予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第7話「互いを知ること」
闘技場は実技教育や公式の心装士・魔術師の戦闘訓練及び試合を行う時に使う場所である。全体の生徒数が多いため、闘技場は一つだけではなく、複数存在する。噂によると地下にもあるのだとか。
闘技場には既に多くの入学生や見学に来ていた上級生、スタッフとして来ている教員や一般人たちで溢れかえっており、たくさんの人混みが出来ていた。観客席にも見物人が多くいて、周りを見渡せば取材に来ているマスコミのカメラや記者たちもいた。
これほどマスコミと言ったメディア関係者が来るということは今年の入学生には十二師家の関係者が多くいるという可能性も高い。それも上位の成績優秀者たちがそうだろう。
山に住んでいた時は時々椿さんが買ってきた新聞などを読んで世間の情報を仕入れていただけでSNSの類を見たことはなかったが、実際にこうして見てみると十二師家の影響というのはオレが思っていた以上に大きいようだ。彼らが持つその役目のことを考えると世間の注目を浴びるというのも無理はない。
オレは指定されている闘技場の前でスタンバイしていた。実技試験で使う装備も整えているし、後はある程度の微調整だけ。ここまで来ればもう妨害を心配することはあるまい。
「それにしても、これだけ人がいたら隠すことは出無理だろうな」
オレは周りを見ながら言った。どこもかしこもカメラだったり、生徒たちの視線がオレや闘技場に向けられているのがわかる。カメラに至ってはテレビ局のものだし、完全に撮影する気満々だ。相手があの十二師家の一つの皆月家の令嬢だからか。オレに関しては、まだ名を名乗っていないから誰も興味を示していないだろう。さっき魔眼を向けられたことを見た人がいない限りは。
実技試験開始まで時間が迫っているが、不思議と今のオレに緊張感はない。
何しろ、戦闘鍛錬何かは椿さんにみっちりとしごかれたし、死にかけたことなんて何度もある。なので実技試験前の緊張は特に感じない。それに、オレの実技試験の相手である皆月輝夜の力量は、ある程度読めた。
「受験番号20番、受験番号51番。実技試験開始10分前ですので、闘技場に待機お願いします」
教員がメガホンを使って言った。実技試験まで後10分のようだ。
「もうすぐ実技試験ですけど、大丈夫ですか?」
今オレの隣にいる日那が言った。
「大丈夫だ。相手が誰であろうと、簡単に負けるつもりはない。それが十二師家相手であろうとな」
やるからには徹底的にやる。やるからには簡単には負けない。
椿さんや怪魔と戦ったことがあるとは言え、相手は十二師家だ。魔眼封じをしていないことから、魔眼の制御が出来ている魔術師であることは間違いない。心装士としての実力はわからないが、高い実力を持っていることは間違いないだろう。変に油断すればこちらが痛い目を見る。
力量を読めたと言っても、皆月輝夜の実力を完全に理解したわけではない。推測と実戦とでは全く違う。
「そう言えば、まだわたしの名前を教えていませんでした」
「い、いきなり自己紹介ってそれはどうかと思うぞ……」
「そ、それはそうですが!お互い名前を知っていた方が不便ではないかなと思いまして……」
「そう言われたら、そうかもしれないが……」
そう言われたら、オレも自ら名前を名乗っていないことに気が引けてしまう。それはそれで彼女は何も間違ったことは言っていないし、彼女の名前を知っていると言っても単純にさっき皆月輝夜と軽くもめた時に聞いただけでオレが一方的に知っているだけだ。苗字まで知らない。
聞いたわけでもないのに、オレだけ一方的に名前を知っているだけなのも、今頃になって気が引けてしまうような気分だ。……我ながら変なヤツだ。
「結局、オレは君の名前を一方的にしか知らないからな。……苗字はまた後でいいか?」
「え?はい、いいですよ。……何か、事情があるのですね。輝夜さんに名乗れと言われていたけど、名乗りませんでしたし」
「事情があるかと言われたら、まぁ、ある。今あの場で名乗っていたら実技試験前にもっと厄介な事になりかねないと思ったからな」
「……それであの時名乗らなかったのですね」
どうやら、彼女は理解してくれたようだ。オレの事情は色々と複雑だし、あまり彼女を巻き込みたくない。何しろオレの極めて個人的な事情だからだ。
「理解してくれて助かる。……そうだな。オレのことは柊也という名前だ」
オレは名前を教えた。苗字を知るのは、今は知らない方がいい。名乗っていいかもしれないが、彼女は崇村家の縁者と思われる先輩に襲われたばかりだ。オレが「崇村」だと思われるのは、実技試験前の彼女に余計な精神的な負担を強いるわけにはいかない。
「柊也さん……。しっかり覚えておきますね。わたしの名前は、八重垣日那といいます。よろしくお願いします!」
八重垣日那……。うん、やっぱりいい名前だと思……う……?
