予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第1話「朝に目覚めて始まる」



特別保健室という、牢屋モドキから無事に学生寮の部屋に戻ったオレは、あれから自分自身で体のメンテナンスを行い、十分に魔力を回復させる準備を行ってから寝ることにした。荷物は職員の人が持ってきてくれたそうで、片付けなんか全く出来ていない。


別に片付けが出来ないというわけではなく、あれほどの激戦を繰り広げた後での魔力が枯渇してしまえば、どれだけタフな人間であっても疲弊する。自分でやっといてアレだが、しんどいったらありゃしない。


片付けが出来ないわけじゃない。ただ疲れが取れていないだけだ。


学園長との取引とやらも、一応オレとの利害の一致という形で行うことになったが、それはそれで今日から新たに学生生活が始まる。それはそれで気を抜いていられるわけじゃないので、常に対策と準備をしておかなければならない。


山にいた頃の修行の賜物か、自分の部屋にいる時も予め、悪意を持って入室しようとする相手を呪う結界を張っておいた。正確には部屋の扉にお手製の呪詛付きのお札を張っているだけだが。


そんなこんなで、オレは備え付けのベッドに身を投げ出して、眠りについていたのだ。


だが――――――――――


「……また、あの夢か」


窓から差し込む日差しと共に朝を迎えたオレは、いつもののように冷や汗をかいていて、強い動悸のような息苦しさを感じながら目覚めた。


ベッドのシーツにも、山にいた頃に使っていた布団と同じように、汗で軽く濡れていた。何とか時間を見つけて洗濯をしなければならないだろう。


「……これで何回目だろうか」


あの日から8年間ものの間、いつもあの夢を見る。見ない時もあるのだが、基本的に見なかったことがない。1年の中の9割以上の比率で見るもので、慣れたと言ってしまえば、それまでかもしれないが、あの夢を見る度にいつもうなされ、不快な目覚めを迎える。


それに加え、頭痛もセットでついてくる。気分が悪くて、目覚めも悪い。悪い尽くしだ。


「今日から、始まるんだな……」


頭を何とか切り替え、オレはすぐに寝間着から制服に着替えようとした。


「おはようございます。崇村さん」


…………………………………………よし、落ち着こう。落ち着け、オレ。落ち着くのだ、崇村柊也。


まずは確認事項がある。


部屋の施錠、忘れてた。うっかり忘れていたが、一応札を張って簡易的な結界を施してはいた。


理論上、ほんのわずかでも悪意やらでこの部屋に入ることは出来ない。だからと言って、変にこの部屋に入ったりすれば、オレの直感が即座に侵入者を察して反撃する。


しかし逆を言えば、悪意が微塵もなければ結界なぞお構いなしに入ることが出来るということだ。


よし、現実逃避という名の言い訳は終わり。現実に向き合うことにしよう。


「八重垣さん、何でここにいるの?」


オレのベッドの隣に、制服姿の八重垣日那が備え付けの椅子に座っていたのだ。


「あ、あの。すみません。どうしても心配で来ちゃいました。お怪我とかは、もう大丈夫かなと思って……。ちょっと見舞いに来ました。勝手に入ってしまったことはごめんなさい」


そう言って彼女は、軽く頭を下げながら言った。


何だろう。彼女というだけで、あの呪詛付き札の簡易結界の効果がないというのが立証されてしまったような気がする。


「いや、そんなに頭を下げて謝られてもな。というか、ケガが大丈夫だろうかって……。何故、そんなに気にするんだ」


それはそれだ。


見舞いに来てくれるのは嬉しい……いや、そうじゃなくて。何故わざわざ見舞いに来たのかがわからなかった。


オレと彼女は赤の他人。昨日、たまたま通りすがりに絡まれている所を追い払ってやって、実技試験前に少し話をしただけの関係だ。特別に彼女に何かをしてやったわけでも何でもないのに、こうして見舞いに来られる理由がわからない。


