予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第2章4話「過去よりの因縁」
――――――――――何故こうなった?
「覚悟は出来ているのだろうな。八重垣」
「覚悟は出来ています。わたしにも意地がありますから」
オレ個人の問題だったはずなのに、どうして彼女が首を突っ込むことになるのだ。
あまりの想定外の事態過ぎて、ひどい頭痛が来る。
だが、この場を離れるわけにはいかない。オレは、これから自分の目の前で起きる事態を見届けなければならない。
「いざ、いざ!尋常に――――――――――」
――――――――――ああ。もう、本当に最悪だ。
◇◆◇
峯藤冴の「招待状」を受け取り、朝食を食べ終えて食堂から出たオレたちはすぐさま学園に向かった。
今日は昨日のオレと皆月が起こした実技試験という名の殺し合い状態によって中止されていた、レクリエーションを行うことになった。ようは学園内の案内を生徒たちに教師たちが行うということだ。
本来の実技試験の合格通知は生徒個人の部屋にある端末に送られるらしい。オレは特別保健室(牢屋モドキ)で学園長から口頭で伝えられたが、あの時は色々と仕方ない。オレの場合が本来はおかしいのだ。
「そうなのですね。その、特別保健室という所で学園長から直接教えてもらったのですね」
八重垣が言った。
レクリエーションが終わり、現在は昼前の休み時間だ。
「ワケありにしろ、何にしろ。コイツの場合は色々と複雑な事情があるらしいからな。あれだけメチャクチャな戦い方をしてボロボロになった後なんだから、仕方ないって事だろ」
牛嶋が眠たそうに欠伸をしながら言った。
自業自得とは言え、あの実技試験でボロボロになった以上はしょうがない。学園長には感謝はしておかなければなるまい。それに、あの人とは共犯者であり、お互いに利用し合う関係なのだから。
「本当なら、お前たちを巻き込みたくないんだが……。本当に大丈夫なのか?」
これはオレの本心だ。
オレの目的は完全な自己都合の復讐だ。血も流れるだろうし、どうかすれば死人すら出てもおかしくない事だ。
奴らは自分の障害となるようなものがあれば即座に潰す。それが十二師家であろうと関係なくだ。一度目をつけられてしまえば、どうされるのかわかったものじゃないだろう。アイツらがどうなのかは知らないが。
とにかく、2人、いや峯藤も含めてあまりオレの復讐に関わらせたくない。彼らには、手を汚してほしくないから。
「その時はその時です。それに、わたしだってそれなりに強いですよ?これでも入学前に怪魔を倒したこともありますから!」
「そ、そうなのか。いや、そうじゃなくて。オレの問題にお前たちを巻き込みたくないって言っているんだ。怪魔相手の話じゃないんだぞ」
あくまでオレの問題の相手は怪魔じゃなくて人間を相手にやらないといけない事だ。怪魔も怪魔で面倒くさいが、人間の方が色々と遥かに面倒くさい。力だけでどうにでもなる相手じゃない。
「確かに、怪魔よりも厄介なのは人間かもな。金も権力もあれば、何でもできるってな」
「……そりゃそうですけど」
まぁ、それぐらいの常識は持ち合わせているようで何よりだ。
「で、実際の所はどうなんだ?関東六家、いや。十二師家って権力者たちの家系なんだろ?具体的に言うと、どんな家なんだ?」
「……それ今必要なのか?」
正直、あまり気が進まないのだが。あんまり思い出したくもない事が多い。
「崇村さん、教えてくれませんか?」
「……ッ」
八重垣にそう言われ、オレは何とも言えない気分になる。
気が進まないし、嫌な事しか思い出さないが、仕方ない。無知は罪と言うしな。
「十二師家は『西暦の黙示録』の時に国帝と約定を交わし、この国を守ることを使命としてきた家だ。国政などには関わらない代わりに、国家に関する様々な事業と研究を行うことが出来る。……結果として、不可侵に等しい権力を手に入れており、独自の戦力を持っていたりもしている。その影響がどういうものなのか、お前たちの大方の予想通りだ」
十二師家に生まれた者は、例外なく家の歴史やら何やらを覚えなければならない。これは、生まれた家に誇りを持たなければならないという、意味のわからない目的意識を持つためであり、それ以外にも家にある様々な蔵書を呼んで覚えなければならない。
かつて「旧世界」を崩壊させたと言われている大災害「西暦の黙示録」。その時の国帝と共に「西暦の黙示録」を乗り越えた時に交わした約定を以て、今に至るまでこの国を守護することを使命としてきた。その代わり、国政に関わることが出来ないことを条件として、様々な事業を行うことを許されている。