「うっ……!!」
突然、凄まじい頭痛がし始めた。
「え、だ、大丈夫ですか!?」
八重垣の声がした気がするが、頭が割れるような激痛としか言いようがない何かのせいでよく聞こえない。
だけど、その頭痛は不思議なほどに長く続かず、しばらくすると何事もなかったかのように落ち着いた。訳も分からないほどに。
こんなことは、今までに何もなかったのに。強いて言うなら、寝ている時にうなされる事はあるけど、こんな、胸が同時に苦しくなるような頭痛は、一度もなかった。
「だ、大丈夫だ……。もう問題はない」
八重垣の方を見ると、オレを心配しているような表情を浮かべていた。いきなり目の前でこんな姿を見れば、誰だって慌ててしまうというものというヤツだろう。オレはすぐに大丈夫であることを告げた。
実技試験前だったからこそよかったものの、こんなことが戦闘中に起きてしまえば大変な事になっていた。どうせなるものなら、今ここでなってしまった方がいい。幸い、この頭痛は長続きしないようだし、今考える必要はないだろう。
「そう、ですか……。本当に、大丈夫なのですね?」
「大丈夫だと言っているだろう。自分の体調は、自分がよく知っているつもりだ」
彼女は未だに心配そうにしているが、大丈夫なものは大丈夫だとしか言いようがない。心配してくれるのはありがたいけど。
「そう言えば、君は皆月輝夜とどういう関係なんだ?さっき彼女を止めた時、どこか親しい関係じゃないかと感じたんだが」
オレが皆月輝夜の魔眼を受けていた時、八重垣は輝夜に一言言って止めた。その時の喋り方はまるで友人に言うものじゃないかと感じた。
もしかすると、彼女、八重垣日那が実は十二師家じゃないかと、密かに思った。オレのことをどこからか聞きつけたのか、探るために近づいたのではないかと思っていたのだ。
「はい。わたしと輝夜は、友達なんです。今時珍しいですけど、色々あって友達になったのでして……」
「……十二師家の令嬢とかそんなのと友人になるとか、よっぽどの事でなければなれるものじゃないと思うぞ」
普通であればそのようなことが出来ることはない。十二師家と壁外都市出身者とでは住んでいる世界も、環境も、何もかもが違う。
共通点があるとすれば、この国に住んでいるということだけ。
壁外都市と学園都市及び県庁都市に住む者たちとでは、根本的に価値観が違う。そのため、表面化していないだけで反りが合わない人たちは多く、互いに強い縄張り意識であったりと問題が起きたりする。この世界は、そんな問題が多くある場所だ。
そんな育った環境も違うであろう2人が友人だなんて、正直言って信じられない。
「でも、輝夜はいい人なんです。あんまり友達がいなかったわたしにとって、唯一の友達だから。それに、輝夜は平気で人を傷つけるような人じゃないです」
「……十二師家を基準にしたら、そうかもしれないな」
オレの個人的な事情で名前を名乗らなかったことが原因とは言え、人様に魔眼をふっかけたりしていた時点でどうかと思うし、疑問符しか出てこないんだが。
十二師家は清廉潔白というわけでは絶対にない。だから、オレが叩きのめした先輩たちが十二師家の縁者であると聞いた彼女が少し怯えたりしていたのだ。彼らに関わるとロクでもないことが起きると知っていなければ、あんな反応はありえない。
そう考えたら、八重垣が十二師家の関係者でないことは明白だ。そう考えるまで、彼女のことを少しでも疑っていたことは良くなかった。
「あの、やっぱり、柊也さんは十二師家と何か縁があるのでしょうか?」
直球で聞いてきた。今の話の流れでそれを聞いてくるとは、中々の肝が据わった人だと思った。
「……縁があるかないかと言われたら、ある。それはすぐにわかることだが」
「そうなのですね。それほど、深い事情なのですね」
深すぎるから、彼女を巻き込みたくないのだが。
オレの名前は後数分後の実技試験でわかること。ここで隠す必要性はもう今更ないのだが、実技試験がもう近いから、まぁ言わなくてもいいと思ったから。
……本当にオレの秘密主義は、どうかしたら気持ち悪いレベルだな。自分で嫌になる。
「オレは別に、君と皆月輝夜が友人関係であろうとなかろうと関係はない。だが、一つだけ忠告はしておくから、よく聞いてほしい」
「忠告、ですか?」
それはそれ。オレは、一応彼女のために一つだけ忠告することにした。
「十二師家の連中に入れ込むことだけはやめた方がいいぞ。変に関わったりすれば、いずれ一生後悔をするようなことになりかねないからな」
「え……」
オレのその忠告に、八重垣は驚いた顔をした。
オレが言っていることは本気だ。十二師家に壁外都市出身者とか、そこら辺の一般人が関わったりすると大抵はロクでもないことばかりが起きる。
