予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第2章6話「魔女の工房兼販売店」
原科先輩にいきなり気に入ったと言われ、オレたち3人はある場所に連れていかれた。
校舎の西側に位置する「時裂工房ショップ」という看板が書かれた、木で作られたショップのような場所に来た。道中、ぐにゃりと視界が歪んだ気がしたが、特にこれと言った違和感はなかった。
招き猫の小さな置物が立て看板の隣の置台に置かれていて、建物そのものが何か妙に怪しげな雰囲気を放っている。
――――――――あれ?時裂ってつい最近どっかで聞いたことがあるような気が……。
「ここって何ですか?見た所、工房にも見えるんですけど……」
八重垣が、ショップの看板と建物を見て言った。
「八重垣ちゃんの言う通り、ここは工房兼ショップよ。アタシもよく使う所で色々なものを売っているわ」
「工房って事は魔術師の工房って事だよな?入っても何かあるわけじゃないよな?」
牛嶋がやや警戒気味に言った。
「その考えはナンセンスってものよ、牛嶋君。確かに魔術師の工房は危険で一杯かもしれないけれど、この学園内でこうしてショップとして利用されている工房は危険なトラップみたいなものはないわ。あ、でも店が閉まっている時に入ったら、マッジヤバイ悪霊とか人工魔物とかが大挙して襲い掛かってくるらしいのでダメよ♪」
「防犯対策の殺意がスゴすぎない?何か誤作動とかあったらフツーに殺し合いになりそうなんだけど」
牛嶋が軽く青ざめながら言った。
魔術師の工房とは、言うまでもなく魔術の研究や実験を行う、魔術師にとってのホームグラウンドだ。自分たちの研究成果を守るために結界を構築したり、トラップを設置したり、中には見張りや侵入者撃退用に作った魔術兵器が置かれてある事が多い。そのため、魔術師の間では「勝手に無許可で入るべからず」という暗黙の了解がある。
オレもかつて椿さんの工房に一度だけ勝手に入り込んでしまい、死にかけたことがあった。身を以て体験すると、絶対にしないと危機感を持つことが出来るのは本当だ。
「でも、どうしてここに来たのですか?ここは購買部とはまた違う所なのですか?」
八重垣が言った。
ここ以外にも校内には、生徒会購買部の生徒が開いているショップがある。簡易的な治療用のポーションや魔術道具、そして「迷宮」探索などで使えるアイテムなどが販売されていて、利用者はそれなりに多い。
しかし、レクリエーションではこのショップの存在を教えてもらったことがなかった。こういう場所があると知ったのも、原科先輩に連れてこられて初めて知ったぐらいだ。
「購買部とは関係ないわ。ここは学園公認のショップで、経営自体はここの工房の主さんってだけ。いわゆる個人営業ってヤツね。基本的に知らされていないのは、この工房の独自のルールがあって、それを厳守しないといけない決まりなのよ」
「ルール?何かしらの契約のようなものなのか?」
確かに、ここは学園からちょっと離れた位置にあって回りくどい道の先にあった場所にあるが、もしかするとあまりこの場所を生徒たちに知られてはいけない何かがあるのだろうか?
