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予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章15話「裏切りの代償」



俺は生まれつきで選ばれた人間だった。


崇村家分家筋にして従者の家である「工藤家」に生まれた俺は、生まれながらに既に歩むべき人生が決まっていた。


当代の当主に従者として仕え続けること。そのために、己の武を磨き続けること。


それが、物心ついた時からそのように両親、特に父に教えられ続けてきた先祖代々受け継がれてきた事であり、俺が死んだ後も残し続けていかなければならない遺志ミームだった。


数百年間にわたって在り続けてきた歴史というのは、個人の人生なんかよりも重い。その歴史の重みを振り払って生きていくなんて選択肢は、俺には存在しない。


それを苦痛だと思ったこともなく、同時に疑問に思ったこともない。


それが責務だと感じていたから。自分もそうであるべきだと思っていたから。


『君が、俊也というのか?』


6歳の頃。槍術や魔術の鍛錬を本格化させてきた時期に、俺は次期当主候補として知られていた男に出会った。


その名は、崇村柊也。


『はい。これからよろしくお願いします』


父からは武術と魔術を教わり、母からは目上の人間や要人に対する礼儀作法などを教え込まれた。この頃には、既に「目上の人」に対する礼儀や口調なども、ある程度身に着けていた。今思うと厳しい教育のおかげだったと思う。


『そう。よろしく』


そう答えた男の表情は、いつも暗かった。今思うと、彼が心から笑っている姿を見たことは数え切れるぐらいしかなかった。


既にこの男の従者として仕えることは確定事項ではあったが、俺とこの男との主従関係は特殊だった。


まず、近くに控えたりしているのは、彼が表に出てきている時だけだった。具体的に言うと、胡蝶荘で鍛錬をする時や、他の分家の当主と会う時ぐらいでしかなく、それ以外に従者としての仕事はなかった。


だが、俺は従者として任務以外にもう一つ別の任務があった。それは父からではなく、崇村宗家の現当主、崇村圭司からの命令だった。


『崇村柊也が表に出ている間、一つ一つの行動全て監視し、おかしな事をすれば報告せよ。手段は問わない』。


宗家からの直々の命令とあれば、俺が従わない理由はない。


監視を行いやすくするために、俺は彼に「友」として近づいた。そうして近づいた結果、彼は妙な警戒心を解き、時々、それも会ったとして一回あればいいぐらいの笑顔を見せることはあった。


ずっと変わらなかったのは、虚ろな目と笑顔を浮かべた事のないような生気のない表情。


その姿を見ても、俺には罪悪感も何もない。


何故ならそれが「務め」であり、何よりも優先すべき事であった。俺はただ、従者として仕えるのみ。


幸い、崇村柊也は自分から物を言うという事をしなかった。何故かわからないが、恐らく俺の知らない所で何かあったのだろう。それ以上は詮索をするつもりもないし、俺はあくまで「次期当主として」の彼にしか興味はない。


一つ下の妹の由香は彼に懐いていたが、それも最初だけ。正確に言うと俺が引き離し、「どれぐらいの距離間で接するか」を教え込んだから。結果、由香もそこまで接触しなくなった。


流石に私生活まで仕えることは出来なかったが、胡蝶荘にいない時の彼がどのような生活をしているのかは俺には関係のない事だし、どうでもいい。そもそも興味がないのだから、考えるだけ無駄な話だ。


