転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ

第十七話 三年目:赤百合と白百合の姫

 第三学年に進級してから二月が経ち、少しずつ冬を思わせる風が吹き始めた。


 貴族科の生徒も、使用人科の生徒も、三年に一度の学院祭に向けて忙しなく過ごしている。どの生徒も自身の在学中にたった一度きりしか経験できないイベントに、日に日に盛り上がりは増していた。


 リリーヴァレー王立学院の学院祭は、基本的には生徒個人やクラスでの学習発表の場である。生徒の保護者だけでなく、国王夫妻や大臣、他国の重鎮、魔術学院の教職員等の来賓が招かれるため、爵位の低い家の生徒や、使用人科の生徒にとっては、自らの能力をアピールし、就職先を見つけるための貴重なチャンスでもある。


 お祭り的な要素は少ないが、唯一毎回盛り上がるのが、赤百合の姫と白百合の姫による双花奉納の儀である。これは学院の伝統行事だ。


 かつてリリーヴァレー王国は南部と北部で二つの国として対立していた時代があった。戦争となったことは少ないが、長らく国交断絶状態となっていた。あるとき両国の美しく心優しい王女同士が友人となったことをきっかけに、融和の道が築かれることとなり、やがて一つの王国となったのである。この出来事を語り継ぎ、一つの国として平和な時代の継続を願い行われるのが、“双花奉納の儀”と呼ばれる儀式であった。


 三年に一度、王国内で最も美しいふたりの女性をかつての両国の姫に見立て、南部原産の赤百合であるサンライトリリーと北部原産の白百合、ムーンライトリリーを神殿に奉納することで、かつての両国の融合を示し、永きに渡る平和を祈る儀式である。元々は国家行事であったが、姫の役目には代々貴族家の若い娘が選ばれたことから、王立学院の創設と同時に、学院祭の行事として引き継がれることになったそうだ。


 そして現在、赤百合の姫と白百合の姫は、学院内で最も美しく気高い令嬢が、生徒投票によって選ばれる。要するに、伝統行事は形骸化し、ミスコンテスト的な側面が強くなっているのであった。




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 この日、今年のふたりの姫役の決定が、学院の掲示板にて発表となった。


 投票結果には注目が集まっていたため、多くの生徒が掲示板前に群がっていた。貼り出された瞬間には、一斉に大きな歓声が上がった。


「ピヴォワンヌ様!おめでとうございます。赤百合の姫はピヴォワンヌ様しかいらっしゃらないと思っておりましたわ!」


「ああ、ダークレッドの御髪おぐしとルビーのような瞳のピヴォワンヌ様が姫を務められる姿を想像しただけで…なんと神々しいのだろうか」


「赤百合のブーケを携えるピヴォワンヌ様…絶対に美しすぎる…」


「さすがです、ピヴォワンヌ様。ああ、踏まれたい…」


 一部おかしいコメントが混ざっているが、ピヴォワンヌ様は周りを生徒たちに囲まれ、祝福されている。ちなみに問題発言をした男子生徒は、ナディル様の侍従カイが良い笑顔で暗がりに引っ張って行った。私は何も見ていないことにする。


 貴族科の中でも特別クラスに在籍し、第三侯爵家の令嬢という身分を持ち、第一王子アルベール様の婚約者でもあるピヴォワンヌ様は、まさに高嶺の花なのだ。学院祭のようなイベントでもなければ畏れ多くて話しかけることもできない生徒が多いため、ここぞとばかりに周囲に信者が集まっている。
 そして学院祭のどさくさで、普段は遠巻きに見ている一部の熱狂的信者が暴走しないよう、私たちSクラスの従者・侍女は、皆で結託して主人たちのガードを強化している。普通クラスの学生から話しかけられる機会は少ないので、正常な範囲の祝福の声掛けには、ピヴォワンヌ様も笑顔で応じている。


 その髪と瞳の色からも、ピヴォワンヌ様は赤百合の姫のイメージにぴったりで、第一候補と目されていた。これまでの姫役を遡っても、学院内で最高位の令嬢が自然と選ばれており、ピヴォワンヌ様が選出されたことは誰しも予想通りと言える。


 一方、白百合の姫には誰が選ばれるかが注目されていた。
 現在学院内でピヴォワンヌ様に次ぐ身分のご令嬢というと、第二学年に第八侯爵家の令嬢が在籍しているが、彼女は普通クラスであることもあり、第三学年の特別クラスであるオリアンダー伯爵家のエヴリン様の方が可能性が高いのではないかと言われていた。また、爵位は劣るものの、その可憐さからエヴリン様の対抗馬として見られていたのが…


