転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ

第十八話 三年目:侍女は存分に腕を振るう

「困ったわ、ターニャ。お父様はお仕事の都合で学院祭には来られないのですって」


 リーリエ様は父親であるジプソフィラ子爵からの手紙を読み、自室のソファーで項垂れている。


 学院祭のメインイベントである双花奉納の儀。その主役を務める赤百合の姫と白百合の姫は、今年はピヴォワンヌ様とリーリエ様のふたりが務めることになった。
 姫役の令嬢は、儀式の際のエスコート役の男性を自由に決めることができるが、一般的には婚約者か恋人を指名することが多い。長く続く王立学院のジンクスで、姫とエスコート役の男性は必ず結ばれ、生涯幸せになると言われている。現リリーヴァレー王国の国王と王妃であるアルベール様のご両親も、学院時代にこの役目を務め、政略結婚でありながらも愛し合い、現在も仲睦まじいおしどり夫婦として有名であるため、このジンクスに憧れている生徒は多い。そしてそのジンクスがあるゆえに、父親であるジプソフィラ子爵以外にエスコートを依頼するとなると、人選が難航してしまうのだった。


 乙女ゲーム『月と太陽のリリー』でも、学院祭と双花奉納の儀はメインイベントのひとつであった。赤百合の姫である悪役令嬢ピヴォワンヌは、当然ながら婚約者である第一王子アルベールにエスコートされ登場する。彼女はジンクスに従って彼と幸せになるのは自分であることをひけらかすように、ヒロインの前に現れるのだ。白百合の姫に選ばれたヒロインは、エスコートを務める男性選びを悪役令嬢に妨害され、なかなかパートナーが決まらずに焦る。最終的にエスコートはアルベールが陰で頼み込み、クラスメイトであるイーサンが務めることとなる。


 学院祭では、まず講堂にて今年の姫のお披露目を行い、その後学院の敷地内にある神殿に赤百合と白百合のブーケを奉納する儀式を行う。夜には講堂で後夜祭の舞踏会が開かれる。舞踏会の最初に踊るのは、赤百合と白百合の姫の二組だが、悪役令嬢ピヴォワンヌは自分が主役だと言わんばかりの華やかなダンスを披露し、アルベールとの仲を周囲に見せつける。アルベールに恋するヒロインはその姿を見て苦しい気持ちを胸に押し込め、型通りのダンスを静かに踊り切る。


 舞踏会終了後、学院の中庭でひとり静かに涙するヒロインの前に、白百合の花束を抱えたアルベールが現れ、ふたりは誰もいない夜の庭で、星空の下、静かにダンスを踊る、という甘く切ない恋の一幕が描かれる。
 ゲームの中で、前の「私」がトップレベルに好きだったシーンの儚くも美しいスチルとBGMを思い起こすが、現実世界ではそんな悲しい恋を主人にさせるつもりは毛頭ない。


「どうしましょう…あのジンクスがあるから誰かにお願いするのも迷惑になってしまうし…」


 リーリエ様が悩んでいたところ、部屋の扉をノックする音が響いた。
 来訪者はナディル様の侍従カイであった。リーリエ様の許可を取り、リビングへ通そうとしたが、カイに遮られた。


「リーリエ様、ターニャさん。夜分に申し訳ございません。主がリーリエ様とお話したいことがあると申しております。恐れ入りますが、談話室までお越しいただけないでしょうか」


「分かりました。すぐに向かいます」


 学院寮では、男女間の部屋の行き来はとくに禁止されてはいないが、婚約者や兄妹でない限りは体裁が悪いので、基本的には皆控えている。このように異性同士で話がしたい場合には、談話室を利用することが多い。


 リーリエ様の肩に丈が長めのカーディガンを掛け、私たちはナディル様の待つ談話室へと向かった。




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「リーリエさん、ターニャ、夜分お呼び立てして申し訳ありません。ご足労いただきありがとうございます」


 ナディル様はいつも通りの美しい笑みで挨拶してから、すぐに本題に入った。


「実は、リーリエさんにお願いしたいことがあるのです。不躾なお願いですが、もしよろしければ、白百合の姫のエスコート役に私をお選びいただけないでしょうか」


 リーリエ様はタイムリーな話題に驚いた様子だ。


「まあ!実はつい先ほど父から手紙が届き、仕事のため学院祭には行けないと、エスコートを断られてしまって困っていたところでした。ナディル様にエスコートいただけるのであれば、私としては大変ありがたいことですが…でも、それではナディル様が…」


