予備心装士の復讐譚 ~我が行くは修羅と恩讐の彼方なりて~
第1話「ファーストコンタクト」
心装士。
それはこの世界における人類の敵「怪魔」と戦うことが出来る唯一の存在である。
プネウマ因子という、魂から発せられる特殊な因子と自身の魔力を結びつけることで怪魔を効率よく倒すことが出来る者たちであり、言い方を変えれば「最新の魔術師」とも言うべき存在だ。
怪魔自体は魔術を使ってでも倒すことは出来る。しかし、あくまで心装士の使う魔術と魔術師が使う魔術では効率の問題で心装士の方が有利というだけだ。彼らの存在によって、心装士にとって魔術は怪魔を倒すための手段の一つとなっただけの話である。
怪魔は最上位の個体によっては神霊すら殺す可能性すら秘めた存在。そのようなものがいては、神々と人類の共存の邪魔になるのは自明の理。ましてや人類の滅亡を招きかねない。
数百年以上前から心装士の育成は国家規模で行われており、心装士の数は国家の力と言えるほどにまでなった。科学と魔術が融合したかの如き技術「魔導工学」をもってしても倒せない怪魔が現れれば、それこそ心装士がいなければ太刀打ちできない。
学園都市「百華」。その中央に位置する心装士たちの学び舎こそが「帝都百華学園」なのである。
「西暦の黙示録」と呼ばれる災厄以降、地殻変動や時空の歪みなどで土地が増えたことや、霊脈の歪みなどによる環境の変化に伴い、心装士の存在は日本帝国にとって重要だった。数が少なければ怪魔によって滅ぼされるのも時間の問題であったし、諸外国から不当に攻撃されてしまう可能性もないわけではなかった。
そのため、この国にはこの帝都百華学園以外にもう一つ、関西の方に同じ学園が存在する。無論、この帝都百華学園と同規模の巨大なものだ。
「……メチャクチャ広すぎないか、この学園。椿さんから話には聞いていたけど」
あまりに広すぎる学園の敷地の中に、オレ、崇村柊也はげんなりとした。体力に自身があるとは言え、敷地面積が今までの人生で一番広いので、人混みに巻き込まれながら進まないといけなかった。
椿さんから話は聞いてはいたとはいえ、ここまで広くて人が多いとなると少ししんどい。人気のほとんどない山の生活が長かったとは言え、こればかりは慣れが必要だと感じた。
学園内の多さは今日入学する予定の生徒たち以外に保護者とかそういう人たちが複数いるからのようだ。椿さんは色々と理由があって入学式には出席しないと事前にオレに伝えていた。だがオレからすれば見送ってくれただけでも十分だった。
途中で手に入れた地図を頼りに待機場所として指定された教室へと向かうことにする。
心装士は独自に武器である「心装」の使い方以外にも主流となる魔術を学ばないといけない。そのため、様々な教室があり、それぞれ決められた魔術を学習しないといけないのだ。そう言った仕組みから、この学園は単位制で一定の単位を取らなければ進級出来ない。そのため、この学園は心装士だけではなく、魔術師を育てる教育機関でもあると言っていい。
指定された教室の中に入る。中には入学式まで待機している生徒たちがたくさんおり、それぞれ時間をしていた。
「はぁ……」
空いている席に座り、荷物を床に置いてため息をつく。ここまで徒歩だったり、学園都市が出している車両を乗り継ぐなどをしてきたので、疲労はそれなりにたまっていた。住んでいた山を下りてここまで来るのに苦労の連続ではあったが、こうやって椅子に座って改めて一休み出来た安心感を得ることが出来た。
「……あいつらはここにはいないよな」
軽く魔力感知をして、周囲を確認する。記憶の片隅の中でしかあまり覚えていないが、一応身内や一部の人間の魔力の波長は覚えているのでわからないわけではない。魔力感知自体は基礎中の基礎ではあるが。
だが、流石にここの教室にはいないようだ。今ここで会うと入学式前に騒動になりかねないからだ。もし仮に遭遇するとすれば、入学式が無事に終了してからの方がいいと思っていた。
