転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ

第三十話 回想:ヘクターは画策する

 第一学年の終盤に近付いた頃、アルとリーリエ様の気持ちが確かなものになっていることを確信したオレは、以前から時折手紙のやり取りをしていたナディル様の侍従カイへ手紙を書いた。


 もちろん輸送過程で誰かに読まれることも想定し、詳細はぼかしたが、ピヴォワンヌ様への恋心を募らせていたナディル様ならすぐに理解するだろうし、彼の行動力を持ってすれば、間違いなく動くことも確信していた。そして彼はリリーヴァレー王国への留学と、オレたちのクラスへの転入を決めた。




 第二学年が始まって数か月は様子を見たが、ナディル様の気持ちはすでに固まっていた。そしてオレは、おそらく本人も気付いていないだろうが、ピヴォワンヌ様自身がナディル様のことを憎からず思っていることにも気付いていた。このまま同じクラスで時間を過ごせば、うまくまとまるだろうという自信があったし、そうなるよう陰ながら協力もすれば良い。


 この時点でオレは、敢えてターニャも計画に巻き込むことにした。共通の秘密を持つというのは、相手との距離を縮めるには有効な手段だからだ。ついでにオレがターニャにとって絶対的に味方であるということを理解してほしかった。




 ターニャのことは冗談めかしつつも、オレはずっと口説いている。まずは男として意識してもらわないと話にならないし、その都度一瞬だけ困惑した表情を浮かべるターニャが可愛くて止められなくなっているのもある。ついでに、オレがターニャを狙っていることを周囲に明らかにしたかったのだ。今ではクラスメイトたちはオレとターニャのやりとりを生暖かく見守ってくれている。


 実は入学当初、イーサン様の従者アールもターニャにほのかな想いを抱き始めていたが、オレは彼に自分の恋心を打ち明けて協力を依頼するという卑怯な手を使い、彼の想いは断ち切らせていた。


 ついでに、ターニャはあまり気付いていないようだが、彼女は使用人科の学生を中心に異様な人気がある。使用人科に首席合格するほどの学力と能力を持つこと、また、それほど優秀でありながら、高位貴族ではなく当時新興男爵家の令嬢であったリーリエ様への忠誠を誓った信念に憧れを抱く者が多かった。
 さらに、ティータイムの準備等で顔を合わせたときには、相手の学年や家柄にもとらわれず、美味しいお茶の淹れ方や主人の部屋に飾る花の選び方やアレンジの仕方等を快く教えており、貴族科Sクラス在籍であることを鼻にもかけず誰にでも優しい彼女の姿に、男女問わず多くのファンができてしまったのだ。


 心の狭いオレは、なるべくそのようなファンがターニャに話しかける機会を持たないように、ターニャを一人にさせないように気を付けていたし、ターニャに想いを告げようとした男子生徒たちには、申し訳ないが全力で阻止させてもらった。ちなみに一部のターニャの女性ファンたちは、オレとの仲を応援してくれているらしい。




 そんな陰での努力を続け、最終的には他のクラスメイトの協力も得て、学院祭の日に無事にアルとリーリエ様、ナディル様とピヴォワンヌ様が結ばれる道筋が完成した。これであとは、オレがターニャを手に入れられたら完璧な形となる。
 ターニャは残念ながらオレに対して恋愛感情は持っていないと思うが、嫌われてもいないはずだ。彼女は物事を合理的に考えるので、利点を挙げて訴えかけてみることにした。


 後夜祭のあと、ターニャが寮を抜け出したことを知り、オレは彼女を追いかけた。それをオレに教えてくれたのはクウだ。最近はオレ自身がターニャの近くにいるので、彼には学院外での頼みごとをすることが増えていたが、この日は事の成り行きを見守るために学院に来ていた。


 夜は冬らしい冷え込みが厳しくなってきた時期なので、オレは彼女に掛けるためのストールを用意して中庭に向かった。


 白く輝く月を見上げ、中庭のベンチにひとり腰掛けるターニャは、まるで月の精霊のような儚い美しさで、オレは息を飲んだ。今にも天に昇って行ってしまうのではないかと思い、慌てて声を掛ける。なるべく焦る気持ちが声に出ないように、慎重に。彼女もオレに気付いたようだ。




