転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ

第十五話 二年目:従者・侍女は夏休み前の秘密会議を開く

 第二学年の終わりが近づき、日中は汗ばむ陽気になったが、リリーヴァレー王国の夜は夏でも涼しい気候である。学院の生徒たちが寝静まった頃、学生寮の談話室には、それぞれの主には内緒で、複数の従者・侍女が集まっていた。


 発案者は、リーリエ様の侍女である私、ターニャ。
 参加者はアルベール様の従者ヘクター、ピヴォワンヌ様の侍女サラさん、イーサン様の従者アールさんとエヴリン様の侍女エマさんの兄妹、そしてナディル様の侍従カイ。つまり第二学年Sクラスの従者・侍女が勢揃いしている。


「みなさん、夜分遅くにお呼び立てしてしまい申し訳ありません」


 私は開口一番に謝罪した。


「いいんだよ、夜は従者の自由時間だし、他ならぬターニャの頼みならなんだって聞くさ」


 ヘクターは相変わらずの軽口だ。


「そうですね、そして私たちも議題には心当たりがありますから」


 サラさんの言葉に、全員が頷いた。


 そう、現在貴族科第二学年Sクラスの人間関係は、非常にややこしいことになっている。それぞれの家の立場もあり、主人たちで腹を割って話して簡単にどうこうできるレベルではないため、一度従者・侍女で状況の確認と共有をしたいと考えて集まってもらったのであった。


「オレたちを仲間外れにしないでくれてありがとう」


 アールさんの言葉に、エマさんもこくこくと頷いて同意を示す。


「そう言ってくださるとありがたいです。お二人に声を掛けるかどうかは少し悩みましたが、情報の収集と処理に長けているオリアンダー伯爵家の助力が得られたらありがたいですし、当事者の家の者だけよりも、中立の立場の方にいてもらえたらと思ったのです」


 私の言葉に、ヘクター、サラさん、カイも大きく頷いた。


「ターニャに集めてもらったけれど、オレとしてもいずれはみんなに協力を仰ぐ必要があると思っていたのでちょうど良かったよ。ターニャの立場上言い辛いことが多いだろうから、もし良かったら、ここからはオレが進行しても良いかな?ターニャの意図と違う点があれば教えて」


「……ええ、お言葉に甘えるわ。よろしくお願いします、ヘクター」


 ヘクターの言葉に少し考えたが、一旦彼に任せてみることにした。覚悟はしてきたが、確かに言い出しづらいことを私は言おうとしていたし、クラスの従者・侍女のまとめ役である彼から話した方が流れはスムーズになる。


 私の許可を得て、ヘクターは話を始めた。


「まず、今日オレたちが集められたのは、オレたちの主人の幸福への道筋を考えるためということで、間違いないかな?」


 ヘクターが発案者である私を見て尋ねたので、私は即座に深く頷いた。他の従者・侍女も予想通りのことなので、そのままヘクターの言葉を待つ。


「みんなそれぞれ頑固な主人を持って困っているということだね。ここにいる全員のことを、オレは心から信頼しているし、みんなもそうだと信じている。だから、ここで話すことは、、決して他言しないと誓う」


「私も誓います」
「はい、僕も誓います」


 ヘクターの言葉に、皆が同調した。全員の誓いを確認し、ヘクターが口を開く。


「まず、状況を確認させてくれ。最初にオレから言うが、アルはリーリエ様のことを心から想っている。リーリエ様も同じと考えて良いだろうか?」


 ヘクターの言葉は私に向いており、私は深く頷いた。


「そして、ナディル様だが、ピヴォワンヌ様に対して本気だと思って良いな?」


「はい、ナディル様は本気でピヴォワンヌ様のことを愛していらっしゃいます」


 ナディル様の侍従であるカイが、しっかりと肯定した。ここまでは皆予想通りの流れだ。そして肝心のことを聞くために、ヘクターはサラさんを見る。


「言い辛いことは分かっているが…ピヴォワンヌ様のお気持ちを教えてもらえるだろうか」


「…はい、私としても覚悟を決めて今夜ここに来ましたから。…ピヴォワンヌ様は、ナディル様と同じ気持ちでいらっしゃいます。…私にさえもおっしゃってはくださいませんが」


