予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第2章8話「少女の決意」
帝都百華学園・闘技場。
昨日行われた実技試験でも使われた闘技場は、学園のスタッフらの手によって整備され、昨日行われた激戦の面影を感じさせないほどに綺麗になっている。
本来であれば、八重垣日那と工藤俊也の決闘は密かに行われるはずであったが、今の闘技場には今年の新入生の8割以上が集まっていた。そのおかげで祭り騒ぎのような状態になっていた。
「不愉快極まりないな、この連中は」
闘技場の東側の入場口付近に、オレ、崇村柊也と八重垣たちはいた。忌々しそうに、露骨に嫌悪感と不快感を露わにした。
「まさか、SNSを通してわざわざ決闘の事を広めるなんてね。甘く見ていたわ。もしかしなくても、これ八重垣さんを晒し者にするつもりだわね」
見届け人としての役目を果たすためか、学園指定のカスタマイズがされていない制服に袖を通した原科が言った。
ちなみに普段制服を着ていない理由は「自分の美意識に反するから」という理由であり、授業に出る時はお気に入りのファッションで参加しているという。
「……今すぐにでも黙らせてやろうか?」
苛立ちを隠せずに言った。晒し者にするつもりで、あの決闘を申し込んだのかと思うと、本気で苛立ちしかわいてこない。
「それはダメよ。変に闇討ちなんてことをすれば、アナタが学園を追放されるかもしれないわ。ここは我慢をしなさい」
「……チッ」
原科先輩に窘められた。……呪詛を仕掛ける程度ならと思ったが、恐らく無理だろうな。この人の前では。
「既にSNSじゃ、決闘の話題で持ちっきりだぜ。この調子だと、マジで結果次第じゃ、八重垣のヤツが吊るされるぞ」
牛嶋が端末を見て言った。
「こればかりは、彼女の努力次第だわね。こっちの対策が上手くいけばいいけど」
「連中が突きつけてくる条件次第だろう。それ次第じゃ、彼女がだいぶ不利だ」
「それも含めて八重垣さんは了承したでしょう。運任せにはなるけど、そこら辺は仕方ないとしか言えないわ」
「……」
原科の言葉に、オレは歯ぎしりをした。
「皆さん、大丈夫です。例え効果がなくても、わたしは全力で挑むだけです!」
当の本人はかなり張り切っている。勝負前というのに、恐怖や焦りと言ったモノは感じられなかった。
八重垣に施した対策は、工藤が提示する条件次第で効果を成すかどうかが決まってくる。ハッキリ言って賭けに近いものだ。
「……君は」
「?どうしたのですか、崇村さん」
オレは、八重垣に問いを投げかけた。
「君は、怖くないのか」
絞りだすかのように出てきたのは、彼女の身を案じる一言。ガラでもない、そんな言葉が。
この状況の元凶ともいえる自分のせいで彼女を巻き込んでしまったことを申し訳ないと思っている。それは紛れもない事実であり、自身の手で解決させたかった問題だった。
彼女が工藤と決闘をすることになった要因自体は、彼女が工藤に手を上げたこともある。しかし、オレにとってそうする原因が自分にあるということも十分に理解している。
だからこそオレは、彼女の身を誰よりも案じている。本当に、ガラじゃないほどに。
「怖くありませんよ。一応わたし、これでも入学前に怪魔と戦ったこともありますし、実戦経験がないわけじゃありません」
「そうじゃ、ない」
思わず、焦るように声を上げる。
「え?」
実戦経験があることから大丈夫だとか、曲りなりにも怪魔と戦ったことがあるから問題ないとか、そういう問題じゃなかった。
「ヤツは恐らく、君を容赦なく叩き潰そうとするだろう。君を完膚なきまでに負かせて、最終的には退学まで追い込む。そんな奴らを相手に、君は本気で挑むつもりなのか」
相手は崇村家の人間だ。それから決闘を挑まれ、それを承諾した。
だが、問題なのはこの状況だ。
連中は教員を買収するどころか、SNSに決闘の事を拡散して、これほどのギャラリーを集めた。恐らく、「自分たちに刃向かうという事がどういう事なのか」を知らしめるためのものだろう。仮に、この決闘で八重垣が負けるなんて事があれば、連中の取り巻き連中によって何をされるのかわからない。
下手をすれば、精神を病んで退学にまで追い込まれかねない。そうなってしまえば、彼女は二度と心装士になる事は出来なくなる。
そう言った、人生に関わる危険な今回の決闘に挑むという無謀さが理解出来ず、オレは八重垣に言ったのだ。
自分のためではなく、彼女のために。
「それは朝も言ったじゃないですか。わたしは、人を平然と傷つけるような人が嫌いなのです。これはわたしの意地です」
ぐっと、彼女はオレを真っすぐ見ていた。
「でも、君はと工藤の力量差はあるだろう。店でも言っていたが、今の君ではアイツに勝てるかどうか……」
「その時はその時ですよ。それに、原科先輩のおまじないもありますし、だからと言って慢心するつもりもありません。わたしはわたしの全力をぶつけるだけです」
「だが……」
「わたしは大丈夫です。何があっても諦めませんし、逃げるつもりはありませんから。――――――――――最後まで全力でやって負けるのであれば、それも良しです!」
「……」
彼女の言葉が、オレには理解出来なかった。
勝負に入る前から、既に両者との間に力の差があるのかわかっているのに、どうしてそこまで勇み足になって、怖いもの知らずのように前に突き進もうとするのかが、わからなかった。
最後まで全力でやって負けることがあれば、それも良し?何だ、それは?
