予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第9話「実技試験・中」
「待て」
皆月輝夜の勝利と思われたこの場において、その一声が場を沈ませた。
「貴方……。まだ立っていたの……!?」
輝夜はその声の主、柊也を見て言った。
彼の体を青黒い炎が包み込み、彼の体を貫いていた矢が燃え尽きたのである。そして血が溢れていた傷口が、塞がれていた。まるで何事もなかったかのように。
「何。実技試験と言えど、やっている事は命のやり取りだ。これぐらいの事も想定済みで、良い実験にもなった。あえて言っておくが、礼を言わせてもらう」
皮肉にも聞こえるその口ぶりから、さっきまで大掛かりな魔術を二度行っていたとはとても思えないほどの余裕っぶりが見えた。言うなら、息切れをしているようにも見えないのである。
その姿を見ている闘技場にいる者たちは驚愕を隠せなかった。いつの間にか、テレビ局のカメラは輝夜だけではなく、柊也にもしっかりと向けられていた。
崇村家の関係者の可能性があるというだけで十分に注目される事はあっても、その実力だけは知られていない。無論、本来十二師家であれば分家ですらも注目されやすく、いくらかでも情報を手に入れようと躍起になる者もいる。大抵そのようなことを考える者は命知らずの愚者か、勇者か。
それでも手に入れた情報はやがて彼らを監視するものとなり、彼らの活躍の足がけにもなる。そのため、現代の貴族にすら等しき彼らは表舞台に出ればある程度その実力は噂となり、彼らに対抗しようとする者たちの糧にもなる。それだけに十二師家関係者は密かに実力を積み上げ、いずれ表舞台に出た時のために力をつけなければならない。
言わずと知れた実力者である輝夜の必殺技を食らっても、ほとんど無傷と言っていいほどの状態でいられる人間なんて、同年代を探しても数少ないはずなのである。むしろ――――――――――。
「……それほどの実力を持っておきながら、何故成績優秀者の中に入っていないのかしら。それに、貴方ほどの腕前なら、彼女たちより上の可能性すらあり得るのだけど」
そう。これほどの実力を有する魔術師は、心装士でも数少ない。彼の全力が見えないとは言え、それでも心装なしでここまで心装を装備した魔術師を相手することが出来るのは必然的に限られてくる。武術しかり、魔術しかりでだ。
「さあ?そんなコトは別にどうでもいい。オレは自分の目的があってここに来ただけの事。そのためなら、別に成績優秀者の中に入る必要性はない。それに、オレに家族はいない。そんなもの、とっくにもう死んだからな」
「……」
その言葉に、輝夜は一層険しい表情を浮かべた。
“オレに家族はいない”
“そんなもの、とっくにもう死んだからな”
恐らく、彼女たちという言葉に対する返答だろう。輝夜はそう認識していたし、確信した。
彼は、崇村家の者だと。
「そう。だけど、これで理解したわ。貴方はとても強い。心装なしで心装を使っている私に対抗できるのだから、もうこれ以上手加減をする必要なんてない。だから、少しばかり本気を出させてもらうわ」
その言葉と共に、彼女と心装から月光の如き魔力の光が溢れ始めた。
「そうか。なら来い。腕試しにはもってこいの相手だ」
そんな彼女に対して、変わらず態度も言動も崩さない彼。
「輝け、『新月』!共鳴顕現!!」
彼女は自らの心装である「新月」を掲げると、更にその光が強まった。
まず、彼女の体に変化が表れた。
巫女服のような形状をしたタイトな装甲服が形成されると、更にその体を覆うように月を模したような外殻が羽織るように形作られる。頭部にも仮面のような外殻が形成され、輝夜の表情は魔眼を除いて見えなくなった。額の部分には新月の意匠のエンブレムのようなものがあって、まるで武者の兜のようにも見えなくもない。右手には形状が変化し、少し大きくなった「新月」が握られていた。
その姿はハッキリと言うと、人外のようなものにも見える。だが、この姿こそ、心装士のあるべき姿。人類の敵である怪魔と戦うために人類が手に入れた最大の武器。
「あれが、輝夜様の霊装体!?」
「おお、美しい……!」
「おい、早くカメラを向けろ!実技試験の段階で霊装体を見ることが出来るなんて滅多にないぞ!」