従者・武人としての人生こそ、俺の全て。だからこそ武術と魔術を磨き続けてきた。それ以外に、俺が決めるべき人生なんてないのだから。


――――――――――しかし、俺の人生が変わったのは、8年前。


崇村家が運営する心装士予備生の教育施設「胡蝶荘」で爆発があった。その時、由香が施設の中にいて、俺は偶然外に出ていた。


彼女は重傷を負い、炎上する施設の中では多くの同期が死んでいた。


胡蝶荘では、多くの俺の同期がいて、それなりに深い人間関係を築いていた。将来、崇村家に仕える者として。あるいは本当に友として。


彼らと共に培った思い出も、彼らの命も、炎と共に消えて行った。俺に残されたのは、爆発の衝撃で落ちた瓦礫に挟まれて、下半身不随になった由香だった。


その一週間後、胡蝶荘で爆発を起こした元凶がわかった。


『アンタのせいよ!!アンタの……!!』


『そうだ!!貴様のせいで、息子たちが死んだんだぞ!!』


『返して!!私の、私の子を返してぇぇぇ……!!』


崇村家とは無縁の民間病院で、ソイツはいた。


頭や全身を包帯などで巻かれ、傷だらけになっている姿でベッドに座り込む、崇村柊也がいた。彼の担当をしていたであろう看護師たちは、立ち退きされていた。


ソイツは今、同期たちの親らと彼の父親にして現当主の崇村圭司たちに囲まれていた。あらゆる罵詈雑言が、ケガ人であろう彼に浴びせられていたが、ここでもあの男は虚ろな目と表情を崩さず、淡々と聞いているだけだった。


その中に、俺も入った。


「お前のせいで、お前のせいで由香が……!!」


この時、俺が初めて、極めて個人的な感情を向けた瞬間だった。


その後の事は、覚えていない。確か、殴った後、無理やり外に出されたのだと思う。


そのまま強制的に家に帰らされて父から改めて聞かされたのは、由香は半身不随になってもう二度と歩くことは出来ないと。


魔術による治療という手段は出来ない。行ったとしても、骨までしか修復出来ず神経そのものまでは修復は出来ないのだ。


結果、由香は魔術師としても心装士としての将来を閉ざされてしまい、これからの人生を要介護となってしまった。そういった状況に、妹は精神崩壊してしまい、今でもその心の傷は治っておらず、情緒不安定になっている。


崇村柊也への処分は崇村宗家からは完全に廃嫡、その存在を「無かったこと」にするというものだった。


それに対して、俺が彼に感じたのは「逃げられた」という感覚だった。


命をかけて償ってもらうじゃ足りない。どれほど苦痛を受けることになったとしても足りない。だから勝手に死んだりいなくなったりするなんて許さないという怒りと憎しみの感情だった。


そう。アイツは、俺たちを裏切ったのだ。多くの人間を死なせておきながら、まともに償うことをせずにいなくなるなんて納得がいくわけがなかった。


だが、もういない。いなくなってしまった者の足取りを追うことなんて出来ない。


だから、俺は一層武芸に励むことにした。


将来を失った妹の分まで。死んでいった仲間たちの分まで。


強くなって、いつかこの国一の武人となるために。










◇◆◇










「ゲホ、ゲホ!ああ、クソ……」


深刻なダメージを受けながらも、気概だけで霊装体を保っていた工藤は、何とか起き上がった。


気が付くと自分はあの爆発の後、闘技場の方までぶっ飛ばされていたらしい。壁は穴が開き、自身の霊装体もボロボロになっていた。槍は一瞬、気を失ってしまったからか、今手元にない。


「魔力は……、ほとんどないか」


自身の持つ魔力がほとんどないことを再確認する。どうやら霊装体を維持する分の魔力と槍を僅かに使える分の魔力しか残っていなかったらしい。むしろ、奥の手ともいえる技を繰り出してまだ魔力が残っていることの方が不思議なぐらいだ。


闘技場内は二人の衝突と爆発によって、砂埃や砂塵が舞い、視界が悪くなっていた。


この砂埃や砂塵を払い飛ばすことが出来る魔術を行使できるほどの魔力は、残っていない。先ほどの必殺技でほとんど使いきってしまった。文字通りの全力なので、無くなるのは必然か。


「!」


砂塵が少し晴れた時、工藤の目に映ったのは、闘技場の地面に倒れ込んでいる柊也だった。


近づいて見てみると、彼の右腕は肘の所までが制服ごとボロボロになっていて、所々から血が流れ出ていて、地面にわずかに血だまりが出来ている。


恐らく先ほどの盾を展開し、自爆まがいの爆発を引き起こした代償なのかもしれない。決着がつかないことを理解しておきながら、ほぼ捨て身としか言いようがない自爆をするとは工藤にとっても完全に予想外であった。