「ま、それみたいなものだわね。ささ、ここで話すのも何だから、お店の中で話し合いましょう!」
そう言うと、原科先輩は堂々とショップのドアを開けて入っていった。
「……どう思いますか、崇村さん?」
「……少しばかり嫌な予感がするが、入るしかないだろう」
見た所、原科先輩は悪い人ではなさそうだし、理由があってオレたちをこんな所まで連れてきたのだろうから、別に問題はないかもしれないが、それとは別に直感で何か嫌な予感がする。入りたくないけど、入ったらいけない的な何とも言えないナニカ的な。
「なあ。入った瞬間、爆発とかしないよな?ここ何か胡散臭いしさ……」
「全面的に同意するが、連れてきてもらった以上、ここでどっか行くわけにもいかないだろ。腹をくくるぞ」
万が一の時のために、隠し持っていた護符を制服の中で起動させて忍ばせた。
軽く深呼吸し、ゆっくりとドアに手をかける。そっとドアを開け、中に入ってみる。
入ったその先には――――――――――。
「あ、いらっしゃいませ~!1日ぶりですねぇ、崇村君~!」
「失礼しました」
はい、回れ右をして帰ることにします。しないといけませんね。
だって、あの胡散臭い秘書の時裂マリさんがいるんだもの。
「ちょっとひどくない!?私って崇村さんに何かしたっけぇ!?色々とやってあげたじゃない~!?」
「何か危ない気がするので、ここは帰るという賢明な判断に従うべきだと脳内のオレが囁いていました」
「全く愚考だわ!!口コミ厳禁ながらも密かに繁盛している私の店を利用しないなんて、貴方は損しているわよ!!崇村君!!」
「わかったわかった。わかったから、呪いを飛ばそうとするな」
オレのその言葉に八重垣と牛嶋はぎょっと目を見開いた。
呪いを飛ばそうとしていることに気づいたのは、ショップの出入り口真横に置かれているガーゴイルのような魔物の置物から、僅かな魔力を感知したからだ。
「あ、よく気づきましたねぇ。最近、ここを突き止めて入って来ても全然このトラップに気づかないで記憶を消されて追い出される人ばかりだから、歯ごたえがないったらありゃしないのよぉ~」
「さらっと恐ろしい事を言うんじゃない」
……もしかすると、口コミ厳禁の理由ってコレの事なのかもしれない。
「それにしても、何しているんだ。アンタ。秘書としての仕事はどうした?」
「今は大丈夫なので、秘書の仕事は一端休憩と言った所ですぅ。私だってやっぱお金欲しいですので、学園長の許可の下で営業中なんですよぉ。営業時間は12時から1時、17時から18時までですけどね」
「それって客来るのか……。口コミ厳禁の上、妙に入り組んだ所から来ないといけないって、到底繁盛できるとは思えないんだが」
たった1時間ずつしか営業しないのに、とてもじゃないが繁盛できるとは到底思えない。商売について全く詳しくない自分でもわかる理屈だ。
「それについては問題ありませぇん。だって、この場所は特殊な結界によって時間の流れを狂わせていますので、長い時間買い物が出来ますよぉ」
「は?」
時裂さんの言葉に、オレたちは思わず変な声を出した。
「ちょっと待て。結界で内部の時間を狂わせる?アンタ、マジで何者なんだ?」
結界によって内部の時間を狂わせるなんて芸当は、オレが知りうる限りできる人がいるとは聞いたことない。むしろ、そのような芸当は最早神の力そのものと言ってもいいぐらいだ。限定的な時間操作でもだ。
「それは、企業秘密って事で♪あえて言うなら、これは魔術というより特殊な魔導器によるものだと思ってくれてもいいわ。何しろ、この世に片手で数えられるぐらいしかない貴重なものなので」
「特殊な魔導器……?まさか、それって……」
この世で数えられるぐらいしかない特殊かつ貴重な魔導器。昔、崇村家の書斎にあった古い文献で見た事があったのをちらっと思い出し、オレは聞いてみようとした。
「はい、そこ!思っていても口にしちゃいけないわよぉ~。もし喋ったら、全力で呪っちゃうからぁ」
聞こうとした瞬間で彼女に口止めされた。……確信はないが、何となく察した。
「アンタ、まさか魔女か?」
「大正解~!そこにたどり着くって、やっぱり崇村君って慧眼だわねぇ!」
魔女。今となっては絶滅危惧種に等しいぐらいにしかいない者たちだ。
曰く、魔女術を使う女の魔術師たちのこと。
曰く、旧き神秘、古の奇蹟を体現する、魔の伝道者たちのこと。
曰く、悪魔と契約をして、それらを伝える者たちのこと
彼女たちは科学が発達した「旧世界」では、とっくに姿を消したと言われていて、「旧世界」では神秘が復活したのと同時にわずかながら姿を現しつつあると言われていて、魔女であるだけで多くが彼女たちを畏怖すると言われている。
オレが彼女を魔女と思ったのは、彼女の口から出てきた「特殊で貴重な魔導器」の存在だ。
「つまり、この店の周辺はその魔導器から発せられる特殊な結界で時間の流れが遅いって事なのか?」