そのような背景からか、十二師家はいわゆる特権階級を持った国民としても知られている。しかし現在に至るまでの経緯からか、分家を含めた関係者たちはマスコミなどから注目の的になりやすい。昨日の実技試験などがその例だ。
そのため、十二師家の国内に与える影響は大きく、多くの国民も十二師家を頼りにすることが多い。……個人的な感情は置いておくとしてだが。
「峯藤先輩の実家とかですよね。崇村家と言えば、確か『崇村・ファウンデーション』だった気がしますけど……」
「……そうだな」
ああ、頭が痛い。
確かに、オレがいた崇村家も「崇村・ファウンデーション」という一つの財団を有している。民間軍事会社や峯藤と同じく魔導器の製造工業を経営しており、それに伴う権力も相応にある。ましてや、数百年も残っている家なので、その影響力は大きい。
オレがこれからやる復讐は、そんな連中を相手にする事だ。何が何でも復讐を果たしてやる。
「でもさ、崇村家って8年前の事件がきっかけで色々とヤバかったんだろ?何だったけ、アレ」
「えっと、何でしたっけ。崇村さん、わかりますか?」
「……ああ。アレは――――――――――」
――――――――――そこから言いかけた瞬間、後ろから殺気を感じた。
「伏せろ!」
「はぁ!?」
「え?」
オレのその呼びかけに2人は反射的に伏せた。
即座に魔力を掌に集中させ、魔力生成で疑似的に刀を作り出し、後方から飛んできた槍を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた槍は通常ではありえない軌道で、飛んできた方向に戻っていった。
そして、そこには、一人の男と複数人の取り巻きと思わしき男女がいた。
「お前は……」
その槍を持つ男の姿を見て、唐突に頭痛に襲われる。頭を押さえるほどの痛みではないにせよ、この痛みばかりはどうしても慣れなかった。
「……やはり、本物なんだな。貴様は!」
その男は殺意のこもった鋭い目をしていて、赤毛の入り混じった髪で総髪。体格もオレより大きく、全体的に筋肉質で学園指定の制服ではなく、着物と学生服を足して2で割ったような格好だった。
この鋭い目、この気配、そして手に持っている槍とその鋭さ。
忘れもしない。かつてオレを「友」と呼んでおきながら、オレを見捨てた男。オレの復讐対象の一人。
「工藤、俊也ァァァ……!!」
認識した瞬間、心の底から。いや、魂の底から煮えたぎるような憎しみが膨れ上がる。
自身の体から、憎悪と共に青黒い炎の魔力が急激に膨れ上がる。頭の中から、「抑える」という考えが一気に消失した。
引きちぎる。
くびり殺す。
剥ぎ落とす。
許せない。
許さな許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許許
頭の中が、憎悪でたくさんになる。自然と、右手に魔力が宿る。
「チッ、このバケモノめ。この場で切り捨ててやる!」
工藤は槍を持ち直し、こちらに向ける。
そっちがその気なら、やるまで。
そう。具体的には、この場全てを吹き飛ばしてでも――――――――――
「はーい。お二人さん、そこまでよー。『生掴む亡者の腕」
「!?」
魔力を解放しようとした瞬間、心臓をわしづかみにされるような強烈な悪寒と体を縛られるような感覚が襲った。視線を下に落とすと、黒い魔法陣から黒い手が大量に現れてオレの手足に触れている。
そう、触れているだけなのだ。触れているだけなのに、体を動かすことが出来ない。呪術ではない、この拘束はオレでも逃れられそうになかった。そしてそれは、工藤も同様だった。
「だ、誰だ!?」
工藤が吠える。取り巻きたちは突然の状況に右往左往していた。
「アナタたち。勝手な私闘は校則違反って知っているはずよ?おイタはよろしくないわ」
その声と共に現れたのは――――――――――男だった。
男であったが、その容姿を一言で言うなら、美人だった。
顔立ちは小さく中世的で、男性にも女性にも見える絶妙なバランスの顔。そして高身長でモデルと見間違うほどのスタイルのいい細身の体つき。着ているのは学園指定の制服ではなく、真っ黒なシュートヘアーでタイトな黒色のズボンに体の線が出るようなシャツを着て、その上に紺色のジャケットのようなものを着ている人だった。
そしてその服の胸元には、2年生であることを示すワッペンと、「生徒会」と書かれた肩章を左腕につけていた。
「せ、生徒会……!?」
その姿を見て、工藤が声を上げた。
