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予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第13話「入学前の会合」



――――――――――最悪な目覚めだ。


皆月輝夜との実技試験が終わって、魔力を使い果たして気を失ったオレ、崇村柊也は目覚めると特別保健室という名の牢屋染みた場所で目が覚めた。


牢屋と言うと間違いなく誤解があるかもしれないが、そうとしか言いようがない。何しろ、外の日差しが入り込んでくるはずの窓には鉄格子があり、こちらからは開けられそうにない鍵のかかった頑丈な扉がある一室。


保健室というより、ここは牢屋だろとしか思いようがない場所で目覚めたオレの気分も、最悪を通り越して扉ごと破壊したくなるような気分だ。


「……体が重い」


だが、体調は思ったより回復していなかったようだ。体内の魔力も安定している感じもないし、倦怠感と無理をしたせいで体中の痛みが取れていない。


「よくよく考えると、別にオレを拘束しているわけでもないな……。いや、オレの体質を理解した上でこういう処置をしているというのなら、納得はいくが」


ベッドに改めて頭を預け、天井にあるシミを見ながら言った。


今オレは何の変哲もないベッドで布団つきで寝かされていた。何もおかしな所はない。


「失礼、入るぞ」


コンコンっとノックと共に誰かが入ってきた。思わず反射的に身構えそうになったが、敵意がない事を瞬時に感じ取り、行動には出ずに済んだ。


「そう警戒するな。君の事だから、無理をするだろうと思って救護班をあの場で待機させておいて正解だったよ」


声の主は眼鏡をかけた女性だった。


穏やかそうな物腰ながらも雰囲気だけで感じ取れる威圧感。その立ち振る舞いから、彼女が武人であることがわかる。身長もそれなりにあって、顔立ちは美人の類に入るだろう。髪もポニーテールにしてまとめている。


その後ろには、何か、如何にも胡散臭さと知的な雰囲気の秘書っぽい人がいる。こちらは眼鏡をかけたボブカットの女性で服装も完全に秘書の人が着るような黒を基調としたスーツを着ている。


「アンタは?」


オレはその女性に名を聞いた。


「初対面の人に向かって、アンタとは随分と失礼なガキだな。……たく、椿のヤツ、どういう教育をしていたんだ」


女性の口から出てきたのは、椿さんの名前だった。


「椿……?まさか、椿さんの言っていた学園長ってアンタのことなのか?」


「ご明察。私が、この帝都百華学園学園長の滝口皐月だ。……私を知らないということは、入学式に参加していない素行不良生徒という認識でいいかな?」


……迂闊だった。オレ、入学式をサボタージュしたんだった。


「まぁ、冗談だ。あの場にいたとして、君の事を知っている人間がいたら、実技試験前に面倒事になると考えていたのだろう。ま、入学式に参加するのは、よっぽどの真面目な生徒ぐらいだ。退屈で仕方ないだろうしな」


「……そうしてくださると助かりますよ」


椿さんから、オレの事情を聞いていたのかもしれない。入学式には十二師家の関係者がほとんど参加するのだから、色々と面倒事になるとわかっていただけでも理解してくれている。


……というか、今遠まわしにオレの事を不真面目と言っていないか?自分で言うのもアレだが、オレはそれなりに真面目だぞ。恨み関係とかは特に。


「それはそれで、ここはどこなんだ?窓に鉄格子とか、どこぞの監禁施設なんだって思うんだが」


正直、ケガ人をこんな牢屋染みた所に寝かせておくという状況で目覚めたオレは軽く気分が悪い。半ばイラつきながらも聞いてみる。まぁ、理由はおおよそで想像つくけど。


「ここはそこの表札にある通り、特別保健室だ。危険な魔術師及び心装士を一時的に隔離して治療するための、れっきとした施設だよ。機嫌を悪くしているかもしれないが、そこら辺は理解してくれたまえ。何しろ、君の放つ気配と魔力は、常人からすれば毒になりかねないのでね」


