予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第3章プロローグ
男は、生まれた時から全てを与えられていました。
『この魔術を知りたい』
『ならば、すぐに教えよう』
知りたければ、蔵書にある魔導書を。なければどこからかすぐに取り寄せ、そして持ちうる知識を教えました。
『あの人が持っているモノが欲しい』
『ならば、すぐに取り寄せよう』
他人が持っているモノを見て、欲しいと思えばすぐに取り寄せて、喜々として与えました。
『何か美味しいモノを食べたい』
『ならば、すぐに作らせよう』
気まぐれに何か食べたいと言えば、すぐに作らせ、出来立てのモノのみを与えられました。
生まれた時より誰よりも優先的に恵まれ、愛され、慈しまれた男は、例え小さな事であっても望めば、すぐに手に入りました。
そのような環境にて育てられる内に、このような考えを持ち始めました。
『自分は生まれた時から選ばれた人間だ』
『自分は誰よりも優れている人種』
『自分が望めば全てが手に入る』
次期当主としてのプレッシャーよりも、優越感と全てが満ち足りているという満足感の方が増していて、少しばかり傲慢となっていました。
だけどその事に対して疑問に思うことは誰もありませんでした。
男は確かに傲慢ではありました。ですが、自分に与えられた責務に対しては使命感にも近いものを持っていました。
修得出来ていない魔術があれば、すぐに実戦をして修得する。武術を覚えないといけないと思えば、すぐに師範をつけさせて修得する。
彼は努力家だったのです。自分に足りないと思えば、それをすぐに必死に身につけようとして、すぐに結果を出しました。
特別な才能を持った天才でもなく、その面だけはありふれたどこにでもいるような人間でありました。ただ一つ、周囲と明確な違いがあるとすれば、全てを与えられることが約束されたという事だけ。
だけど、結果としてそれが彼を正常のままおかしくしていたのです。周りはそれを気にしません。
家の未来のためであれば、どれほど欠陥があろうと問題ではない。
そのような考えからか、誰も男の行為や考えに歯止めをかける人はいませんでした。
男は家にとって理想的な魔術士に成長しました。周囲を見下し、自分の「強さ」を常に誇示し続ける、傲慢にして優れたヒトとして。
『オレに逆らえばどうなるかわかっているのか?』
家名に紐づけられた権威と、彼の強さに、刃向かえる人間はほとんどいません。
刃向かってしまえばどうなるか、そのような事は誰にだってわかっていたのです。
しかし、彼は、ある時を持って、大きな転換期を迎えます。
『まあ、強いと聞いたので少しばかり本気を出してみましたけど。ただ強いだけなのですね』
『とても楽しかったです。また今度、お手合わせをしてくれませんか?』
彼は、一人の女に、人生で初めての敗北を味わったのです。
“どうして、自分が負けた?何で、自分は負けてしまった?”
“ありえない!ありえない!ありえない!”
男は生まれて初めて、「悔しい」という感情を抱いたのでした。地面を、拳から血が出てしまうぐらいに、殴りつけながら。
今まで一度も負けたことがなかったのです。誰も自分に刃向かうことが出来る人間に出会ったことがなかったのです。
そんな自分に、勝てる相手なんているはずがないとずっと思っていたから。「敗北」の二文字を、誰からも教わらなかったから。
“ああ。でも――――――――――――――。”
しかしそれ以上に、彼はある強い感情を女に抱いたのでした。
“なんて、綺麗な人だったんだろう――――――――――――――――。”
ソレは、本来彼の人生には絶対発生しないはずのモノ。
「恋」という感情でした。
狂う歯車は、また一つ。
ぐるり、グルリ。がちゃり、ガチャリ。
また一つずつ、回っていきました。
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