「……バカげている」
頭痛がこみあげてくるかのような疑問に、オレは頭を抱えながらボソリと呟いた。
彼女を侮っているわけでもなく、軽蔑をしているわけでもない。ただ無謀なのだと言いたいだけ。なのに、それが上手く言葉として出てこない。
「?どうしたのですか?また、気分でも悪いのですか?」
「……いや、問題ない」
表情に出ていたのか、心配した八重垣が言った。
このような細かい所にまで気を遣う彼女に、オレはどう言ったらいいのかがわからなかった。
「八重垣さん、そろそろ時間だわ。準備して」
腕時計を確認した原科先輩が言った。
「もうそろそろですね……。少し緊張してきた……!」
「……」
如何にも緊張していると言った具合に、武者震いのような仕草をしていた。
「時間よ」
原科が闘技場東側から反対の西側の入り口にいる審判の合図を確認して言った。
「それでは行ってきます!崇村さん、応援よろしくお願いしますね!」
そう言って、彼女は柊也に笑顔を向けて行った。
「あ、ああ」
その、眩しい笑顔を前に、オレは見送ることしか出来ない。
「頑張って」や「勝って来い」なんて言葉を言う資格は、自分にはない。言えるわけがなかった。
今の自分に出来ることは、何もなかった。唯一出来るとしたら、目の前で彼女が工藤と戦う姿を、見届けることしか出来ない。
「―――――――――ああ、もう、本当に最悪だ」
自分への怒りと悔しさと心苦しさに、オレは拳を強く握りしめた。
◇◆◇
わたしは今、人生で一番緊張している。どれぐらいかと言うと、昨日の初めての実技試験より一番緊張している。
工藤俊也さんとの決闘。もしこの決闘に負けてしまえば、わたしは崇村さんの言った通り、もしかするとこの学園を去るまで何をされるかわからないでしょう。具体的に何をされるかは、昨日のあの崇村家の縁者を名乗っていた先輩たちの様子で何となく察している。
想像するだけでおぞましい。人生で、想像するだけでこれほどに背筋が凍ってしまうような気分は初めてだった。やっぱり、昨日の出来事で現実味を感じてしまったからだろう。
心臓は鼓動が早く、血行も早い。闘技場の中に一歩ずつ入る度にそれが早くなっていく感覚だった。
一歩一歩が重い。まるで足の中に鉛を入れられているかのようだったけど、その重みを押しこらえるように前に足を進める。止めない。止まってはいけない。
「落ち着け、わたし……。落ち着け、八重垣日那……」
自分を落ち着かせるために、自分に言い聞かせるように、軽く、小さく深呼吸をしながら、歩みを進める。
闘技場西側の入り口から、工藤さんがこちらに来ている。まだ近く正面に立っていないのにも関わらず、鋭い眼光がわたしを射抜くように向けられていた。
「……ッ」
その視線に、わたしは思わず息をのんだ。同時に圧迫感まで感じた。恐らく、この闘技場に集まってきている人たちの視線からだろう。
気が付けば、いつの間にか闘技場中心にまで来ていた。距離をほとんど意識していなかったとは言え、ちょうど白線の所で止まった。
「逃げずによく来たな、八重垣日那」
工藤さんが口を開いた。
「もちろんです。決闘を承諾しましたので」
相変わらずの鋭い視線と圧迫感を向けられながらも、わたしは悟られないように、いつものの調子で返事をする。
「決闘の条件は、どちらかが降参するか戦闘不能になるまで。それを判断するのは審判及び双方の見届け人のみとする。それでいいな?」
――――――――――どうやら、ムチャクチャな条件を突きつけてくるなんてことはなかったらしい。わたしたちの杞憂だったようでよかった。これで、原科先輩の策が通じる。
「はい。それで十分です」
わたしは瞬時に承諾する。
決闘についての予習は、既に済ませた。本当なら明日から始まる授業で聞かされることなんだけど、今はこのような事態だ。妙によく知っている崇村さんに教えてもらって、ルールは理解できた。
「決闘」は、魔術師及び心装士同士の間で認められる合法的な戦闘行為。尚且つ法律の範囲で認められる決闘においては、決闘する側の両方に見届け人と第三者である審判が行わなければならない。いくら乱暴な工藤さんでも、崇村家の分家筋という立場からか、ちゃんと審判や見届け人を置いている。よく見れば女性のようだった。
また、ルールを決められるのは主に決闘を申し込んだ側が出来る。今回の場合は、工藤さんが決闘を申し込んだので、決闘のルールを決めることが出来るのは工藤さんの方だ。