「例のジンクスのことで、困っていらっしゃるのでしょう?」


 ナディル様の言葉に、リーリエ様は素直に頷いた。


「リーリエさんの悩みの種はおそらく二つですね。一つ目は、ジンクスがあることで相手の男性に恋人や意中の人がいたら迷惑になってしまい申し訳ないという気持ち。二つ目は、ジンクスを理由にして相手の男性がリーリエさんに交際を迫るような者だと困るという気持ちでしょう。ジプソフィラ子爵家は将来有望な家として今や非常に有名ですし、何よりこれほど可憐なリーリエさんのエスコート役という幸運を得てしまえば、相手の男性がそれ以上の関係を期待してしまう可能性は大いにありますからね」


「…そんなことは…」


 小声で否定したリーリエ様だが、ナディル様の指摘した懸念事項は事実であった。実際、リーリエ様はさすが乙女ゲームのヒロインというか、元々超絶美少女なのだが、アルベール様への叶わぬ恋をして、その可愛らしさの中に切なげな陰が加わり、それはもう男性の庇護欲を刺激して止まない危険な美しさを発しているのである。
 錚々たるメンバーが揃った第三学年のSクラス在籍という近寄りがたい状況から、学院内で声を掛けてくる者は多くないが、生徒投票で白百合の姫に選ばれたように、隠れファンが大量に存在している。当初は貴族科だけでの人気だったが、いつの間にか従者科の学生からも人気を博しており、ジプソフィラ子爵家への就職希望者も増えているのだ。もちろん、どのような理由であろうと下心を持って近づこうと画策している輩は、私が裏で一網打尽にしているが。


 なんと答えるべきか返事に迷っているリーリエ様を見て、私も口を挟むことにした。


「リーリエ様、差し出がましいこととは存じますが、確かにナディル様にエスコートを務めていただけるのであれば、これほど適任の方はいらっしゃらないように思います」


 リーリエ様には秘密だが、私たちはカイを通して事前にこの件は打ち合わせ済みである。私の言葉を受けてナディル様が続ける。


「そのとおりです。リーリエさんもご存知のとおり、私はピヴォワンヌ様をお慕いしておりますので、誤解されて困るような相手はおりません。また、同じ理由でリーリエさんに言い寄るようなこともいたしませんので、安心していただいて構いません。他国ですが公爵家出身ですから、リーリエさんの相手役という栄誉を得たところで、私に対して文句を付けるような輩もいないでしょう。もちろん、多少の嫉妬は受けて立ちますけどね。ジンクスを叶えて差し上げられないことだけは申し訳なく思いますが、私相手に叶ったところでリーリエさんも嬉しくないでしょうし」


 ナディル様は冗談めかして笑う。実際にこの申し出は学院内で頼る相手の少ないリーリエ様にとっては天の助けとも言えるものなのだ。


「…とてもありがたいお申し出ですが…その、本当に良いのでしょうか。ナディル様がお辛い思いをされるのでは…」


 リーリエ様が心配したのはナディル様の気持ちだ。赤百合の姫と白百合の姫は、主役として注目される中、共に行動することが多くなる。そうなれば否が応でもアルベール様と並ぶピヴォワンヌ様を間近で見なければならない。


「それはリーリエさんだって同じでしょう。近くで見ようと遠くで見ようと、辛いものは辛いのです。ここは辛い者同士、私も共に頑張らせていただけませんか?」


 アルベール様を想う自分の気持ちがバレていることに、リーリエ様は一瞬驚いた反応を見せ赤面したが、それよりもナディル様の優しさへの感謝の方が強かったようで、すぐに微笑みを返した。


「どうもありがとうございます、ナディル様。それでは…お言葉に甘えさせていただいてもよろしいでしょうか。ぜひ学院祭での私のエスコートをよろしくお願い申し上げます」


「身に余る光栄ですよ。謹んでお引き受けいたします」


 こうして今年の白百合の姫と、そのエスコート役が決定したのであった。




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「…ねー、ターニャ!あなたどれだけ能力を隠し持ってるのー!?」


