が現実のものとなったとしても、その被害は恐らく甚大なものになる。恐らくではあるが、崇村家の数十パーセントは死ぬことになるだろう。生き残れたとしても、それは現崇村家当主の圭司とその妻の栞、そして圭司の護衛などを含めた一部の人間しか生き残れない。


現在の崇村柊也の実力はそれほどある。少なくとも、菫はそう認識している。


「す、菫様……!お、俺は……」


「言い訳を聞くつもりはないわ。一応、学園の取り調べ報告も既に聞いているから。秋野は今どこにいるの?」


「そ、それは……」


「どこなのよ!?」


渋る工藤に、菫は引き続きビンタを再びお見舞いする。再び激しい音が部屋内に響き渡る。


菫の部屋は外部に音が一切漏れないように、結界を菫が独自に作った魔導器で随時展開をしている。そのため、どれだけ騒ごうが音を立てようが、外に音が漏れることない。ここで菫が何をしようとも、外に音が漏れ、何が起きているのかを把握することは実質不可能ということだ。


「じ、自宅待機をしています……」


「そう、ならいいわ。見届け人の役目を放棄していた挙句、嘘をついていたって話だったわよね。処分は?」


菫は一応学園から取り調べ結果と処分は聞いているが、あえて工藤に聞いた。


「半年間の学業停止処分と、1年間の学園ボランティア活動への強制参加です……」


学業停止処分は、わかりやすく言えば半年間、何があっても授業に参加出来なくなるというものだ。実力主義の傾向が強い学園にとって、学力だけではなく、実力を示すことが出来ないということは単位を取ることが全く出来なくなるということであり、それが半年となると単位が足りずに退学になるケースが多い処分だ。


基本的に学業停止処分を受けるということは、大きな問題を起こした生徒に課せられることが多く、一度これを受けてしまうと当然ながら授業を受けられないので、前述の通り、単位が取れずに進級出来なくなってしまう可能性の方が大きい。


百華学園で進級が出来ないということはかなり致命的であり、そうなってしまえば9割以上の人間が退学をする。何故なら完全実力主義の世界である魔術士の世界において、留年する人間を雇う企業なんてどこもないからだ。


学園ボランティアとは文字通り、学園へのボランティア活動であり、学園内の一部の区域の清掃、警備を含めた様々な活動だ。おまけにボランティアであるため、賃金が発生するわけでもない。学園及び学園都市の警備は学園側が雇ったPMSCs民間軍事警備会社請負兵士コントラクターが行っているので、生徒がやる意味はほとんどないのだが、あくまで強制参加なので関係ない。


更に言うと、学園ボランティアは平日だけじゃなく、休日も含まれるので個人の自由時間はほとんどないと言っても過言ではなく、1日でもサボることは許されない。つまり、秋野は柊也によって人生も“詰み”に近い状態に追い込まれた状態にある。


本来なら、警察に引き渡されるはずだったが、それについての詳細はまだ把握していない。菫及び崇村家はその理由を知らないが、それは別の話。


「そう。自業自得だわね。アンタの口車に乗せられて協力しなければ、こうはならなかったでしょうに」


「……」


嫌味を言うように、菫は言った。


「アンタの処分は?自分の口から言いなさい」


もちろん、工藤の処分内容も知っているが、ここは自分の口で言わせることにした。


「……何もありません」


「……へぇ。改めて聞くと、それはそれでキツイわね。貴方にとって」


そう。工藤への処分は「何もなし」だった。


理由としては、柊也が彼の右腕を肩口から斬り落とした事による情状酌量によって、工藤への処分を「不問」とした。


本来であれば、決闘における重大な違反は退学処分どころか刑事事件として逮捕されてしまうほどの重罪なのだ。工藤は入学前から注目を集めていて、それに今年度の新入生成績優秀者の一人である菫の従者であることなどを考慮して、学園側は現時点では彼を不問とすることで崇村家の干渉を抑えることにした。


しかし、これは同時に学園側が工藤に対して「呆れた」と言っているような処分である。何故なら、柊也への逆恨みを除けばそれまでの彼の功績と評判は良くも悪くもよかったからであり、それに彼の性格についても把握していて、あえて彼への処分を不問とすることで、彼に自身の犯した事に対する責任と自覚を持たせるためであった。


