予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第2話「食堂デビュー」



「で、目覚めたら、隣には昨日会ったばかりの女の子がいたって事かー。ほほう……」


「……」


朝から早速、質問攻めに遭い、オレはげんなりとした。


オレの右隣を歩く男、牛嶋蓮に八重垣と一緒に部屋から出た瞬間を目撃されてしまったのだ。おまけにコイツは、オレの隣の部屋で偶然、学園の食堂に行こうと出てきた所を見られてしまい、このザマだった。


「う、牛嶋さん!私は、学園長から頼まれてですね!勘違いをしないでください!……半分は、お礼をしたくて行ったのですけど」


「それ、フォローになっていないぞ……」


八重垣は八重垣で後半のせいで完全に言い訳にもフォローにもなっていない。むしろ、違う意味で捉えかねない気がする。年頃の少女が男一人の部屋にいきなり入るというのは、色々とヤバイ気がするし。


「いやー!やるねぇー!あの地獄のような実技試験を終えてから今日出てこれないんじゃないかと思いきや、特にこれといった異状は無くて、更に目覚めたらどこぞのラブコメみたいな展開が待ち受けていたなんてなー!お前ら急に距離縮まりすぎじゃね?なんかあったのか!?」


「……呪うぞ」


あまりにもはしゃぎ、からかいが過ぎる牛嶋にオレは目を鋭くして言った。


「冗談、冗談。でもよ、八重垣も学園長の指示で様子を見に行ったって言っていたけどよ。単に実技試験でコイツを最初に運び出しただけなんだろ?その後は学園側が何とかすると思ったんだけどよ」


「学園長も、昨日の実技試験で色々と忙しかったようで、だからといって他の職員に様子を見に行かせるのも厳しいから、たまたま互いに知り合いになったばかりの私に様子を見に行ってくれと言われたのです。一応、私の方からもお願いをしたのですけど」


最初はそう思うだろうが、そこら辺は学園長がオレに配慮した可能性もある。とは言え、半分以上はオレが報道カメラと公衆の面前で堂々と崇村の性を名乗ったから、それで忙しくなったというもあるが。


「へぇ。まぁ、コイツも結構なワケありって感じだし、おまけに昨日の皆月との実技試験の有様だ。そりゃ忙しくなるだろうさ。というか、さっき言っていたお礼って、何かあったのか?」


「上級生に襲われそうになった所を、崇村さんに助けてもらったのです。ですから、私、お礼をしたくて……」


「うわ。マジでか。新入生に手を出そうとするってロクでもないクソ野郎じゃねえかよ」


あの連中にはキツイ一撃を入れてやったからな。目の前であんなことをしていたら、本当なら呪いの一つや二つでもかけてやっても構わなかったのだが。彼の言う通り、クソ野郎というのは全面的に同意する。


なんたって、崇村の縁者と自分から言ったのだ。だが、あの程度だと口だけで関係がないのか、本当に縁者だったのか。どちらにせよ、潰しておいて損はない。オレには関係のないことだ。ただの私刑だし、殺したり呪いをかけなかっただけ良かったと思ってくれたらいい。


「それにしてもやるじゃねえか!そんな悪党を懲らしめたんだろ?男を上げたなぁ!」


デカイ図体の割に、気さくに話しかけてくる牛嶋は、相変わらずオレの“気配”を気にする様子はない。逆に調子が狂いそうだ。


「オレは別に、見過ごせなかっただけだ。別に善意でやったわけじゃない」


「固ぇこと言うなよ。お前は間違いなく、正しいことやったんだ。いっその事、正義の味方を掲げてもいいんじゃないか?」


「――――――――――」


その言葉に、オレは声を詰まらせた。


「――――――――――間違っても、オレは正義の味方なんかじゃない。そんなものになるつもりもないし、なれるわけがない」


オレは、悪人だ。正義の味方なんて、周りがどう言おうが、オレはそう呼ばれる資格は絶対にない。


これから未来にオレが成すこと。かつて過去にオレが犯した罪。その全てがオレを悪人たらしめている。


あの地獄を生き残った時から、オレは全てを自らの目的のために捧げると決めた。そのためには、あらゆる障害も排除すると。邪魔するものあれば蹴散らすと。


だから、正義の味方なんてものに、なる資格はない。


「いいえ。あの時、崇村さんは間違いなく正義の味方でしたよ?」


「……!」


八重垣が、オレを真っすぐに見て言った。その言葉に、オレは再び息を詰まらせた。


「さっきも言ったじゃないですか。何はどうあれ、崇村さんがわたしを助けてくれた事実は変わりませんし、とても感謝しているのですよ。ですから、崇村さんがそうでないと言っても、わたしはそうであると主張します」