「…ヘクター」


「こんばんは、ターニャ。月の綺麗な良い夜だね。でも、女の子がひとりで出歩いて良い時間じゃないな」


「男子生徒だって出歩いて良い時間ではないわよ」


「ターニャも眠れないんだろう?オレも同じだよ。今日はいろんなことがありすぎたし、オレたちはこれまで本当によく頑張ったんだから」


 オレはターニャに許可を取ってから、彼女の右側に腰掛けた。ストールを渡すと、ターニャは一瞬驚いた顔をしたが、「ありがとう」と素直に受け取ってくれた。
 誰に対しても丁寧な口調で話すターニャに、オレは敬語は止めるように言い続けた。その結果、ターニャは敬語を使わなくなっている。自分でも情けないと思うが、そんなちっぽけな優越感が、オレにわずかな勇気をくれる。少しだけいつもどおりの雑談をしてから、オレは本題へ入った。


「オレもターニャには感謝しているよ。おかげでアルが幸せになれる。本当にありがとう」


 緊張する心を、出来うる限りの自然な微笑みで隠して、オレは続けた。


「…でも、まだ足りないよ。ターニャは言ったよね。“主が大切に思っている人すべて”を幸せにしたいと」


 言葉の意味が分からず、首を傾げるターニャがものすごく可愛い。話の流れをぶった切って抱きしめてしまいたくなるが、今はそんな状況ではないので、努めて冷静に告げる。


「リーリエ様は、ターニャのことだって大切に思っているのに、まだキミが幸せになっていないじゃないか」


「そんなことないわ。リーリエ様の幸せが私の幸せなんだから、もう私は幸せよ」


「いや、違うね。まだ足りてないはずだ。ターニャの夢は、リーリエ様の侍女として働いて、将来的にはばあやになることなんだろう?」


 ターニャは不思議そうな顔をしながら頷いた。彼女はやはり自分の幸せの道筋については考えていなかったようだ。オレと話すときもいつもリーリエ様のことばかりだったから、たぶんそうだろうとは思っていたけれど。


「どうやってばあやになるつもり?」


「それは、侍女として働いて、ゆくゆくは筆頭侍女のような立場を目指していけば、いつかはなれると思っているわ」


「ばあやになりたいってことは、リーリエ様の…その、だいぶ気が早いけれど、この際言ってしまえば、将来的にはアルとリーリエ様の間に生まれるお子様やさらにその子どもの代までお仕えしたいということだろう?」


「…ええ、そうなるわね」


「お子様と関わるなら、乳母なり教育係なり、そういった役職を経由することになるよね?」


「ええ、そうね…?」


「そういった立場の女性使用人になるには、既婚者でないといけない」


「…!」


 怪訝な表情のターニャに指摘すると、ようやくオレの言いたいことが伝わったらしく、驚いた表情を見せた。そんな顔も可愛い。そして自分のことだからうっかり抜け落ちていただけで、本来頭の回転が速い彼女は、この言葉ですべてを察したようだ。


 アルとリーリエ様の間に生まれる子どもは王族であり、将来王になるべく育てられる。そしてそのような特別な子どもの養育に関わるのであれば、ターニャ自身にもある程度の身分が求められるのだ。実際にはリーリエ様とアルからの信頼があるので、彼女が平民のままでもどうにかなる可能性もあるのだが、周囲の目も考えれば、ターニャ自身が貴族の妻であった方が良い。


 そして乳母を務めるのであれば、彼女自身に出産経験が求められる。なぜこんな大事なことを彼女が考えていなかったのかは少々謎だが、それほど主の幸せを見届けることに必死だったのだと思う。


 というか、ターニャがこれまで気付いていなくて本当に良かった。夢のためならどんな手段でも用いる彼女のことだ。適当に都合の良い貴族の男を引っかけて、さくっと子どもを作ってしまうという危険性もないわけではなかった。まあ、そんなことにならないよう、彼女がその点に気付いた際に、いちばん頼みやすい位置に自分がいられるようにオレは動いていたのだが。自分に惚れている子爵家の三男なんて、ものすごくちょうど良い相手なのだから。そもそも、オレ以外の男がターニャに触れるなど、許せるはずがない。