「……はぁ。やっぱり、そんな所か」


やっぱり、意識がない時は“気配”を制御出来ていないらしい。もしかすると、魔力が自然回復する内に魔力が外側に漏れていた可能性もある。


オレの魔力は体内で生成されたら即座にプネウマ因子と結びついて呪詛をはらんだ毒となる。通常なら、霊装体に変身するか心装を使わなければプネウマ因子に結びつかず、怪魔へ決定的な一打になりえない。


しかしオレは、生きているだけでプネウマ因子と結びつき、魔力に呪詛がついてしまう。だから、意識がある状態でなければ未だに魔力と“気配”が外に漏れてしまい、オレの意思でなくとも他人を呪いかねない。


「何より、上の連中も崇村家や法務省とかに問い合わせをして再確認を求めてきている。その間に奴らが君に手を出さないとも限らないからね。さっきまで、その対応が終わったから、こうして私の方から来てやったという所さ。まさに、グッドタイミングだ」


「そうか」


やはり、オレが「崇村」であることが実技試験でわかったために、軽く混乱状態になっているようだ。


それもそうだ。オレは今日この日まで、死んでいたはずの人間なのだから。


あの家の事だから、オレを殺そうと目論んでもおかしくない。意識を完全に無くしていたオレは無防備と言っても当然だし、そんな時に襲撃されてしまえば、間違いなく殺されていたのかもしれない。


「改めて、礼を言わせてもらう。貴女のおかげで命拾いをした」


この人は、オレの命の恩人と言っていいだろう。こうして、オレがこの学園に来ることが出来たのは、椿さんと学園長のおかげなのだから。


「何。生徒の命を守ることも学園長の仕事なのでね。彼女の頼みとは言え、私も面倒事に巻き込まれる形になったが、これはこれで刺激的だ。……仕事が山積みになるのは、あまり好きではないがね」


学園長として生徒の命を守ることが仕事、か。


一応、この人はまともな人間であることがわかった。椿さんの頼みを聞いてくれるぐらいだから、ろくでもない人なのではないかと思っていたが、安心した。


「さて。今後の君の事について、少々長話をすることになるのだが。いいかな?」


「構わない。むしろ、こちらからお願いしたい」


恐らく、今後のオレの学園生活に関わることだろう。聞き逃しをしないように、オレは聞き耳をしっかりと立てる。


「まずは、君がここまで正当な手続きと試験で学園に入学出来た時点でお察しだろうが、君の抹消されていた戸籍情報は全て復元した。これはこれで骨が折れたが、こちらの秘書の時裂マリが上手くやってくれた」


崇村家を廃嫡され、追い出されたオレは全ての情報を抹消された。生まれた時の出生記録から、あらゆる個人情報、戸籍情報も、全てだ。


オレの存在を、無かったことにしたのだ。奴らは。


誰にも手を差し伸べてくれる人もおらず、絶望の果てに死にゆくオレに手を伸ばしたのが、椿さんだった。彼女に助けてもらわなかったら、今頃オレは、あの場で灰になってこの世からいなくなっていただろう。


帝都百華学園に入学するためには、当然ながら身分を証明するものが必要だ。それは壁外都市であっても例外ではなく、管理する場所が県庁都市にある法務省のデータサーバーだ。この国の国籍や戸籍などの管理システムは、以外と機能しているのである。とは言え、自分も椿さんに教えてもらうまで知らなかったのだが。


「いやぁ、中々大変でしたよ。普通抹消された戸籍情報やらなんやら復元するなんて、常識的に考えて在り得ないですよねぇ。あ、ご安心を。知り合いへの口利きで厳重に管理されて、今は法務大臣の権限がなければ手出し出来ないようにしてありますから!エッヘン!」