この国においても、権力を有するが故に持つその負の側面は彼女にとって障害になりうるし、関わらせたくないものだ。どうかしてしまうと不幸になる道しかない。
それに、皆月輝夜のことを友人関係と言っても、本当に皆月輝夜が八重垣を心の底から友人と思っているのかが怪しい。友人関係と思っているのは実は八重垣だけで皆月輝夜はそうでもないということだってありうる。裏切らないという保証はない。とは言え、彼女たちの事情を深く知らないオレが言うことではないのだが。
そういうことがありうるからこそ、オレは彼女に入れこまないように忠告した。
「……」
彼女は黙り込んでしまった。
皆月輝夜と彼女の関係は、オレには実際関係ない。そして裏切られた時に後悔するのも彼女だし、その辺は自己責任ということになる。
それで不幸になるなんてことは、客観的に見ても悲劇でしかない。そんなことが、あってほしくない。
「わかったか?どんなに友人関係を築いても、それが長く続くわけではない。オレたちは、生まれる場所も、生まれる家も選べない。持って生まれた属性というのは変えられない。その属性というものは、死ぬまでつきまとう。合わないものは合わないのだから―――――――」
「そうですか。なら、放っておいてください」
オレの言葉を遮るように、彼女は言った。
「……何?」
それに対して、オレは一瞬キョトンとした。
「貴方にはわかりません。貴方は、輝夜のことを何も知らないし、わたしのことも、何も知らない」
彼女の口から出てきたのは、強めの口調だった。
「十二師家のことをわたしはよく知りませんし、貴方のこともよく知りません。だけど―――――――――」
そう言って彼女は、その強い眼差しをオレに真っすぐ向けた。
「わたしと彼女の関係を、壊そうとしないでください。わたしと彼女の関係は、周りの人たちがどうこう言って壊れるほど脆い関係なんかじゃありません。だから―――――――、知ったような口を聞かないでください。ハッキリ言って、不愉快です」
「―――――――――ッ」
ハッキリとオレに言った。
それは、明確な「不愉快」という感情が込められた強い言葉だった。
悪意でもなく、敵意でもなく、軽蔑でもなく、侮蔑でもない、どこまで真っすぐな言葉だった
その明確な強い意志を伴った言葉に対して返せる言葉を、オレは持ち合わせていなかった。いや、それに返す権利はなかった。
「……そうだな。すまない」
「い、いいえ。何だか、わたしもすみません。出過ぎたことを……」
「いいや。今のはオレが悪かった。君たちのことを、まだ何も知らないのに」
オレは頭を下げて謝罪した。
これに関しては、オレの私怨が混じった価値観の押し付けでしかなかった。反省しなければならない。このことに関しては責められてもおかしくないし、どうかしたらこの場で斬られてもしょうがないぐらいだ。
『受験番号51番、20番。スタンバイお願いします』
アナウンスが鳴った。どうやら、もうすぐ実技試験開始のようだ。
「柊也さん、頑張ってください。輝夜は強いですので、くれぐれも無理しないで」
「あ、ああ。別にそこまで言わなくても……」
まるで戦場に行く兵士を見送る人のように彼女は言った。まだ会って1日も経っていない相手に送る言葉とは、ちょっと思えなかった。
……ああ。でもなぜだろう。
胸の中が、とても――――――――――。
「両者、位置につけ!」
審判役の教師がそう言った。
先ほどまでの思考を一時的に封じ、意識を切り替える。
闘技場の中は文字通りの決闘場と言うべき内装だ。広範囲の攻撃などが行われることを想定してか、サッカーコート並みの広さで作られており、コート外には攻撃が外に出ないように結界が張られていた。その外側にはテレビ局の連中がカメラを向けており、見学者たちは闘技場に設けられた座席などに座って観戦していた。
「受験番号を確認します。受験番号に該当する受験者は返事をしてください受験番号20番、皆月輝夜」
「はい」
審判が名簿を読み上げて言った。それに対し、反対側の入り口から入ってきた皆月輝夜が答え、同時に顔写真と名前が闘技場内のスクリーンに映し出された。そこにカメラのフラッシュが光り始める。
流石十二師家というべきか。世間の注目度があるだけにこのような事があるのは当然ということだろう。
――――――――――思えば、ここまで長かった。
あの地獄から今日に至るまでの長い月日。復讐のために生き続け、ようやくこの舞台に立つことが出来た。
やることは既に決まっている。ならば、後は障害を排除し続ければいいだけのこと。
「受験番号51番、崇村柊也」
「はい」
――――――――――え?崇村?