「ジプソフィラ子爵令嬢!白百合の姫、おめでとうございます!」


「やっぱりそうだよなあ。白百合の姫のイメージにはリーリエ嬢がぴったりだと思っていました」


「照れていらっしゃるお顔もなんとお可愛らしいことか…!」


「良い香りがする…」


 私の主であるリーリエ様だった。こちらにも変な虫が湧いているので、当然ながら私は発言者を睨みつつ、リーリエ様をガードしている。婚約者の有無の差なのか、キャラクター的なものなのか、ピヴォワンヌ様にはどちらかというと女生徒のファンが多いのだが、リーリエ様は明らかに男子生徒からの人気が高い。さすがはヒロイン、さすがは私の主人、という誇らしい気持ちもなくはないが、率直に言ってリーリエ様を囲んで怯えさせるような輩は私にとっては敵でしかない。


 リーリエ様のそばを離れるわけにはいかないのでどう対処しようかと考えていると、アルベール様の従者ヘクターとイーサン様の従者アールさんが気配なく現れ、問題人物や邪な視線を投げている者を音もなく連行して行った。ふたりの協力に感謝しかない。一部、私が敵認定した者以外の男子生徒もなぜかヘクターが引っ張っていったようだが、こちらも深く考えないことにする。私は何も見なかったのだ。


 これまでは平民出身で男爵令嬢となり、しかも特別クラスに在籍しているという異色の存在だったことから、リーリエ様は他のクラスの生徒からは遠巻きにされていることが多かった。しかし、その可愛らしさと聡明さは有名で、陰からこっそり彼女を見つめるような隠れファンが多かったのだ。今夏に子爵令嬢となったこともあり、生徒たちから見たリーリエ様の立場も変わり、より積極的に関係を築きたいと思う者が増えている。


 リーリエ様は自分が白百合の姫に選ばれるとは思ってもみなかったようで、周囲の反応に驚いているが、普通クラスの生徒たちにも認められたということは素直に嬉しいようで、祝福の声に照れながらも微笑んでいる。


 今の微笑みだけで心を撃ち抜かれた者が数名いたようなので、侍女としては魅力を振りまきすぎるのもほどほどにしていただきたいという気持ちが半分、自慢の主人をもっと多くの者に認めさせたい気持ちが半分の、複雑な心境である。


 そうこうしているうちに、盛り上がっている生徒たちがざわめきだし、人だかりの中に通路ができていく。その中を悠然と歩いてきたのは、第一王子アルベール様を筆頭とした、クラスメイトたちであった。


「ピヴォワンヌ、リーリエさん、今年の姫役に決定したそうだな。おめでとう」


「ありがとう存じます、アルベール様。精一杯務めさせていただく所存ですわ」
「ありがとうございます。身に余る光栄に存じますが、精進いたします」


 アルベール様の祝福の言葉に、ピヴォワンヌ様とリーリエ様が微笑んだ。


「私も姫になりたかったのにー!くやしー!でも、おめでとうー!」


 そう言ってリーリエ様に抱き着いてきたのは、白百合の姫の筆頭候補のひとりと言われていた、エヴリン様であった。


「あ、ありがとうございます、エヴリン様。…その、申し訳ございません…私などが…」


 エヴリン様の言葉を受けて恐縮しきりのリーリエ様に、呆れた声でイーサン様が突っ込みを入れる。


「嘘つけ、エヴリン。覚える作法の多い姫の役目は面倒だからやりたくないと言っていたくせに。ごめんね、リーリエさん。エヴリンはからかってるだけだから気にしないで。白百合の姫にはリーリエさんが相応しいと思うよ」


 あっさり兄に本心を暴露されたエヴリン様は、ペロッと舌を見せ、いたずらっ子のように微笑んだ。エヴリン様の性格を知る私たちからすれば、彼女が姫役をやりたくなかったのは真実だと分かるし、周りに他のクラスの生徒たちがいる状況で敢えてそれを言ったのは、エヴリン様に投票した生徒たちを納得させるためだと理解できた。


「…どうもありがとうございます、イーサン様、エヴリン様」


 ふたりの気遣いをすぐに理解したリーリエ様は、お礼を言ってふわりと柔らかく微笑んだ。その笑顔を見て、私は脳内でガッツポーズを繰り出した。


 以前のリーリエ様ならば、こういう場面では恐縮して小さくなってしまっていたが、今ではクラスメイトからの好意を素直に受け止めることができるようになっている。自意識過剰になってはいけないが、自分に自信を持つことは重要なことである。これからリーリエ様が歩んでいく道を思えばとくに。他者を大事にするのと同じように、自分も大切にすること、そして自分が他者から大切にされることを誇りに思うことが、自信へと繋がる。二年と少しのSクラスでの生活を通してリーリエ様は間違いなく成長されたのだと感じられた。




