話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2章3話「勧誘」



峯藤家。十二師家・関東六家の一つ。その中でも序列2位にある名家だ。


その序列3位が崇村家。序列4位が皆月輝夜のいる皆月家。序列5位が八十神家。序列6位が星河家。


そして、序列1位が須久根家。今年の新入生の首席、須久根真がいる名門である。


関東にある十二師家・関東六家の序列2位の令嬢である、峯藤冴はあろうことかオレたちに接触してきて、話をしたいと言ってきた。


かつて十二師家の一つにいたとは言え、オレにとってそれらは敵でもあり、利用できる相手でもあるという認識は拭えない。オレの計画の障害にでもなる存在であることに変わりない。


だが、このタイミングでオレたちと話をしたいということは昨日の実技試験を見ていたのかもしれない。もしそうだとするなら、何かしら利用できる可能性もある。オレと八重垣は峯藤冴の話を聞くことにした。


誘われてきたのは、当初オレたちが座る予定だった席。既に牛嶋は注文していた牛丼を食っている最中で、峯藤の姿を見た瞬間、ギョッとした表情をしていた。


「え、何で」


開口一番がそれ。牛丼を食う箸が止まった。


「知っているのか?」


そんなリアクションを取るものだから、気になって聞いてみる。


「おお。ちょうどよかった。さて、早く席に座りたまえ。色々と話をしたいのでね」


しかし、オレの疑問などそっちのけでさっと椅子に座る。


オレたちも空いている席にとりあえず座った。念のために呪詛返しの術式を体内に仕込んでいる。何かあれば、即座に対応できるようにもしている。


「崇村君。私を警戒するのはわかるが、もう少し隠し方を考えたまえ。ほら、あまり粗相を起こしたくはないだろう?」


「!」


その一言に、オレは驚愕する。


“気配”は可能な限り隠した。術式の構築も気づかれないように念には念を入れていた。それなのにバレた?


「は、はい」


いずれにせよ、呪詛返しの術式の構築もバレている。下手に動けばマズイかもしれない。それに相手は峯藤家の令嬢にして2年生。実力差もまだわからない。こちらの分が悪い。


オレは体内で構築していた術式を破却し、通常の状態にする。


「よろしい。素直な後輩はいいものだ」


オレの術式構築を見抜いたのは、恐らく彼女が初めてだ。椿さんからも叩き込まれた、暗殺や闇討ちなどに用いる、周囲に気づかれないようにするための、隠匿術式。自信はあったが、まさか初見で見破られるとは思わなかった。


「えっと、峯藤家ってどういう家なのですか?十二師家なのかはわかりますけど……」


単純に疑問に思ったのか八重垣は峯藤に聞いた。


「私に聞くより、崇村君に聞いてみてはどうだ?君も、元十二師家なのだ。それぐらいわかるだろ?崇村君」


ニヤっと小さな笑みを浮かべながらこちらに振ってきた。……わかっているのか、わかっていないで言っているのかわからないが、性格悪いな。オレも人の事言えないけど。


「……十二師家・関東六家序列2位。峯藤魔導工業を始めとする、魔導工学関連の事業を展開、東日本における魔導工学関連製品トップに位置している」


「え?そうなんですか?」


「一応、それぐらい知ってはいると思うが。山に住んでいた時が長かったオレですら知っているんだぞ」


ぶっちゃけ、一般常識レベルだ。一応、崇村家にいた時に覚えた。


学力試験とかに出てくることはなかったが、それはそれ。魔術師などを目指す者ならある程度知っておくべき事で、知らない人がいるとすれば興味がないとかそういう人間ぐらいだろう。


「あー。それならオレも知っている、知っている。以前、一度魔導器を買いに行った時、その製品が峯藤魔導工業製だったな」


牛嶋も言った。


峯藤魔導工業以外にも魔導器を開発している所はあるが、単純に峯藤が大手で関東六家であることもある。それに品質もいいと評判なので、どうしても峯藤の方が目立つというだけの事だ。


「よくご存じで。それ以外にもうちは色々やっているが、及第点としておこう。さて、まずは本題と入ろうか。ああ、食べながらでも話は聞いていていい。その方が楽でいいだろう」


そう提案され、ちょうど注文した牛丼が乗ったお盆をテーブルの上に置き、改めて椅子に座る。


オレの隣に八重垣が座り、目の前には牛嶋が座って、その隣に峯藤が座っているという状況だ。


「牛嶋君は既に私がどういう用件で話をしたいと思っているかわかっているだろうが、君たちにも同じ用件で話をしたいということで、こうして声をかけさせてもらった。朝からすまない」


