予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~

平御塩

第8話「実技試験・上」

――――――――崇村家にいないはずの者がいる。


崇村柊也の名が読み上げられた瞬間、その情報は瞬く間に校内に広まった。


ある時は口頭で。ある時はSNSで。ある時は生中継で。


崇村柊也と皆月輝夜が実技試験を行う第一闘技場には、既にカメラが回っており、当然ながら彼の名前を読み上げる瞬間も放送されている。しかし実技試験の様子を撮影していた目的は、十二師家・関東六家の一つにして令嬢である皆月輝夜の実技試験での様子をカメラに収めるためであった。


それが、崇村柊也という予想だにしなかったイレギュラーによって一転する。


実技試験を行う二人に配慮してか、カメラのフラッシュは抑えられ、闘技場の周囲は生徒、その生徒の保護者、暇を持て余した校内の関係者、新聞記者などを含めた野次馬たちで埋め尽くされた。


後に帝都百華学園の関係者はこう語った。


『あれは私が今まで務めてきた教師人生の中で、一番驚きと戦慄を覚えた実技試験だった』


と。


「来なさい、『新月』!」


最初に動いたのは、輝夜。


左手を頭上に掲げ、魔力の光が渦巻いた。


そして、彼女の手には月の意匠と装飾が盛り込まれた一つの弓が握られていた。


月の光を思わせる淡く美しい光。皆月家の魔術師たちの特徴で魔術行使をした際に発せられる魔力の光もこのように現れる。


これが、心装士としのて武器、「心装」。


自らの魂にある、プネウマ因子と魔力を結び付けて形にすることで具現化する、怪魔を確実に倒すことが出来る唯一無二の武器である。「西暦の黙示録」を経て、人類が手に入れた怪魔への最終手段だ。


「あれが、輝夜様の心装『新月』!」


「出し惜しみなしって事か!」


「それにあいつ、さっき輝夜様に歯向かったヤツだろ?ボコボコにされるだろ」


「崇村って言っていたけど、同性なだけじゃね?菫様と葵様以外に身内なんていないはずだし」


輝夜が心装を具現化した時、輝夜を称賛する者もいれば、柊也に対して蔑むような一言を言う者もいた。


「……同性だけの赤の他人だったなら、どれだけ良かっただろうな」


柊也は歯ぎしりしながらそう呟いた。


「よそ見をしている場合じゃないわよ!」


「!」


輝夜の声に柊也は正面に向き直る。


「新月」を構え、柊也に照準を向けられ、魔力で構成された矢は真っすぐ放たれた。


「遅い」


その放たれた矢は、柊也に到着する前に燃え尽きた。


「……え!?」


目の前で起きた事に、輝夜は驚愕する。


「矢が当たる前に燃え尽きた……?いや、当たる直前に無詠唱で結界を展開して燃やしたの?でも、結界が張られた瞬間なんて見えなかったわ……」


驚きながらも、輝夜は冷静になって分析する。


今の矢は間違いなく柊也に当たるものだった。軌道修正も、魔力追尾の術式も全くなしの矢。もし命中すれば確実にダメージは入り、輝夜ほどの術者であれば致命傷にもなりうる。


心装から放たれる矢は通常の魔導器よりも攻撃力は高い。攻撃力、防御力などは術者の力量に依存し、必然的に術者の力量が高ければ高いほどその性能も増すと言われている。無論、武器の扱いも重要ではあるが。


「どうやら、只者じゃないようね」


皆月輝夜にとって、自身の矢を無詠唱による結界で防御されたなんて事実は、驚愕でしかなかった。自身が最も得意とする武器である弓を単純な結界だけで防がれるなんて事実は「ありえない」としか言いようがなかった。それだけで彼女は崇村柊也に対する認識を改めさせるには十分だった。