――――――――――崇村って、菫様と葵様しかいないんじゃ……?
――――――――――聞いたことないぞ、崇村にあんな奴がいるなんて……。
オレの名前が読み上げられた瞬間、闘技場内がザワつき始めた。
「―――――――――――――――」
対する、皆月輝夜は驚きと共に険しい表情でこちらを睨みつけていた。
このような反応になるとは想定内だ。何しろ、オレが崇村であることを知っているのは、この学園の中では学園長と口止めをされていた審判役を務める教師のみだ。
椿さんは事前に学園長に依頼をし、オレの抹消された記録を復元することを頼んでいた。そうでなければ学園入学をすることは出来ず、筆記試験すら受けられなかった。ごく一部の人間にしかオレのことを教えず、内密にしていたのは崇村本家に知られ、今日この時が来るまで刺客を送られるようなことがないようにするため。そうでなければ、オレの復讐は始まらない。
記録に残っていないのだから、再度殺してしまえばいいと普通に考えきれる奴らだ。連中の事だから、何が何でもオレを殺そうとしていただろう。
「―――――――――何となく、そんな気はしていたけど。貴方、崇村家の人間だったのね。それも、本来であれば存在しないはずの。いや、正確に言うと、存在していたはずの、ね」
皆月輝夜が口を開いた。
「流石、関東六家の中でもお高い所にいる皆月家は知っているか。驚いているようだが、それにしても反応は薄いな」
少なくとも、同年代の十二師家でオレのことを知らない人間は反対に少ないだろう。須久根辺りは知っているかもしれないが。
「ええ。さっき、私の魔眼を受けていた時、全然効いていなかったみたいだから。私の魔眼の呪詛を受けて、今でもこうして平然と立っていられる人間は貴方を含めてほんの一部しかいないわ。それも、対呪詛用の魔導器なしで」
皆月輝夜は鋭い視線をこちらに向けながら言った。
魔導器とは魔力と神秘を持ち、様々な効果を発揮するアイテムだ。わかりやすく言えば、魔女の箒や邪気払いの御守りなども魔導器の内に入る。
「そうだな。確かに、今のオレはその手の魔導器は持っていない。何しろ必要ないからな」
ある理由から、オレには呪いが効きにくいという話だが。効かないのではない。それ以上に強力な呪詛であれば通じるというのであって。
それでもさっきオレが受けた彼女の魔眼の呪詛は本気ではなかった。本気で魔眼を使った場合、どうなるのかまではわからない。それでも万が一に備えて、椿さんに対呪術戦の訓練も施されたのだが。
「そう。……なら、手加減はいらないわね。言っておくけど、私は基本的に手加減しない主義なの。死にかけても責任は持たないわ。持つつもりも毛頭ないけど」
彼女はそう言うと、闘技場の中に改めて入った。
「話が早くて助かる。十二師家相手なら、特に手加減をする必要はない。相手にとって不足なしということだな」
オレも同じく闘技場の中に入り、スタート位置についた。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
実技試験のルールは、両者が降参、もしくは気絶で勝敗を決める。制限時間までに決着がつかなかった場合、審判の判定で勝敗を決めるというルールだ。
「両者、始め!」
号令と共に、オレは口角を無意識に吊り上げながら、それに応えた。
さあ、始めよう。
今こそ、復讐のための第一歩。
華々しき初陣を、ここに飾るとしよう。
闘技場には既に多くの入学生や見学に来ていた上級生、スタッフとして来ている教員や一般人たちで溢れかえっており、たくさんの人混みが出来ていた。観客席にも見物人が多くいて、周りを見渡せば取材に来ているマスコミのカメラや記者たちもいた。
これほどマスコミと言ったメディア関係者が来るということは今年の入学生には十二師家の関係者が多くいるという可能性も高い。それも上位の成績優秀者たちがそうだろう。