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 姫役の発表があった日の夜、第一王子アルベールの寮の自室に、婚約者であるピヴォワンヌが訪ねてきた。婚約者同士とは言え年頃の男女であるので、もちろん従者ヘクターと侍女サラも部屋の後方に控えている。


「お時間いただきありがとうございます、アルベール様。今日はお願いがあってまいりました」


「学院祭での、姫のエスコートの件だろうか?」


 アルベールの言葉に、ピヴォワンヌは頷いた。


 双花奉納の儀では、赤百合の姫と白百合の姫がそれぞれエスコート役の男性を伴うこととなっており、婚約者がいる場合には婚約者が務めることが自然であった。ちなみに、エスコート役については姫役の令嬢の婚約者が学院の生徒とは限らないため、外部の者でも務めることが許されている。婚約者がいない場合には、家族やクラスメイト等に頼むことも問題ないのだが、あるジンクスの存在によって、基本的には婚約者もしくは恋人が務めることが多い。


「わたくしの婚約者はアルベール様ですので、エスコートをお願いできればと考えております」


「…もちろん、喜んで引き受けよう。しかし、ピヴォワンヌ。一つだけ確認させてもらいたい。あなたは本当にそれで良いのか…?」


 正式な婚約者である以上、断られるとは思っていなかったが、ピヴォワンヌはアルベールの質問に少し戸惑い、そしてすぐに意図を察した。


 “学院祭で姫の役目を務めた令嬢とエスコートをした男性が生涯末永く結ばれる”というジンクスは、この学院の生徒なら誰でも知っている。実際にこれまで家族以外の男性がエスコートを務めた場合に、結婚しなかった例は一度たりともないのであった。とくに、政略結婚ながらもおしどり夫婦として有名な現国王夫妻も、在学時に白百合の姫とエスコート役を務めたことから、このジンクスは信憑性を帯び、学院内だけでなく国全体でも広く言い伝えられている。


 つまり、今アルベールが尋ねているのは、エスコートについてだけではないのだ。「自分との婚約をこのまま続けて良いのか」と確認しているのである。


「ええ、それはもちろんですわ…。でも、そんなことを聞くなんて、アルベール様は少しずるいのではございませんこと?わたくしの決意は、あなたの婚約者になったときから固まっております」


 ピヴォワンヌは困惑しながらも、婚約の解消は考えてもいないことを言外に伝える。そして自分の気持ちを語らずにピヴォワンヌの気持ちを確認しようとする言葉には、つい批難混じりの響きが含まれてしまう。


「どれほど堅固に固めようと、人の気持ちは変わるものだ」


「それは、ご自身のことをおっしゃってますの?」


「俺のことも、あなたのこともだ」


 ピヴォワンヌはアルベールの言葉について考えを巡らす。アルベールがリーリエのことを想っていることは、かなり前から気付いていた。しかし、アルベールが自身とピヴォワンヌの立場を鑑み、軽はずみな行動をしていないことも知っていた。だからこそピヴォワンヌとしても、彼との愛のない結婚を受け入れ、愛はなくても同士としてそばで支えようと決めていたのだ。


 しかし、リーリエが子爵令嬢となったことから、状況が変わってきたことも理解している。今の発言からすると、アルベールは彼女を婚約者に迎えることを決めたのかもしれない。そして、彼がそれを望んでいるのであれば、自分との婚約解消を考えているということになる。


「貴族として生まれた以上、この王国のために命を賭す覚悟はできておりますわ。ですが、あなたがわたくしにその役目を望まないのであれば、身を引くこともまた国のためとなりましょう。何より、婚約者として以前に幼馴染であるあなたが不幸になることなど、わたくしは願いませんわ」


 ピヴォワンヌは、驚くほどあっさりと婚約解消を受け入れる姿勢を見せた。しかも、先に他の女性に恋をしてしまったアルベールを一切責めることなく。ピヴォワンヌは、アルベールと婚約したことも、それを解消することも、高位貴族令嬢に生まれた者の責務として自然に受け入れているのだ。加えて、アルベールの幸せを願う言葉も、本心からの言葉だと分かる真剣さを帯びていた。


 その答えに、アルベールは思う。自分たちは本当に似た者同士なのだと。王国のために生きる覚悟を持ち、自分を犠牲にすることは厭わない。しかし、相手がそれで幸せにならないのであれば、婚約を解消しても構わないと。


「ピヴォワンヌの気持ちは嬉しく思うよ、ありがとう。…そして、これまではっきりとさせずにきたことも含め心苦しいのだが、俺があなた以外の女性を想っていることは事実だ。もしもそのせいで今まであなたを傷つけていたのであれば心から詫びたい。本当に申し訳ない。この件については、ピヴォワンヌに裏切りだと思われても仕方ないと自覚している」