「貴方への認識を改めましょう。貴方は強いわ。私の矢をいとも簡単に防いだのは、貴方が初めてだわ」


それは素直な賞賛であった。


その声を聞いた周辺はどよめき始める。


「何者なんだ……!?アイツ……!?」


「輝夜様の矢を、無詠唱で防いだというのか……!?」


柊也が輝夜の矢を防いだというだけで、周囲はどよめき、動揺していた。


「バカバカしいにも程があるな……」


それに対して、柊也は軽蔑を込めて呟いた。もちろん周囲に聞こえないように。


柊也からすれば、あくまで自分に放たれた遠距離攻撃を結界で防いだだけのことだ。それをまるで以外なことが起きたように騒ぐなんざ、何ておめでたい連中なのだと、軽蔑していた。


しかし、彼女の言うように、無詠唱で防御用の結界を張るということはそれなりに技術を要する。展開範囲の制御、強度及び術式の調整など、結界魔術は元より難易度が高い魔術だ。それを無詠唱で行使するということ自体がかなり能力のある魔術師でもある証拠なのであり、柊也が実力者であるという証明。


それを理解しているからこそ、輝夜は柊也を正しく判断し、正しく評価して賞賛したのだ。


「なら、これはどうかしら!?」


輝夜は即座に魔力で矢を生成し、弓に番える。


魔術師の習得必須ともいえる基礎魔術「魔力生成」。心装だけでは足りない魔力を持った道具を作り出す魔術であり、弓使いや道具を使うことで効果を発揮する魔術師が必ずと言っていいほど習得する。


実力者の心装士はその矢を魔力が続く限り生成することができ、中には矢そのものに特殊効果を付与エンチャントして様々な効果を発揮するものを生成することが可能となる。


輝夜の場合、矢に付与したのは「追尾」の呪術式。


柊也の魔力を僅かな魔力だけで覚えた輝夜は、類感呪術の術式を付与エンチャントした。更に最初の試し打ちと異なり、今度は確実に致命傷を狙うレベルの矢を生成したのだ。


つまり、今から彼女は本気で「崇村柊也を殺す」と意識するほどの感情を込めて矢を放とうとする。


十二の相アニムス装填開始ロードセット申の印サイン・ナイン


それに対して、柊也も魔術の詠唱を開始した。


柊也の周囲に12の魔力の光が現れ、その内の一つが柊也の右腕に吸い込まれるように消えた。残った11の光はそのまま霧散するように消えた。


「アイツ、輝夜様の心装に魔術で対抗しようというのか!?」


野次馬の生徒の一人がそう叫んだ。


そう。


心装はプネウマ因子と魔力が結びついて具現化する唯一無二の武器。それらから発せられる魔力の密度は、心装なしの魔術と違ってケタ違いであり、よっぽどの力量がなければ防御用の魔力障壁などは簡単に打ち負かされる。それは怪魔相手であっても同様であり、魔術戦の基本なのである。


故に、心装を持った相手に対して魔術で対抗するということは、本来であれば愚策中の愚策であり、無謀に近い事。基本中の基本である。


「食らいなさい!!」


輝夜は引き絞った矢を柊也に向けて放つ。


「『金剛・智拳印』!」


柊也は素早く指で印を結び、自身の魔術を発動させた。


すると、柊也の目の前に青黒い炎のような煌めきを持った結界が展開され、輝夜の矢が蒸発した。


「私の矢が……!?それに、一瞬で結界を展開するってなんて速さなのよ!?」


輝夜は驚愕した。


彼が行使したのは法術の一種。九字護身法と呼ばれるもので、印を結んで神秘を起こすというもの。印を正しく結んで魔術的効果を起こすには、修行が必要であり、尚且つ相応の法力が要求される。


「今度はこっちの番だな。十二の相アニムス変換チェンジ巳の印サイン・シックス


先ほど柊也の体内にあった光が放出され、また別の光が柊也の体内に入った。


魔術師の魔術でも、特異なものであることはわかる。だけどそれがどういうものなのかはわからない。傍から見ればそれだけにしか見えない。魔術師に携わるものであっても、その正体はわからない。


――――――――――ただ彼の前に対峙する、彼女を除いては。


「(何なのかしら、あれは?魔力で作られた光とかではなく、光りそのものに魔力の根源のようなものを感じるわ……。降霊術でもなければ、死霊魔術でもない。それに、この感じは……)」


