予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第2章13話「肩慣らしで砕く矜持」
崇村柊也と工藤俊也の戦闘が行われている闘技場を、その男は遠目から見ていた。
絹のような白い髪に誰もが美形と認める整った女顔の男、白いスーツを着ており、その肩には美しい毛並みをした小狐がちょこんと乗っていた。
「ほうほう。アレが、今年の問題児か。いやぁ、占いもやってみるものだねぇ。こんな大物が出てくるなんて」
男の視線は、柊也に向けられていた。
その表情は不敵な笑みで、妖しさが漂うもの。
「あら、止めようとは思わないのですかぁ?もしかすると、あの子。工藤俊也側の生徒を殺してしまいそうなのですが?」
男の後ろにいたのは、時裂マリだった。
「止めないとも。僕は彼と違って介入するような立場も義理もないからね。それに、変に僕が介入したりなんかしたら、もっとややこしくなるだろう?一応、本当に双方どちらかが死にそうになるのであれば、止めるけど期待しないでくれたまえ」
「うわー、何の迷いもなく言い切れるその姿勢、逆に脱帽ものです。本当に見学にしか徹さないつもりとはですねぇ……」
さっぱりと、表情を特に変えずそう言い切った男に、時裂は軽く引きながら言った。
「そういう君はどうなんだい、時裂君?学園長秘書の立場として、彼らを止めようとは思わないのかい?」
「逆にそう聞き返しますか。貴方も相当に性格が悪いですねぇ……」
そして質問返し。
時裂の目の前の男が何者なのかはもちろん知っている。同僚みたいなものだが、立場が異なるぐらいだ。そのためこのようにフランクに話せる間柄ではあるが、彼女以外の人間、具体的に言うと彼と特に関わりのない人間だと、その素性に大きく驚愕するだろう。
その性格の悪さを除けばだが。
「ま、私も私でいよいよヤバくなったら止めます。これで何かあったら、私が学園長に絞られますからね。変に、関東六家の連中に介入させたくもありませんし、面倒事を増やされるとこっちも困りますからね」
彼女も彼女で学園長を補佐する秘書としての立場がある。目の前で生徒同士の戦闘で死人が出そうになった時に、止めようとしなかったからという理由で追及される事だって十分にあり得るからだ。
特に今回のように、決闘で死人が出たなんてなれば目も当てられない。関東六家、この場合、崇村家が介入する可能性もあるので、彼女としては死人が出そうであれば全力で止めるつもりでいる。
「なあんだ、結局君も保身が第一じゃないか。彼らについて、特に何も思っていないってことじゃないかな?」
「爽やかな笑顔でそう言うクソみたいな事を言うの、やめた方がいいですよ、貴方。貴方も大概、人様の事を言えない人でなしですよぉ」
「あはは。まあまあ事実だし。とは言っても死人が出るのは、それはそれで善くない事だ。互いに不利益を買わないようにしようではないか」
「はぁ、死ねばいいのにですねぇ」
ひどい物言いに時裂は苦虫を潰したような顔で辛辣に言った。
「おっと、物見遊山はこれまでかな。それじゃ後は君にお任せするよ、時裂君。それでは」
男はそう言うと、彼の体が形代に分解されていき、消えて行った。
「やっぱり、式神でしたか。初めから止めるつもりなんて全くないって事ですよねぇ。本当に、楽観主義なのも困ったものです」
時裂はため息をつき、改めて視線を柊也たちの方に向けた。
「それにしても……、本当にヤバイですねぇ。崇村君。何となく、察してはいましたが、これは下手するとマズイのかもしれませんねぇ」
真剣な表情で、時裂は言った。
「まぁどちらにせよ、利用できることに変わりなし。ここはあえて放置するとしましょう。お互い痛い目を見てもらった方が、この先の戦いに役立ちそうですし。―――――――だって、そういう取引なのですからねぇ?」