闘技場にいた人たちの多くは、その輝夜の姿を見て賞賛と畏敬の声を上げた。報道のカメラは一気に輝夜に向けられ、シャッターが切られる音がした。
「それが、お前の霊装体か」
「ええ、そうよ。まさか実技試験の段階で見せることになるとは思わなかったけど、貴方からすれば相手にとって不足ないでしょう?」
表情の見えにくい、仮面を被ったような無機質な顔からは表情は見えないが、声色で自身を誇示しているようにも聞こえた。
霊装体。心装士が心装士たる所以である。
体内のプネウマ因子と魔力を結び付けて融合させ、それらを外部に放出、鎧として武装化して「変身」した姿を指す。正確には「顕現霊装」と言い、変身した姿のことを基本的には霊装体と呼ぶ。共鳴顕現と呼ぶ、心装士が習得しなければならない魔術によって、変身することが出来るのだ
これまでの多くの実技試験で霊装体に変身した者はほとんどいなかった。霊装体に変身するということは、自分の手の内を周囲に見せつけることになりかねないからであり、百歩譲っても心装に勝敗までしかやらない者が多い。
そもそも実技試験は結果に勝敗も関係するとは言え、あくまで「心装士・魔術師としても実力を示す」ことが趣旨だ。そのためここまでやる必要性は特にない。
「どうするかしら?降参する?」
「冗談も休み休み言え。オレが降参するとでも?」
「まぁ、そう言うと思ったわ。さっきも言ったけど、ここから先もう容赦も手加減もしない。どうかすれば死ぬわ。それでも、貴方には私に挑む覚悟は出来ていて?」
霊装体への心装なしで挑むことは無謀でしかない。というよりそれはほとんど自殺行為に等しい愚行だ。
相手はそもそも成績優秀者上位四位の優れた魔術師にして心装士。それが霊装体に変身したのだ。普通であれば、もうこの時点で降参するだろう。
しかし、崇村柊也にはそんな選択肢はない。初めからない。
「無論だ。ならばこそ、オレも少しは力を見せるしかあるまい」
柊也はそう言うと、すっと目を閉じ、見開いた。
彼の目が、彼を覆う青黒い炎のような色の目に変化した。それと共に、あの青黒い炎のような魔力が、彼の全身から噴き出る。
「第一封印、限定解除開始。共鳴顕現」
その声と共に、炎が彼を包み込み始める。そして、彼にも変化が表れる。
彼の両手は肘まで竜麟の如きガントレットのようなものが覆い、胴体はまるで鱗が張り付いたかのようなものになった。その上にまるで鎖のようなものが全身に巻き付いたような青い禍々しい入れ墨が入り、頭部は竜を模した、武者の面頬のようなものに覆われた。
全体的にスリムでその炎のこともあり、禍々しさを感じさせるカタチ。しかしながらその姿にはある種の不完全さを感じさせるものであり、そして彼が放つ“気配”が、柊也の霊装体の相まって「死神」を彷彿させるような出で立ちであった。
「……それが、貴方の霊装体と言った所かしら?封印がどうとか言っていたけど」
柊也の霊装体を見た輝夜が言った。
「秘密と言わせてもらおう。こうして他人に霊装体を見せるのは初めてだが、少しはマトモな勝負になるだろう?」
皮肉とも言えるその口ぶりからは、特に悪意を感じるわけでもない。だからと言って余裕を見せているわけでもない。
「行くぞ。そっちも、殺すつもりでかかってこい」
彼は構えを取った。より一層、彼から溢れる得体のしれない気配が濃くなる。
「―――――――いいわよ。こっちも貴方を殺すつもりでやっていくから。覚悟することね」
そう言い、輝夜は素早く矢を作り弓に番え、狙いを定める。
「はぁっ!!」
その掛け声と共に、輝夜は矢を放つ。
霊装体に変身してからの一矢は、人間の時とは異なるほどの魔力の圧と威力を持って放たれ、柊也に向かっていく。
「確かに、人間の時とは全く違うレベルの威力だな。だが――――――――」
柊也はその場から動かない。そして、掌を前に突き出す。
「遅い」
掌から魔法陣が出現し、それだけで輝夜の矢を吹き飛ばした。
「強化された私の矢を魔力障壁だけで防ぐの……!?チッ、本当にデタラメだわ!」
輝夜は舌打ちをしながら言った。
霊装体に変身している彼女の矢は無論、人間の時のものより強化されており、その威力は凄まじい。対物狙撃銃の徹甲弾を撃つのと変わらないぐらいの威力は最低限有しているのである。
それを柊也は魔術ではなく、魔力障壁のみで防いだのだ。例え同じ霊装体とは言え、初見で防げると判断した柊也は実力者であると証明したようなものだ。