密かに魔力探知と魔眼を通して柊也を視ていた輝夜は冷や汗をかく。


彼女の魔眼は呪詛的な干渉だけではなく、視た者の「陰気」の流れを読むことが出来るもの。月に由来する魔術の研究を行ってきた皆月家の者のほとんどが持つ魔眼であり、高度な使い手になれば時の流れを視、神の視点からの俯瞰という、疑似的な千里眼として使うことが出来るという代物。


だからこそ、今この場にいる人間の中で輝夜は、崇村柊也という人間を正確に認識することが出来る。


“アレは脅威だ”


“アレは危険な存在だ”


“アレは、私が倒すべき存在だ”


と。


柊也は右手の掌を輝夜に向けたのと同時に、彼の体より大きな魔法陣が展開された。


「風穴を開ける覚悟をするがいい。禍津起こすベルヴェルグ妖精の一矢・ガンディル!」


回転し始めると、回転式機関銃の砲身を模したような魔法陣から、暴風の如き魔弾が発射された。


「!!強化ブースト!!」


輝夜は本能で危険を察し、すぐに自らの身体能力に強化ブーストをかけ、その魔弾の嵐を避ける。


その魔弾はただの魔弾ではない。


着弾した所は青黒い炎が残り、それを魔力感知した審判がその炎には呪詛が宿っていることと判断するもの。それに加えてこの発射速度は機関銃の発射速度にすら匹敵し、命中すればかなりのダメージを負うことは必須。


北欧の魔術には「ガンド」と呼ばれる呪術の一種が存在する。輝夜は知識としてそれを知っていたが、元より北欧の魔術である以上、この国ではそれを扱う術者は少ない。魔弾を使う魔術師は数多くあれど、外国の魔術を積極的に扱う魔術師は、少なくとも輝夜はあまり知らない。


先ほどの得体のしれない魔術を使う彼を見て危機感を持った輝夜にとって、現在の状況は危ういと考えている。一発でも当たるわけにもいかない。ならば全力で避け続け、チャンスを探すしかない。


「(とは言っても、このままではジリ貧だわね……!だけど、この分だと魔力切れを起こす可能性を考慮すれば、上手くいけるわ)」


魔術行使には当然ながら魔力を消費する。それは心装を使うことにも変わりはないが、これほどの大きな魔術を行使するということはそれ相応に魔力を消費する。それも機関銃のようにこれほどの魔弾を撃つということは、かなりの魔力消費をするはずなのだ。


魔術師の特徴の一つとして、過度に魔力を消費し、底を尽きた後に起こる極度の疲労感で体が動かなくなる。魔術師にとって魔力切れは戦闘中及び探索中に起きてしまえば生死に関わることであり、適切な処置を行わなければ死亡することもある。そのため純粋な魔術戦闘では「魔力切れを起こさないこと」を最低限行うべき課題とする場合が多い。