山に住んでいた時は時々椿さんが買ってきた新聞などを読んで世間の情報を仕入れていただけでSNSの類を見たことはなかったが、実際にこうして見てみると十二師家の影響というのはオレが思っていた以上に大きいようだ。彼らが持つその役目のことを考えると世間の注目を浴びるというのも無理はない。
オレは指定されている闘技場の前でスタンバイしていた。実技試験で使う装備も整えているし、後はある程度の微調整だけ。ここまで来ればもう妨害を心配することはあるまい。
「それにしても、これだけ人がいたら隠すことは出無理だろうな」
オレは周りを見ながら言った。どこもかしこもカメラだったり、生徒たちの視線がオレや闘技場に向けられているのがわかる。カメラに至ってはテレビ局のものだし、完全に撮影する気満々だ。相手があの十二師家の一つの皆月家の令嬢だからか。オレに関しては、まだ名を名乗っていないから誰も興味を示していないだろう。さっき魔眼を向けられたことを見た人がいない限りは。
実技試験開始まで時間が迫っているが、不思議と今のオレに緊張感はない。
何しろ、戦闘鍛錬何かは椿さんにみっちりとしごかれたし、死にかけたことなんて何度もある。なので実技試験前の緊張は特に感じない。それに、オレの実技試験の相手である皆月輝夜の力量は、ある程度読めた。
「受験番号20番、受験番号51番。実技試験開始10分前ですので、闘技場に待機お願いします」
教員がメガホンを使って言った。実技試験まで後10分のようだ。
「もうすぐ実技試験ですけど、大丈夫ですか?」
今オレの隣にいる日那が言った。
「大丈夫だ。相手が誰であろうと、簡単に負けるつもりはない。それが十二師家相手であろうとな」
やるからには徹底的にやる。やるからには簡単には負けない。
椿さんや怪魔と戦ったことがあるとは言え、相手は十二師家だ。魔眼封じをしていないことから、魔眼の制御が出来ている魔術師であることは間違いない。心装士としての実力はわからないが、高い実力を持っていることは間違いないだろう。変に油断すればこちらが痛い目を見る。
力量を読めたと言っても、皆月輝夜の実力を完全に理解したわけではない。推測と実戦とでは全く違う。
「そう言えば、まだわたしの名前を教えていませんでした」
「い、いきなり自己紹介ってそれはどうかと思うぞ……」
「そ、それはそうですが!お互い名前を知っていた方が不便ではないかなと思いまして……」
「そう言われたら、そうかもしれないが……」
そう言われたら、オレも自ら名前を名乗っていないことに気が引けてしまう。それはそれで彼女は何も間違ったことは言っていないし、彼女の名前を知っていると言っても単純にさっき皆月輝夜と軽くもめた時に聞いただけでオレが一方的に知っているだけだ。苗字まで知らない。
聞いたわけでもないのに、オレだけ一方的に名前を知っているだけなのも、今頃になって気が引けてしまうような気分だ。……我ながら変なヤツだ。
「結局、オレは君の名前を一方的にしか知らないからな。……苗字はまた後でいいか?」
「え?はい、いいですよ。……何か、事情があるのですね。輝夜さんに名乗れと言われていたけど、名乗りませんでしたし」
「事情があるかと言われたら、まぁ、ある。今あの場で名乗っていたら実技試験前にもっと厄介な事になりかねないと思ったからな」
「……それであの時名乗らなかったのですね」
どうやら、彼女は理解してくれたようだ。オレの事情は色々と複雑だし、あまり彼女を巻き込みたくない。何しろオレの極めて個人的な事情だからだ。
「理解してくれて助かる。……そうだな。オレのことは柊也という名前だ」
オレは名前を教えた。苗字を知るのは、今は知らない方がいい。名乗っていいかもしれないが、彼女は崇村家の縁者と思われる先輩に襲われたばかりだ。オレが「崇村」だと思われるのは、実技試験前の彼女に余計な精神的な負担を強いるわけにはいかない。
「柊也さん……。しっかり覚えておきますね。わたしの名前は、八重垣日那といいます。よろしくお願いします!」
八重垣日那……。うん、やっぱりいい名前だと思……う……?