笑みを浮かべ、彼女も闘技場から去っていった。
この場で、この二人が会話をしていたことを知る者は、誰もいない。
◇◆◇
「「共鳴顕現!!」」
柊也から尋常ではない敵意を向けられた生徒たちは、一斉に共鳴顕現を行い、霊装体に変身する。
ほとんどが鎧武者のような風貌の霊装体であり、近接戦闘に特化した姿をしている。工藤の霊装体ほどの異形ではないが、彼らは汎用性があるイメージがあり、「将」ではなく「兵」と言った印象だった。
「うぉぉ!!」
刀を持った生徒の一人が、柊也に切りかかる。
「ド素人が」
振り下ろされる直前に、柊也の拳がその生徒の顔面に直撃する。
「ぐへぇ」
顔面直撃の衝撃で、大きく地面にひっくり返った生徒は悶絶した。
「一斉にかかれ!」
今度は別の生徒の一人が号令をかける。
槍を持った三人の生徒が柊也に襲い掛かる。日頃から鍛錬をしているからか、その動きと槍捌きは素人のものではなく、普通の人間が相手であれば、刺し貫かれるか切られているかのどっちかだろう。
しかし、柊也はその三人分の槍を、身体能力だけで全て避けきっていた。
見事な連携で繰り出される槍の刺突や払いは寸での所で避けられ続け、焦りを募らせる。
「食らえ!!」
隙をついたと思ったからか、柊也の顔に向けて槍を突き立てる。
だがそれを軽く手首の動きでいなし、勢いで前に飛び出てしまった。
「ふん」
その掛け声と共に柊也は左手の拳を、その生徒の背中、具体的に言うと背骨の中央に叩き込んだ。
「うげぇ?!」
霊装体の外殻を通して内臓にまで響く、何かが砕けるような一撃に生徒は潰れたカエルのような悲鳴を上げ、地面に倒れ、霊装体が解けた。
残りは六人。
「ちくしょう!やれ!」
目の前で仲間がやられたのを見て、更に攻撃を加えようとする。
「槍とは、こう使うものだ」
柊也は無詠唱で魔術行使をする。
彼の手に握られているのは、彼の青黒い炎の魔力で形作られたような、何の変哲もない槍だった。これといった特徴があるわけではなく、装飾品のような類があるわけでもない。ただ魔力生成で作り出しただけの産物に過ぎなかった。
「クソ!攻められないぞ!」
二人がかりの槍による攻撃を加えている生徒は再び焦りだす。
およそ全ての攻撃が、柊也の持つ槍によって全て阻まれていた。比喩ではなく、そのままの意味で。
今柊也に攻撃をしている生徒は、素人でも何でもない。実際に槍の扱いに精通している者たちで腕前は確かなのだ。
それを二人がかりで攻撃しているにも関わらず、二人の槍の穂先は柊也には届かない。
ならば、崇村柊也とこの二人の間にある致命的な差とは一体何なのか?
それは単純明快。
「単に、オレとお前らとの実力差、そして経験の差だよ」
二本の槍の刺突を、バック転を三連続して避け、予め体内で構築していた術式を起動させる。
「混沌秩序の攪拌汚泥」
既に十二の相、午の印を体内に装填していた彼は、右手の指鉄砲を二人の足元に向け、術式の込められた槍を投げつける。
「うわぁ!?な、何だこれは!?」
「う、動けない!?」
二人の体が一瞬、沈むとまるで底なし沼にはまったかのように動けなくなった。
槍が地面に命中すると、ドロリと溶け魔法陣のようなものが構築され、まるでおどろおどろしい色合いの沼のようなものが中心に広がり、二人はそこに沈んでいった。
「呪相・剣連武」
沈む二人の真上に、魔力生成で生み出された刀剣が出現し、降り注いだ。
「ぐわぁぁぁ!!」
降り注いだ刀剣を避けることも出来ず、一方的に攻撃された。
攻撃が終わると、魔法陣は消滅し、二人は弾き出された。地面に落下した二人は気絶し、そのまま霊装体が解けた。
残り四人。
「おい、もう四人もやられたぞ!」
「怯むな!相手は一人だ!引き下がるな!」