「それは――――――――――違う」


とてもじゃないが、オレはそんな大した人間なんかじゃない。そんなものじゃない。


なのに、どうして。彼女は真っすぐにこんな言葉を投げかけるのか。オレには、わからなかった。


「……ま、何があったのかはいいとしてな。もう食堂だぜ。早くメシ食って学園に行こうぜ」


気が付くと、どうやら食堂にたどり着いていたらしい。


学園校舎の隣に併設されている、別の施設がある。そこが食堂で名を「百華食堂」という。この学園の校章にもなっている、桜の花びらと羽のデザインのロゴが特徴だ。唯一の違いは親しみやすいようにデフォルメされたようなデザインになっている事ぐらいか。


元々学生寮と学園が近いこともあり、気軽に行くことが出来るので、閉店時間まで生徒がいない事がないということが多いらしい(流石に授業時間は除く)。


学園側が直接経営しているこの食堂は、毎日美味しい食事を作って生徒たちに提供しているとして評判のようだ。過去にはテレビの取材が来た事があるらしく、それなりに有名らしい。


食堂の中は既に、この寮に住む生徒たちで賑わっている。まさしく長蛇の列と言った様相で、山に住んでいた時には見た事のないような、人生で初めてみる光景だった。圧巻と言わざるを得ない。


「ちなみに、この食堂のオススメメニューは牛丼だ!俺は毎日食うつもりでいるけどな!」


食堂前の看板には「学園長公認!オススメメニュー!牛丼定食!」と高らかに宣伝されていた。写真付きで。


「栄養のバランスが偏らないか、それ」


牛丼のボリュームもさることながら、野菜も千切りキャベツが少し別の器に盛られている程度。これだけを毎日食っていたら、栄養のバランスが偏って、いざという時に体調に影響が出てくるんじゃないかと思う。


「問題はない。俺は好きなものを全力で食うだけなのさ」


「いや、ドヤ顔で言うことじゃないような……」


渾身のドヤ顔を決める八重垣も困惑する。もう何も言うまい。好きにさせよう。


だが、別問題がある。


「オレの気配を消すにしても、人が多すぎる。これではみんなまともにメシが食えないんじゃないか」


そう。オレの“気配”だ。


必死に精神力で“気配”を抑え込めば何とかなるかもしれないが、このような人口密集地と言うべき食堂では人と人との距離が近すぎてどうしても影響が出てしまう。オレ自身も“気配”を完全に消すことが出来るわけじゃない。


そのため、列に並ぶと前後どころか周囲の列の人たちに影響を及ぼす。そうなると食事どころではなくなる。


……それはオレも望まない。無関係の人間に影響を及ぼすような事をしようとは思わない。


「じゃあ、わたしたち端っこで食べましょうか?端っこなら、人も少ないですし、そんなに気にしなくてもいいと思いますよ」


八重垣が指を指した所、食堂の端っこ側の席はほとんど人がいなくて、あまり目立たない所だった。


「んじゃ、俺は先に行くわ。後でな!」


牛嶋はそう言うと、さっさと列に並んでいった。あっという間に列の波に巻き込まれていき、手慣れたようにメニューを頼んでいく。


どうやら、食券とやらを買って店員に渡すという制度のようだ。


「それじゃ、わたしたちも並んで頼みましょうか。崇村さん!」


あー、ダメだ。これは完全に彼女のペースに巻き込まれている。


しょうがない。全力で“気配”を抑えることに全力を尽くして、なるべく2人が面倒事に巻き込まれないようにしよう……。


「そう言えば、崇村さんは山に住んでいたと言っていましたけど、もしかしてこういう所は初めてなのですか?」


八重垣はそんなことを聞いてきた。


「ああ。色々な事情があって、山から下りたことはなかった。そもそも街に来たのも、今回が初めてだ」


「え、それって壁外都市にも行ったことがないって事ですか?」


「そういうことになる。何しろ、街に出たら出たで個人的な面倒事に巻き込まれる事があってな。一通り、一緒に住んでいた人からこういう場所での行動の仕方とかは教えてもらったが、こうして実際に入ったりしたのは初めてということだ」


「なるほど。山も大変なのですね」


実際、オレは椿さんに拾われてからの8年間は山から下りて街に行ったことはない。正確には、壁外都市などと言った街に入ったことがないだけで、その付近の怪魔を腕試しで狩るなどをしていた事ぐらいしかないと言った具合だ。街に出ると、崇村家の連中に見つかる可能性があったから、下りなかっただけの話。


しかし、いずれ街に出た時に怪しまれないように椿さんから一通り色々教えてもらったが、何ともこの空気は慣れない。そもそも人混みが多いなんて、山にはなかったから、慣れが必要だろう。