しばらくそこに座っていると、周りにいた他の生徒たちが徐々にオレから距離を取り始めていた。わざとらしくやっているようには見えず、傍から見れば自然と距離を取っているかのようにも見える。
「(しょうがないとは言え、何だかな……)」
こればかりはどうしようもないとは言え、やっぱり複雑な気分になる。想定の範囲内と言っても気持ち的にはいものではない。まぁ、今のオレにとって都合はいいのだが。
「よう。何か辛気臭い顔をしているじゃないか?」
「!?」
突然話しかけられ、驚きつつ声のした方に振り向いた。
「おいおい、ちょっと声をかけただけだろ。殺気が漏れているぜ?」
そこにいたのは、やや顔の彫りが深い白髪のベリーショートで体格もオレより少し大きい男だった。どこかお調子者の雰囲気を感じ取ることが出来る青年は、気さくな表情でオレにストップをかけるように両手を前に出していた。
「あ、ああ。済まない。急に声をかけられたものだから」
彼も言われて初めて気づいたらしい。山の中での暮らしが長かったせいか、やっぱり背後から急に声をかけられたりすると癖でやってしまうからだ。改善しないといけないとわかってはいるが、何しろ過去の鍛錬が大変だっただけにその習慣が抜け切れていないのだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
「まぁ、俺っちがいきなり声をかけたのが悪いもんな。悪ィ、悪ィ。隣、いいか?」
「別にいいが……」
「んじゃ、お言葉に甘えてな」
彼はそう言うと、オレの隣の空いていた椅子に座った。
改めてこうしてみると、この男は「出来る」と感じた。揶揄表現ではなくどこか戦い慣れをしているような気がした。雰囲気だけで感じ取ったが、それだけで確証はない。
とは言っても、特にこれと言って怪しいと思われる感じはなかった。心装士や魔術師はある程度実戦経験を積んでから入学するということも椿さんから聞いたことがあるし、実戦経験なしに入学する者もいる。
「改めて自己紹介するぜ。俺っちは牛嶋蓮。よろしくな。アンタは?」
彼は牛嶋蓮と名乗った。少し厳つい見た目の割には結構普通の名前だった。ガタイ的に牛っぽいけど。
染めたわけではないような、天然の白髪。制服越しでも伝わる野性的な雰囲気とオレより逞しい体格と身長で、全体的に厳ついと言った印象を受ける。よく見ると頬には何かで切られたような傷があり、実戦経験があるのではないかと思わせた。
「……崇村柊也」
オレは周囲に聞こえないように小さな声で言った。
「……は?崇村?」
牛嶋はオレの名前を聞いて豆鉄砲を食らったような顔をした。
「しっ……。あまり声に出さないでくれ。あまり知られたくない」
オレは念押しするように、牛嶋に言った。オレの名前は、今はまだ周囲に知られるわけにはいかない。何かと面倒な事になるし、入学式を無事に終えて、その後の検査を受けるまでギリギリバレないようにするべきだからだ。
「……へえ。アンタ、よっぽど訳ありのヤツみたいなんだなぁ」
「そういうこと。だから、まだ秘密にしてくれないか?」
オレの気配をもろともせずにここまで近づいた赤の他人はコイツが初めてだ。何しろ、普通の人間はオレの独特な気配で無意識にでも避けていく。それはオレ自身の体質に原因があるのだからしょうがないのだが、この距離で近づけられるということは、単純に彼にはそういうものに耐性があるからだろう。
「まあ、心配するなって。俺っちは口は堅いほうだからさ。バラすなんてことはしないって!何なら、ここで簡易契約をしてくれてもいいんだぜ?」
「別にそこまでしなくてもいいんだが……」
「冗談、冗談!ま、入学式前にそんなことをする連中って言えば、お偉いさんぐらいだろうしなぁ、ガッハハハ!」
軽薄な口調からやや厳つい笑いを浮かべる牛嶋。……正直、彼のノリに合わせるのは難しいが、ここまでオレと普通に話してくれたのは、本当に久しぶりだ。まともに喋る相手と言えば、オレの師匠にあたる椿さんぐらいだったし。