 エヴリン様の驚いたような呆れたような声が響いた。


 今は赤百合の姫と白百合の姫の衣装合わせで、ピヴォワンヌ様とリーリエ様にそれぞれ双花奉納の儀で着用予定のドレスの試着をしてもらっているところだ。着替え終わったふたりを見たエヴリン様の第一声が、なぜかふたりへの称賛ではなく私への詰問だというのが解せない。


「すごいでしょう?それがターニャでしてよ!」


「…なんでピヴォワンヌ様が得意げになさるのですか…」


 なぜか私の代わりに胸を張るピヴォワンヌ様に、サラさんが呆れた声で突っ込みを入れる。


「でも、私も驚きました。姫の衣装をターニャが用意するとは聞いてましたが、まさかなんて思ってもみませんでした。しかもこれほど見事なドレスを」


 リーリエ様の言葉に、部屋に揃ったSクラス女子一同がうんうんと頷いた。


「本当に驚いたわー。どこで勉強したのー?」


「お褒めいただき光栄です。そうですね、とくに隠していたわけではないのですが、七歳くらいの頃から実家近くのお針子に師事して刺繍やレース編みを習いましたので、元々針仕事は得意なのです。その後、お針子の師匠の伝手で街一番のオートクチュールで下働きをした時期があり、ドレスの仕立て方はそこで学びました。さらにたまたまお店に展示していた私の仕立てたドレスを気に入ってくださったご婦人がいらっしゃって、その方のご紹介で王都のドレス店でも働かせていただきました。王都の店には優秀なデザイナーがたくさんいたので、その方たちの技術やアイディアを盗んで真似して勉強しましたね」


 私の言葉に一同はなぜか遠い目をしている。


「…ねー、この三年間でこういうこと何回あったかしらー?」


「パン、ケーキ、料理、紙細工、アクセサリー…ターニャが素晴らしく上手に作れるものはまだそれがすべてではなかったのですね…」


「エマ、それだけじゃありませんよ。作れるものだけではなく、ターニャのできることで考えたら、勉強、楽器全般、他言語複数、魔術式、運動全般、剣術、体術、護身術…私たちが何度絶句してきたことか」


 エヴリン様の問いかけに答えたエマさんとサラさんがため息をついた。


「そういえば、ピアニー侯爵領に遊びに来たときには港の漁師と仲良くなってマグロの一本釣りもしてましたわね…ピクニックに出かけたときも山から下りてきた猪を素手で…」


「ええ、ピヴォワンヌ様。その後、見事な腕でお魚を捌いたり、猪鍋を振舞ったりしてましたよね…」


 先ほどは胸を張っていたはずのピヴォワンヌ様までなぜか呆れたような声で話に乗り、サラさんもご丁寧に補足を入れてくれる。


「リーリエ様に相応しい一人前の侍女となるためには、当然のことです」


 私自身、ちょっとやりすぎたかもと思うことはなくもなかったが、しれっと流すことにした。どれもこれもばあや修行の賜物なのだ。


「ちょっとやめてターニャ!そんなこと言ったら私たちが侍女を名乗れなくなるじゃない!」


「ターニャが普通じゃないんだからね?それが一人前の条件だなんて言われたらこの王国から侍女が消えるからね!」


 焦るサラさんとエマさんの言葉に、ピヴォワンヌ様とエヴリン様が笑う。


「大丈夫でしてよ、サラ。ターニャが特殊だということは、Sクラス全員が分かっておりますわ」


「そうそう、エマだって十分普通じゃないレベルの侍女だからねー?ターニャがちょーっと異常なだけでー」


 ふたりの言葉にリーリエ様が口を開く。


「まあ!皆さん、ターニャが変な子のように言わないでくださいな。ターニャは確かに何でもできてすごい侍女ですが、普通の可愛い女の子なんですから」


「ありがとうございます、リーリエ様。そんな風におっしゃってくださるのはリーリエ様だけです」


 リーリエ様の親バカならぬ主バカ発言に適当に乗っかった私に対し、周囲からブーイングが聞こえるが、こちらも華麗に聞き流した。


「さて皆様、冗談はこれくらいにして、ドレスの感想をお聞かせください。ピヴォワンヌ様、リーリエ様、神殿での儀式用ということで露出は控え目に、体のラインも出しすぎないよう仕上げましたが、いかがでしょうか?その後の舞踏会ではこのドレスで踊らねばなりませんので、ゆとりがありすぎてもかえって踊りにくいでしょうから、気になるところがあればおっしゃってください」


