予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第2章10話「勝ちへの信念」
「ほう……!」
工藤は目の前の少女に感心するように言った。
自らが劣等種と見下していた八重垣が、まさか共鳴顕現で霊装体に変身したことだった。
「……ふう」
霊装体への変身を完了した八重垣が一息つく。
その姿は、どこか怪人めいた外見をしている工藤の霊装体より、人間に近い姿をしている。
体を守るタイトな装甲の上に天女の羽衣のような外殻を形成している。神秘的な美しさを持つ姿をしていながら、動きやすさを重視した軽装甲で刀を振り回すのに邪魔にならないような姿をしていた。顔の部分は八重垣の精神性を反映してか、工藤のように顔を守るために隠すものではなく、変身前と同様に顔を露わにしている。
そして手に持つ刀は、鍔と柄が黄金色に輝き、刀身は見事な銀の光を放つ。柄頭には太陽の装飾があり、刃文には美しい日輪の意匠があった。
「……綺麗」
見学者たちの一人が、八重垣の霊装体を見てそう呟いた。
彼女の霊装体としての姿は、まさに「日輪の天女剣士」と呼ぶに相応しいと言えるもの。そして、堂々と立つその姿と美しさに見惚れる者もいた。
「まさか、霊装体に変身できるとはな」
工藤は八重垣が霊装体に変身できるという事実を再確認するように言った。
「これで、今の所同じ土俵に立ちましたね?劣等種とは言わせませんよ」
八重垣は自分の心装である太刀「日輪正宗」を鞘から抜きながら言った。
「同じ土俵だと?まさかと思うが、霊装体に変身したからと言って俺に勝てるとでも?」
「勝てるかどうかじゃありません。勝つつもりで言っているのです。何度も言いますが、わたしは降参しませんし、貴方に頭を下げるつもりもありません」
宣戦布告のように言い放った八重垣は、改めて「日輪正宗」を構える。
「言ってくれるな、劣等種が……!」
工藤は苛立ちを見せながらそう言うと、自らの心装たる槍「蜻蛉切」を構える。
「いざ!!」
八重垣は先手を取らんと、再び神足通で接近を試みた。
「神足通・一刀切貫!!」
高速接近しながら、八重垣は工藤の胸元を狙って刀を突きだす。
その速度は、先程の生身の時とは比べ物にならないレベルだ。空間転移レベルではないが、その速度は熟練の修験道のそれに匹敵する。
しかし、その速度を以てしても、工藤は槍でその一突きを防いだ。
「(さっきまでとは比べ物にならない速度と威力だ。純粋に、この女だけの力ではないのかもしれんな)」
工藤は八重垣の一突きを受けながらそのように思考した。
「一刀・光焼!!」
すかさず、次の技を繰り出す。
刀の刀身が光り輝き、そこから熱があふれだした。彼女のプネウマ因子と魔力が結合して構成されている「日輪正宗」は、先程八重垣が使っていた刀と違い、魔力の伝導率は非常に高い。仮に同じ技を使っても、ここまでの出力は出せない。
刀を振り上げ、勢いよく振り下ろす。それを受け止めると激しい火花が周囲に飛び散り、地面に落ちた火花が魔力の光となって霧散する。
「やぁ!!せい!!」
「ふん!はっ!!」
日光をまとう刀が異形の鎧武者を斬り捨てんと来る。それを魔槍が受け止め、女剣士を穿たんと突く。
一合。振り下ろされては払われる。
一合。突かれては避けられる。
「(霊装体に変身したとは言え、全体的な強さは俺とは違うはずだ。なのに、何故俺の槍についてこれる?。いや、まさか――――――――)」
八重垣と打ち合っている間に、工藤は奇妙な違和感を槍を通じて感じていた。
彼自身、現在進行形で八重垣を侮っている。「劣等種」という認識を改めていない。それを変えるつもりはない。初めから勝つ決闘なのだから。
だからこそ、この違和感を拭えなかった。