「うっ……!!」
突然、凄まじい頭痛がし始めた。
「え、だ、大丈夫ですか!?」
八重垣の声がした気がするが、頭が割れるような激痛としか言いようがない何かのせいでよく聞こえない。
だけど、その頭痛は不思議なほどに長く続かず、しばらくすると何事もなかったかのように落ち着いた。訳も分からないほどに。
こんなことは、今までに何もなかったのに。強いて言うなら、寝ている時にうなされる事はあるけど、こんな、胸が同時に苦しくなるような頭痛は、一度もなかった。
「だ、大丈夫だ……。もう問題はない」
八重垣の方を見ると、オレを心配しているような表情を浮かべていた。いきなり目の前でこんな姿を見れば、誰だって慌ててしまうというものというヤツだろう。オレはすぐに大丈夫であることを告げた。
実技試験前だったからこそよかったものの、こんなことが戦闘中に起きてしまえば大変な事になっていた。どうせなるものなら、今ここでなってしまった方がいい。幸い、この頭痛は長続きしないようだし、今考える必要はないだろう。
「そう、ですか……。本当に、大丈夫なのですね?」
「大丈夫だと言っているだろう。自分の体調は、自分がよく知っているつもりだ」
彼女は未だに心配そうにしているが、大丈夫なものは大丈夫だとしか言いようがない。心配してくれるのはありがたいけど。
「そう言えば、君は皆月輝夜とどういう関係なんだ?さっき彼女を止めた時、どこか親しい関係じゃないかと感じたんだが」
オレが皆月輝夜の魔眼を受けていた時、八重垣は輝夜に一言言って止めた。その時の喋り方はまるで友人に言うものじゃないかと感じた。
もしかすると、彼女、八重垣日那が実は十二師家じゃないかと、密かに思った。オレのことをどこからか聞きつけたのか、探るために近づいたのではないかと思っていたのだ。
「はい。わたしと輝夜は、友達なんです。今時珍しいですけど、色々あって友達になったのでして……」
「……十二師家の令嬢とかそんなのと友人になるとか、よっぽどの事でなければなれるものじゃないと思うぞ」
普通であればそのようなことが出来ることはない。十二師家と壁外都市出身者とでは住んでいる世界も、環境も、何もかもが違う。
共通点があるとすれば、この国に住んでいるということだけ。
壁外都市と学園都市及び県庁都市に住む者たちとでは、根本的に価値観が違う。そのため、表面化していないだけで反りが合わない人たちは多く、互いに強い縄張り意識であったりと問題が起きたりする。この世界は、そんな問題が多くある場所だ。
そんな育った環境も違うであろう2人が友人だなんて、正直言って信じられない。
「でも、輝夜はいい人なんです。あんまり友達がいなかったわたしにとって、唯一の友達だから。それに、輝夜は平気で人を傷つけるような人じゃないです」
「……十二師家を基準にしたら、そうかもしれないな」
オレの個人的な事情で名前を名乗らなかったことが原因とは言え、人様に魔眼をふっかけたりしていた時点でどうかと思うし、疑問符しか出てこないんだが。
十二師家は清廉潔白というわけでは絶対にない。だから、オレが叩きのめした先輩たちが十二師家の縁者であると聞いた彼女が少し怯えたりしていたのだ。彼らに関わるとロクでもないことが起きると知っていなければ、あんな反応はありえない。
そう考えたら、八重垣が十二師家の関係者でないことは明白だ。そう考えるまで、彼女のことを少しでも疑っていたことは良くなかった。
「あの、やっぱり、柊也さんは十二師家と何か縁があるのでしょうか?」
直球で聞いてきた。今の話の流れでそれを聞いてくるとは、中々の肝が据わった人だと思った。
「……縁があるかないかと言われたら、ある。それはすぐにわかることだが」
「そうなのですね。それほど、深い事情なのですね」
深すぎるから、彼女を巻き込みたくないのだが。
オレの名前は後数分後の実技試験でわかること。ここで隠す必要性はもう今更ないのだが、実技試験がもう近いから、まぁ言わなくてもいいと思ったから。
……本当にオレの秘密主義は、どうかしたら気持ち悪いレベルだな。自分で嫌になる。
「オレは別に、君と皆月輝夜が友人関係であろうとなかろうと関係はない。だが、一つだけ忠告はしておくから、よく聞いてほしい」
「忠告、ですか?」
それはそれ。オレは、一応彼女のために一つだけ忠告することにした。
「十二師家の連中に入れ込むことだけはやめた方がいいぞ。変に関わったりすれば、いずれ一生後悔をするようなことになりかねないからな」
「え……」
オレのその忠告に、八重垣は驚いた顔をした。
オレが言っていることは本気だ。十二師家に壁外都市出身者とか、そこら辺の一般人が関わったりすると大抵はロクでもないことばかりが起きる。