 自画自賛になるが、ドレスの仕上がりは会心の出来栄えだと思っている。赤百合の姫と白百合の姫の衣装は、それぞれの姫役の令嬢の家で仕立てるのが普通だが、今回はせっかくなら同じ者が仕立てて、ふたりの姫の衣装に統一感を持たせた方が良いと提案したのだった。私自身、大切な主と友人の勝負ドレスだと思うと興奮冷めやらず、ここ数週間は寝る間も忘れて取り組んでしまった。睡眠不足ではあるが、ほとんど趣味に没頭していただけの状態なので、私のお肌はツヤツヤしている。


 ピヴォワンヌ様には、赤を基調としたドレスに、少し色合いの異なる赤いレースをあしらった。乙女ゲームの悪役令嬢が着ていた赤生地に黒レースも捨てがたく、文字通り徹夜で悩んだが、儀式の場では妖艶な雰囲気が出すぎてしまうと思い、泣く泣く却下した。
 同じ理由で、ドレスのラインもピヴォワンヌ様の魅惑的なボディラインが出すぎてしまうマーメイドタイプは止め、リーリエ様とシルエットが揃うようシンプルなAラインにした。しかし、全身赤色ばかりというのも締まらないので、ウエスト部分には濃い灰色のリボンをあしらっている。


 リーリエ様のドレスは白を基調としているが、敢えて純白ではなく、ナチュラルな色味の白い生地を選んだ。ドレスに合わせたレースは、クリーム色より少し黄色味がかった糸を使ったものだ。ゲームのスチルで登場したヒロインのドレスはウェディングドレスのようなデザインだったが、あれは現実的ではない。この王国でもウェディングドレスは前の「私」の世界と同様に純白のドレスが伝統で、婚姻前に着用することは忌避されている。そのため、白百合の姫のイメージに合わせつつ、ウェディングドレスに見えることのないよう、敢えて白に黄色系の色味を加えて仕立てた。ピヴォワンヌ様のドレスと同様に、ウエスト部分にはリボンをあしらった。こちらのリボンは金色で、黄色系のレースに合わせて映える配色を意識している。


 また、ふたりのドレスの裾の部分には、気合を入れて赤百合と白百合の刺繍を入れている。どちらのドレスにも光沢のある糸で刺繍したため、遠目には百合の花とは分からずとも、キラキラと輝いてふたりの動きを引き立ててくれるはずだ。


「まったく文句なしですわ!ドレスの丈もダンスしやすいように配慮してくださいましたのね。何より、締め付けが少なくてとても動きやすいですわ」


「ピヴォワンヌ様のおっしゃるとおりです。素敵なデザインはもちろん気に入りましたが、何より軽さに驚きました。このドレスならとても身軽に動けそうです」


 ピヴォワンヌ様もリーリエ様も嬉しそうに答えてくれた。前の「私」の知識があるため、この世界の締め付けまくりの重いドレスは辛いことが分かっている。ふたりとも元々スタイル抜群なので、今回はあまり締め付けすぎないデザインにした上に、レースが幾重にも重なったパニエでドレスを膨らませるというこの世界の常識を打ち破り、裾にワイヤーを入れた軽いパニエを用意したのだ。普段着ているドレスとの違いに驚くのは当然と言えた。


「そうおっしゃっていただけて安心いたしました。また何か気になることがあれば、細かなことでもおっしゃってくださいね。いくらでも調整いたしますから。それと髪の結い方ですが…」


 その後、リーリエ様とピヴォワンヌ様にそれぞれ数パターンおすすめの髪型を提案し、本番に採用するヘアスタイルを決めた。サラさんとエマさんは私のヘアアレンジ方法に興味津々で、後半は勉強会のようになってしまった。教材にされたリーリエ様とピヴォワンヌ様は少し疲れた顔もしていたが、お気に入りの髪型を見つけて喜んでくれた。揃いのドレスに身を包んだふたりの姫がにっこりと笑い合う様は、伝統行事のきっかけとなった昔の王女たちのように、固い信頼と友情で結ばれていることがよく分かる。


 このドレスは、ふたりにとって一生の思い出に残るドレスになるはずなのだ。学院祭の本番で、主役として舞台に立つ主人と大切な友人のそばにいることはできないが、私の作ったドレスが、ふたりの決断をそっと支えてくれることを心から祈って、私も微笑んだ。





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