 まだ衝撃を受けているターニャに、オレは自分のお買い得ポイントを挙げていく。


「そこで、オレだよ。オレはアルの傍仕えとしてずっと王宮にいるし、ターニャがリーリエ様の傍で働き続けることを止めたりしない。家のことより主を優先したって文句は言わないよ。一応は子爵家の一員だけど、オレは三男だから面倒なことは少ないし、何よりすでに気心も知れていて安心だろう?ほら、ターニャにぴったりの優良人材だと思わない?」


 おそらく相当な良い笑顔をしているオレに対し、ターニャはジト目で見つめてくる。新しい表情で、これもまた可愛い。黙り込んでしまった彼女を見て、今日はこれ以上は攻めない方が良いだろうと判断し、オレは引くことにした。
 これまで冗談めかしながらもオレの好意は伝えてきたし、ある程度伝わっているとは思うが、今の話はかなり生々しいものでもあるので、男からこのような想いを寄せられることは怖いかもしれない。何せオレ自身がターニャに告白しようとする男たちを蹴散らしてきたので、彼女はこういった話には不慣れなのだ。


「…即答はできないか。うん、まあ人生を左右する大事なことだし、返事は待つよ。今夜はだいぶ冷え込んで来たし、寮に戻ろう」


 彼女を怯えさせないよう、なるべく柔らかな笑顔を作り、寮へ帰ることにした。


 寮の裏手まで歩く間、オレがいつもどおりの態度に戻ったことにホッとした様子のターニャを見て、複雑な気持ちになった。彼女を困らせたくはないが、意識してもらえなくてはオレも困るのだ。


 別れ際、怖がらせないよう力はあまり入れずに、でもしっかりと、彼女の肩を抱き寄せた。


「…ターニャが困っているのが分かったから、今夜は一旦引いたけど、オレは本気だよ。本気で、ターニャを妻に迎えたいと思ってる。卒業後も同じ職場で会えるし、返事は気長に待つけど、できたら学院卒業までには決めてもらえるとありがたいな。ターニャの気持ちが決まったら教えて」


 オレの言葉に真っ赤になったターニャがあまりにも愛おしくて、その顔を見ていたら良からぬことをしでかしそうだ。


「…オレとしては瞬時に断られなかった時点で嬉しいよ。良い返事を期待して待ってる。おやすみ」


 オレは平静を装って彼女の頭をポンポンと軽く叩いてから、逃げるようにその場を後にした。




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 それから卒業までの期間は、慌ただしく過ぎていった。アルとピヴォワンヌ様の婚約解消を国民に発表したり、リーリエ様の妃教育を秘密裏に進めたり、卒業式後の祝賀会で予定されている新たな婚約発表の調整をしたりと、やるべきことには切りがなかった。


 それでも主たちの幸せのためだと思えばやる気が出たし、ふたりきりで話すことのできないアルとリーリエ様の間に入るため、オレとターニャのやり取りも必然的に増えたのは嬉しかった。


 ターニャはいつもどおりに接してくれてはいるが、オレに対してどうしたら良いのか決められずにいるようで、見つめても気まずげに目を反らされてしまうのは少しだけ傷ついた。まあ、それもオレを異性として意識してくれている証拠なのだとプラスに捉えることにした。




 あるとき、学生寮のアルの自室にナディル様とカイを招いて歓談していたところ、突然ナディル様に指摘された。


「ねえ、ヘクター。最近ターニャに避けられてない?」


「ちょ、ちょっとナディル様!そんな本当のことを言ったらヘクターさんが傷つきますよ!」


「…たぶん今のカイの言葉で傷ついたと思うぞ。…しかし良い機会だ。俺も口にすべきか迷っていたが、気になっていた。どうなんだ、ヘクター?」


 はっきりとターニャへの想いをこの三人の前で口にしたことはないが、オレとしても周囲への牽制を兼ねて気持ちを隠してはいなかったので、そこは気にしない。最近はクラスの女性陣に哀れなものを見るような目をされることもあったのだが、色恋沙汰には鈍感なはずのアルにまで心配されるほどだったのかと思うと少しショックだ。