 サラさんは少しだけ悲しそうな目をしてそう言った。


「それは、間違いないと考えて良いんだね?」


 ヘクターが念を押す。ここにいる全員、それだけが最後の確証を持てずにいたのだった。


「はい、間違いはございません。主の秘密を話すことはできかねますので、理由は申し上げられませんが、私は確信を持っております」


「分かったよ。サラがそう言うなら、間違いはないさ。それに正直、鈍感なオレではそこだけが見極められずにいたから、それを聞いて安心したよ」


 ヘクターの言葉に思わずカイと私も頷いてしまった。これで万が一ピヴォワンヌ様が他の誰かを想っていたり、ナディル様のことを愛していなかったりすれば、これからの話は進めることができなかったのだ。私としては最近のナディル様に対するピヴォワンヌ様の表情で、ほぼ間違いないと確信できていたので、今日みんなに声を掛けたのだが、サラさんからの肯定は大きな安心材料となった。


「よし、前提条件の確認ができて良かった。これなら解決できる道が見えるな。ここからはものすごく不敬な上に他の人間に聞かれたらオレの首が飛ぶから、本当に他言しないでくれよ。みんなは頷くだけでも良い」


 本来なら私が務めようとしていた苦い役割を、ヘクターが引き受けてくれている。本当に良いのだろうかと彼を見ると、彼は私を見て安心させるように微笑んだ。


「オレは、アルが誰よりも大事だ。そしてアルが大事に思っている友人のことも、絶対に幸せにしたい。だからこそ、オレは言うぞ。アルとピヴォワンヌ様の婚約を穏便に解消させたい。そしてアルの隣には、リーリエ様に立ってほしいと思っている」


 固く決意したヘクターの言葉に、全員が首肯する。


「そして、ピヴォワンヌ様とナディル様が結ばれるのであれば、それがいちばん良い形だと思っている」


 サラさんとカイが深く頷いた。


「ディセントラ公爵家としては、ナディル様の結婚については異論はないという理解で問題ないだろうか?」


 ヘクターの質問に、カイが答えた。


「はい、ナディル様は四男で、幼い頃から活発で外向きな性格でしたので、奥様を迎えて独立するも良し、どこかへ婿入りするも良しと、ご両親に言われてお育ちです。だからこそ、あれほど自分の気持ちを隠さずにグイグイいけるのでしょう…。ピヴォワンヌ様には大変なご迷惑をおかけしております…」


 疲れた表情のカイは、サラさんを見て謝罪の言葉を告げる。ピヴォワンヌ様だけではなく、侍女のサラさんにも間違いなく心労をかけていることを、カイは理解しているのだろう。


「ピアニー侯爵家としては、どうだろうか。万が一王家との婚約が破談になったとして、立場が揺らぐようなことは考えられないが、ピヴォワンヌ様は再度政略結婚を押し付けられてしまうと思うか?」


 ヘクターの質問は、私としても大きな懸念点であったので、サラさんをじっと見つめてしまう。


「旦那様は、ピヴォワンヌ様のことを心から愛しておいでです。アルベール様とのご婚約は、王家からの申し出であり、ピヴォワンヌ様とアルベール様の仲も良好であったためにそのまま進められたものです。一方的な婚約破棄となれば旦那様は烈火の如くお怒りになることは間違いありませんが、ピヴォワンヌ様ご自身に他に好いた方がいらっしゃるのであれば、お認めになることと思います」


 サラさんの言葉に、アールさんが補足を入れる。彼はイーサン様の従者なだけあって、情報収集を得意としている。


「今日の集まりの前に気になったのでオレも少し調べさせてもらったよ。ピアニー侯爵家とカクトゥス大公国のディセントラ公爵家とは、二代ほど前から家同士の付き合いがあったそうだ。ピヴォワンヌ様がお生まれになった頃には、両家の息子と娘を結婚させようという話もあったようだよ。カクトゥス公爵家のご子息方と年頃が釣り合うのは、ピアニー侯爵家ではピヴォワンヌ様だけだったので、ピヴォワンヌ様とアルベール様の婚約が決定した時点で、この話は自然に消えたみたいだけどね」


 アールさんの言葉に一同は驚いた。ピアニー侯爵家の侍女サラさんも、ディセントラ公爵家の侍従カイも驚いているところを見ると、ピヴォワンヌ様とナディル様本人たちさえ知らなかったことなのだろう。というか、その話を知っていたらもう少し気楽に動けた可能性があるほど有益な情報だった。