残った工藤に従っている取り巻きの生徒三人は、柊也に対する敵意は未だに衰えていないが、同時に恐怖心を抱いていた。
それもそうである。何しろ、それなりに実力を有している仲間三人がほとんど柊也にダメージを与えることなく倒されたのだから。表面上は必死に敵意と戦意を保っているが、その内心では恐怖で渦巻いている。
しかし恐怖心を抱いた時点で、彼らに勝ち目があるとは思えないが。
「うぉぉぉ!!」
自分を奮い立たせ、攻撃を始める。
しかしながら、その攻撃は最早やけくそに近い。当たるわけがなく、難なくかわされる。
刀、槍、弓などと言った攻撃が行われた。その全てが柊也に当たらず、空振りに終わり、反撃されることになる。
「食らいなさい!!」
弓矢を持った生徒が、魔力で強化された矢を放つ。
至近距離で放たれた矢は、対象を射抜こうとするが、柊也の超人的な動体視力で紙一重で避けられた。
「せい!」
「あぁぁ!?」
そのまま懐に潜り込み、強烈なアッパーカットを食らわせる。食らった生徒の少女は一回転して地面に突っ伏した。例の如く霊装体は解除される。
「クソが!一気に仕掛けるぞ!!」
「おう!!」
刀を持った二人は、一か八かと柊也に襲い掛かる。
振り下ろし、切り払い、突かれる刀を柊也は巧みに避け続ける。決して素人のものではない刀の一振り、一振りを的確に、正確に避けていく。
「はっ!」
「うわぁ!?」
「うげぇぇ」
一振りを避け、刀を弾き飛ばし、もう片方の方は鳩尾に拳を叩き込む。鳩尾に拳をもらった方はその場でうずくまった。
「コイツ―――――――――」
「判断が遅い」
「えっ――――――――?」
刀を弾き飛ばされた方はすぐに魔術で攻撃しようとするが、足払いをされて宙を浮く。
そして、その浮いた彼の胴体を思いっきり蹴り上げた。
「おええぇぇぇ」
霊装体の外殻ごと内臓をぶちまけられるかのような衝撃に、その生徒は潰れるような悲鳴を上げ、地面に倒れる。
「ば、化け物がぁぁぁ!!」
うずくまっていた生徒は、刀を再び握り、柊也に一矢報いろうと襲い掛かる。
「激情に身を任せるのは悪くないが」
ひらりと。
まるで飛んでくるボールを避けるかのような軽さで避けきり。
「正確さを失ったらおしまいだろう?」
強烈な回し蹴りを、その生徒の横腹にぶち込んだ。
「ぐああ!!」
そのあまりに強烈な回し蹴りをぶち込まれた生徒は、大きく吹っ飛び闘技場の壁に激突した。例の如く、彼も霊装体が解け、気を失った。
「ま、マジかよ。アイツ、一人で工藤以外を全滅させたぞ……!」
「しかもほとんど無傷って……!」
今現在、闘技場にいる見学者の生徒たちは目の前で起きた状況に激しく動揺した。
「肩慣らしにもならんな。……お前はどうなんだ、工藤俊也?」
先程までの戦闘には参加していなかった工藤に言った。
「化け物め。やはり8年前とは違うという事か」
「……へぇ。オレの実力を見るためだけにコイツらを呼んだのか」
“やはり”という言い方で、工藤が柊也の実力を見るためだけに呼び出したという事を理解した柊也はため息をついた。
「次はお前の番だが、言い残すことはあるか?」
「ない。ここで死ぬ貴様に言い残す言葉を持ち合わせてはおらん」
目の前で起きた状況を見ても、工藤は動揺せず、敵意と殺意を消さず、柊也に向き合う。
「一応言っておくが、お前ではオレには勝てない」
柊也は不敵に笑いながら堂々と言った。
「つまらんハッタリをほざくな!そんな安い挑発には乗らん!覚悟しろ!!」
「そうか、そうか。いいだろう」
槍を構え、戦意を向ける工藤。
「それじゃ――――――――――。その矜持も、誇りも、信念も。全て蹂躙してやろう。簡単に倒されてはくれるなよ?」
柊也も構え、戦意を向け、獰猛な笑みを浮かべる。
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