「あ、どうも」


自信満々に言う、その秘書の人に軽く会釈する。


なるほど。帝都の永田町にわざわざ出向いてそこまでやったのか。確かに、十二師家の影響が少ない帝都なら、崇村家も手を出すことは出来ない。


「えー、何かちょっと軽くないです?私すごくイイ仕事をしたと思うんだけどなー?結構大変だったのに、何か冷たい態度を取られている気がするんだけどなー?」


「だって、何か、胡散臭いし」


「ヒドイ!?初対面の人に対して失礼過ぎない!?」


だってさ。何かさ、イマイチ信用に足るって感じがあまりしないというか、何というか。すごく計算高そうで、妙な感じがするんだよな……。何だか表現しにくいけど、信用してはいけないナニカ的な感じがするというか……。


「まぁ、彼女の事は置いといてだ。奴らに気づかれず、何とか正式な手続きと試験を終えて、君は学園に入学することが決まった。これがその正式な書類だ。一応目を通しておけ」


学園長は秘書の人から、書類が入った封筒をオレに渡した。


中の封筒を見ると、合格証明書が入っていた。それも法務大臣や学園長の印が押されていて、これが正式な書類であることを証明していた。


「ありがとうございます」


「最低限の礼儀は弁えているな。良い事だ。それで、だ。君の事は当然ながら報道機関やSNSでも色々と話題になっている。『崇村家の隠し子か?』とか、テレビやメディア関係は大騒ぎだ。おかげでこちらは対応に追われていたがね」


「……まぁ、オレの目的を果たすための第一歩というヤツだ。パフォーマンスにしては、いい出来だと思うんだが」


そのために、オレは実技試験まであまり他人と接触せず、十二師家関係者になるべく接触しないようにしていた。かつての顔見知りだったかもしれない人間がいれば、計画が挫折する危険性だってある。テレビや公衆の前で元の崇村を名乗る事で、オレの復讐の第一歩を踏み出すことが出来る。


「そのパフォーマンスのおかげで、こっちの仕事を増やすのは勘弁願いたいんだがね。まぁ、ある御方が手伝ってくれたおかげで多少は何とかなったのだが、二度はごめん被る。その書類だってさっき完成したばかりなんだからな」


ある御方?誰なんだ、ソレは?


と言っても、気にしてもしょうがないか。今はいいとしよう。


「それはどうも。それで、オレはどうなる?」


実技試験のパフォーマンスについては流石に申し訳なく思うが、今のオレにとってそれは重要な事じゃない。何しろ、オレからすれば、この人たちもオレが復讐を果たすために利用しているだけだ。彼女たちはオレをどう思っていようが、彼女たちにとってオレという存在は面倒事の種にして十二師家に対する対抗戦力と言える。


椿さんから事前に山で説明を受けていたので、彼女がどういう人間なのかもある程度把握はしている。後はこっちが上手く利用するだけの話だ。


「君の事を良く思わない連中が、私に圧力をかけてきたのだ。“あのような得体のしれない力を持つ者が、今まで知られていないのはおかしい。危険だ”とね。そのため、合格とはするものの、実力と学力に応じたクラス分けが出来ない。そう言った事情で、君をC組に編入させる事しか出来なくなった」


この学園は、完全実力主義で実技試験と学科試験の成績に応じて3つのクラスに振り分けられる。


A組はいわばエリートクラスだ。学力と実技の全てにおいて、高い成績を有するため、卒業した時には心装士として様々な職に就くことも約束されている。将来有望な生徒の集まりだ。


B組はわかりやすく言うと中間ぐらいのクラス。学力と実技の内の片方が優秀でなくても、学園側が「成長が十分に見込まれる」と判断された生徒たちの集まりである。


そして、オレが編入されるというC組。こちらは落ちこぼれクラスだ。学力と実技の両方が低い生徒がこちらに編入され、卒業しても心装士としての活動が難しいとされており、世間一般的には単に「予備組」ともいわれている。