「呪相・剣連武!」
柊也は再び印を結ぶと、足元に魔法陣のようなものを展開した。魔法陣から魔力で形成された刀剣が出現し、それが彼を囲むように回転しながら浮かぶ。
「やれ!」
剣に指示するように彼が叫び、剣は主の命に従って目標へと飛び交う。
「防御結界術式―――――――『月矢・清浄結界』!」
輝夜は柊也の剣弾が呪詛を込められているものと判断し、対呪詛に特化した防御術式を使用することにした。即座に防御術式を施した矢を自分の目の前の床に放ち、そこから自身と柊也を遮るように光の壁を作り上げる。
剣は光の壁に衝突した後に爆発した。剣そのものが呪詛によって構成されているため、浄化の力で構成された光の壁を突き抜けることは不可能だ。
だが――――――――――
「上がお留守になっているぞ」
「!いつの間に……!」
柊也の言葉に、輝夜は頭上を見る。
頭上には、いつの間にか発生していた魔法陣と、そこから先ほどの呪詛の刀剣らが向けられていた。
「串刺しになるがいい」
容赦なく、剣が降り注がれる。
「くっ!」
不意をつかれて詠唱を行う暇すらなかった輝夜は、無詠唱でも展開できる魔力障壁を展開する。
呪詛をはらんだ剣弾は彼女の魔力障壁を荒々しい音と共に削りつつ降り注ぐ。
「(私の技と同じ状況で返してくるなんて、何て嫌な男!)」
輝夜は心中でそう舌打ちする。
「今度は、前がお留守だぞ?」
「!!」
剣弾が止んだのと同時にそのような声が聞こえた。
自らの前面には、柊也がいた。右手をぐっと握りしめ、強く右足を床がめり込むほどに踏み込んだ。
「ふん!」
柊也の拳が輝夜に直撃した瞬間、輝夜は激しく後方に吹き飛んだ。地面を転がり、滑り込むように引きずり、倒れる。
「あ……、がぁ……!!」
今までに経験したことのない激痛が、彼女を襲った。
まるで胃の中のモノ全てが口からあふれ出すかのような吐き気。内臓が体内でメチャクチャにされるような感覚。仮にこの一撃が人間のまま食らってしまえばショック死していたと確信できるほど。肺に酸素を取り込むのに必死で、思考が回らない。
「(あれって、空手の寸打……!生身だったら、間違いなく死んでいたわ……!)」
輝夜は必死に思考を回し、先程の柊也の攻撃を分析する。
寸打とは、空手の高等技術の一つであり、自らの体重移動を利用して自重をぶつける技術。実戦的に使うことが出来るのは、ほぼ限られており、使えるとすれば、多くの研鑽を積み上げた優れた武術の使い手である。
それに、今の柊也は霊装体。この一撃は、恐らく並みの怪魔であれば即座に粉砕され、輝夜より格下の心装士でも即死に繋がりかねない。
それほどの一撃の受けておきながらも彼女が生きているのは、加減をしていたからでもなく、単純に彼女の霊装体の防御力と瞬間的にとは言え、薄い魔力障壁を展開していたからだ。もしそれがなければ、意識すら保っていなかっただろう。
「ま、マジかよ……アイツ」
「輝夜様を、一撃で……!?」
「あんなヤツ、何で今までいなかったんだよ!?」
闘技場内では、目の前で起きた前代未聞の出来事に大きくザワつき始めていた
十二師家の中でも名門に入る皆月家の令嬢、それも成績優秀者3位を霊装体とは言え、拳の一撃でダウンさせたという事実は闘技場に集う人々を驚愕させ、大きなショックを与えた。
そして、実技試験終了まで残り僅かとなり、このまま終わるかと思われたが――――――――――。
「まだよ……!まだ、終わっていないわ……!」
血走った魔眼で柊也を睨みつけながら、輝夜は言った。
「そうか。だが、さっきの一撃は内臓にまで響いていて、魔力の流れもかき乱されているはずだが?」
柊也の言う通り、輝夜の体内の魔力の流れは、先程の柊也の寸打によってかき乱されており、上手く魔力を練ることが出来ない状態にある。並みの心装士、魔術師では気を失っている。
それを彼女は精神力で保たせて、自らの両足でしっかりと立っていた。何しろ、ここで膝を屈することは彼女のプライドが許さない。
「いいえ……!こんなもの、すぐにでも治すわ……。それに、私は――――――――――」
彼女はそう言うと、両目の魔眼を大きく見開いた。
「貴方に――――――――!貴方だけには――――――――!」
――――――――――負けたくないのよ!