わたしが持ちこんだ魔導器は、入学の際に持ちこんだ、お父さんの刀一本と竜種の鱗から作られたと言われている防御用の魔導器「竜麟のペンダント」。事前にルールを知らされていなかったこともあり、準備は不十分であるが、原科先輩の策があるため、そこら辺は問題ない。時裂さんのお店を利用出来なかったのは残念だったけど。
「……つくづく理解が出来ない」
「何がですか」
工藤さんは、わたしをまるで忌々しいものを見るように言った。
「貴様は何故あの男をかばう?かばうだけならともかく、この俺にケンカを売る必要もなかった。なのに、何故そうした?」
それは、恐らくここに来るまで彼が考えていたであろう疑問。
この場に来れば、必ずわたしに問いかけるだろう疑問。
「理由、ですか」
わたしが、何故崇村さんをかばうようなことをしたのか。
確かに、わたしと崇村さんは昨日会ったばかりの初対面の全くの赤の他人だった。特別な何かを持っているわけではなく、ただ心装士になるために来ただけで、わたしたちには接点なんてなかった。
「崇村さんが、わたしを助けてくれたからです。ですから、今度はわたしが崇村さんの助けになる番だからですよ。単純でしょう?」
あの時。
あの時、二年生に絡まれて暴行されそうになっていた所を、崇村さんは助けてくれた。何かの見返りを求めるわけでもなく助けてくれた。
お礼をしたい。だけど、崇村さんはそれを望んでいるわけでもない。きっと、工藤さんを叩いた時も、それを彼は求めていたわけでもなく、ただ厄介ごとを大きくしてしまっただけかもしれない。
「バカが。あの男が?お前を助ける?何かの間違いだろう」
「勝手にそう思うのならそう思っていればいいです。これは、わたしが崇村さん
にできる精一杯の『お礼』なのですから」
「ふん。その愚かさに呆れるばかりだ。あの男からすれば迷惑でしかない、お節介なだけだ。いずれにせよ、損するのは貴様だけなのだぞ」
彼の、言う通りだ。
「……そうでしょうね。確かに、この決闘で仮にわたしが勝とうとメリットがあるわけでもないですし、何も得られないでしょう」
そんな事は今更言われなくてもわかっているのです。この決闘で勝って得られるものは、何もないことぐらい。
「ですが、わたしは何かを得るために貴方の決闘の受けたのではないのです。わたしは勝って名声が欲しいわけでも何でもないのです。わたしは、わたしがそうしたいと思ったから貴方と決闘をするのです」
名声も名誉はここで得なくたっていい。そんなものは、このような場で得るものでもないし、特別に興味はない。自分のためなのだから。
「何も得られない、ただ苦しかったというだけで終わるのだとしても、わたしは自分が信じた『道』を歩んでいきたいだけなのです!」
これはわたしのエゴ。身勝手で、とんだお節介だけど、それでも貫きたいわたしの「道」
かつてわたしを助けてくれた「あの人」のように。今度は、わたしが誰かの助けになれるように。
「だからわたしは、逃げるなんて『道』は絶対に歩きません!―――――――さぁ、構えてください」
覚悟はもう決めた。お父さんがわたしにくれた刀を鞘から抜き、ぐっと力強く握りしめ、構える。
「―――――――――そうか。なら、オレに楯突いたことを思い知らせてやる。覚悟は出来ているのだろうな。八重垣」
「覚悟は出来ています。わたしにも意地がありますから」
工藤さんは右手に、彼の心装と思われる槍を構えている。
どれぐらいいけるかはわからない。でも、やってみなければわからない。
深く深呼吸をして、刀を握る手に力が込められる。今日に至るまでの修行の成果を見せつける。
「わたしは八重垣日那!さる剣士の背中を追いかける、未だ無名なりし剣士なり!そちらの名をお聞かせ願います!」
決闘直前の口上。自分を引き締めるため、そしてこの決闘で絶対に負けないという気持ちと共に強く声を張り上げる。
「口上、ご丁寧痛み入る。我が名は崇村家分家筋、工藤家次期当主、工藤俊也。我が槍捌き、恐れぬなら来るがいい!」
槍を振り回し、彼は構える。同時に、凄まじいまでの闘志がこちらにまで感じられた。
「「いざ、いざ、いざ!尋常に――――――――――」」
これが、わたしの正真正銘の初陣。
ただ負けるなんてことはしない。だから、勝つつもりで戦う。
「「勝負!!」」
――――――――――だからわたしは、全力全霊で立ち向かうんだ!
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