「気まぐれにやった占いでおかしな結果が出たから、何となく巡回をしていたら目の前でバトルが始まりそうになっていたなんて……。これはおもし……コホン。危なっかしいわ。さて、そろそろ頭を冷やしていただいた所で、解除するわね」
……何故男なのに女口調なのか理解が出来ないが、彼のおかげでオレは軽くだが頭を冷やせた。
すると、あれほど脳髄に響きそうなほど強烈な悪寒の原因であった、黒い腕が消滅し、オレは自由になった。工藤も同様だ。
「アンタ、何者なんだ?」
「アタシ?アタシは原科綾斗。このワッペンを見ての通り2年生で生徒会風紀委員を務めているわ」
「せ、生徒会!?ま、マジか……」
牛嶋が彼の言ったことに驚く。
ということは、オレたちの先輩か。おまけに生徒会とは、これはまた面倒な事になった。
「その男に襲われた」
オレは証言する。嘘は言っていないからな。
「へぇ~。アナタ、何でいきなり彼を襲ったのかしら?」
原科が工藤に聞いた。
「その男は、危険な男です。この学園に置いておけば、無関係の人が殺され、後々の悲劇に繋がるからです」
「……」
本気で言っている。それも何の躊躇もなく、妄想染みたことまで言ってのけた。
「何を言っているのですか!何を根拠にそんなことを言っているのです!?」
それに対して声を上げたのは、八重垣だった。
「関係のないヤツは口を閉じろ。これは、俺たちとその男の問題だ。余計な口出しをするな!」
「!」
工藤は強い口調で八重垣に言った。
気が付くと、周りには騒ぎを聞きつけて他の生徒たちが野次馬となって集まってきていた。
「……その根拠を一応聞かせてもらおうかしら。原因を知る必要もあるから」
原科は険しい表情で言った。
彼は彼で、生徒会風紀委員としての役割に徹しているのだろう。表情で私情を挟んでいないという事がわかる。
「はい。その男は、本当であれば死んでいたはずの人間です。如何なる手段を以てこの学園に来たのかは知りません。だが――――――――――」
工藤は表情を大きく変え、オレに指を指した。
「その男は!8年前、胡蝶荘で多くの人間を殺した殺人鬼だ!!その男のせいで、多くの人間が不幸に晒されたんだ!!」
「!」
工藤のその言葉に、オレは目を見開いた。同時に、凄まじい頭痛が襲い掛かるが、状況が状況なだけに周囲に悟られないように歯を食いしばって耐える。
「胡蝶荘……?それって、あの胡蝶荘事件の?」
「アレでしょ?原因不明の爆発事故で施設の子供たちが亡くなったっていう……」
「まさか、あの事件の真犯人は、この男って事!?」
周囲の生徒たちが大きくざわつき始めた。
「胡蝶……荘……」
胡蝶荘事件。オレの忌まわしき記憶の一つ。全てを失った、あの事件。
ああ、聞こえる。脳髄に響き渡る、怨嗟と苦悶の声。
『なぜおまえが』
『イタイイタイ』
『アツイアツイヨ』
『くるしい』
『シネ、シネ』
『おまえもコッチに来イ』
『アア、アア』
『みえない、ミエナイ』
『グチャグチャ、グチャグチャ』
『オマエも死ねェェェ』
『ユルサナイ、ユルサナイィィィ』
8年前の、あの日から聞こえ続ける、声。今鮮烈に、鮮明に、オレの脳髄に声が響き渡る。
「お前のせいで!由香は体が不自由になった!皆、お前のせいで死んだんだ!なのに!何で、お前は生きていたんだ!!お前のせいで、多くの人間が苦しめられたのに!!」
工藤の口から罵倒の数々が出てくる。
「お前を友と信じていたのに!お前は、罪を償うの一言もなく死んでいったはずだったのに!裏切られた俺の気持ちがわかるか!?」
「……ッ!!」
無意識に、脂汗と息が苦しくなってくるのを感じる。心臓の音も早くなって、今にも吐きたくなるような、気持ち悪さを感じる。それでも「声」は止まらず、二重の苦痛がオレに襲い掛かっていた。
「俺たちを裏切って、多くの人を殺して、勝手に生き残って、のうのうとこの学園に来て心装士になろうだと……!?ふざけるな!そんなの許さない!許されるわけがない!」
「……」
工藤のその言葉を、涼しげに聞いている原科。
全ての言葉が、オレに刃となって串刺しにしていく。心が保てない。
オレが、オレが、みんなを死なせた。何で死ななければならなかったのか。
8年抱き続けた苦悩が膨れ上がり、更にのしかかってくる。苦しい。
「だから、俺がこの男を殺す!何が何でもだ!皆の仇をここで――――――――――」
バチィ!!
その瞬間、甲高い音が周囲に響き、周りが瞬間的に静かになった。
「八重……垣……?」
そう、八重垣が、工藤をビンタしたのだ。
そして、その表情は、純粋な怒りに満ちていた。
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