第三者からすれば納得するわけのないものなのかもしれないが、元々が生真面目で武人気質でもある彼にとって、精神的なダメージは大きい。


「明日には義腕が届く予定だから、それまでは絶対に何もしないことよ。いいわね?」


「……はい」


とは言え、菫も鬼ではない。


退学処分にはなっていない以上、従者としての役目だけは卒業までさせるつもりである。いくら彼に過失があったとは言え、彼女もそれなりに長い時間を彼と過ごしてきた。


「いいの、菫さん?また、柊也さんを見かけたらやらかすかもしれませんよ?」


澤村は半信半疑な様子で聞いた。元々、工藤が柊也への逆恨みから始まったことなのだから、再び同じ事をしないだろうかという心配から来ているのだろう。


「その時は、私が手を下すわ。同じ事を繰り返すぐらいなら、自分でやったほうが手っ取り早いから」


彼女なりの責任の取り方である。もし、工藤が再び柊也を襲うといった独断行動を取るようであれば、菫自身が工藤を殺すという事である。


「わかりました。ではその時は、わたしもお手伝いしますね」


菫のその言葉に、澤村はにっこりとした表情で言った。


「……必要ないわよ。自分でやると言っているでしょう。貴方もそれでいいわね、俊也?」


「構いません」


澤村のその調子に半ば呆れつつ、菫は工藤に言った。それに工藤も頭を下げて同意する。


「今度同じことをすれば貴方を殺すし、貴方の実家の方にも責任を取ってもらうわよ」


「はい」


再度、釘を押すように菫は言った。


今後、もし工藤が勝手な事をすれば一族諸共に責任を取ってもらうという事だ。


「……英子、最近の彼の様子はどうなの?」


深呼吸して落ち着かせ、菫は澤村に聞いた。


「柊也さんなら、最近は色々とお忙しいみたいですね。どうやら、日々送り付けられてくる『果たし状』による決闘申し込みが相次いでいるのだとか」


果たし状とは、書面による決闘の申込書のようなものだ。


工藤と八重垣がやった口頭による両者合意の決闘申し込みではなく、果たし状を教師経由で相手に渡すことで決闘をすることが出来るというものだ。複数同時にやれば、一対多勢という形での決闘も行うことが出来る。


「呆れた連中ね……。あの決闘の様子を見ても、あの人に挑むとかほとんど自殺行為だわよ。どうせほとんど身の程知らずの連中がやっているのでしょう?」


「挑んだ人はもれなく、保健室行きですね。最低でも骨折とか呪いを仕込まれた状態で決着がついていて、話にならないです。ハッキリ言ってザコばかりですね」


丁寧な言葉遣いの中に、ハッキリと毒舌を炸裂させながら澤村は言った。


柊也と工藤の対決以降、柊也に対する決闘の申し込みが相次いだ。


普通の魔術士であれば、相手との力量差を明確に自覚して、今後の授業などに支障をきたさないために無駄な決闘を挑むなんてことはしない。腰抜けとはそういうわけではなく、相手と自分の力量を量ることも重要な能力の一つである。


だが、柊也に決闘を申し込んだのは、それをわかっていない身の程知らずばかりで澤村の言う通り、痛すぎる返り討ちを食らって保健室行きになっている。


菫も澤村も、今の状態で柊也に決闘を挑もうなんて事はしない。そもそもメリットがないし、デメリットしかないのである。特に菫は今年度の新入生の成績優秀者であることに加え、工藤の問題もあるので決闘を挑んだって良い結果に繋がると思っていないからだ。


「これ以上の面倒事は避けたいし、課外授業も近い。それと英子。例の計画はどれぐらい進んでいるの?」


「少しずつ進めてはいますが、やはり圭司様や他の連中も探りを入れているそうで。まだ時間がかかります。恐らく菫さんが思っている以上に時間がかかるかもしれませんね」


「……やっぱり思う通りにはいかないわね。具体的に言うとどれぐらいかかりそう?」


「現在の進行状況だと、1年以上は間違いなくかかります」


「……」


自分が思っている以上に手間取っていることに、菫は頭を抱えた。


計画の進行具合に関してはどうする事も出来ない。菫の計画は時間がかかるものであり、失敗が許されないものだ。それに、彼女たちは味方が少ないので、彼女たちに出来ることと言えば、生徒として生活をしつつ、指示を飛ばしたりすることしか出来ない。


一度失敗すれば、何もかもが台無しになってしまう、重要な計画だ。だからこそ慎重にやらないといけない。工藤の一件で動きにくくなる可能性はあるが、計画を中止にする段階ではない以上、止まるわけにはいかない。


いや。もう止まれない所まで来ているというべきか。


「わかったわ。とりあえず、計画は続行よ。少しずつでもいい。確実に進めて。指示を飛ばしたら、明日の準備を進めてもいいわ」


「わかりました。では、これで失礼します」


「……失礼します」


澤村と工藤は頭を下げて、部屋を出て行った。


部屋の中で一人になった菫は憂いを帯びた顔を浮かべる。


外は既に日が沈み、夜となっていた。曇り空なためか、月は姿を見せず、ぼんやりとした天気となっている。


止まることは出来ない。止まることを許されない。


菫は、決意を改め、明日からいよいよ本格的に始まる「課外授業」に向けての準備を始めるのだった。



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