予備とされるのも、ようは心装士になれない、もしくは認められない可能性があるからだ。だからこそ、C組は落ちこぼれ兼予備組という扱いなのだ。


「要するに、貴方は自分が何を言っているのかを理解した上でそれを言っているのか。なるほど、なるほど」


オレは密かに怒りを滲ませた。


あの連中は、とことんオレの邪魔をするつもりのようだ。それに首を縦に振った彼女にも、怒りがわいてくる。


「君の怒りも理解できるがね。だが、こちらにも立場がある。言っておくが、私は保身のために君を切り捨てる選択肢を取ることもやぶさかではない。君にも目的があるように、私にもこの学園長という立場でやらねばならない事もあるのだ」


「つまり、もしもの事があれば、オレを切り捨てて、十二師家に媚びを売るって事か。大層、ご立派な事で」


このように、万が一の事があれば保身のために切り捨てることも躊躇わない、ある意味精神が強い人間であることを理解したオレは、あえて皮肉で返した。言う分にはタダだしな。


「……君は恐れを知らないというか、無謀ともいうか。伊達に十二師家を相手取るだけの事はあるが、その度胸が自分の首を絞めなければいいのだがな」


眉間に皺を寄せながら、学園長はそう言った。


「言うべきことを言わせてもらうだけの事だ。例え貴方であっても言う。それだけの話だろ」


こっちは地獄のような日々と、この学園に入学するまでやり続けた椿さんとの鍛錬と自主トレーニングの中を生きてきたんだ。この程度の修羅場でも、何でも、乗り越えてみせる。それぐらいの度胸がなければ、やってられないだろう。


「はぁ……。こりゃ、とんでもない問題児が入学しますねぇ」


秘書の人もため息をついて言った。


「理解しろとは言わんが、あくまで私はそういう方針でやらせてもらう。だが、彼女との約束で君に最低限の協力をするというだけだ。そこははき違えるなよ」


「無論だ。初めからそのつもりなので」


あくまでオレたちは「共犯者」だ。オレと椿さんと同じ、利害の一致による協力関係にあるだけに過ぎない。


彼女の事を信頼しているが、信用はしていない。何しろ、この権謀術数渦巻くこの学園は、権力と陰謀が渦巻く坩堝とも言うべき世界だ。だからこそ、他者と接する時は十分に注意を払っておかないといけないのだ。


「そう言えば、あれからどれぐらいの時間が経った?」


「6時間だ」


この部屋の中に時計があることに今更ながら気づき、時間を確認すると、既に6時間経っていた。


「あれほどの大量出血をしておきながら、君の回復力の早さに脱帽したよ。やはり、君の体はちょっと普通じゃないな」


「嫌味か、それは」


「事実だろう。あれほどの傷を受けておきながら、6割以上回復するなんざ、回復に特化した魔術師でなければ不可能だ。君の場合、回復というより――――――――――、いややめておこう。君にとって重要な事だろうだからね」


「……」


確かに、オレの自然回復力の早さは普通ではない。だがそれは今に始まったわけではなく、後天的に出来た体質に近い。特に、今回の傷は無理した結果で内側がメチャクチャになったものなので、回復が早い。外的な傷だったら、少し時間がかかるかもしれないが。


学園長が途中で口を閉ざしていたのは、恐らくオレの性質に気づいていたのかもしれない。……彼女なりの気遣いだったのだろう。


「とにかくだ。君をC組に編入することを決定したのはあくまで私だ。圧力を受けたと言ってもね。そして、


「本題?」


今までが本題ではなかったのか?


いや。入学することが出来るのは、もちろんオレの想定内であるし、問題はないのだが。それはそれで、今回が本題とは、一体なんだというのだろうか。


「ああ、本題だ。――――――――――――


「―――――――――何?」


「ああ。それは――――――――――」


オレは、この後に彼女から告げられたその取引に、オレは自然と笑みをこぼしたのだった。



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