「さすがはオリアンダー伯爵家だな。短時間でそんなところまで調べるなんて」


「いや、実はオレよりも先にイーサン様が調べていたみたいなんだよ。オレはその記録を辿っただけだ。あの人は何も考えてなさそうでいて、情報は常に手広く持っているんだよ。イーサン様なりに、クラスメイトの苦しい状況を気に病んでいるんだろうね」


 ヘクターの言葉に、アールさんは素直にネタばらしをした。しかし、オリアンダー伯爵家の情報網は有名で、かなり信憑性が高いと見て間違いないだろう。


「…実は私も、兄とは別方向の情報を得てきました。こちらはエヴリン様が気にされていてお調べになったことなのですが、今夏の爵位見直しについての最新情報です」


 エマさんの言葉に一同が息を飲む。およそ一月後に発表される叙爵と爵位の序列見直しは、リリーヴァレー王国の貴族にとって二年に一度の一大イベントであり、その途中経過というのは王国の最高機密に当たる。


「エマ、その情報はここで喋って本当に大丈夫か?オレたち全員の首が飛ばないか?」


 兄のアールさんが妹に不安そうに確認する。


「ヘクターだって首を飛ばす覚悟で言ってのけたんだから、私だってそれくらいの覚悟してますよ」


 エマさんは力強く答えた。彼女は普段は大人しい印象の侍女なのであまり目立たないが、オリアンダー伯爵家の天才と呼ばれ、好奇心旺盛で強烈な個性を持つエヴリン様に長年仕えているだけあって意外と肝が据わっている。


「では、言いますが、首が大事な人は耳を塞いでくれていて構わないですよ。皆さんが懸念しているジプソフィラ男爵家ですが…今夏の爵位見直しで、今のところ、第十一子爵家への昇格が予定されています。もちろん、まだ検討段階なので変動する可能性は否定できませんが…」


「…‼」
「それは本当か!?」
「それが実現したらかなり可能性が高まりますね!」


 エマさんの情報に、一同心底驚くと共に、その情報が本当であればとんでもない朗報だと喜んだ。私たちのいちばんの懸念事項は、アルベール様と結ばれるためには、リーリエ様の生家であるジプソフィラ男爵家では爵位が足りないということであった。


 リリーヴァレー王国は能力重視で、平民や爵位の低い貴族家でも活躍する機会を得たり、国の中枢で重宝されたりすることはある。しかしながら、これまで王妃を輩出してきた貴族家の中に男爵家は一度もなく、最低でも子爵家以上の家柄のご令嬢が選ばれてきていた。現在の婚約者であるピヴォワンヌ様が第三侯爵家のご息女であることからも、その後釜として男爵家の娘を迎えるというのはどうしても厳しいと考えられた。
 しかし、リーリエ様が子爵令嬢となれば状況は大きく変わる。全部で十五ある子爵家のうち、第十一子爵家というのは立場的には弱いが、子爵家は子爵家なので、将来の王妃を目指すことも現実的になってくる。


 もちろん、ジプソフィラ男爵家のご令嬢であるリーリエ様を、一度どこかの高位貴族の養子に迎えて王子妃に推挙するということもできなくはないが、能力重視の王国であるがゆえに、そのような形で身分の体裁だけ整えることは忌避される傾向にあったため、望ましくはなかったのだ。


 私は、エマさんがもたらしてくれたこの情報は信頼して良いと思っている。ジプソフィラ男爵家が第二学年の終わりに子爵家へと昇格するのは、ゲーム内でも既定の路線だったからだ。ゲームでは子爵令嬢となったヒロインを悪役令嬢ピヴォワンヌがこれまでと同様に蔑み続けたことが決定打となり、第三学年の最後の婚約破棄へと向かっていくのだった。
 ナディル様の登場を筆頭に、ゲームとは違うことは山ほど起きているが、ここの大筋が変わらないのであれば、リーリエ様たちの恋を穏便に叶える道が見えてくる。