確かに、八重垣の心装、「日輪正宗」は彼女の心から生まれた武器だ。心装なくして霊装体に変身することは出来ないし、それ以上の戦闘能力向上も見込めない。
彼女の精神性。如何なる相手を前にしても諦めない不屈の心、如何なるモノを前にしても曇ることなき心、そして穏やかにして他者に影響を与えんとする陽の如き魂の輝き――――――――――。
即ち、日輪の心。仏心にすら通ずる善の心をカタチにしたものが、彼女の持つ心装「日輪正宗」と言っていいだろう。
故に、その輝きは曇ることなく、またその煌めきが失われることはない。
その魂の象徴である日輪正宗から、感じた事のない出力と力を感じたのだ。それも、見覚えのある、もしくは感じたことがある魔力を。
「崇村柊也の力か……!忌々しい!」
違和感の正体を理解し、工藤は忌々しいと言わんばかりに槍を振るう。
工藤は柊也が他者の心、もしくは魂に作用する魔術を使うことが出来るかどうかを知らない。だが、かつて長い時間ともにいた事があった彼は、8年前の時の怨念とその魔力の念を忘れることはない。
「穿通・豪射!!」
八重垣を突き飛ばして体勢を崩し、彼女から距離を取った工藤は、槍に回転をつけて思いっきり突き出す。
「六神・神足通!!」
槍の先端が当たる直前に、神足通を発動させた八重垣はギリギリの所で回避をした。
工藤の心装「蜻蛉切」の持つ「伝承補正」による固有能力「万穿」により、槍の先端はAランク以下の防御要素、防御術式による結界、防御用の魔導器、そして鎧を貫く。これは、よっぽどの特殊スキル、Aランク以上の防御力を持つものでなければ、容赦なく破壊する。
相手の心理を読み取る他心通を有する八重垣なら、生来の危機的状況に対する直感によって、何とか避けることが出来るが、それはあくまで柊也が彼女に施した魔術支援が続くまでの話だ。
「(今の所、何とか避けきれているし、攻撃は出来ているけど、ダメージは全く入れ切れていない!)」
そう。八重垣は、まだ一度も工藤にダメージを入れていない。
神足通による高速移動、他心通を用いた読心による先読み、地道に鍛え続けてきた剣術と基礎魔術。
持ちうる力、それを駆使しても工藤俊也には、未だに傷一つつけきれていない。
柊也の魔術支援の効果は時間制限がある。しかし、その時間制限も魔力を使うことに徐々に短くなってしまうため、万が一柊也の魔術支援の効果が切れてしまうと今以上に戦闘力がダウンしてしまう。そうなれば勝ち目がない。
これがもし決闘ではなく、屋外などでの戦闘であったのなら、魔術支援を受けたり連携を取ったりすることは出来たかもしれないし、勝算はあったかもしれない。
「(これじゃ、勝負がつかないとかじゃなくて――――――――――負ける)」
そのような状況で焦りを覚えていながらも、八重垣は冷静に現在の状況を分析した。
このままではジリ貧となって魔術支援の効果が切れて負ける。秘策がこれしかないとは言え、贅沢も言えない。
単純に、実力差と経験差がありすぎる。武術も、魔術も、心装・霊装体を用いての戦闘に関しても全てが。
「(でも、途中で降参なんて絶対にしないわ)」
初めから降参なんて選択肢がない。そんなものは、こんな所で、工藤には無意味な事もわかっているからだ。
「考え事か?」
工藤が口を開いた。
「ええ、一応。でも、貴方が考えているような考え事じゃないですよ」
「減らず口を……」
図星をつかれ、工藤は苛立ちを見せる。自分との実力差を感じて降参を考えていたと思っていたのだろう。無論、八重垣はそんなこと考えていないのだが。
「霊装体に変身したばかりの素人レベルの劣等種では俺には勝てん。いい加減、降参したらどうなのだ?」
あからさまに挑発ととれる言動で八重垣に言う工藤。