「……やっとだ」


柊也に近づきながら、工藤は少ししか残っていない魔力で、魔力生成で即席の槍を作り出す。霊装体を保つのに必死なため、心装を使うことは出来ないので即席の槍しか作れない。


「やっと、これで由香とみんなの仇を討つことが出来る。この時を、この時をどれだけ望んだか」


槍を手に取り、柄を握る手に力がこもる。


「これで、終わりだ」


両手で握り、槍の穂先を柊也の心臓のある胸の位置に向ける。


このまま一気に振り下ろせば、槍は柊也の腹を貫き、確実に殺すことが出来るだろう。


彼にとって、武人としての時間が明確に始まった8年前。多くの時間を共にした胡蝶荘の同期たちの無念を胸に、自らを「日ノ本最強の武人」というユメ執念を抱えながら歩き続けた。


そのユメ執念を抱いて歩き続けてきた彼にとって、目の前で倒れ、右腕から血を流し続けている男の存在は、そんな工藤俊也にとって自分の歩みを否定するに等しい。この男が死んでから、彼の歩みは始まったのだから。邪魔どころの話ではないほどに邪魔だった。


だからこそ、彼の生存を知った時から許せなかった。勝手に死んでおいて多くの人間たちの心に深い影を落としておきながら、人知れず生存して、心装士になろうとしている事が。


「死ねぇぇぇぇぇぇーーーッッ!!」


憎悪をもって、槍を一気に振り下ろす。


8年の因縁に終止符を打つ。


胡蝶荘の同期の仇を今度こそ討つ。


その心意気で、工藤は槍を心臓へと向けて放つ。




















「本当に。お前は、何も変わっていないな」


















「!!?」


その瞬間、工藤の槍が柊也の胸元で止まり、体が突然動かなくなった。自身の体に黒い縄のような形状の魔力体が工藤を覆い、動きを完全に束縛していた。


「いやいや。自分でやっておきながら言うのもだが、。腕が吹き飛びそうなほどの自爆なんて、やっぱりやるものじゃない」


やれやれと言った具合に、先程まで死体のように動かなかった柊也がむくっと起き上がり、その場で立ち上がった。


「な、な、何故……!?」


工藤は目の前で起きた状況が理解出来なかった。


頭の中で状況の整理が出来ず、冷静にもなれず、大量の脂汗をかく。その上、槍を握っている手は震えており、表情も僅かながら焦りと恐怖で彩られている。


「何故かって?こういう事だよ」


柊也がそう言うと、体の傷口から青黒い炎が内側から漏れだした。


だがすぐに、青黒い炎はまるで柊也の傷を上書きするように消していき、さっきまで血が流れ出ていた腕も炎に包まれると、傷が消えていった。


「ば、バケモノめ……!!」


目の前で起きた、人外染みた光景に、工藤は今度こそ恐怖に近い声色と表情で吐き捨てた。


「(一体これは何なんだ!?治癒系統の魔術?それとも体内に仕込んだ治癒術式の込められた魔導器?いや、これは回復とか治癒どころかじゃないか!?)」


自身の頭の中にある魔術関係の知識を引っ張り出しても、柊也の異常な回復力の正体が全くつかめなかった。


柊也の傷の治り方は明らかに回復とかそういうものではなく、「復元」と呼ぶに相応しかった。


必殺技で柊也の星の盾を破壊しようとした時、工藤にも柊也の右腕から血が噴き出ていたのは見えていた。今にも千切れそうな感じであのまま柊也が自爆しなかったら、間違いなく工藤の槍が柊也を貫いていた可能性が大いにあった。


そのような状態で、常人ならもう治癒の術式を用いても元通りにならない可能性が高い傷を負っていたにも関わらず、治癒ではなく魔力で「復元」するとは、とてもではないが、崇村家現当主である崇村圭司やほかの十二師家の当主またはその関係者たちにすら聞いたことがない。


「貴様、俺の体に何をした!?」


考えても埒が明かないことを無理やり理解し、工藤は今の自分の体が動かない状態の事を問いただす。


「あんまりにも、お前が油断しまくっていたから、こっそりと『黒縄封印』を目の前に仕掛けたんだよ。お前の事だから絶対にオレにトドメを刺そうとするだろうと思ったからな。本当に、単純で助かった」


