予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第3話「少女の憂鬱」
わたし、八重垣日那は、いわゆる凡人だ。
実力主義の傾向が強い心装士の世界の中でも、私の全体的な能力は基本中の基本を修めている程度で、特別に強力な術が使えるというわけでもなく、だからと言って強力な技を持っているわけでもない。
元々わたしの家は一般人の家柄だ。父が個人営業で何でも屋をやっている心装士で母は一般人。魔術師の世界などでよく見られる名家の出身とか、そんなのでも何でもない、ごく普通の一般家庭だ。父が腕の良いこともあってそれなり裕福な程度でわたしの家が特別というわけではない。
ある出来事がきっかけで、わたしは心装士に、いや強い剣士になることを夢に持つようになった。だから心装士になるために、わたしは努力をし続けた。勉強だって頑張った。だから、帝都百華学園への入学が決まった時は心の底から喜んだし、居心地が悪い実家から出て行くことが出来ると安堵した。学力試験の合格発表が家に来た時は、それこそ飛び跳ねるほどにすごく嬉しかった。
だけど、今日は運が悪かった。
待機室に向かう途中、上級生の人たちにいきなり声をかけられて、無理やり連れていかれそうになった。それを拒絶したら、思いっきりビンタされた。口の中を軽く切るほどの勢いと強さでそれも遠慮というものがない。
相手が、あの十二師家の崇村の関係者であることを知った時は、恐ろしかった。
この国では十二師家の権力は絶対的だ。わたしのような平民では、その力の差は歴然で純粋な力だけではなく、権力で人生を潰されてしまうほどだ。そういう印象だからか、わたしはそんな人たちが多く集まるような入学式には参加せず、受付と荷物を預けて、待機室にいようと思っていたぐらいだ。
十二師家相手に逆らったら、わたしの今までの人生を台無しにされてしまう。だけどわたしは、それでも屈したくない一心で拒絶したが、相手はそのような暴力に出た。
反撃したいけど出来ない。そんな状況の中、凄まじい事が目の前で起きた。
見ず知らずの人が、その上級生たちを一方的に、魔術をほとんど使わずに叩きのめしていた。しかもほとんどが骨折とかをするほどで、目の前で悲鳴を上げて倒されていた。
目の前で起きたその状況の中でわたしは唖然としていて、立ち尽くすことしか出来なかった。何しろ、相手が十二師家の人間なのにほとんどを再起不能にしてしまうほどの暴力を振るったのだ。
だけど、わたしを助けてくれた。その事実だけはすぐに理解できた。
ちゃんとお礼をしたかったけれど、わたしをじっと見たまま固まっていた。
何だろう?と思ったけど、顔を妙に青ざめさせたまま、一言告げて去って行ってしまった。
「誰だったのでしょう。あの人は……?」
先ほどわたしを助けてくれた人を思い出し、わたしは待機室の中の椅子に座っている。口を切ってしまっていたが、周りにバレないように回復用の薬を塗っといたので、痕はすっかり無くなっている。腫れも引いたので、周りにバレることはない。
わたしのように待機室で座ってこれからクラスメイトになるかもしれない人たちと談笑をしている者もいれば、持参してきた参考書に目を通している勤勉な人もいる。中には実技試験で使用する魔導器の調整を行っている人もいて、みんなそれぞれ実技試験に向けた準備をしていた。
自分の魔術師としての武器は、独力で培った護身術と剣術とそれを使った様々な魔術。そして、家にあった刀1本。
刀自体は一応警察でも使われている数打ちの刀だが、それなりに丈夫だし魔術行使にもしっかりと耐えられる仕組みになっている。魔力を通しやすいように「魔石」と呼ばれる魔力が固形化したものを材料として使っている。
それなりに値は張るものだが、それだけはお父さんは譲ってくれた。父が使っていたものでそれなりに性能は良い。性能は良いと言っても魔力を通しやすいというだけだけど。
「あら八重垣さん、ごきげんよう。何やら憂鬱そうなお顔をしているわね。お隣、いいかしら?」
「輝夜さん、おはようございます。いいですよ」
椅子に座っているわたしに声をかけたのは、これまたわたしと違って綺麗な少女だ。
名前は皆月輝夜。十二師家の一つ「皆月家」の息女にしてわたしの唯一の友人である。
わたしより手入れが届いているセミロングの漆のような黒髪、意思の強さを感じさせる強い目つき、スタイルも良くて細身ながらも全体的に力強さを感じさせる佇まい。そこにいるだけで感じさせる神秘的な雰囲気。どれもわたしからしたら、羨ましいと思える姿の人だった。
本来、わたしのような一般家庭出身の人間はよっぽどの事がなければ十二師家の人と友人関係になることは基本的に出来ない。だけど、わたしと輝夜は利害関係とかではなく、個人的な友人関係を築くことが出来た、稀な存在である。
「少し、緊張していて……。これで合格できなかったらどうしようと思って……」
不安に思っていることを輝夜に言ってみた。内容はもちろん、実技試験についてだ。
自信がないわけではない。むしろあるほうだ。
この日のために苦しい鍛錬をしてきたんだ。魔術行使だって、それなりのレベルに上げてきたつもりだし、よっぽどの事がなければ落とされるなんてことはない。むしろ、心装士を増やしたいという学園側の方針を考えると、生徒はいた方がいいと思う。それを抜きにしても、落ちるつもりは毛頭ないし、負けるつもりもない。
ただ、合否の基準が未だにわからないし、学園側も合否の基準をあまり明確にしていないのだ。基準がわかれば少しは気持ちに余裕を持つことだって出来るけど、明確な基準がない以上、全力を尽くして実技試験を受けたとしても、それが納得いく終わりなのかわからないという不安の方が大きい。