彼女が霊装体に変身しても、工藤には一太刀もダメージを入れていないことは、今この闘技場にいる見学者たちも知っている。いくら柊也らによる魔術支援を受けたとしても、工藤が積み上げた武術の前にはほとんど意味を成していない。
むしろ、霊装体に変身してここまでまだ生き残っているという事自体が奇跡に近い。全体の成績で見ても、平凡な彼女が分家筋とは言え十二師家の関係者を相手に打ち合えるというのは、紛れもない事実だ。
「何度も言っていますが、降参は絶対にしません。そんなにさせたければ、わたしを再起不能になるまで攻撃すればいいでしょう」
当然ながら、そのような工藤の挑発的言動に乗る彼女ではない。
「そうか、そうだな。確かにお前のいう通りだ。だが――――――――――」
その瞬間、工藤の背中の羽が勢いよく開き、瞬時に八重垣の目の前に移動してきた。
「!?」
「さっき言った通り、時間の無駄だ。今度こそひねりつぶしてやる!」
槍の穂先が、八重垣の頭上に振り下ろされる。それに何とか反応して、受け止めた。
その重圧と勢いに、地面にめり込み、僅かながら地面を砕きながら後ろに後退した。
「(何だったの、今のは!?さっきまでとは全然違う!)」
先程までの打ち合いとは全く違う重圧と槍の重みに、八重垣はあからさまに驚愕し、冷や汗をかく。九死に一生の思いをしたほどに。
「神通・光射剣!!」
体内の魔力を出来る限り引き出し、魔力の刀剣八本以上を展開、工藤に向けて発射した。
「無駄だと言っているだろう」
しかし、工藤はそれを片手で槍を振るって叩き落した。その有様に牽制にすらならなかった。
「(さっきまでとは比べ物にならないほどに、魔力が急上昇しているし、殺意も強くなっている!)」
何とか深呼吸をして冷静さを取り戻し、他心通を使って工藤の心を読み取る。
しかしそれはやはり断片的で、具体的には読み取れない。この変は霊装体になってもほとんど変わっておらず、無闇に使っても魔力を減らしてしまうだけだ。
「ちょっと厳しい……かな」
ボソリと呟きつつ、迎撃のために刀を構える。
「うおお!!」
すかさず、工藤は八重垣に槍を振り下ろす。
「くっ!」
振り下ろされた槍に迎撃をする。再び激しい打ち合いが繰り広げられる。
しかし、その全てを受け止めることは出来ない。
「うぅ!!」
槍が八重垣の脇腹をかすめる。
いや。「万穿」の概念が宿る、工藤の槍「蜻蛉切」の効果で、八重垣の霊装体の装甲はかすめただけでも破損し、肉体にダメージを与えていた。切り傷からは血が溢れ、そこから痛みが走る。
「さあ、どこまでついてこれるか?」
更に工藤は猛攻を続ける。
「なんの、これぐらい!!」
八重垣は全力で工藤の槍を防ぐ。
嵐の如く襲ってくる、槍の暴風に八重垣は今までの人生で一番の危機感を抱いていた。故に、彼女は文字通り死に物狂いで攻撃を凌ぐ。
だがやはり凌ぎきれず、槍は所々彼女の体を傷つける。「万穿」の概念が宿る槍の攻撃は、先端が当たるだけでダメージが大きく、それを凌いで当たらずとも、そこに槍の柄が直撃する。
「一刀・光明剣!!」
一か八かと、再び技を繰り出す。刀身が日光の輝きを宿し、彼女の敵へと襲い掛かる。
しかしそれすらも工藤は弾き返す。幾度彼女が日光の輝きを伴う刀を振るおうと、工藤はそれを意に介せず、淡々と凌ぐ。
「穿通・石突貫!!」
槍で刀を弾き、がら空きになった胴体に工藤は槍の石突でぶち抜く。
「あ――――――――――ッッッ」
息が止まりそうな、意識が吹っ飛びそうな。その衝撃に、悲鳴の声も上げることも出来ず、その勢いで闘技場の壁にまで吹き飛ばされる。
壁に激突した彼女は、跳ね返るように地面に転がり、倒れた。
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