峯藤はそう言って最初に会釈した。


「用件はなんでしょうか?」


八重垣が聞いた。


「ああ。用件は一つ。


「……はい?」


「ぶほっ」


「……!?」


オレはその言葉に間が空いて首をかしげ、牛嶋は噴き出し、八重垣は驚きの表情を浮かべたまま唖然としていた。


「えーっと。冗談、ですよね?」


ハッと意識を戻した八重垣は、そう聞き返した。信じられないとでも言うように。オレもそうだが。


いきなり呼び出したと思えば、自分たちとパーティーを組んでほしいと言ってきたのだ。正直言うと、オレは峯藤の正気を疑っている。


パーティーとは、この学園に入学して組むチームのようなものだ。


この学園には実戦を想定したものとして、「実技演習」「迷宮探索」「怪魔討伐」などといったものを授業として行っている。その際に学年関係なく行われるため、上級生が下級生を直接スカウトして経験を積む事を主旨として執り行う。


これらの授業は自らの力を示すパフォーマンスにもなり、この授業で今後の学生生活の成績にも大きく影響が出るとのこと。この事は学園長から受け売りだ。


しかし、パーティーは誰と組むかで今後の授業などにも影響が出る場合がある。何故ならパーティーとして他生徒と組むという都合上、責任が伴う。そのため、相手が十二師家であったり、入学前に名前が出て活躍をしている相手ほど、どれだけ成り上がれるかも粗方決まってしまうという場合がある。


パーティーを組む際のパワーバランスやそれらの制限が設けられていないからだ。だからこそ、弱い生徒ほど強い生徒とパーティーを組む傾向がある。下手すれば権力争いの一つにもなりかねないのだ。


「貴女は、自分がどういうことを言っているのかわかっているのか」


一応、相手は先輩だし、性格もいまいち掴めていない。ここは下手に出て質問する。


「無論、わかっているとも。君たちの事についても粗方把握しているよ。その上で君たちを勧誘しているのさ」


正気か。


牛嶋や八重垣を勧誘するという事ならわかる。2人は十二師家関係者でもない一般人だし、勧誘もしやすい相手であることには違いないだろう。


だが、それとこれとは別に、絶対に面倒事の種になりうるオレを、本気で勧誘しようと思っているのか。この人は。


「言っておくが、私は本気だ。そうでなければ君たちに声をかけるような真似もしないし、こうして直接話をするような事もしない。私は峯藤冴個人として、君たちの事を勧誘している。ここに峯藤家の事情も、何も存在しない」


「……ッ」


どうやら、彼女は本気のようだ。そしてそこに峯藤家の事情が絡んでいるというわけでもなく、完全に個人としてオレたちを勧誘しているらしい。


ここまで言われたら、これ以上彼女を疑いようがないかもしれない。腹に一物を抱えているだろうが、ここで変に言い出したら話が進まないだろうから、黙っておこう。


「わかった。貴女が本気なのは十分に伝わったよ。だが、やっぱりどうしても気になるものは気になるのでね。牛嶋と八重垣を勧誘するのならまだわかる。何故、わざわざ面倒事にしかならないオレまで勧誘するのですかね?」


信用、信頼できるかどうかではなく、これはオレの個人的な疑問だ。十二師家であり、昨日の実技試験とオレの素性をわかっているのなら、オレを勧誘することが後々の面倒事になりかねないのか、そういうリスクをわかっていない彼女ではないだろう。


峯藤家と崇村家との間に、権力闘争のようなものがあるというのは、現時点ではまだ知らない。何しろ、オレが崇村家にいた8年前とは情勢も違うだろうから、現在の彼らの状況を知らないも同然だ。


「さあな。だが、ハッキリ言えることは一つだけだ」


「一つだけ?」


「君が崇村家の人間であっただろうが、何だろうが関係ない。君も君で複雑な事情があるだろうからな。それに、


わざわざ「崇村家の人間であっただろうが」と過去形で言うあたり、ある程度理解していて言っているな、彼女は。だが共通点と言われても見当がつかない。


「この学園は、完全実力主義だ。同時に、いずれ我々十二師家の者たちが立ち向かわなければならない、権力闘争の入門コースのようなもの。君には関係のない事だろうが、君は君で目的があってこの学園に入学した。私もある目的があってこの学園に入学した。十二師家以前にね」