そう心の底で叫ぶと、輝夜は大きく飛び立ち、基礎魔術の「飛行」を発動させ、闘技場の上に飛翔した。そして一定の高さにたどり着くと、さっき柊也に放った一本の矢を取り出し、それを番える。
――――――――――瞬間、周囲の空気が変わった。
彼女の背に、満月を象った魔法陣が展開され、輝夜の持つ心装「新月」の前面にも魔法陣が二重に展開される。そこに、魔力が集まり始めていた。
「……まさか、彼女―――――――――」
柊也は輝夜のやろうとしていることをすぐに察した。
「おい、あれってまさか……」
「巻き込まれるぞ!早く離れろ!」
野次馬の生徒の内の一人がそう叫ぶと、生徒たちが闘技場から離れ始めていた。観客席にいた一部の人たちも身の危険を感じ、そこから退避を始める。
「空間干渉からの魔力収束……?あの一瞬で、そこまでの技量があるということか」
そのような状況の中、柊也はいたって冷静だった。
「だが、あれは恐らく暴走しているな。過剰に魔力を取り込みすぎて、魔眼も体も制御出来ていない。このままだと、ここは吹き飛ぶな」
そう。皆月輝夜は暴走状態にあった。
「魔力収束」は基礎魔術の一つで、魔力が少なった際に周辺の魔力を自身に取り込む速度を高める、もしくは魔術行使の際の精密度を上げる際に行うものだ。
「空間干渉」は空間魔術の一つ。文字通り、周囲の空間に干渉し、魔術的効果を発揮する魔術だ。輝夜が行っていることは、手当たり次第魔力を自身に集めるために周辺の空間に干渉し、魔力が自分に集まるようにしているのだ。
だが、同時のそのようなことを出来るとすれば、予め術式を刻んだ魔法陣などを設置する必要がある。しかしそのようなことを輝夜はしていない。もし、可能だとするなら、それは別の動作で行う必要がある。
「魔眼を使って魔力の集まっている場所を“視た”のか。彼女の魔眼、どうやら、話に聞いていた皆月の魔眼とはちょっと違う何かがあるようだ」
輝夜の両目が輝いた瞬間、その視線が柊也に向けられたものでなかったことで感じ取れた。
魔力が集まるポイント「霊脈点」を“視て”、魔力があふれ出すようにした。その際に霊脈点を基点に、この空間に部分的に干渉して、魔力収束を行っていたと考えられる。
「だが、あれはちょっとマズイな……。仕方ないが、ちょっとだけ、本気でやらせてもらうぞ」
元より、騒ぎになることも、厄介ごとになることも承知の上だった。復讐の時を迎えるまで、力をひた隠しにするべきだと思っていた。
だが現状、そうは言っていられなくなった。全容を見せるわけではないが、このままでは甚大な被害を出しかねないし、何よりも今後の学生生活に支障をきたしそうだから。
それに――――――――――
「天体図、開帳」
――――――――――彼女を、放っておけない。
柊也はガラにもないと自嘲しながらも、そう考えたのだった。
皆月輝夜の勝利と思われたこの場において、その一声が場を沈ませた。
「貴方……。まだ立っていたの……!?」
輝夜はその声の主、柊也を見て言った。
彼の体を青黒い炎が包み込み、彼の体を貫いていた矢が燃え尽きたのである。そして血が溢れていた傷口が、塞がれていた。まるで何事もなかったかのように。
「何。実技試験と言えど、やっている事は命のやり取りだ。これぐらいの事も想定済みで、良い実験にもなった。あえて言っておくが、礼を言わせてもらう」
皮肉にも聞こえるその口ぶりから、さっきまで大掛かりな魔術を二度行っていたとはとても思えないほどの余裕っぶりが見えた。言うなら、息切れをしているようにも見えないのである。
その姿を見ている闘技場にいる者たちは驚愕を隠せなかった。いつの間にか、テレビ局のカメラは輝夜だけではなく、柊也にもしっかりと向けられていた。
崇村家の関係者の可能性があるというだけで十分に注目される事はあっても、その実力だけは知られていない。無論、本来十二師家であれば分家ですらも注目されやすく、いくらかでも情報を手に入れようと躍起になる者もいる。大抵そのようなことを考える者は命知らずの愚者か、勇者か。