「おのれぇぇぇ……!!」


力づくで自身を縛る封印を解こうとするが、全くビクともしない。


黒縄封印は呪術の一つであり、地獄の罪人を縛る「黒縄」という概念に肉体の封印という呪詛を込めたもの。本来であれば法術であり、相応に徳が高い術者でなければならず、それは呪術においても同様なのである。


「直情的で単純、そのくせ自分の考え方の中でしか生きていけない。自分の意思で物事を決めたことと言えば、オレに関係する事ぐらいでしか考えた事のない男。ハッキリ言って、人間としてはまだマシだが、従者としては下の下だな」


「うるさい!貴様に何が―――――――――」


「さて、ここで問題だ。


「―――――――――!!」


柊也からのその言葉に、工藤はさっきまでの威勢は完全に喪失し、顔を青ざめさせた。その言葉の意味を理解した、いや。理解してしまったために。


「菫は、いや。あの男崇村圭司はどう考えるだろうな?次期当主の従者が、私怨で同級生に一方的に決闘を仕掛けた結果、殺人未遂を起こした挙句、返り討ちに遭ったとか。いやはや、オレでもここまで考えなしな行動はしないな」


その一言一言に、工藤は改めて自分の行いを後悔する。


事の発端は、彼が柊也を殺そうとした事から始まったこと。八重垣が彼に柊也への侮辱から怒った事に対して、それを侮辱だとして一方的に決闘を申し込んだ事(それはそれで両者合意のものだったが)。しかし決闘中に、八重垣を殺害しようとしたこと。


この状況でどちらかに非があるのかは明白だった。あろうことか、従者ともあろう者が主不在の時にこのような行動を起こしたとなると、どうなるのかが明白であった。


「さてっと」


柊也はそう言うと、魔力生成で一本の刀を作り出した。そして、工藤の前に立つ。


それが何を意味するのか。工藤はそれを察し、本能的に恐怖を感じる。


「おい、何で工藤の方が動きを止めさせられているんだよ?」


「何か、ヤバくない?アレ……?」


砂塵が晴れ、観客席側からも闘技場の中が見えるようになった。


工藤が呪術で動きを封じられ、そこに刀を握った柊也が、まるで処刑人の如く立っている光景を見て、見学者たちの間で不穏な雰囲気が漂った。


「貴様だけが、貴様だけが死んでおけば!!この裏切り者がァ!!」


工藤は怒りに顔を染め上げ、柊也に罵詈雑言を浴びせかける。


「……ハハ」


それに対し、柊也は口元が緩む。


「ハハハ、アハハハハハ!ハハハハハハハハハハハハハハ!!」


まるで気が狂ったような、周囲に恐怖を感じさせるような狂笑が、柊也の口からあふれ出した。


自身の目の前でそのような事をしている柊也に、工藤は本格的に恐怖を感じ始めていた。先ほどの怒りも、吹っ飛んでしまうほどに。


何故なら柊也の表情は、まるで8年前を思い出させるようなものだった。


人形染みた生気を感じさせない虚ろな目、破れた制服から見える傷跡、その体から発せられる、おぞましい“気配”。


8年前にも感じたことのある、まるで「人ではない何か」と対峙している感覚を感じさせる、得体の知れない“ナニカ”が、工藤に本能的な恐怖を与えていた。


「オレが?オレが、裏切り者だってぇ!?アハハ!お前、本気でそう言っているのか!アハハハハハハハハハ!オレが!裏切り者だって!」


頭を掻きむしり、振り乱し、狂った笑いをこぼす。


それは激しい怒りからか、虚しき悲しみからか。或いは両方か。










「――――――――――初めから裏切っていたお前が、汚い口と性根でオレを語るんじゃねえよ。何も、オレの事を一度だってまともに見た事も、感じたこともないのに。一度だって、オレの事を友だと思った事もなかったくせに。だから――――――――」


柊也は静かに、刀を両手で構え――――――――――。


「お前も、一度地獄を味わえ」


虚ろな目と、一切の感情のない人形のような表情のまま、工藤の利き腕である右腕の付け根に振り下ろした。



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