彼は笑いながら言っているが、簡易契約はそれなりに難易度が高い特殊な契約型の魔術の一つだ。魔術師同士の契約などでよく使われる契約術式をその場で簡易的な術式のみで簡易的に行うことが出来るものだ。しかし契約という重要なものである以上、腕の低い魔術師は扱いが難しく、下手に契約すれば自分が不利になる。そのため、牛嶋の言う通り「お偉いさん」系が使うことが多い。
一応、オレも使うことが出来るが、オレの性質上あまり使いたくはない。
――――――――――■■■しまうかもしれないから。
「そこまで言うなら、信じてもいい。だけど、バラしたらどうなるかわかっている?」
「わかっているって。そこまで念押ししなくてもいいだろ?」
……確かに、さっき簡易契約をしてもいいと言ったぐらいだ。これは信じてもいいだろう。我ながら、何か嫌な性格だな……。
「わかった。じゃあ他言無用で頼むよ」
納得して約束してもらった。一応、今現段階でこの学園内でオレのことを知っているのは牛嶋と学園長だけということになる。
「それにしても、お前は変なヤツだな」
「?何が?」
「オレにここまで近づいたのはお前ぐらいだ。普通なら今周りの連中みたいに、距離を取るはずだけど」
「んー」
オレの問いに牛嶋はうーんと言った表情を浮かべる。
オレの放つ気配は余人からすれば、ある意味不快感を与えるようなものだ。昔はあまり制御が出来ずに苦労していたが、これでもかなり制御が出来ている方で完全には消せない。
なのに、この男は今オレの隣に堂々と座っている。ここまでオレに近づくことが出来た人間は、さっき言った通りこの男が初めてなのだ。
だからか、こう言って直接聞いてみたくもなりはする。
「別にそこまで気にすることじゃないと思うんだけどなぁ。別に近づいただけで死ぬわけじゃないんだから、近づいたって何かあるわけじゃないだろう?それとも、何か不都合でもあったりするのかい?」
「いや、別に不都合があるとかそんなわけじゃないんだが……」
「じゃあいいじゃないか。アンタがあの崇村の人間だろうが、俺っちからしたらどうでもいいことだしよ」
「……そうか」
どうやら、彼からすればどうでもいいことのようだ。後々、オレはこの学園内で厄介ごとの中心になりかねないのかもしれないのに。
「能天気なんだか、後先考えていないのだか……」
「ん?何か言ったか?」
「いや、何でもない」
つい本音が出かけてしまったがすぐに誤魔化した。あまり深く踏み込ませない方が、この男のためだろう。オレと関わるとロクなことにならないのは明確だ。
『生徒会執行部からのお知らせです。間もなく、入学式が始まります。入学生及び参列者の皆様は、第一競技場にお集まりいただきますよう、お願いします』
校内放送が教室中、学園中に響き渡った。壁に掛けられている時計を見ると入学式までの刻限が近づいてきていた。
「どうやら入学式の時間が迫ってきたようだ」
「そうだなぁ。ま、次会う時は同じクラスだといいけどな!」
「その時はその時でよろしく頼むよ」
一応、クラスメイトとして。
「おうよ。じゃ、またな!」
そう言って、牛嶋は自分の荷物を持って教室から出て行った。
「……ふう」
学園の中に入って、ものの数分で顔見知りが出来てしまった。
この学園に入ったからには極力あまり他人と関わらないようにしたいと思っていたが、どうやらオレの思った以上に難しいのかもしれない。牛嶋のように気軽にオレに声をかける人間が、彼だけとは言えない。心装士、魔術師を育てる学園である以上、否が応にも関わらないといけないだろうが、なるべく控えたい。
自分と関わるときっとロクでもないことしか起きないから。
半ば憂鬱な気分になりながら、オレは椅子から立ち上がり、荷物を預けられる場所にまで持っていき、さっさと入学式に参加することにした。
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