それでも手に入れた情報はやがて彼らを監視するものとなり、彼らの活躍の足がけにもなる。そのため、現代の貴族にすら等しき彼らは表舞台に出ればある程度その実力は噂となり、彼らに対抗しようとする者たちの糧にもなる。それだけに十二師家関係者は密かに実力を積み上げ、いずれ表舞台に出た時のために力をつけなければならない。
言わずと知れた実力者である輝夜の必殺技を食らっても、ほとんど無傷と言っていいほどの状態でいられる人間なんて、同年代を探しても数少ないはずなのである。むしろ――――――――――。
「……それほどの実力を持っておきながら、何故成績優秀者の中に入っていないのかしら。それに、貴方ほどの腕前なら、彼女たちより上の可能性すらあり得るのだけど」
そう。これほどの実力を有する魔術師は、心装士でも数少ない。彼の全力が見えないとは言え、それでも心装なしでここまで心装を装備した魔術師を相手することが出来るのは必然的に限られてくる。武術しかり、魔術しかりでだ。
「さあ?そんなコトは別にどうでもいい。オレは自分の目的があってここに来ただけの事。そのためなら、別に成績優秀者の中に入る必要性はない。それに、オレに家族はいない。そんなもの、とっくにもう死んだからな」
「……」
その言葉に、輝夜は一層険しい表情を浮かべた。
“オレに家族はいない”
“そんなもの、とっくにもう死んだからな”
恐らく、彼女たちという言葉に対する返答だろう。輝夜はそう認識していたし、確信した。
彼は、崇村家の者だと。
「そう。だけど、これで理解したわ。貴方はとても強い。心装なしで心装を使っている私に対抗できるのだから、もうこれ以上手加減をする必要なんてない。だから、少しばかり本気を出させてもらうわ」
その言葉と共に、彼女と心装から月光の如き魔力の光が溢れ始めた。
「そうか。なら来い。腕試しにはもってこいの相手だ」
そんな彼女に対して、変わらず態度も言動も崩さない彼。
「輝け、『新月』!共鳴顕現!!」
彼女は自らの心装である「新月」を掲げると、更にその光が強まった。
まず、彼女の体に変化が表れた。
巫女服のような形状をしたタイトな装甲服が形成されると、更にその体を覆うように月を模したような外殻が羽織るように形作られる。頭部にも仮面のような外殻が形成され、輝夜の表情は魔眼を除いて見えなくなった。額の部分には新月の意匠のエンブレムのようなものがあって、まるで武者の兜のようにも見えなくもない。右手には形状が変化し、少し大きくなった「新月」が握られていた。
その姿はハッキリと言うと、人外のようなものにも見える。だが、この姿こそ、心装士のあるべき姿。人類の敵である怪魔と戦うために人類が手に入れた最大の武器。
「あれが、輝夜様の霊装体!?」
「おお、美しい……!」
「おい、早くカメラを向けろ!実技試験の段階で霊装体を見ることが出来るなんて滅多にないぞ!」
闘技場にいた人たちの多くは、その輝夜の姿を見て賞賛と畏敬の声を上げた。報道のカメラは一気に輝夜に向けられ、シャッターが切られる音がした。
「それが、お前の霊装体か」
「ええ、そうよ。まさか実技試験の段階で見せることになるとは思わなかったけど、貴方からすれば相手にとって不足ないでしょう?」
表情の見えにくい、仮面を被ったような無機質な顔からは表情は見えないが、声色で自身を誇示しているようにも聞こえた。
霊装体。心装士が心装士たる所以である。
体内のプネウマ因子と魔力を結び付けて融合させ、それらを外部に放出、鎧として武装化して「変身」した姿を指す。正確には「顕現霊装」と言い、変身した姿のことを基本的には霊装体と呼ぶ。共鳴顕現と呼ぶ、心装士が習得しなければならない魔術によって、変身することが出来るのだ