この国においても、権力を有するが故に持つその負の側面は彼女にとって障害になりうるし、関わらせたくないものだ。どうかしてしまうと不幸になる道しかない。
それに、皆月輝夜のことを友人関係と言っても、本当に皆月輝夜が八重垣を心の底から友人と思っているのかが怪しい。友人関係と思っているのは実は八重垣だけで皆月輝夜はそうでもないということだってありうる。裏切らないという保証はない。とは言え、彼女たちの事情を深く知らないオレが言うことではないのだが。
そういうことがありうるからこそ、オレは彼女に入れこまないように忠告した。
「……」
彼女は黙り込んでしまった。
皆月輝夜と彼女の関係は、オレには実際関係ない。そして裏切られた時に後悔するのも彼女だし、その辺は自己責任ということになる。
それで不幸になるなんてことは、客観的に見ても悲劇でしかない。そんなことが、あってほしくない。
「わかったか?どんなに友人関係を築いても、それが長く続くわけではない。オレたちは、生まれる場所も、生まれる家も選べない。持って生まれた属性というのは変えられない。その属性というものは、死ぬまでつきまとう。合わないものは合わないのだから―――――――」
「そうですか。なら、放っておいてください」
オレの言葉を遮るように、彼女は言った。
「……何?」
それに対して、オレは一瞬キョトンとした。
「貴方にはわかりません。貴方は、輝夜のことを何も知らないし、わたしのことも、何も知らない」
彼女の口から出てきたのは、強めの口調だった。
「十二師家のことをわたしはよく知りませんし、貴方のこともよく知りません。だけど―――――――――」
そう言って彼女は、その強い眼差しをオレに真っすぐ向けた。
「わたしと彼女の関係を、壊そうとしないでください。わたしと彼女の関係は、周りの人たちがどうこう言って壊れるほど脆い関係なんかじゃありません。だから―――――――、知ったような口を聞かないでください。ハッキリ言って、不愉快です」
「―――――――――ッ」
ハッキリとオレに言った。
それは、明確な「不愉快」という感情が込められた強い言葉だった。
悪意でもなく、敵意でもなく、軽蔑でもなく、侮蔑でもない、どこまで真っすぐな言葉だった
その明確な強い意志を伴った言葉に対して返せる言葉を、オレは持ち合わせていなかった。いや、それに返す権利はなかった。
「……そうだな。すまない」
「い、いいえ。何だか、わたしもすみません。出過ぎたことを……」
「いいや。今のはオレが悪かった。君たちのことを、まだ何も知らないのに」
オレは頭を下げて謝罪した。
これに関しては、オレの私怨が混じった価値観の押し付けでしかなかった。反省しなければならない。このことに関しては責められてもおかしくないし、どうかしたらこの場で斬られてもしょうがないぐらいだ。
『受験番号51番、20番。スタンバイお願いします』
アナウンスが鳴った。どうやら、もうすぐ実技試験開始のようだ。
「柊也さん、頑張ってください。輝夜は強いですので、くれぐれも無理しないで」
「あ、ああ。別にそこまで言わなくても……」
まるで戦場に行く兵士を見送る人のように彼女は言った。まだ会って1日も経っていない相手に送る言葉とは、ちょっと思えなかった。
……ああ。でもなぜだろう。
胸の中が、とても――――――――――。
「両者、位置につけ!」
審判役の教師がそう言った。
先ほどまでの思考を一時的に封じ、意識を切り替える。
闘技場の中は文字通りの決闘場と言うべき内装だ。広範囲の攻撃などが行われることを想定してか、サッカーコート並みの広さで作られており、コート外には攻撃が外に出ないように結界が張られていた。その外側にはテレビ局の連中がカメラを向けており、見学者たちは闘技場に設けられた座席などに座って観戦していた。
「受験番号を確認します。受験番号に該当する受験者は返事をしてください受験番号20番、皆月輝夜」
「はい」
審判が名簿を読み上げて言った。それに対し、反対側の入り口から入ってきた皆月輝夜が答え、同時に顔写真と名前が闘技場内のスクリーンに映し出された。そこにカメラのフラッシュが光り始める。
流石十二師家というべきか。世間の注目度があるだけにこのような事があるのは当然ということだろう。
――――――――――思えば、ここまで長かった。
あの地獄から今日に至るまでの長い月日。復讐のために生き続け、ようやくこの舞台に立つことが出来た。
やることは既に決まっている。ならば、後は障害を排除し続ければいいだけのこと。
「受験番号51番、崇村柊也」
「はい」
――――――――――え?崇村?