 ゲーム内ではヒロインの家は第十三子爵家となっていたはずなので、それよりも少し上の立場となる。これはおそらく、ジプソフィラ男爵家のエメラルド事業がゲーム世界よりも大きく成功を収めており、新しく開発された宝石のカット方法や加工方法についても惜しみなく開示するなど、国への貢献度が高く評価された形だと思われる。


「みんなありがとう。かなり希望が見える状況であることが分かっただけでも大きな前進だ。正直言って、オレだけでは状況の把握も難しくて八方塞がりになりかけていたんだ」


 ヘクターの言葉に続き、私も心からお礼を言った。


「皆さん、本当にありがとうございます。言いにくいことも、言ったらマズいこともたくさんあったのに…皆さんのご協力を決して無駄にはいたしません。とくにヘクター、私が発案者でありながら、あなたに嫌な役目をさせてしまってごめんなさい」


 ヘクターは笑って答えた。


「良いんだよ。オレとターニャの目指す道はどうせ同じだったんだから。ターニャから『殿下に婚約破棄させて自分の主と結婚させてほしい』なんて言えるわけないだろう。それに、ごめんよりはありがとうって言ってくれた方が嬉しい」


「…ええ、ありがとうございます…」


 ヘクターの言葉に、私は素直にお礼を返した。ヘクターがあまりにも優しい表情で笑ったせいか、少し頬が熱を持ってしまった気がして恥ずかしい。


「さて、良い未来が見えてきたのは何よりだが、具体的にはどうする?アルベール様は自分の幸せのために婚約を解消するなんて口が裂けても言わない方だろう」


 アールさんの言葉に、皆も難しい表情を浮かべる。


「そこは、オレとカイに考えがあるから任せてくれ。うまくアルの良心をくすぐってやるさ。自分の幸せのためには動けなくても、それがピヴォワンヌ様やナディル様、そして何よりもリーリエ様の幸せになるのなら、強情なあいつだって考えるに決まってる」


 ヘクターが企み顔で答えた。彼の言う通り、最も頑固であろうアルベール様が婚約解消に前向きにならない限り、この話は何も進められないのであった。


「はい、ヘクターさんのおっしゃるとおり、もちろん僕も協力します。ナディル様がいちばん気楽に動ける立場ですから、アルベール様へ発破をかけるような形で動いていただこうと思っています。…僕としてはどちらかというと、ナディル様がピヴォワンヌ様への気持ちが募りすぎて暴走することが怖いので、穏便に事を収めるためにも、僕の方でコントロールしてみせます…!」


 両手の拳をぐっと握りしめるカイは、クラス最年少で皆の弟的な存在なだけあってとても可愛らしい。しかし、およそ一年間を共に過ごした私たちは、彼の能力には絶大な信頼を寄せている。カイがコントロールすると言うなら、間違いなくうまくナディル様を乗せてくれることだろう。
 カイの発言を受けて、サラさんも口を開く。


「そうですね。私とカイの役目は、カイにはナディル様の暴走を適度に抑えてもらいつつ、私としてはピヴォワンヌ様にもう少し暴走してもらうということでしょうね。肝心な場面で素直になっていただけるように」


 私もサラさんに続いて答えた。


「それは私も同じですね。リーリエ様にもご自身のお気持ちに正直になっていただかねばなりません。未だに私にさえ、辛いお気持ちをこぼしてはくださらないですので…。それに加えて、少々危険ではありますが、夏休みの間に旦那様にもある程度お話は通しておこうと思います。リーリエ様が新進気鋭の子爵家令嬢となってしまえば、今夏の社交シーズン中にどこかから縁談が持ち上がってもおかしくありませんので」


「そうだな、すべての情報を開示するわけにはいかないが、各家の当主にもそれぞれある程度の報告と今後の相談はしておいた方が良いだろう。幸いなことに、自分の息子や娘の幸せもしっかりと考えてくださる方ばかりだ」


 ヘクターの言葉にサラさんとカイも頷いた。


 …今さら気付いたが、ヘクターの言う“当主”というのは、彼にとっては国王陛下を意味する。第一王子の従者が国王陛下へ内緒の相談など出来るのだろうかと心配になってヘクターを見ると、笑顔でこくりと頷かれた。彼が大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。


 その後、アールさんとエマさんの兄妹も、引き続き有益な情報を集めてくれると約束してくれた。こうして従者・侍女の秘密会議は幕を閉じたのであった。





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