これまでの多くの実技試験で霊装体に変身した者はほとんどいなかった。霊装体に変身するということは、自分の手の内を周囲に見せつけることになりかねないからであり、百歩譲っても心装に勝敗までしかやらない者が多い。
そもそも実技試験は結果に勝敗も関係するとは言え、あくまで「心装士・魔術師としても実力を示す」ことが趣旨だ。そのためここまでやる必要性は特にない。
「どうするかしら?降参する?」
「冗談も休み休み言え。オレが降参するとでも?」
「まぁ、そう言うと思ったわ。さっきも言ったけど、ここから先もう容赦も手加減もしない。どうかすれば死ぬわ。それでも、貴方には私に挑む覚悟は出来ていて?」
霊装体への心装なしで挑むことは無謀でしかない。というよりそれはほとんど自殺行為に等しい愚行だ。
相手はそもそも成績優秀者上位四位の優れた魔術師にして心装士。それが霊装体に変身したのだ。普通であれば、もうこの時点で降参するだろう。
しかし、崇村柊也にはそんな選択肢はない。初めからない。
「無論だ。ならばこそ、オレも少しは力を見せるしかあるまい」
柊也はそう言うと、すっと目を閉じ、見開いた。
彼の目が、彼を覆う青黒い炎のような色の目に変化した。それと共に、あの青黒い炎のような魔力が、彼の全身から噴き出る。
「第一封印、限定解除開始。共鳴顕現」
その声と共に、炎が彼を包み込み始める。そして、彼にも変化が表れる。
彼の両手は肘まで竜麟の如きガントレットのようなものが覆い、胴体はまるで鱗が張り付いたかのようなものになった。その上にまるで鎖のようなものが全身に巻き付いたような青い禍々しい入れ墨が入り、頭部は竜を模した、武者の面頬のようなものに覆われた。
全体的にスリムでその炎のこともあり、禍々しさを感じさせるカタチ。しかしながらその姿にはある種の不完全さを感じさせるものであり、そして彼が放つ“気配”が、柊也の霊装体の相まって「死神」を彷彿させるような出で立ちであった。
「……それが、貴方の霊装体と言った所かしら?封印がどうとか言っていたけど」
柊也の霊装体を見た輝夜が言った。
「秘密と言わせてもらおう。こうして他人に霊装体を見せるのは初めてだが、少しはマトモな勝負になるだろう?」
皮肉とも言えるその口ぶりからは、特に悪意を感じるわけでもない。だからと言って余裕を見せているわけでもない。
「行くぞ。そっちも、殺すつもりでかかってこい」
彼は構えを取った。より一層、彼から溢れる得体のしれない気配が濃くなる。
「―――――――いいわよ。こっちも貴方を殺すつもりでやっていくから。覚悟することね」
そう言い、輝夜は素早く矢を作り弓に番え、狙いを定める。
「はぁっ!!」
その掛け声と共に、輝夜は矢を放つ。
霊装体に変身してからの一矢は、人間の時とは異なるほどの魔力の圧と威力を持って放たれ、柊也に向かっていく。
「確かに、人間の時とは全く違うレベルの威力だな。だが――――――――」
柊也はその場から動かない。そして、掌を前に突き出す。
「遅い」
掌から魔法陣が出現し、それだけで輝夜の矢を吹き飛ばした。
「強化された私の矢を魔力障壁だけで防ぐの……!?チッ、本当にデタラメだわ!」
輝夜は舌打ちをしながら言った。
霊装体に変身している彼女の矢は無論、人間の時のものより強化されており、その威力は凄まじい。対物狙撃銃の徹甲弾を撃つのと変わらないぐらいの威力は最低限有しているのである。
それを柊也は魔術ではなく、魔力障壁のみで防いだのだ。例え同じ霊装体とは言え、初見で防げると判断した柊也は実力者であると証明したようなものだ。
「呪相・剣連武!」
柊也は再び印を結ぶと、足元に魔法陣のようなものを展開した。魔法陣から魔力で形成された刀剣が出現し、それが彼を囲むように回転しながら浮かぶ。
「やれ!」
剣に指示するように彼が叫び、剣は主の命に従って目標へと飛び交う。
「防御結界術式―――――――『月矢・清浄結界』!」