――――――――――崇村って、菫様と葵様しかいないんじゃ……?
――――――――――聞いたことないぞ、崇村にあんな奴がいるなんて……。
オレの名前が読み上げられた瞬間、闘技場内がザワつき始めた。
「―――――――――――――――」
対する、皆月輝夜は驚きと共に険しい表情でこちらを睨みつけていた。
このような反応になるとは想定内だ。何しろ、オレが崇村であることを知っているのは、この学園の中では学園長と口止めをされていた審判役を務める教師のみだ。
椿さんは事前に学園長に依頼をし、オレの抹消された記録を復元することを頼んでいた。そうでなければ学園入学をすることは出来ず、筆記試験すら受けられなかった。ごく一部の人間にしかオレのことを教えず、内密にしていたのは崇村本家に知られ、今日この時が来るまで刺客を送られるようなことがないようにするため。そうでなければ、オレの復讐は始まらない。
記録に残っていないのだから、再度殺してしまえばいいと普通に考えきれる奴らだ。連中の事だから、何が何でもオレを殺そうとしていただろう。
「―――――――――何となく、そんな気はしていたけど。貴方、崇村家の人間だったのね。それも、本来であれば存在しないはずの。いや、正確に言うと、存在していたはずの、ね」
皆月輝夜が口を開いた。
「流石、関東六家の中でもお高い所にいる皆月家は知っているか。驚いているようだが、それにしても反応は薄いな」
少なくとも、同年代の十二師家でオレのことを知らない人間は反対に少ないだろう。須久根辺りは知っているかもしれないが。
「ええ。さっき、私の魔眼を受けていた時、全然効いていなかったみたいだから。私の魔眼の呪詛を受けて、今でもこうして平然と立っていられる人間は貴方を含めてほんの一部しかいないわ。それも、対呪詛用の魔導器なしで」
皆月輝夜は鋭い視線をこちらに向けながら言った。
魔導器とは魔力と神秘を持ち、様々な効果を発揮するアイテムだ。わかりやすく言えば、魔女の箒や邪気払いの御守りなども魔導器の内に入る。
「そうだな。確かに、今のオレはその手の魔導器は持っていない。何しろ必要ないからな」
ある理由から、オレには呪いが効きにくいという話だが。効かないのではない。それ以上に強力な呪詛であれば通じるというのであって。
それでもさっきオレが受けた彼女の魔眼の呪詛は本気ではなかった。本気で魔眼を使った場合、どうなるのかまではわからない。それでも万が一に備えて、椿さんに対呪術戦の訓練も施されたのだが。
「そう。……なら、手加減はいらないわね。言っておくけど、私は基本的に手加減しない主義なの。死にかけても責任は持たないわ。持つつもりも毛頭ないけど」
彼女はそう言うと、闘技場の中に改めて入った。
「話が早くて助かる。十二師家相手なら、特に手加減をする必要はない。相手にとって不足なしということだな」
オレも同じく闘技場の中に入り、スタート位置についた。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
実技試験のルールは、両者が降参、もしくは気絶で勝敗を決める。制限時間までに決着がつかなかった場合、審判の判定で勝敗を決めるというルールだ。
「両者、始め!」
号令と共に、オレは口角を無意識に吊り上げながら、それに応えた。
さあ、始めよう。
今こそ、復讐のための第一歩。
華々しき初陣を、ここに飾るとしよう。
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