過去にも合否の基準が不明確であったため、勉強や鍛錬の仕方がわからずに受けて落ちたという人も聞いたことがある。それが事実なのかどうかはわからないが、それだけでわたしの不安が拭えるわけではなかった。むしろ不安が増えたと言ってもいい。
「なるほど、そういうことね。確かに、合否の基準を明確にしていないのは何かしらの意図があると思うけど、それをいちいち気にしていたらキリがないわ」
輝夜は自身に溢れる声色でそう言った。
「輝夜は、不安じゃないの?輝夜の事だから、落ちることなんてありえないと思うけど……」
それはそれで友人の事も心配になったりはする。
自分の事だけで精一杯のくせに、唯一の友人の心配をしてしまう。不安だらけで少しでも誤魔化そうとしたからかもしれない。
「あら、今貴女が答えを言ったじゃない?私が実技試験を落とすなんてことは絶対にありえないわ。余計な心配って奴ね。落ちるわけにもいかないし、落ちるつもりなんて毛頭ないけど」
これもまた、自身に溢れた返答だった。
前向きというより、誇りと自信を持って出たその言葉は、十二師家の一つの息女に相応しいというべきで、誰よりも自分の気持ちを崩さないようにしている彼女の姿勢が見て取れる。
「だけどね、八重垣さん。これだけは言っておくわ」
彼女はわたしの方に向き直る。
「貴女は弱くないと思うわよ、私。だって誰よりも努力をしていると思うし、今回の実技試験を落とすなんてことはきっとない。自信を持ちなさい?いつものの貴女なら、実技試験を落とすなんて、空から槍が降ってくるぐらいありえないから!」
力強く、そして頼もしさを感じる言葉だった。
「……そうね!わたしは落ちない。わたしが目指すのは最強の剣士なんだから!こんな所で落ちていたら、夢の一つや二つも叶えられないもんね!」
輝夜の言葉に、わたしは確かに励まされた。さっきまでの不安が嘘のように吹っ飛んで行ってしまった気分だった。
きっとさっきまで不安だったのは試験の事ばかり考えてしまって緊張して目的を忘れかけていただけ。
そう。実技試験を落とすなんて、わたしは絶対にない。あってはいけないんだ。
わたしがここに来たのは、誰にも負けない最強の剣士になること。そのために今まで修行を積み上げてきたんだ。それなのにこんな気持ちばかりでどうする?それは落ちるだろう。
ならばやることは一つ。全力で実技試験を突破するだけだ。
「そうそう。常に、貴女らしくってコトよ。そんじゃそこらの相手なんて、やっつけてしまえばいいんだから!」
「わたしらしく……」
彼女の言う通りだ。
わたしはわたしらしくやればいい。そう思うと、わたしは次第にやる気になっていた。
「なら、絶対に負けられないね!あ、もし輝夜と戦うことになったら、どうするの?」
「えっ?手加減は基本的にしないわよ、私」
「だよねぇ……」
気合を入れた気持ちががくっと下がる気がした。うん、元々輝夜は生真面目だし何事にも真剣に取り組む性格だから、もし対決になっても手加減なんてしないだろうし……。
「まぁ、それはそれで、これはこれよね。考えていても仕方ないってこと!よし、そうと決まったら、実技試験会場に行きましょう!」
改めてわたしは気合を入れてすっと立ち上がり、実技試験が実施される会場に向かおうとする。
じっとしていられない。このまま実技試験会場に行って、すぐに肩慣らしが出来るのかも確かめて、試験に備えて徹底的に準備を――――――――――。
「あー、八重垣さん?考えていることが丸わかりだし、友人として言わせていただくけど、実技試験会場には係員の誘導なしで入るのは禁止になっているわよ?」
「……」
……忘れていました。
「はいはい、沈黙は了承って事にするわ。気合を入れすぎて空回りしすぎないように注意しなさい?」
「わかりました……」
前途多難な気がしてきた……。やっぱり、緊張が抜け切れていないのかな……。
もう一度落ち着いて、再び椅子に座り、わたしはまだ気になっていることがあった。
わたしを助けてくれた、あの人は一体誰だったのだろう?
虚ろにも見える暗い目をしていて、毛先がちょっと青いというちょっと特徴的な黒髪で、体格も何か屈強っぽい感じがして、顔立ちはどちらかと言うと、イケメンの部類に入るんじゃないかと思う様な感じの人。何となく、どこかで見た事がある気がするけど、思い出せない。
それに、私を見るあの目は、何か――――――――――。
「八重垣さん?どうしたのかしら?また気分が悪い?」
「あ、いや。何でもないよ。あ、もう少しで入学式が始まるみたい」
考え事をしていたわたしを気遣ってくれた輝夜に返事をして、時計を確認する。もうすぐで入学式が始まる時間帯で、あと少しで係員の人たちがやってくる頃だ
わたしは、実技試験の事を深く考えすぎないことにして、精神を統一させて待つことにした。やっぱり考えていても仕方ない。ゆっくりと落ち着いて、その時に気合を入れて試験に臨めばいい。
「あ、後それとね。輝夜」
「何かしら?」
友人に、もう一つ言っておきたいことがあった。
「わたしのことは、やっぱり日那でいいよ。ほら、わたしたち、友達でしょ?」
そう言うと、輝夜も笑顔を浮かべた。
「……そうね。確かに、友達なのだから、名字ではなく名前で呼ぶ方がやっぱりいいわ。改めて、よろしくね」
「こっちこそ、よろしくお願いね」
お互い競い合う関係になるけれど、わたしたちが友達であることに変わりはない。それは、あの時出会った時からそうなのだから。
結局わたしたちは、時間が許す限り談笑していたのだった。
そう言えば、輝夜は入学式に参加必須って言っていたけど、なんでだろう?
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