輝夜は柊也の剣弾が呪詛を込められているものと判断し、対呪詛に特化した防御術式を使用することにした。即座に防御術式を施した矢を自分の目の前の床に放ち、そこから自身と柊也を遮るように光の壁を作り上げる。
剣は光の壁に衝突した後に爆発した。剣そのものが呪詛によって構成されているため、浄化の力で構成された光の壁を突き抜けることは不可能だ。
だが――――――――――
「上がお留守になっているぞ」
「!いつの間に……!」
柊也の言葉に、輝夜は頭上を見る。
頭上には、いつの間にか発生していた魔法陣と、そこから先ほどの呪詛の刀剣らが向けられていた。
「串刺しになるがいい」
容赦なく、剣が降り注がれる。
「くっ!」
不意をつかれて詠唱を行う暇すらなかった輝夜は、無詠唱でも展開できる魔力障壁を展開する。
呪詛をはらんだ剣弾は彼女の魔力障壁を荒々しい音と共に削りつつ降り注ぐ。
「(私の技と同じ状況で返してくるなんて、何て嫌な男!)」
輝夜は心中でそう舌打ちする。
「今度は、前がお留守だぞ?」
「!!」
剣弾が止んだのと同時にそのような声が聞こえた。
自らの前面には、柊也がいた。右手をぐっと握りしめ、強く右足を床がめり込むほどに踏み込んだ。
「ふん!」
柊也の拳が輝夜に直撃した瞬間、輝夜は激しく後方に吹き飛んだ。地面を転がり、滑り込むように引きずり、倒れる。
「あ……、がぁ……!!」
今までに経験したことのない激痛が、彼女を襲った。
まるで胃の中のモノ全てが口からあふれ出すかのような吐き気。内臓が体内でメチャクチャにされるような感覚。仮にこの一撃が人間のまま食らってしまえばショック死していたと確信できるほど。肺に酸素を取り込むのに必死で、思考が回らない。
「(あれって、空手の寸打……!生身だったら、間違いなく死んでいたわ……!)」
輝夜は必死に思考を回し、先程の柊也の攻撃を分析する。
寸打とは、空手の高等技術の一つであり、自らの体重移動を利用して自重をぶつける技術。実戦的に使うことが出来るのは、ほぼ限られており、使えるとすれば、多くの研鑽を積み上げた優れた武術の使い手である。
それに、今の柊也は霊装体。この一撃は、恐らく並みの怪魔であれば即座に粉砕され、輝夜より格下の心装士でも即死に繋がりかねない。
それほどの一撃の受けておきながらも彼女が生きているのは、加減をしていたからでもなく、単純に彼女の霊装体の防御力と瞬間的にとは言え、薄い魔力障壁を展開していたからだ。もしそれがなければ、意識すら保っていなかっただろう。
「ま、マジかよ……アイツ」
「輝夜様を、一撃で……!?」
「あんなヤツ、何で今までいなかったんだよ!?」
闘技場内では、目の前で起きた前代未聞の出来事に大きくザワつき始めていた
十二師家の中でも名門に入る皆月家の令嬢、それも成績優秀者3位を霊装体とは言え、拳の一撃でダウンさせたという事実は闘技場に集う人々を驚愕させ、大きなショックを与えた。
そして、実技試験終了まで残り僅かとなり、このまま終わるかと思われたが――――――――――。
「まだよ……!まだ、終わっていないわ……!」
血走った魔眼で柊也を睨みつけながら、輝夜は言った。
「そうか。だが、さっきの一撃は内臓にまで響いていて、魔力の流れもかき乱されているはずだが?」
柊也の言う通り、輝夜の体内の魔力の流れは、先程の柊也の寸打によってかき乱されており、上手く魔力を練ることが出来ない状態にある。並みの心装士、魔術師では気を失っている。
それを彼女は精神力で保たせて、自らの両足でしっかりと立っていた。何しろ、ここで膝を屈することは彼女のプライドが許さない。
「いいえ……!こんなもの、すぐにでも治すわ……。それに、私は――――――――――」
彼女はそう言うと、両目の魔眼を大きく見開いた。
「貴方に――――――――!貴方だけには――――――――!」
――――――――――負けたくないのよ!