「でも、怪魔とかには襲われなかったのですか?」


「?襲いに来るに決まっているだろう」


「え!?それじゃ、夜とか眠れなかったりしないんじゃないんですか!?」


オレの返答にあからさまに驚く彼女。言いたいことはわかるけど。


「寝る前に気配を消す結界を張ったり、触れたら燃えるようなトラップ型の結界を張ったりしていた。まぁ、元々夜マトモに眠れた事はほとんどないけどな」


山の中には当然ながら、ロゴスウォールのようなものはない。だが、怪魔が近づかないようにするための結界を毎晩寝る前に張ったりしていたことがある。椿さんから教えてもらった「姿隠し」の結界術式、オレ自身の呪詛を用いて作った結界魔術などで近づかれないようにした。


最初の内は散々な仕上がりではあったが、何度も何度も修行を重ねていく内に今では簡単に術式をすぐに構築して行使することは可能になっている。


「そ、そうなんですね。夜、眠れないのはちょっと辛いですもんね……」


「?」


そういう彼女の表情はちょっと暗かった。オレは何かマズイ事でも言っただろうか?


「あ、崇村さんの番ですよ」


気が付くと、オレの目の前には食券機があった。どうやら一番前まで来ていたらしい。


メニューには色々と書かれており、どれも豊富な種類の定食やらランチやらがあった。山にいた頃は和食ばかりで洋食とかには全く縁がなかったので、どういうものなのかはあまりわからない。


「牛丼でいいか。えっと、財布っと」


悩んでいてもしょうがない。栄養の補給が出来ればいいという考えで牛丼にすることにした。


「崇村さん。はい」


ポケットの財布に手を伸ばそうとした時、後ろから八重垣がオレに小銭を渡してきた。


「や、八重垣?どうした、その小銭は」


「助けてくれたお礼と言っちゃなんですけど。せめて、これぐらいの事はしないと。わたしからの奢りです」


「えっと……。ど、どうも」


それに対して、オレは戸惑いながらも小銭を受け取った。


「どうも致しまして」


オレから小銭を受け取ったのを見た彼女は微笑んだ。


お礼、か。


個人的には、朝オレの様子を見てきてくれただけで、十分だと思っていたのだが、こうも明確にハッキリとお礼をされると断りきれない。いや、断るわけにはいかない気分になった。


胸の中にまた違和感が生まれる。だけどその違和感は、不愉快なものではなく、むしろ、温かくなるような、そんな気がした。


「これをこうして……だったよな」


小銭を投入口に入れて、牛丼のボタンを押した。


すると、発券口の方から食券が出てきた。オレはそれを取り上げ、列を離れ、今度は店員の渡すための列に並ぶ。


「さあ、後は店員さんに渡して待つだけです。早く来るといいですね~」


「そ、そうだな」


八重垣はどこか楽しみにしているかのように言った。


思った以上に列は早く進み、オレは食券を店員に渡した。すると今度は番号の書かれたプレートのようなものを渡された。


「こちらの番号でお呼びしますのでお待ちください」


店員はそう言い、八重垣にも同じようにする。


「これは?」


「見ての通り番号札ですよ。調理をしないといけませんから、出来上がった時にこの番号で呼び出しがかかります」


「そうか。便利なものだな」


この番号札の数字で呼ばれたら、料理が出来たということで取りに行くという仕組みなのか。なるほど、合理的だ。


「……崇村さんって、初めてなんでしたっけ?」


「そうだって言っただろう。山を下りたのも初めてだからな」


「そうでしたね……。じゃあ、一端席に座って気長に待ちましょう」


そう言い、オレたちは一足先に席に座っている牛嶋の所に行こうとした。


「失礼、崇村柊也君と八重垣日那君かな?」


その時、オレの真横から一人の女性の声がした。


振り向くと、そこには学園指定の制服ではなく、タイトなズボンと黒いシャツにジャケットを着た、鋭い眼光をした人だった。髪を一本にまとめた胸元をよく見ると、2枚羽のワッペンをつけていて、彼女が2年生であることがわかる。その場にいるだけで、彼女が武人であることがわかるほど、特有の威圧感と雰囲気を醸し出していた。


「何のようだ?」


オレは軽く警戒をしながら聞いた。八重垣も突然声をかけられたせいか、反射的に警戒をする。


「突然、声をかけてすまない。急ですまないが、君たちと話をしたいことがあるんだ。食事がてら、いいかな?」


彼女はその独特な雰囲気を消すことなく、真正面でそう言った。


少なくとも彼女に敵意はない。それだけはわかった。


「……悪いが、素性のわからない者の話は聞かないタチでね。アンタの名前は?」


昔からの信条だ。素性のわからない敵を前にしたら、必ず相手に明かさせる。そうでない者とは交渉も会話もしない。


「これは手厳しい。なら、名乗らせてもらおう」


彼女はそう言うと、生徒手帳を取り出して、オレたちの前に差し出した。


「私の名前は峯藤冴。君たちと個人的に話をしたい。いいかな?」


彼女は勇ましき笑みを浮かべながら、そう名乗ったのだった。



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