「輝夜との実技試験の後、崇村さんは大ケガをしていたので、わたし、崇村さんを運び出したのです。すぐに救護の人が代わって運んでいったのですが……。とにかく、崇村さんが無事でよかったです。それに……」


少しだけ、下を向いて、またオレに向き直った。どこか気恥ずかしそうに。


「わたし、まだ崇村さんにまともなお礼をしていませんでしたし、放っておけませんでしたから」


「――――――――――――」


優しい笑顔でそう言われ、オレは息をのんだ。


……何故だろうか。


以前にもこのような笑顔を向けられたことがあるような気がする。だけど、オレにはそのような記憶はない。


「と、とは言え。実際は、学園長から崇村さんの様子を見てきてほしいと頼まれたのもありますけど。その……、何と言うか……」


「そ、そうか」


彼女がこの部屋に来たのは、単に学園長の指示だったそうだ。


恐らくだが、さっきの話を考えると、実技試験で最初に運び出したのは彼女だったのだから、多分同じ寮に住んでいる彼女に様子を見てきてほしいと言ったのだろう。


……ん?待てよ。


「八重垣。ここの寮って、男子のみじゃないのか?」


「えっ?男女共用ですけど」


「……マジで?」


「はい」


……それって、何か、色々とマズイ気がするんだが。


椿さんから聞いた話だと、基本的にこの学園は権力闘争染みたこともよく行われる場所でもあり、いつどこで命を狙われたりするのかわからないという、常人なら気が気でならない環境だと言う。


そんな所で男女共有の寮というのは、何だかマズイ気がする。具体的に何がと言われると返答に困るというか、何と言うか。


「もしかして、知らなかったのですか?」


「……ああ。パンフレットとか、まともに目を通していなかったからな」


確認した所、パンフレットには寮についても書かれていて、ちゃんと男女共有であることがしっかりと書かれていた。こればかりは自分の確認不足だったと言うしかない。道中で他の生徒に出くわさなかったこともあって、全く気付かなかった。


「男女共有と言っても、1階ごとに男子女子と分かれていますから。学園側は下手な行動は慎むようにと言っていますけど……、どういう意味なんでしょう?」


「そのままの意味で捉えておけばいい。十中八九、ロクな意味じゃないだろうからな」


「?」


天然なのか、単純に世間知らずなのか……。いや、世間知らずなのはオレもあまり人の事を言えないだろうから、あまり指摘出来ないだろうけど。山にいた時は、身を隠さないといけなかったし、街とかに出たことも全くなかったから。


「うっ……」


突然、頭痛が起きた。


ないはずの記憶が頭の中で必死に思い出そうとした時に、頭の中を覆いつくすかのような、疲労感から来るものではなく、まるでノイズが走っているかのような、饒舌に尽くしがたい頭痛だった。


「あの、大丈夫ですか?」


そう声をかけられた瞬間、忌まわしい頭痛が消えた。スイッチを切り替えるかのようにあっさりと消えて、彼女の言葉が耳に入る。


「だ、大丈夫だ……」


あまりにもあっさり消えてしまった頭痛に戸惑いと不快感がありながら、オレは返事をした。何ともいえない感情に頭を抱えてしまう。


「それに……、オレは別にお礼をしてもらうような事をしたつもりはない。あれは、ただ気に食わなかっただけだ。君のために助けたつもりは、ない」


オレはただ事実のみを告げた。


オレが彼女を結果的に助けたのは、あの連中の行っていた行為がとてつもなく許せなくて、見ていられなくなっただけだ。どちらにせよ、目の前で他人を自身の快楽や愉悦のために滅茶苦茶にしようとする事が、ただ許せなかった。


彼女のために助けたのは、あくまで結果論でしかない。気に食わないから潰しただけ。


「それでも、わたしを助けてくれた事実は変わりません。もし、あの時崇村さんが助けてくれなかったら、私は何をされていたのかわかりません。ですから、少しでもお礼をさせていただきたいのです」