そう心の底で叫ぶと、輝夜は大きく飛び立ち、基礎魔術の「飛行」を発動させ、闘技場の上に飛翔した。そして一定の高さにたどり着くと、さっき柊也に放った一本の矢を取り出し、それを番える。
――――――――――瞬間、周囲の空気が変わった。
彼女の背に、満月を象った魔法陣が展開され、輝夜の持つ心装「新月」の前面にも魔法陣が二重に展開される。そこに、魔力が集まり始めていた。
「……まさか、彼女―――――――――」
柊也は輝夜のやろうとしていることをすぐに察した。
「おい、あれってまさか……」
「巻き込まれるぞ!早く離れろ!」
野次馬の生徒の内の一人がそう叫ぶと、生徒たちが闘技場から離れ始めていた。観客席にいた一部の人たちも身の危険を感じ、そこから退避を始める。
「空間干渉からの魔力収束……?あの一瞬で、そこまでの技量があるということか」
そのような状況の中、柊也はいたって冷静だった。
「だが、あれは恐らく暴走しているな。過剰に魔力を取り込みすぎて、魔眼も体も制御出来ていない。このままだと、ここは吹き飛ぶな」
そう。皆月輝夜は暴走状態にあった。
「魔力収束」は基礎魔術の一つで、魔力が少なった際に周辺の魔力を自身に取り込む速度を高める、もしくは魔術行使の際の精密度を上げる際に行うものだ。
「空間干渉」は空間魔術の一つ。文字通り、周囲の空間に干渉し、魔術的効果を発揮する魔術だ。輝夜が行っていることは、手当たり次第魔力を自身に集めるために周辺の空間に干渉し、魔力が自分に集まるようにしているのだ。
だが、同時のそのようなことを出来るとすれば、予め術式を刻んだ魔法陣などを設置する必要がある。しかしそのようなことを輝夜はしていない。もし、可能だとするなら、それは別の動作で行う必要がある。
「魔眼を使って魔力の集まっている場所を“視た”のか。彼女の魔眼、どうやら、話に聞いていた皆月の魔眼とはちょっと違う何かがあるようだ」
輝夜の両目が輝いた瞬間、その視線が柊也に向けられたものでなかったことで感じ取れた。
魔力が集まるポイント「霊脈点」を“視て”、魔力があふれ出すようにした。その際に霊脈点を基点に、この空間に部分的に干渉して、魔力収束を行っていたと考えられる。
「だが、あれはちょっとマズイな……。仕方ないが、ちょっとだけ、本気でやらせてもらうぞ」
元より、騒ぎになることも、厄介ごとになることも承知の上だった。復讐の時を迎えるまで、力をひた隠しにするべきだと思っていた。
だが現状、そうは言っていられなくなった。全容を見せるわけではないが、このままでは甚大な被害を出しかねないし、何よりも今後の学生生活に支障をきたしそうだから。
それに――――――――――
「天体図、開帳」
――――――――――彼女を、放っておけない。
柊也はガラにもないと自嘲しながらも、そう考えたのだった。
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