 アルベールはこれまでピヴォワンヌに面と向かって伝えたことがなかった自分の気持ちを認め、謝罪する。先に他の女性に恋をしてしまったのは間違いなく自分で、その点はどれだけ非難されても受け止めるべきだと考えている。しかし、まずはここまでの事実を認めた上で、これから先について考えていかなければならない。


「だがしかし、俺としても我が身可愛さにあなたを不幸になどしたくないし、するつもりもない。あなたが王国のためにどれほど努力してくれたかは分かっているつもりだし、俺のそばであなたが幸せを見つけることができるのであれば、勝手ながらそれで良いだろうと思っていたのだ」


 アルベールの真剣な声に、ピヴォワンヌは黙って考え込む。たとえ愛はなくとも、ピヴォワンヌが将来的に王子妃、王妃となって生きることが幸せならば、婚約は継続するつもりだったとアルベールは告げたのだ。そしてその口ぶりから、今は違う考えがあるのだろうと理解する。


「俺は視野が狭かった。俺が意地を張ってこの婚約を継続することが、誰もが幸せになる道だと決めつけていたんだ。しかし、もしかしたらそれは誤っているのではないかと気づいた。他により良い道があるのならば、模索するべきではないかと。それは逃げではなく、俺の責務なのではないかと」


 アルベールはこれまでの自分の選択と行動について反省したことを率直に告げる。そして再度、ピヴォワンヌの瞳を覗き込んで問う。


「…頼む、ピヴォワンヌ。正直に答えてほしいんだ。あなたの幸せはどこにある?俺と共にあることで、あなたは幸せになれるのか?」


 ピヴォワンヌは答えない。答えられるはずがない。第一王子の婚約者としての矜持を持ってこれまで生きてきたのである。アルベールのそばが幸せじゃないなどと、言えるはずがない。


 アルベールはそんなピヴォワンヌの様子に、心から申し訳なさを感じていた。


「ピヴォワンヌ、このようなずるい聞き方をしてすまない。長い間ずっと重いものを背負わせてしまい、本当にすまない。自分の感情を素直に口に出せなくなるほど、俺は知らないうちにあなたを追い込んでいたのだな…」


 アルベールはピヴォワンヌに真摯に謝る。
 そして、決定的な質問を投げかけた。


「ピヴォワンヌ、俺はあなたにも幸せになってほしいんだ。教えてくれ。…想う人が、いるのではないか?」


「…!」


 ピヴォワンヌの紅玉の瞳が大きく見開かれ、苦し気に揺れた。自分の恋心は隠せていると思っていたピヴォワンヌに、その言葉は衝撃であったのだ。そしてその表情で、アルベールは理解した。


「…そうか。…さらに言い辛いことを聞いてすまないが、その相手は…ナディルで間違いないだろうか」


 ピヴォワンヌはやはり答えない。しかし、今その瞳には涙が溜まっている。それは婚約者であったアルベールさえ見たことのない、叶わぬ恋に苦しむ彼女の表情であった。


「……申し訳ございません…」


 普段からハッキリと物を言うピヴォワンヌの口から出たとは思えないほど、それは小さく弱々しい肯定だった。アルベールはすべてを理解し、これから自分が取るべき道を決めた。


「…よく分かった。ピヴォワンヌが謝ることなど何もない。悪いのは、自分の気持ちを綺麗ごとで誤魔化し、婚約者としていちばん近くにいたあなたの気持ちにさえ気づけずにいた俺なんだ。今まで俺はピヴォワンヌの優しさと責任感に甘えすぎていた。しかるべき時が来れば、きちんと謝罪させてもらいたい。そして、安心してほしい。あなたが幸せになれる道を、しっかりと用意しよう。ピアニー侯爵家にも決して迷惑をかけることのないよう進めると誓う」


「…そんなことが、本当に可能なのでしょうか」


 絞りだしたピヴォワンヌの声は震えている。


「可能にしてみせる。大切な幼馴染さえ幸せにできない男が、国民の幸せを守ることなどできるはずもないからな。ピヴォワンヌ、最初の話に戻るが、あなたのエスコートは引き受けさせてくれ。俺に考えがあるんだ。そして、今の時点では明言できないが、近いうちに、あなたの本当の気持ちを確認するときが来るだろう。そのときに、どうか迷わないでほしい。ピヴォワンヌと、あなたの想い人が共に幸せになることだけ考えてくれ」


 決意のこもったアルベールの眼差しに、ピヴォワンヌはただ頷いたのであった。





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