「いやだなあ、避けられてなんていませんよ。…ちょっと気まずく思われてしまっている気はしないでもないですが」


 オレは笑顔で返したが、全員に可哀相な者を見る目をされた。


「ずっと仲良かったのに、どうしてそんな感じになってしまったの?学院祭のあたりからだから、ついに告白したのかなと思ってたけど、ずっとそのままでしょう?振られた?」


「振られてません!……まだ」


 ナディル様の言葉に即答したものの、弱気な「まだ」を付け加えてしまった。


 いや、実際まだ振られていないし、ターニャが返事をくれないのは、承諾するに足る理由も、振る理由もないということなのだと思う。真面目な彼女がきちんと考えてくれている証拠なのだと前向きに捉えている。泣いてなんかない。


「…お前がターニャに対して本気なのは分かっているが、しっかりと想いは伝えたのか?」


 これまでずっとウジウジしていたアルに言われるのはなんとなく癪だが、想い人を得た最近のアルからは余裕が感じられ、従者としては嬉しいが幼馴染としては悔しいという不思議な心境だった。


「…妻に迎えたいとは言った」


「好きだってちゃんと言った?」


 ナディル様のストレートな質問に、渋々ながら答える。


「……彼女がオレに恋愛感情を持っていないことは分かっていたので、メリットを告げました。昔からばあやになりたがってたから、その実現のためには将来的に乳母や教育係になる必要がある。そのためには貴族の妻になった方が良いし、オレなら彼女の気持ちを理解して応援できると言ったのです」


「…ヘクターさん、それは告白ではなくプレゼンでは…?」


 年下のカイにまで呆れた声で言われてしまった。


「ターニャは現実主義で、目標のためなら手段を選ばないところがあるから、その方が手を取りやすいと思ったんだ…」


「…で?結局そのまま返事をもらえていないと」


 アルの言葉に素直に頷いた。


 急にナディル様が立ち上がり、芝居がかった口調で告げる。


「それはダメだよ、ヘクター!愛する女性にはきちんと言葉を尽くして伝えなければ。態度で分かってもらえるなんていうのは男の勘違いだ。いくら隙がなくて何でもできて素手で熊を倒せるほど強いターニャだって女の子なんだよ。どれほど利があろうと、相手の愛情を信じられなければ結婚したいなんて思えるはずがない!」


 ピヴォワンヌ様に愛を告げ過ぎて鬱陶しがられているくせに…と思いつつも、その方法で愛を勝ち取ったナディル様の言葉には重みがあった。ついでにターニャに関する言葉は事実でしかないが、なんとなく腹が立つ。
 ターニャはオレにとってはいつまで経っても可愛い女の子でしかない。一人で生きていけるくらいたくましい女性だと知っていても、オレがこの手で守りたい存在なのだ。


 そしてここまで考えたところで、ナディル様の言う通り、オレの態度は矛盾していたと気づく。ターニャを大切な女性だと思っていながら、愛ではなく実利を説く方法を取った。あのときはその方が可能性があると思ったのだが、誠実な言葉で素直に愛も告げるべきだったと思う。オレ以外の男から愛の言葉を囁かせるつもりはないのだからこそ、オレが溢れるほど告げたら良かった。


 その後、黙って考え込んでしまったオレを、三人はそっとしておいてくれた。




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「ヘクター、例のもの、ついに完成しそうよー!」


「…!本当ですか!?」


 卒業まで残り二月ほどになった頃、エヴリン様に声をかけられた。


 幼い頃から発明の才能に長けていたエヴリン様には、第一学年の頃から協力を依頼していたことがあった。


 それは、青紫色をした伝説の百合、スターライトリリーを生み出すこと。


 おとぎ話に登場する花としてリリーヴァレー王国の民なら誰でも知っている幻の百合。しかし技術的な問題で実現は難しいとされており、これまでに生み出すことができた者はいない。


 オレがこの花に着目したのは、ターニャが独自で研究していた資料をクウを通じて入手したことがきっかけだった。ターニャは幼い頃からこの花に憧れていて、品種改良で生みだせないかと試行錯誤していた時期があったのだ。最終的には通常の交配で生みだすことは難しく、球根から発芽するまでの間に魔術式を組み込んだ生育器を発明することで実現できそうだという結論に至っていた。
 彼女は魔術式に関しても独学で学び、相当な知識があったが、スターライトリリーを生み出すほどの研究を進めるためには、王立魔術学院への進学が必要で、さらに実現までにかかる時間を考慮した結果、さすがに無理だと考え断念していた。