「つまり、オレと貴女の共通点というのは、その目的があって入学したからとでも言いたいのか?貴女に、オレの目的を教えた事は一度もないはずだが」


まだオレの目的を話したことがないのに、目的があって入学したという共通点があるからと理由をつけて勧誘するとは思えない。


「ないとも。だが、そのためならお互いに利用しあえると思わないかい?私は私の目的のために君を勧誘し、共に戦う。君も君で、私という協力者がいれば目的を果たすことが出来る。俗に言う利害の一致というヤツさ。どうかな?」


「―――――――――貴女、随分と覚悟が決まっているな」


……正直、オレもあまり人の事言えないが、この人もこの人でかなり強い覚悟と目的があってこの学園に入学したのだろう。何か、強く言いにくい。


「……つまり、峯藤先輩はワケありのコイツをリスク考えて勧誘しているって事でOK?なんかこっちは置いてけぼりを食らっている気分なんだがよ」


牛嶋が言った。というか、よく見たらもう牛丼食い終わっている。確か、コイツのは大盛りとあったような気がするが、気にしないでおこう。


「正直、わたしも話の内容に理解が追い付いていないんですけど……。峯藤先輩は、崇村さんも勧誘するという認識でいいのですね?似た目的を持っている者同士で」


八重垣も峯藤の言っている内容を何とか理解しようとしている。


「その認識で構わないとも、牛嶋君、八重垣君。私はそれなりに良い成績を修めているし、何よりも君たちにも悪くない話だ。何しろ、関東六家関係者傘下のパーティーというのは、ある程度融通が利くぞ。ま、自分の成績次第というのもあるが」


「ははー、なるほど。長い物には巻かれろってヤツですね。確かにそれがいいかもしれないですなー」


牛嶋はから笑いで言った。


全く冗談に聞こえない話だ。確かに、このような場所なら、関東六家もとい十二師家関係者の傘下にいるというのは、ある程度融通が利くかもしれないし、卒業まで有利にいける可能性もあるだろう。


まぁ、オレには関係のない話だ。8年前から学園に入学する今日まで「いない者」として扱われていたオレに、権力もいらないし興味もない。


だが、彼女を上手く利用するかしないかで、オレの目的を果たせるかどうかが分かれるかもしれない。今後、崇村家とその関係者の連中を相手にする中で立ち回れるように出来るかもしれない。学園長との取引もある。


「ちなみに、メンバーは私だけではない。同級生にもう一人いる。今日は都合が君たちは会えないが、また後日紹介しよう。君たちも気軽に話せる相手だ。……クセは強いが」


ちょっと待て、何で最後の所だけ声が小さいんだ。逆に気になるぞ。


「とにかく。君たちはどうする?決めるのは、あくまで君たちだ。自分の意思で決めてほしい。返事を保留するのもよし、この場で断るのもよし。好きにしてくれてもいい。私はそれ以上追及するつもりもない」


峯藤は牛嶋と八重垣に言った。あくまで選択権は2人に委ねると。


その言葉に、何かしらの圧がかかっているようなものは感じない。恐らく彼女は試しているのだろう。


「十二師家」の名前を相手に、自らの意思を示すことが出来る人間を彼女は試している。明確に自ら選択をすることが出来る人間であることを彼女は要している。


2人は、どうする?


「わかった。俺、峯藤先輩のパーティーに参加するぜ」


「わたしもです。ぜひ、パーティーに参加させてください」


……どうやら、オレの心配は杞憂だったようだ。


「素晴らしい。確かに、君たちは明確に自らの意思で参加を表明した。歓迎しよう」


峯藤は笑みを浮かべて言った。


そして、改めてオレに向き直った。


「さて、君はどうする?崇村君。君の能力は、ある程度実技試験で見極めさせてもらっている。互いの目的のため、私のパーティーに参加してくれないか?これは、取引だ」


そう来たか。


……いや、確かに彼女の言う通りこれは取引だ。


これは互いの利害の一致によって成り立つ協力関係。オレは彼女という後ろ盾を得る。彼女はオレという戦力を使う。


互いに利用しあう関係。後々にどういうことになるかわからないが、万が一彼女がオレを裏切るということがあれば、それまでの関係。


「わかった。貴女の勧誘、受けよう」


ここは彼女の勧誘を受けることが吉だ。


「取引成立、というヤツだな。では3人とも。今後ともよろしく頼むよ」


そう言うと、彼女は懐から2枚のカードをオレと八重垣に渡した。


中身をよく見るとすごい達筆な「招待状」と書かれた、特に何の特徴もない綺麗なカードだ。


「崇村さん……」


「どうした?」


少し気疲れしたのか、八重垣は深く深呼吸しながらオレに聞いた。


「頑張りましょうね」


ふっと、柔らかく微笑む彼女に、オレは息を吞んだのだった。



「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く