牛嶋が言った。
「そういうことですよぉ。これなら、ここの世界の1時間なんて外でははたがが10分程度しか経っていませんのでぇ。存分に買い物を楽しむことが出来るってことですぅ」
つまり、彼女の言う通りなら、ここで3時間買い物をしても、外ではたったの30分しか経っていないということだ。……オレが言うのもだがメチャクチャだ。
「す、すごい……。何だか、他所では見た事のないアイテムや魔導器とかがいっぱい……」
八重垣は棚や壁に展示されている商品の数々に圧倒されている。
オレはともかく、一般人出身の二人からすればもう異界レベルの状態だろう。魔女の工房で尚且つ魔導器専門の店なんて、普通の魔導器販売店でも見た事がない。一目でこの店にある商品がほとんど年代物であることがわかる。
「何故原科先輩はオレたちをここに?」
オレは原科先輩に直接聞いた。
「簡単なお話よ。いいものを見せてもらったお礼って事で。貴方たちは信用できるんだもの」
即答された。本当なのかもしれないが、オレはそうは思わなかった。
「……いいや、違う。オレたちをここに連れてきたのは、必ず重要な理由があるはずだ。それだけの理由で、こんな所に連れてこない」
「あら、どうしてそう思うのかしら?アタシの言っていることが信じられないってコトかしら?」
「違う」
とぼけているわけでもない。どうしてか、何故濁すような言い方をするのか、オレにはわかる。
「単純な話だ。魔女の工房に連れてくること自体がありえない」
魔女の工房。それは、通常の魔術師の工房とはワケが違う。具体的に言うと、セキュリティに泥棒撃退に機関銃かミサイルを使うか有刺鉄線を張るだけかぐらいに違う。
「どういうことなんだ?魔女の工房って、普通の魔術師とはどう違うんだよ?」
牛嶋が聞いた。
……まぁ恐らく、今後の座学で知るかもしれないが、教えてもいいだろう。
「魔女は、現代の魔術師と違って『今在る神秘に生きる者』ではなく『かつて在りし旧き神秘に生きる者』だ。『旧世界』から伝えられる、今は既に失われた『秘伝』を受け継ぎ、継承していき、遺していく者たち。下手に手を出せば、殺されても文句は言えないぞ」
「具体的に言うと、どんだけヤバイことになるんだ?」
「生きたまま地獄のような拷問を受けるか、五臓六腑、色んな箇所を魔術儀式の触媒、もしくは材料に使われたりするかもしれないな」
「えー……。ヤバイ……」
牛嶋は思いっきりドン引きしていた。八重垣も唖然としている。
彼女たちの許しなく手に入れようとする者があれば、彼女たちは何が何でも殺しにかかる。反対にそれが魔女の数が現代では激減してしまった要因でもあるが、いわば「魔女の遺産」を守り継承することが彼女たちの絶対の掟なのだ。
そもそも他人の魔術師の研究成果に手を出すこと自体が悪い事なのだが。
「ちなみに、それは『掟』として明確にあるらしいから、変に探そうとするなよ。死ぬからな」
「肝に銘じておきます」
いくら学園公認のショップとは言え、その「掟」という名の不可侵のルールが存在する以上、「魔女の工房に他人を連れてくる」という行為は自殺行為にも等しい。
しかし、それを回避する方法は一つだけ存在する。
「中々いい勘をしているじゃない、崇村君。そう。アタシは時裂さんから認められているわ。ほら、ここにその印が……」
原科先輩はそう言うと、服の袖をめくって左腕を見せる。
「これはなんです?」
八重垣がそれを見て首をかしげた。
「『魔女の口づけ』。魔女と契約を交わした際につけられる、契約の印だ。つまり、貴方は時裂さんと契約を交わし、自分の意思で他人を工房に連れてくる権利を手に入れた。下手をすれば、その強制力は契約術式を上回る」
「そういうこと。これを見破ったのはアタシのお友達と、貴方だけよ。本当なら隠蔽の魔術で隠しているんだけど、まぁ呪詛的な隠蔽じゃ崇村君には隠せないわね」
こちらの能力もある程度知っているか。ま、知っているとしても、その程度だったら1割にも満たないがな。
「珍しい力だから、色々と知りたい所だけど、今はそういう話をする時間じゃなかったわね。一応、これはこれでアナタたちにも有益なお話よ」
どうやら、これからが本題のようだ。
恐らく、工藤と八重垣に関する事だろう。あの男の力量を、底力を知っている。そして、性格も。
「そうだな。単刀直入に聞こう。何故、オレたちをここに連れてきた?」
「うーん、そうねぇ……。隠し事をしてもしょうがないし、やっぱり誠意をもって正直に言うわ」
そう言うと、原科先輩は妖しい笑みを浮かべる。
「冴ちゃんの頼みで、アナタたちの援助をするために来たの。今後のアタシたちのパーティーがやっていけるためにね」
マジでか。
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