回避を続けていると、魔弾の勢いが弱まり始めていた。正確に言うと、魔弾の数が少しずつだが減り始めていた。


魔力がかなり消費され始めていることの証明である。その瞬間を見逃す輝夜ではなかった。


「今ね。コイツを食らって立っていられるかしら!?」


そう言って取り出したのは、一本の矢。


その矢には神秘的な輝きを放っており、煌びやかな装飾が施された美しい矢だった。皆月家伝来の製法によって作ることが出来る特別な矢である。


それを番え、柊也の上に向ける。


「月の光よ!眼下の敵を討ち清め給え!『月下掃射・清浄撃』!!」


呪文を口にし、矢を上空に放つ。


矢は闘技場に上に飛び、弾けるように炸裂する。


「……美しい」


そう漏らしたのは誰か。野次馬の内の一人か、それとも闘技場観客席にいる者か。


炸裂した矢は、まさに月の如き輝きを持って闘技場の上に浮かび輝いた。まだ昼間であるというのに、見る者を魅了し、ある者は畏敬の念を抱いた。


「これで終わりよ!!」


少女の叫びと共に、人工の月は強く輝き、無数の光の矢を振らせた。


「!」


それを見た柊也は攻撃を中止する。


彼の目の前に広がるは、まさに自身を貫こうと降り注ぐ光の矢。皆月輝夜の必殺技と言っても過言ではない、一つ一つが最初に自身に放たれた矢そのもの。


逃げ場はない。これら全てを相殺する魔術と魔力もない。


誰が見ても、崇村柊也には勝ち目はないと思った。それは、彼をずっと見つめ、見守っている八重垣日那にもわかっていた。彼にカメラを向けているメディア関係者たちもそのように感じていた。


――――――――――だが、そのような状況にあっても、彼は諦めない。いや。「諦める」という選択肢はなかった。


故に、彼は既に自らの中で術式を構築していた。輝夜が矢を放っていた時から、既に。


この場で使えば、魔力を失いかねないだろう。仮にこの光の矢を防いだとしても、上手く立っていられるかわからない。


十二の相アニムス排莢ロードアウト。術式、構築工程、完了」


「金剛・智拳印」では防ぎきれないであろうと、僅か一刹那の時間で判断していた柊也は、体内で密かに編んでいた術式の構築を完了させる。同時に体から一つの光が漏れ、それは消える。


「起動―――――――――不毀なりしイミテーション偽証の盾・アイアス!!」


両手を前に突き出す。すると、先ほどの魔弾を発射していた魔法陣とは異なるものが、柊也の前面に展開された。


その魔法陣には七つの星の意匠が込められており、魔法陣をBランクに匹敵する一つの結界魔術として機能させていた。


光の矢が爆撃のように殺到する。激しい衝撃と共に柊也の展開する魔法陣が所々に砕ける。


「なんてメチャクチャなのかしら!?」


目の前で起こる現実に、輝夜は驚愕する。


アイアスとは、ギリシャ神話で最後の戦争と言われたトロイア戦争において、トロイア側の名将として名高き英雄ヘクトールの持っていた聖剣デュランダルを防いだ英雄アイアスのことだ。そして彼の持つ盾をイメージとし、術式として成立させたもの。当然オリジナルではなく魔術であるため、本来のアイアスの盾とは全く劣るものであったが、物理的防御としては優秀だった。


そのはずが輝夜の空より降り注ぐ矢によって砕けているのは、単純に盾の強度に対して輝夜の矢の量が多いからだ。


魔力が続く限り盾は展開され続けるが、輝夜の矢がどれだけ続くかはわからない。矢が尽きる前にこちらが持たないかもしれない。


柊也はそう考えつつ、盾の維持に全力を注ぐ。この爆撃を乗り越えた後、どうするかはまだ考えていない。だが、反撃の手を緩めようとも思ってはいない。


「!!」


盾にヒビが入る。


盾を展開してまだ数秒しか経っていないはずだが、少し長く感じた。


そして、砕け散った。


「ぐぅ!!」


柊也の体に、放たれていた矢の内、3本が命中する。


命中した所からは血が溢れ、盾の維持に全力を注いだからか、顔色も悪く、息を切らしていた。


「……大したものだわ。私の技を受けても、まだ立っていられるのね」


輝夜は少し息を切らしながら言った。


元よりこの技は輝夜の持ちうる技の中でもとっておきでもある。自ら作った、特殊な矢を使った魔術を行使したため、彼女の体内にも魔力は少し欠乏していた。


「審判、判定は?もう彼はこれ以上戦えないわ。すぐに医療班を呼んで」


審判に判定を下すように言う輝夜。


目の前で起きた光景を、生徒や観客たちは驚きの表情で見ているしかなかった。崇村柊也は既に戦闘不可能に等しき状態にあり、勝敗は誰にでも明らかだった。


「判定、皆月――――――――――」


その状況を踏まえ、審判は判定を下そうとする。


勝敗は、皆月輝夜の勝ちだと。誰もが、そう思っていた。



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