真っすぐに、そう言われた。


“助けてくれた事実は変わらない”。


その言葉は、何よりもオレの心に突き刺さる。このような事を言われたのは、もしかすると生まれて初めてなのかもしれない。


何故か、胸の中が温かくなるような、なんか、どう表現したらいいのかわからないけど――――――――――、きっと、この気持ちは悪いものなんかではないだろう。


「……わかった。君の気持ちはありがたく受け取ろう。だが、今はそう言われてもしょうがない。学校に行く準備をしないと」


今のオレの状態は、ベッドの上で寝間着を着ている状態だ。備え付けの時計を見てみると、それなりに時間が経っている。今から準備をしないといけない。


ベッドから何とか這い上がった時、オレは重要な事を思い出した。


「八重垣。すまないが、まず部屋を出てくれないか」


「え?どうしたのですか?」


……もしかして、彼女天然なのか。


「今のオレのこの格好を見て、何か思うことはないか?」


「……あ」


その発言で、彼女はどういう事なのかを察し、顔を赤くした。


「し、失礼しましたー!」


彼女はそう言って、ささっとオレの部屋から出て行った。


流石に、女性の目の前で着替えたりするような露出狂の変人ではない。


寝間着を脱いで、オレはすぐに学園から支給された制服に袖を通す。


この学園では特に制服の着用を特別に義務付けているわけではないらしく、自分好みに改造をしたり、私服を着て通学する生徒もいるそうだ。オレは個人的に通学できるような私服を持っていないのでしばらく制服を着ることにする。


私服も無くはないが、それも山で暮らしていた時のお古のもので、とてもじゃないが、このような学園で小汚い服を着るのは色々とマズイだろうからという理由で着ない。


制服に着替えたオレは、肌が全て隠れているのかを改めて確認する。オレの服の下はとてもではないが、人前に見せたくない状態なので、念入りに備え付けの鏡を見て確認する。幸いながら、手は何とか普通に見える程度にはなっているので、そこと顔以外を上手く隠せば問題ない。


「終わったぞ」


着替え終わったので、改めて彼女を呼んだ。


「はい。あ、崇村さん。制服、似合いますね」


「は、はぁ?」


部屋に再び戻ってくるなり、そんなことを言われ、オレはあからさまに動揺してしまった。


急に似合っているなんて、何故そう思うのだろうか?別に、ふぁっしょん?とかそういうものじゃあるまいし……。元々、衣服なんざ椿さんからもらったものしか着たことがないから、あまり考えたことなかったし。


「あ、わたし何か変な事を言いました?」


「ああ、いや。何でもない」


……素で聞いたのか。何ともタチが悪い。こっちが返答に困る。


学園指定の制服の外見は、割と普通だ。上下紺色で統一されており、胸元には1年生であることを示す桜と1本の羽というデザインのワッペンが刺繡されている。それ以外にどこか特徴があるわけではなく、良くも悪くも平凡的なデザインであった。


対して彼女も学園指定の女子用制服に身を包んでいる。上着は男子のものとほぼ同じだが、下はスカートだった。胸元にはオレと同じワッペンをつけている。


「あ、そろそろ食堂が開く時間ですね。良ければご一緒しませんか?」


「食堂?ああ、そう言えば、1階にそんなのがあったな。……別に、オレは構わないが、いいのか?」


「はい!さあ、行きましょう!」


そう言うと、彼女はそのまま部屋を出て行った。


「……」


オレは彼女の不思議な感覚に、少し戸惑っていた。


オレが放つ“気配”に触れているはずなのに、一度も表情を変えたりうろたえたりすることがなく、普通に話をしていた。あの牛嶋という男は、単純にオレの“気配”に対して興味がないというだけだったが、彼女は気づいていないのか、それとも“気配”を感じ取れていないだけなのか。何とも言えないが、オレの“気配”に感づいているという様子はなかった。


それを改めて認識した時、モヤモヤとしたものが脳内を走る。胸の中がよくわからない感じになる。これは一体、何なのだろうか。


「……考えても仕方ないか」


今ここで立ち止まって考えても答えが返ってくるわけじゃない。オレは彼女を追いかけるように部屋を出ていき、施錠したのだった。



「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く