 最初に思ったのは、数少ないターニャ自身で叶えられなかったことを、もしもオレがやってのけたら、彼女に認めてもらえるのではないかという浅はかな妄想だった。しかし、彼女の研究メモを熟読していくうちに、基礎研究の重要な部分はほぼ完了していて、あとは時間さえかけたら実現も可能なレベルであることに気付いたときに、オレは思ったのだ。この研究が成功すれば、間違いなく莫大な資産が手に入ること、そしてうまくすれば叙爵も夢ではないほどの成果になることを。


 ターニャが将来どのような主を選ぶのかは分からないが、どんな未来でも彼女のそばにいられるよう、オレ自身が地位を手に入れる必要があるとは前々から考えていた。子爵家の三男では、継げるものも少ないし、可愛らしく優秀なターニャが万が一伯爵家や侯爵家の妻に望まれてしまった場合に、手も足も出せない可能性があった。


 勝手に基礎研究部分を拝借することに対し、ターニャへの申し訳なさはあったが、事前に伝えて実現できずにがっかりさせるよりは、事後報告の方が良いと思った。研究が成功してから公表する前に彼女に完成した花を捧げると共に、当然ながら将来的に得ることのできる功績も金銭も、彼女がしっかりと得られるように調整するつもりだった。


 そしてとてもではないが、専門外のオレにはこの研究の要である球根の生育器の発明はできない。そこで、発明の天才であるエヴリン様と、魔術学院へ入学することとなった妹に協力を仰いだ。貴族向けの初等学校で同級生だったエヴリン様と妹のヘレナは元々親友同士だったため、話が早かった。


 妹はよく言えば学者肌、悪く言えば魔術バカで、研究以外のことはなるべくしたくないという性格だった。将来的に就職や結婚が無事にできるのか心配になるレベルだったので、もしこの研究が成功すれば、彼女の将来にも役立つと思えた。


 一方でエヴリン様も、結婚して家に縛られるのではなく、発明家として生きていきたいと考えていたが、オリアンダー伯爵から反対されることは目に見えており、これからの道を模索していた。彼女は普段の明るさからは想像もつかないほど、陰では努力をしている人なのだ。そして、もしもこの研究が成功すれば、経済的にも伯爵家に頼り切りではなくなり、自由への道が見えてくる。


 エヴリン様と妹のヘレナ、そしてオレ。それぞれ目指すものは違うが、この研究については大きなメリットがあるため、オレたちは手を結ぶこととなった。この三年間、エヴリン様と妹はそれぞれ開発と研究を進め、オレは将来的な販路を確保すべく、人脈作りに動いていた。
 まずはスターライトリリーの完成が目的だが、一度この生育器が完成すれば、他の花や作物の研究への応用は可能なはずだ。オレはそのために新たなルート調査を担当していた。また、その過程でエヴリン様がすでに発明していた商品の販売ルートを作ることにも成功し、在学中からそれなりの収入が得られるようになったことは僥倖だった。


 苦労も多かった三年間の出来事が、走馬灯のように駆け巡るが、話を現実に戻さねばならない。




「学生の間に完成させるのは無理かと思っていましたが、さすがですね。…ちなみに、卒業式までには間に合いそうですか?」


「ええ、今ヘレナが育てている花が順調に成長すれば、ちょうど卒業式の頃に咲く予定よー。今後の研究もあるから咲いた花をすべてあげるわけにはいかないけど、小さめの花束ならたぶん作れると読んでいるわー。本当は祝賀会の会場に飾って大々的に発表できたら良かったんだけど、仕方ないから、最初のお披露目はヘクターに譲ってあげるー。ターニャにいちばんに見せたいでしょー?」


「はい。ありがとうございます」


 エヴリン様がオレをからかいたそうな目をしていたので、オレはあっさりと肯定した。


「あらー、だいぶ素直になったのねー。まあ良いわー、開花とヘクターの恋の成就を祈ってるわねー」


 相変わらずのんびりとした口調だが、オレは再度礼を言って、その場を後にした。数か月前の状況では、完成まで最低でもあと一年ほどはかかりそうだったのだ。画期的な方法が見つかったのかもしれないが、エヴリン様と妹がかなり無理をしてくれたであろうことは予想できた。


 オレは協力してくれた彼女たちのためにも、花が完成した暁にはしっかりとターニャへこの想いを告げようと決意した。





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